Deadline Delivers   作:銀匙

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第2話

 

 

それは、ある日の午後の事。

「ごちそうさまねー」

「ありがとうございました。またどうぞ」

店内から最後の客が出て行くと、ライネスはサーバーからコーヒーを注いだ。

「ルフィア、一息入れたらどうだ?」

「んー・・」

ルフィアは背伸びをしながらチラリと時計を見た。昼もだいぶ過ぎているし、夜には早い。

「じゃあちょっと休憩貰うわね。部屋に戻ってて良いかしら」

「構わないよ。17時くらいに戻ってきてくれるかな」

「ええ」

「ほら、コーヒー持って行きなさい」

「ありがと」

ルフィアはカウンターでライネスからコーヒーの入ったマグカップを受け取った。

いつも自分が使う大きめのマグカップ。

階段を上りつつ一口啜るとミルクと砂糖の程よい甘みを感じ、微笑んだ。

「んっ・・おいし」

ライネスはちゃんと自分の好きな味にして渡してくれる。

こういう小さな事1つ1つが嬉しい。

 

パタン。

 

自室に戻ったルフィアはパソコンの電源を入れた。

席に着き、並んだ大型モニタを眺めると、肩を回した。

「さて、今日も戦争を始めましょ。この前は負けちゃったしね」

しかし、ルフィアが見つめる先には俯瞰したヘックスマップも無ければ戦場の3DCGも無い。

ただただ文字と数字の表と折れ線グラフが並ぶばかりである。

そう。

ルフィアがやっているのはデイトレーディングである。

短時間で結果が出る物を中心に、休憩時間の間だけ市場に参戦する。

低めのレバレッジで、その日に買ってその日に売り切るので利益も損も小額である。

この戦い方は、かつて山甲町信用金庫の行員から教えてもらったものだ。

 

「とにかく長時間持ってはいけません。買った分はその日に売りきってください」

 

実際、このルールを破らず運用してきたルフィアは手堅く稼いでいた。

取引単位で見れば損も得もあるし、1日単位では負け越した事も割とある。

だが、年単位で見れば預金するよりはよほど良い利益を手にしていた。

ルフィアが元手としているお金は、C&L商会を畳んだ時の余剰金であった。

金融機関に返済を済ませても幾らかは現金が残ったので、クーと山分けしたのである。

 

ガチャ。

 

「ねールフィアぁ、ちょっと漫画貸してー」

ノックも無く入ってきたクーに、ルフィアは画面を見たまま答えた。

「好きなの持ってって良いわよ」

「ありがっとー・・あれ、まだやってるんだそれ」

「やってるわよー」

「んー・・」

ルフィアの背後からしばらく画面を覗き込んでいたクーは、1ヶ所を指差した。

「これ買った方がいいよ」

「なんで?」

「なんとなく」

「へぇ・・・」

ルフィアはクーの指差す部分を見た。

それはケニンという通貨だった。

ルミル連邦国という中堅国の通貨だが、政府が継続的に通貨介入しているせいでほとんど波が無い。

現に今、通貨グラフはまるで動きがなく、ほとんど横一線にしか見えない。

「手数料の分だけ損すると思うけど・・」

そう言ったものの、何となく気になったルフィアは10万コイン分のケニンを購入することにした。

クーがこういう事を言った時は、たまに稼がせて貰った事があったからである。

 

カチリ。

 

「ほら、買ったわよ」

ルフィアは別の通貨グラフを睨みながらクーにそう言ったのだが、クーが返事をしない。

怪訝に思って振り向くと、クーがぽかんと口を開けたまま画面を見てる。

「どうしたの?」

「・・・」

「大丈夫?」

「ル、ルフィ、ア・・」

「具合悪いの?顔青いわよ?」

「あ、あの、あれ・・」

クーの指を追っていくと、その先にあったのはケニン対コインの通貨グラフだった。

だが。

「・・あら?」

ルフィアは眉をひそめた。さっきまであった横一直線の表示が消えている。

「表示が乱れてるのかしら・・」

 

カチリ。

 

