7章を始めます。
5章6章とシリアスが続きましたので、今章はゆるい日常編です。
では、お楽しみください。
第1話
それは、ある日の午後の事。
「車を点検に出してくる」
「あいよー」
ファッゾが車の鍵を掴んで出て行くのをちらりと見たミストレルは欠伸をすると雑誌に手を伸ばした。
ここ数日ほど、仕事の無い日が続いている。
別にミスをして干されているわけではなく、季節や月、曜日等で緩急が激しい。
6月や10月は帰ってきたと思ったら次の依頼が来ているなんてのはザラである。
普段の月も、その中で見れば月初から中旬頃は忙しい。
逆を言えば、それらを除けば開店休業状態なのである。
ただ、海原で深海棲艦達と海軍が「やらかしている」時はとても忙しい。
それは民間の荷に加え、深海棲艦側、海軍側双方から資源の「輸送手伝い」を頼まれるからである。
会社のバランスシートを計算しているファッゾが、
「もうちょっと年間を通じて業務量が平準化出来れば良いんだがな・・」
と、溜息混じりに言うのも無理はない。
単純に平準化するなら、スターペンデュラムやかつてのC&L商会のように定期契約を結べば良いのだが、
「とはいえ、うちにそういうやり方が合うとは思えないしな・・」
そう言って首を振るのである。
実際、ミストレルは今の生活を気に入っていた。
過去には家財を売る事態になった事もあったが、今では皆無である。
住まいは清潔で、食に困る事はなく、ファッゾがくれる給料にも納得している。
自分もやるべき仕事があり、やり方は任されているし、力を十分発揮出来ている。
途中から一緒に住む事になったナタリア達とも仲良くやれている。
「ミストレル、ちょっとだけ足上げて」
「あいよ」
声をかけられたミストレルは雑誌を読みつつひょいと足を上げ、そのままごろんとソファの上に寝そべった。
今日はフィーナが床掃除当番なので、モップで床を拭いている。
日替わりの当番ゆえ、対象人数が多いほど楽になる。ワルキューレ様々だ。
フィーナは雑誌をのんびりとめくるミストレルに話しかけた。
「今日はヒマなの?」
「今日はって言うか、とりあえず今週ずっとだなぁ」
「そういえばヒマな時って何してるの?」
「んー?雑誌読んだり、コレクションの手入れしたり、散歩したり・・」
「訓練とかしないの?」
「やんねぇなぁ・・その点フィーナ達はすげーよな」
「なにが?」
「毎日メニュー決めて鎮守府の演習並みにハードな訓練してるじゃん」
フィーナはモップの手を止めると深々と溜息をついた。
「・・聞いてくれる?」
ミストレルはフィーナをチラリと見ると、むくりと起き上がり、パタンと雑誌を閉じた。
「おう」
「私達は元々MADFで毎日任務か訓練に明け暮れてたんだけど」
「だろうなぁ」
「正直、深海棲艦になった時はちょっとサボろうって思ったのよ」
「あぁ、自分で決めりゃ良い話だもんな」
フィーナはミストレルの隣に腰を下ろすと、モップの柄を見ながら続けた。
「それに、ボスも別に今までのペースを維持するつもりはなかったの」
「ふんふん」
「ところがね」
「おう」
「訓練サボると艤装がスネるのよ」
「・・・は?」
「言い方が難しいんだけど、本当なの」
「指示通りに動かねぇとかか?」
「ええ。展開や反応がやけに鈍くなったり、渋々というか、ふてくされた様子で動くのよ」
ミストレルは首を傾げた。
艦娘側の艤装は完全な装置であるからだ。
メンテナンスをサボれば錆び、それによって動きが渋くなることはある。
「錆びやすいってことか?」
「いいえ。機械的な故障じゃなくて、艤装自身に意志があるって言えば良いかしら?」
「艤装がメシ食ったりするのか?」
「そういうのは無いわね。だから高度なAIというか、擬似生命体って所かしら」
「いやほら、歯が生えてるじゃん?」
「あれ、歯じゃなくて開口部を深海の水圧から守る装甲なのよ」
「へー。意志があるって事は頼んでも居ないのに兵装展開したり話しかけてきたりすんのか?」
「それは無いわね。あったら困るもの」
「だよな・・でも毎日訓練しないとスネるってさ」
「ええ」
「案外真面目なんだな、艤装」
「真面目というか・・楽しみみたいね。でも私達からすると大変よ」
「面倒臭ぇもんな」
「それもあるし、弾薬とか燃料とか補充し続けないといけないし、メンテナンスも、ね」
「あ」
「だからコストが高いの。維持費の高い兵装の積みっぱなしなんて厳禁よ」
「普段は何積んでるんだ?ダメコンとかか?」
「本当はそうしたいけど、それなりの主砲か艦載機を1種類は積まないとまたスネるから・・」
「・・わがままなやっちゃなー」
「でしょう?たまには1週間くらいのんびりしたいのよねぇ」
「なぁ」
「なに?」
「大きめの鎮守府だと仮想演習場とかあったじゃん」
「うちにもあったわよ」
「それ使ったらダメなのか?」
「さぁ・・深海棲艦になってから使った事無いのよね」
「そっか。鎮守府の施設だもんな」
「ええ。あれが使えれば体力的には楽だけど、この町には無いでしょう?」
「へ?あるぞ?」
「えっどこに?」
「ビットん家」
「・・なんで?」
「元々預かったらしいんだけど、もう要らないって言われたらしい」
「仮想演習システムって1セットで何千万もするのよ?要らないなんて事あるの?」
「新しいの買って置き場所がなくなったんだと」
「随分予算が潤沢な鎮守府ねぇ」
「だよな」
「それで、ビットさんは使わせてくれるの?」
「あぁ。手土産の1つも持っていけば大丈夫だぜ」
「何持って行けば良いのかしら。工具とかアニメのDVDとか好きって聞いたけど」
「あー、そっちは手を出さない方が良いぜ」
「なんで?」
「嗜好品の好みなんて人それぞれだし、夕張は筋金入りのマニアだ」
「ええ」
「マニアになるほど、自分の好みからちょっとでも外れれば気に入らないもんさ」
「そうなの?」
「解りやすい喩えをするとな」
「ええ」
「ベレー大魔神に他の店のビーネンシュティッヒ渡したらどうなるか、だよ」
フィーナの顔色がゆっくりと青褪めていった。
「・・大惨事しか思いつかないわね」
「だろ?」
「えーと、じゃあどうしようかしら」
「逆に食べ物とか、凝ってない物なら良いんじゃねぇか?」
「それこそビーネンシュティッヒとか?」
「あぁいや、あいつらはビーネンシュティッヒ意外と効かねーんだよ」
「そうなの?」
「甘いケーキより主食的な奴が好きらしい。キッシュとか」
「キッシュ・・どこかで売ってたかしら?」
「いんや。だから手に入りづらいんだと。ナマゾン超特急で冷凍物を買ったりしてるらしいぜ」
「へー・・あれくらいなら作れるわ。ちょっと考えてみようかしら。ありがと、ミストレル」
「どうってことねーよ」
フィーナはモップを手に立ち上がり、ミストレルは再び雑誌を開いた。