Deadline Delivers   作:銀匙

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第5話

 

 

チリリン!

「テッドさん!貴方一体どういう・・・あら?」

「お、おいおいなんだよ。物騒な物は仕舞ってくれよ」

ナタリアが振り向くと、きょとんとした顔でテッドを見ている大和がいた。

ただしその艤装にセットされた46cm砲はまっすぐテッドへと向いていた。

 

「・・だからさ武蔵、何をどう勘違いしたか知らねぇけどよ、その話題の相手は猫だっての」

 

そう。

ナタリアが先程目を細めたのは、テッドが目尻を下げて猫を撫で、傍に猫用のおもちゃが幾つも並んでいたからである。

泣く子も黙る怖い仲介人というイメージが台無しになる位の溺愛ぶりだったので、ナタリアはからかったのである。

一方武蔵は「たまたま」焼いたクッキーをテッドに渡そうと事務所を回りこんだ時、窓越しにこの会話を耳にした。

泣きそうな顔で帰ってきた武蔵を問いただし、血相を変えた大和が怒鳴りこんできた、という訳である。

そして大和から状況を聞いたテッドとナタリアは、神武海運の事務所に足を運んで釈明の真っ最中である。

 

「ヒック・・な、なんでもない、き、気になんてしていないぞ」

「じゃあなんで説明したら余計泣くんだよ」

ナタリアは肩をすくめた。

「テッドが猫を抱えてる状態を見ないで話だけ聞けば誤解・・まぁそうかしらねぇ」

テッドはじとりとナタリアを睨んだ。

「お前が冷やかすからこんな事になったんだろうが」

「えー」

「武蔵、誤解させたのは悪かったよ。謝る・・ほらナタリア!」

「わ、解ったわよ・・ごめんなさい・・でもね武蔵」

「な、なん・・だ・・」

「どうして入ってきて一緒に会話に混ざらなかったの?いつもの軽口でしょ」

首を傾げるナタリア。

ナタリアを見返したまま硬直する武蔵。

そういえばと怪訝な顔になるテッド。

そんなテッドを見て溜息をつく大和以下6名、という構図である。

「そ、え、あ、あの」

「?」

どもる武蔵にますます首を傾げるナタリアの肩を、龍驤がぽんと叩いた。

「ちょーっち、向こうで話そかナタリア」

ナタリアは龍驤を見た後、再び真っ赤になっている武蔵とテッドを交互に見た後、

「はっはーん・・そういう事ね。良いわ。皆、行きましょ」

「話が早うて助かるわー」

大和以下6名とナタリアが去ろうとしたので、テッドが慌てて声をかけた。

「お、おい待て。確かに冷やかしたのはナタリアだが、原因は俺が猫を撫でてたせいだから、制裁とかは」

「んな事せぇへんよ」

「テッド、ちゃんと武蔵の話聞きなさいよ?」

「応援してるよ武蔵」

「ちゃんと返事してあげてくださいね、テッドさん」

「武蔵、お姉ちゃんがついててあげた方が良い?なんなら・・あうう」

「さぁさぁ、私達は外に出ましょうねー」

残ろうとする大和を扶桑がぐいぐいと押し出すと、事務所に静寂が訪れた。

「あ、あー・・えーと」

「・・・よ、余計な事を」

「何か言ったか?」

「何も言って無い!」

「と、ところでその、話って何だ?」

「・・・」

 

神武海運の裏庭に出ると、ナタリアは細巻き煙草に火をつけた。

「それで、武蔵はいつからテッドの事好きだったのよ?」

「本当はいつからなのかは知らんけど、気づいたんは時雨が最初やったかな」

時雨は首を傾げた。

「僕はてっきり皆解ってると思ってたよ。山城は気づいてなかったの?」

山城は眉間に皺を寄せた。

「んー・・正直解らなかったわね。行くのを嫌がってない事だけは知ってたけど」

神通は肩をすくめた。

「私はあの頃はほとんど1日中寝てたので・・」

龍驤は苦笑した。

「うちはむしろ、武蔵がうちらの中で頑張って役を演じとる方を気にしとったからな」

ナタリアは首を傾げた。

「呆れた。じゃあ大和さん達が来た辺りからずっとってこと?」

「今の会話でよぅ解ったな」

「神通さんが具合悪かったのはその辺でしょ」

「せやけど、町にも話漏れてたんか?」

「あまり外で見かけないから、具合悪いんじゃないかって噂が立ってたのよ」

「さよか。まぁ、事実やからなぁ」

「あの頃からとすれば・・随分経ってるわよね?途中ブランクでもあったの?」

大和が溜息をついた。

「いいえ。傍で見てる方がじれったいくらい遅いんですよ、あの二人」

時雨が頷いた。

「昨年ようやくおせちを渡せたくらいだからね」

ナタリアは肩をすくめた。

「殺人級にニブチンのテッドに、そういうのがトコトン苦手そうな武蔵じゃねぇ・・」

龍驤が頷いた。

「せやからあれやこれやとうちらも手を打ったんやで?」

「苦労がしのばれるわね」

扶桑が建物の方を振り向いた。

「ある意味、今日は丁度良かったのかもしれませんね」

神通が続けた。

「ちゃんと言えたでしょうか、武蔵さん・・」

 

チッ・・チッ・・チッ・・チッ・・

 

「・・・」

「・・・」

 

大和達が出て行ってから今までの間、テッドはとても居心地が悪かった。

なぜなら武蔵が真っ赤な顔のまま押し黙っているからである。

音を発しているのは事務所にかかってる柱時計だけだ。

こちらからフォローしようにも言うべき事は言ってしまったし、なにより・・

 

(何で俺が猫を可愛がったと解ったら武蔵が泣いたんだ?)

 

という点がさっぱり解らなかったのである。

ただ、余計な事を言えるような雰囲気ではない事だけは解っていた。

ゆえに大変居辛かったのである。

 

一方、廊下ではこんな囁き声が。

 

「ねぇ、気持ちは解るけどあまり弄り回さない方が良いと思うわよ?」

「わ、私もそう思います・・」

「せやかて気になるやん」

「ちょっとだけ、ちょっと様子を見るだけだよ」

「姉としては妹の行く末を案じるのは当然です」

「そもそも、そんな事言いながら皆来てるじゃない」

「山城、そんな言い方はいけませんよ」

 

何度目かの深呼吸をした後、武蔵は口を開いた。

「・・テッド」

「お、おう」

「ま、まずはその、ごっ、誤解して、取り乱して、わ、悪かった」

「ああいや、俺の方は平気なんだが・・」

「なんだ?」

「何がそんなに泣くほどマズい事だったんだ?」

「う・・」

「お、お前もしかして・・」

「!?」

顔を真っ赤にしたまま武蔵ががばりと顔を上げ、テッドを見つめた。

「猫アレルギーか?」

武蔵はがくりとつんのめった。

その時、ガタッという音や悲鳴と共に、事務所の引き戸が外れて倒れこんできた。

「キャー!」

「ちょっ!ちょっ!退けてや!潰れる!46cm重すぎや!」

「イタタタタ・・」

「と、とにかく退いて・・あ」

顔を上げた大和達と、呆気に取られたテッド、そして怒りをあらわにする武蔵の視線が交錯した。

「あ、あ、あ、姉上ぇ~っ!」

 

 

 


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