Deadline Delivers   作:銀匙

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第12話

 

見開いた目で振り向いた五月雨の目に映ったのは、煙を吹く主砲を構えた早霜の姿だった。

五月雨はかすれた声で言った。

「は、早霜ちゃん・・どうして・・」

早霜は無表情に言い放った。

「皆さん、先程から何を仰っているのですか?」

「えっ?」

「私達の姉、夕雲はつい先日、深海棲艦に沈められました」

「そっ・・れは・・」

「深海棲艦は敵。敵を修理すれば再びこちらに牙を剥く。その一人に夕雲姉さんは殺された」

「で、でも、夕張さんが助けた子が夕雲さんを撃ったって証拠はどこにも」

「直接・間接を問わず、敵の削減が遅れた事が夕雲姉さんの轟沈に無関係という証拠はありません」

「そ、そうかもしれないけど」

「現に工廠で私達が修理を受けられなければ、とうの昔に私達の鎮守府は壊滅しているでしょう」

「そ、そうだけど、そうだけど・・・」

「姉を殺めた奴の共犯。その犯人の逃亡を助けた幇助犯。二人はそれ以外の何物でもありません」

「・・・」

「昔直して頂いた事への礼に急所へ命中させました。痛みも無く轟沈したかと」

「・・・」

はっとして、浜風はレイを見た。

レイは早霜を静かに見ていたが、やがて目を伏せ、口を開いた。

「・・やっぱり、そう思う子は居るわよねぇ」

「・・」

レイは顔を上げ、すいと早霜の前に立ちはだかった。

「でも、他の夕張達は無関係よ。更に砲撃するなら私達それぞれの所属鎮守府が黙っていないわ」

早霜は砲を静かに下げつつ頷いた。

「無差別殺戮をするつもりは、ありません」

「あと、彼女達の弔いは私達がする。貴方達には渡さない」

「・・IDプレートは頂けないと困ります。司令官に出す証拠となりますので」

その時、一人の夕張がレイにそっと近づき、2枚のIDプレートを手渡した。

レイはプレートを顔の前に掲げ、プレート越しに早霜を見た。

早霜はまっすぐレイを見返し、二人の視線が絡んだ。

おろおろする五月雨と浜風を横目に、レイは早霜に2枚のプレートを直接手渡した。

「・・これで良いわね」

「はい。確かに頂きました」

レイは艤装からディスプレイを引き寄せると、北西の方角を見上げた。

「じゃ・・約束だから110鎮守府まで戻れるよう案内するわ。皆!後は頼んだわよ!」

レイはそう呼びかけて出発したが、夕張達は押し黙ったままで返事はなかった。

レイに付き従って夕張達から離れつつ、恐る恐る浜風と五月雨は後ろを振り返った。

そこには夕張達が全員、自分達に背を向けているのが見えた。

 

 さようなら。

 二度と関わらないで。

 

その後ろ姿はそう言って自分達を強く拒絶しているかのようで、二人はぞっとした。

早霜の暴挙に誰も反撃しなかっただけ、余計に恐ろしく感じた。

だがそれは先程レイが言った通り、他所の所属艦娘を攻撃すれば大問題になるからだと理解した。

前に向き直った五月雨と浜風は俯いた。

もう2度と、ドロップでも建造でも、夕張も島風もうちの鎮守府には来てくれない。

そんな気がした。

早霜はIDプレートを艤装に仕舞うと、無表情のまま五月雨、浜風の後についていった。

あきつ丸は押し黙ったまま、その後ろにつきつつ、無言で早霜を睨んでいた。

自分の姉妹が轟沈する事はとても悲しいのだろう。

夕雲型は性能の高さ故に出撃も多く、巻雲も長波も早霜が来る前に沈んでしまっていた。

早霜は夕雲ととりわけ仲が良かった。

失いたくなかったという気持ちは解らなくはない。

だが、夕張は自分にとって大切な友人だった。

孤立から救ってくれた恩人だった。

そして夕雲轟沈に関与しているような証拠は何も無い。

問答無用で殺される覚えは無い。

絶対に無い。

たとえそれが司令官命令であってもだ。

あきつ丸はぼそりと呟いた。

「・・理不尽な暴力、であります」

高波は時折あきつ丸を心配そうに見ながら、一番最後に位置したまま皆についていった。

 

翌朝。

水平線に顔を出した夜明けの太陽に手をかざしながら、レイは五月雨に声をかけた。

「五月雨ちゃん、この後まっすぐ方位028を保てば2時間くらいで鎮守府よ」

「ええ。もう見慣れた景色です。燃料が間に合って良かったですー」

「じゃあ皆、私はここで別れるわ。どこまで報告するかは皆で決めてね」

レイは速度を落とし、自分を追い抜く1人1人に別れの言葉を告げていった。

五月雨は寂しそうに笑った。

「レイさんのおかげで鎮守府に帰れます。どうも・・ありがとう・・ございました」

「うん。元々切ない任務だし、あまり気にし過ぎたらダメよ」

「は、はい・・すみません」

浜風は手を差し出してきたので、レイはぎゅっと握手した。

「必ず、このご恩を返します。私に出来る事があればお声がけください」

「良いわよ。そんなに気にしないで」

「この度のご協力に感謝します。それでは、またいつか」

そして早霜に近づくと、レイは耳元で囁いた。

「貴方の仮IDはG8840。私のIDは0を5つ。明日の夜、幹事君でダイレクトコールしなさい」

早霜が小さく頷いたのを確かめると、今度はあきつ丸に近づいた。

「明日の夜、誰にも言わず早霜さんの部屋を訪ねて。ただし武器は持っていかないこと。良いわね?」

ぎくりとした様子であきつ丸はレイを見返した。

「なっ、何の事で・・ありますか?」

「それで全て丸く収まるから。それまでも攻撃禁止よ。良いわね?全部台無しにしたらダメよ?」

あきつ丸はしゅんとした。

「わ・・解ったので、あります」

最後にレイは高波に口を開きかけたが、高波が先に

「二人に今までありがとうって伝えて欲しいかも、です」

そう囁いてにこりと笑ったので、レイは苦笑した。

「司令官にバラしちゃダメよ?」

「もちろんです。沢山お世話になりました。あの、ありがとうございました、です」

こうして最後尾になったレイは

「じゃあね!皆さよなら!」

と手を振りながら反転し、五月雨達から離れて行ったのである。

 

 

 


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