あきつ丸の様子を伺った後、高波がそっと口を開いた。
「えっと、もし早霜ちゃんが撃たなかったらどうするつもりだったのです?」
「その時は私が貴方達から十分離れた所まで人形に近づいていって受け取るふりをしたわよ」
「・・」
「あなた達が近づこうとしたら、さりげなく他の子達が邪魔するように打ち合わせてあったしね」
「・・」
「でも私は、早霜ちゃんは微妙に本音が混じってる気がしたんだけど、考えすぎかしら?」
二人に見られた早霜は軽く俯くと、
「あの場で言った事は誇張交じりでしたが、いずれ敵となる敵の損傷を直すというのは・・」
高波も頷いた。
「もう敵対関係にならないって約束してくれた深海棲艦なら、直しても、良い、かも・・」
あきつ丸も頷いた。
「たとえ1隻といえど、侮れないのであります・・」
レイは言った。
「ビットちゃんから事情を聞いたけど、言葉を交わせた相手も居たようなの」
「そうで、ありましたか・・」
「その子達は異口同音に、直してくれてありがとう、これからは戦わず静かに暮らすって言ったそうよ」
「・・・」
「直してくれた礼にって、大きな宝石や燃料、鋼材をくれた子も居たそうよ」
「妖精殿の手紙にも、連れてきた仲間に夕張殿を名医だと紹介していた、そう書いてあったのであります」
「あまりにも感謝されるから止める方が暴動が起きそうで、止められなくなっちゃったそうよ」
「はい。それも聞いているのであります」
「ビットちゃんが居なくなった事が伝われば深海棲艦達は引き上げるでしょうけどね」
「夕張殿が鎮守府を後にした翌日以降、波止場に深海棲艦の姿は見かけないそうであります」
「・・で、結局恨んでる子は見つかったのかしら?」
「いえ、それが・・結局、どなたも」
「そう・・なら、二人は居なくなったけど、後は事情を司令官以外に説明すれば丸く収まるって事かしら?」
早霜は頷いた。
「はい。夕張さん達は哨戒中に轟沈した、対外的にはそういう事になるでしょうしね」
「まぁ・・多くの例に紛れるありふれたパターンよね」
「・・そうですね」
早霜は悲しげに俯いた。
夕雲も、巻雲も、長波も。
そういう「ありふれた轟沈」で沈んで行った。
だが自分にとっては、夕雲は失いたくない、優しい姉だった。
巻雲達ともせめて一目再開を喜びたかった。
レイは続けた。
「戦争が続く限り、どこかで誰かが轟沈する」
「・・」
「それは当然なんだけど、その当然を、いつかどこかで終わらせられないものかしらね・・」
高波が呟いた。
「戦って、戦い続けたら、いつか、深海棲艦は、やっつけられるのかな・・」
「・・」
「本当は、もしかしたら、もっ・・もしかしたら、夕張さんのやった事の方が・・正しいのかもって・・」
「止めて姉さん!」
早霜が叫んだので、高波はきゅっと口を閉じた。
「止めて・・それでは夕雲姉さんは、巻雲姉さんは、長波姉さんは無駄死にではないですか・・」
レイが答えた。
「実験でもね、最初から正解を見つけられる事なんてほとんど無いわ」
「・・・」
「そして、何かの拍子に今までの理屈じゃ説明がつかない現象が出てくる事がある」
「・・」
「それを理屈に合わないと否定するより、確かめた方が正解に繋がることもある」
「・・」
「もちろん、単なる時間の無駄遣いだったってことも多いわ。計器のノイズとかね」
「・・」
「でも、それらは全て答えを見つける為に必要なプロセスで、無意味だと切り捨てる必要は無い」
「・・」
「お姉さんを失う悲しみは、同じ艦種の居ない私には本当の意味では解らないけど・・」
「・・」
「必死に現状を良くしようと戦った末の轟沈なのだから、全て意味のある事で、正しかった」
「・・」
「それで良いんじゃないかしら」
「・・夕雲・・姉さん・・」
早霜がついに嗚咽を始めたので、高波はそっと早霜の傍に寄り、背中を撫でた。
あきつ丸はすっと背を伸ばすと、早霜に向き直った。
「早霜殿」
「うっ・・・な、なん、でしょうか・・」
「作戦、お見事でありました。一時とはいえ恨んだ事をお詫びするのであります」
「・・」
「ただ、その気持ちが、司令官に反省を促す事に貢献したのであれば、少しは意味があったのであります」
「・・・」
「願わくば司令官殿が、このような命令を再びかけないようになって欲しいのであります」
「そう、ですね・・もう、誰かと・・こんな形で・・別れたくはないですね・・」
レイが言った。
「・・そうだ。今回の件について、夕張会は一切聞いてなかったことにするからね」
高波が答えた。
「そうして頂けると、嬉しいかもです」
「あと、えっと、タイミングは任せるけど、五月雨さん達には確実に話しておいてくれるかしら?」
「もちろんです」
あきつ丸が言った。
「私も、鎮守府内にある早霜殿に対する誤解を、きちんと解いていくお手伝いをするのであります」
高波が頭を下げた。
「・・はい。そうしてくださると助かるかも、です」
レイが言った。
「じゃあ質問がなければ、そろそろ終わりにしましょうか。3人とも疲れたでしょ」
「はい。レイさん、助けて頂いて、ありがとうございました。あの、この回線は取っておいても良いですか?」
「ごめんなさい。夕張会の総意を得てないし、早霜さんに割り振った仮IDは今夜消滅しちゃうの」
「そうですか・・では、無理にとは言えないです」
「ええ。それじゃ、おやすみなさい」
「ありがとうございました。さよなら、です」
通信が途切れる音がしたので、高波はそっとアプリを操作して終了した。