Deadline Delivers   作:銀匙

144 / 258
第7話

 

早霜はノートに駅の絵を書きながら話した。

「駅には大変沢山の監視カメラがあります。そして公安の検問もあります」

「あ」

「もし司令官が自滅覚悟で大本営に報告すれば、これらは致命的な障害となります」

「そ、そうかも。公安さんの追跡は物凄く高度だって、聞いた事があるかも」

「従って、夕張さん達に残された手段は高速バス、タクシー、路線バスの3つですが、まず路線バスは除外出来ます」

「どうして路線バスは無いと?」

「行き先が住宅地を巡回して戻ってくるか、元来た港に戻るかしかないからです」

「なるほど」

「また、タクシーの可能性も低いと思います」

「タクシーならどこでもいけるのに?」

「タクシー無線で手配情報がすぐ行き渡りますし、費用も高額ですし、監視カメラもありますから」

「おぉー」

4人はすらすら答える早霜に感心していた。伊達にいつも色々な物事を見ていない。

五月雨が興奮気味に言った。

「それでそれで、早霜ちゃんは二人がどこに行ったと思うの?」

早霜の表情が曇った。

「それが・・この路線図によると、行き先の候補が4箇所あるのです」

「んー?行き先は5つだよね?うわ、一番遠いのは東北まで行っちゃうんだ・・」

「あ、すみません。東北は外して良いと思います。ですから4箇所と申し上げました」

「どうしてです?」

「東北エリアに行くバスは途中で公安の検問を通りますし、直行なので降りられません」

「あー」

「あと、根拠としては弱いですが、島風さんは寒い所が苦手ですから・・」

「だとすると、残るは大都市3箇所と、地方都市かあ」

あきつ丸は眉を顰めた。

「市街地でもカ号は艦娘反応を探査出来るのでありますが、探査半径が2km程度まで短くなってしまうのであります」

「時間かかっちゃうね」

「その通りであります。大都市ともなると1日がかりになるのであります」

早霜は肩をすくめた。

「私達にはそもそもそんな探査能力はありませんし、あきつ丸さんはお一人・・」

「どの行き先も隠れやすい、大きな町、かも・・」

「はい。ですからここから先の特定が困難なのです・・申し訳ありません」

早霜は悲しげに俯いた。

 

しばらく沈黙が続いた後、あきつ丸が思い出したように手を叩いた。

「そうだ!方法が1つあるかもしれないのであります!」

「えっ?どこ?どうやるんですか?」

「少し距離があるのでありますが、大本営に行くのであります!」

五月雨が両手をぶんぶん振った。

「だっ!だめですよ!鎮守府が取り潰されちゃいます!」

「いえ、大本営や憲兵隊の皆様に用は無いのであります」

「へっ?」

「夕張会の本部であります。1度だけ着任直後にお邪魔した事があるのであります」

 

夕張会。

 

兵装実験軽巡という艦種は、夕張型にしか名付けられていない。

そして夕張型は1番艦の夕張以外作られなかった。

つまり夕張は唯一人の艦種である。

例えば同じ「駆逐艦」同士なら、型が異なっても艦の運用方法は割と似通っているし、任務も以下同文である。

ゆえに暁型だろうと白露型だろうと艦種が同じなら話がそれなりに合うのである。

しかし艦種から合わなければ一気に難しくなる。

更に研究実験用ともなれば話題自体が極めて特殊になってしまう。

 

「防錆塗装の寿命テストって地味で面倒だよねー」

「そっ、そうなんだ・・ごめんでち」

「い、いや、謝って欲しいわけじゃなくてね・・」

「・・・オ、オリョールに行く時間でち。またでち!」

「あっ・・」

 

そんな訳で、夕張は仔細は異なろうとも鎮守府の中で独特のポジションにつきやすい。

簡単に言えば一人ぼっちになりやすかった。

最近では陸軍出身のあきつ丸やまるゆ、工作仲間で明石とつるむ事もある。

突出した能力という意味で島風と仲良しになるケースもある。

だが、同じ艦種だからこそ通じる話題、共通する悩みというものがある。

鎮守府の中に居ないなら、鎮守府を超えて同じ夕張同士で集まってしまおう。

それが夕張会なのである。

 

夕張会は大本営の工廠近くに大きなプレハブ小屋を持っていて、夕張会が管理している。

とはいえ、夕張会には会長も役員も幹事も居ない。

どこの夕張も所属先で忙しくしており、会の諸事に専任出来るほどは余裕がないのである。

ではどうやって運営しているか。

 

夕張会に加入した夕張は自分のスマホに夕張会専用アプリを導入し、通知された会員番号を登録する。

そのアプリに自分が参加したい日付を登録すると、会員中何人がその日参加するかを自動的に集計する。

そして一定閾値を超えると会合開催日となり、登録した夕張に通知される。

もちろん開催決定した日時に後から参加表明する事も出来る。

要するにアプリが幹事役であり、アプリの名前も「幹事君」とそのまんまである。

「幹事君」アプリは夕張会メンバーの多数決とその時対応出来る有志によって機能追加やメンテが行われている。

センターサーバーを持たないシステムとも言える。

 

会に参加した夕張は何をするか。

持ち寄った飲み物や食べ物、そして様々な資料を手に、技術論や待遇の愚痴、趣味の話などに没頭するのである。

解ってくれる相手と濃ゆい会話をたっぷりする事。

それこそが夕張が渇望する事なので、実に楽しいひと時を存分に味わえる。

そしてお開きの時間には出席者全員で綺麗に掃除して部屋を閉める。

なお、夕張以外の艦も、夕張と同伴であれば立ち入る事を認められる。

ただし登場したての場合、技術的見地からの云々と丸め込まれて艤装を細部まで分解されてしまう。

勿論調べた後は丁寧に組み立ててくれるが、まさにその経験をしたあきつ丸は、

 

「艤装を完全分解されたので、本当に元に戻るのか、正直不安だったのであります」

 

そう、苦笑交じりに4人に言った。

なお、夕張会はれっきとした大本営公認の会である。

ゆえに夕張は夕張会に出席する為に鎮守府から外出する権利が認められている。

そうする事で夕張が自らストレスコントロールしてくれる方が大本営や司令官は楽なのだ。

上手に大本営側のメリットを作り、権利と公認を勝ち取った夕張はなかなか交渉に長けていたのであろう。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。