だが、表示の更新ボタンをクリックしても出てこない。

首を傾げるルフィアの横で、クーがようやく呟いた。

「も、物凄い、暴騰・・してるよ・・・」

「へっ?」

ルフィアはふと、ケニン対コインの軸目盛りの異変に気づいた。

「・・えっ?」

先程までほぼ1ケニンは240コイン程度だった。

しかし残像のように見える目盛りの数字は・・

「は?300?400?」

「ち、違うよルフィア、今1500越えたよ」

「えっ?」

ルフィアは画面を睨みつけた。

一瞬読めた表示は

「せ、1800?」

クーはルフィアを揺さぶった。

「ル、ルフィア、他の通貨取引終わらせた方がいいよ」

「え、あ、そ、そうね」

ケニンは表示異常かもしれないし、システムの調子が悪い日に取引などしない方が良い。

やってもいない取引で追証でも来たらたまらない。

そしてケニン以外の売却が済み、ケニンの通貨グラフを再表示させた二人は揃って目を擦った。

1ケニン=2781コインの辺りでグラフの線が細かく上下に揺れつつも安定していたのである。

「は・・?」

呆然とするルフィアからマウスをひったくったクーは、即座にケニンの全売却をクリックした。

だが、いつもなら瞬時に帰ってくるはずの応答が来ない。

永遠とも感じられる37秒が過ぎた後、小さなウィンドウが表示された。

 

 取引は以下の通り確定しました。

  指示:売却(ケニン→コイン)

  416ケニン 

  → 1,156,896コイン

  手数料:

   5,785コイン

  差引口座入金額:

    1,151,111コイン

 

二人は1分ほど呆然とウィンドウを見つめていたが、

 

「やっ・・た」

「た、たった5分で、10万が・・115万に・・化けた・・」

「や、やった・・やったわ・・ね」

「いやっほー!」

「凄い!凄いわクーちゃん!すっごーい!」

抱き合って飛び跳ねる二人の横では、再びケニンの通貨グラフが乱高下していたという。

 

その日の夕方。

 

ルミル連邦国財務大臣の顔が世界中のトップニュースを独占していた。

財務大臣は通貨安定策の継続は困難になっていた為、やむを得ない措置だったと淡々と告げていた。

キャスターは引き続き、各国中央銀行報道官のコメントや金融街の人々の反応等と共に衝撃の大きさを伝えていた。

「・・恐ろしいもんだなぁ」

夜の部を始める前に早めの夕食を3人で取っていたのだが、ライネスはニュースを見てそう呟いた。

ルフィアがライネスの方を向いて首を傾げた。

「なにが?」

「いや、これが起こった頃なんて、私は店のキッチンで夜の部用の仕込みを始めた頃だ」

「ええ」

「こんな片田舎では無関係な話だが、直撃した人は嵐のような一日になっただろうなってね・・」

クーはそっと伺うようにルフィアを見たが、ルフィアは神妙な顔のまま答えていた。

「そうね。得した人も居るかもしれないけど、色々な人が損したんでしょうね」

「ほら、あの人なんて個人で追証7億とか・・払える訳ないだろうになぁ」

「そうねぇ。悲惨な人も居るわよねぇ」

クーは完全に他人事の如く振舞うルフィアを見て震えながら、ごくりとポテトサラダを飲み込んだ。

 

おっちゃあん!

まさにその件で100万以上稼いだ人が目の前にいるよー!

 

クーはそう言いたかったが、ルフィアとの約束を破る事になるので言えなかった。

正確には、言ったら後が怖いので到底言えなかった。

ルフィアはライネスと結婚する為にC&L商会を畳んだが、ライネスにお金を返す事は諦めていなかった。

時間に余裕のある時にちょこちょことああいう事をやっているのはその為だ。

 

ライネスにお金を返すその日まで、何やってるかも含めて絶対内緒にする事。

 

クーはルフィアにそう約束させられていたのである。

ライネスは首を振りながら言った。

「俺はクジ運無いから大当たりはないが大損も無い。地道に働くよ」

「そうね、それが一番ね」

「よし。じゃあこれを片付けて夜の部を始めよう。味付けは良かったかい?」

「ええ。いつも通りとっても美味しかったわ」

クーはジト目で、ライネスに微笑むルフィアを見ながら思った。

ルフィアはやっぱりとんでもないタヌキだ、と。

 

 

 


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