Deadline Delivers   作:銀匙

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第13話

 

 

それは、ある日の午後の事。

「・・じゃ、これで、と」

 

パチッ!

 

「むおっ!」

「王手飛車取り」

「・・・ま、まままま」

「待ったなし」

「・・・んー」

町長はさくりと葉巻の吸い口を切ると、反対側にマッチで火をつけた。

目の前では既に勝利を確信した署長がどや顔でこちらを見ている。

町長は盤面をしばらく睨んでいたが、ジト目で見返すと、

「・・やむをえん。わしの負けだ」

「よぉしよしよし。今年は連勝スタートだぜ」

町長は苦々しい顔で将棋盤を裏返すと、裏面に貼られた小さな付箋の数字を1つ書き換えた。

不定期だが、署長が用件を言わず、町長をふいに訪ねてくる事がある。

町長も時間がある時はこうして将棋を指す事にしており、星取表をつけているのである。

「だ、だがトータルではまだわしが2勝分勝ち越してるからな!」

町長は鼻息荒く言い放ち、署長は苦笑した。

「この調子ならそっちも追いつけるだろうよ」

「そう簡単にはさせんぞ」

「ま、それはさておき。そろそろ終業だろ。メシ兼ねて一杯どうだ?」

「珍しいな。構わんが」

「よし」

 

署長がガラガラと店の引き戸を開けると、すぐに元気の良い声が飛んできた。

「らっしゃーい」

「オヤジさん、2人だが奥の間、良いか?」

「ええ、大丈夫ですよ。おい、奥にお二人だ!」

「はーい。あらどうも、ご無沙汰してます」

ぱたぱたと小走りで近寄ってきたおかみさんに署長は自分と町長を指差して言った。

「やぁおかみさん、ええと、飲み兼食事で2人分見繕ってくれ。酒はぬる燗でな」

「最初はとっくり2本でよろしいですか?」

「そうだな。一度に貰っても冷めるしな」

「メインはお刺身とお鍋、どちらがよろしいですか?」

署長が振り向いたので、町長は少し考えた後答えた。

「刺身かな」

署長は頷きながらおかみさんに言った。

「じゃあ刺身で」

「かしこまりました。さぁどうぞ、こちらへ」

 

おかみさんが去ると、おしぼりで手を拭きながら町長は尋ねた。

「わしの希望通りなんて珍しい事するじゃないか」

署長はメガネを外し、ぐいぐいと掌でまぶたを押しながら答えた。

「そうか?」

「いつもなら刺身といえば鍋を頼むじゃないか」

「読みが外れたか?」

「いや、そうなったら悔しいから毎回食べたいものを言っとる」

「じゃあ良いじゃないか」

「珍しい事をするんだなと言っただけだ」

「・・まぁ、な」

 

二人はしばらく、店内の内装や掲示物をぼんやり眺めたまま無言で過ごした。

長年の付き合いで、町長は署長が真面目な話題をする時は恐ろしく引っ込み思案である事を解っていた。

だからこういう時はあれこれ言わず、署長が切り出すのを待つ事にしている。

そうこうするうちに女将が皿を手にやってきた。

「おまたせしました。こちらが八寸、こちらは炊き合わせでございます」

「うん」

「お刺身ですが、今日はカツオと鯛の良い物が手に入りましたので、こちらを中心に致しました」

署長が目を細めた。

「やぁ、船盛りとは豪勢だな」

町長も頷いた。

「他はイカ、甘エビ、これはブリかな?」

おかみさんが頷いた。

「ええ。天然物の寒ブリですよ」

「珍しいね」

「ゆっくりご賞味ください。お酒はこちらに置いておきますね」

「解った」

「それでは失礼します」

 

・・・トン。

 

襖が閉まると、町長はとっくりをつまんだ。

「ほら」

「・・ん」

お猪口に注がれた酒を飲み干すと、署長もとっくりをつまんだ。

「じゃ、ご返杯」

「ん」

町長はくいとお猪口を開けると、箸に持ち替えた。

「よし、じゃあ頂きます」

町長は微笑みながら寒ブリの刺身を小皿へと移した。

 

珍しいなと、町長は箸を進めつつ思った。

いつもならとっくりの半分も進めば言い出すのに、追加が届いた段階でも無口とは。

よほど悩んでるのか?

「どうした?そんなに言いづらい事なのか?」

「んー・・ほら」

「うん?あ、あぁ、ありがとう」

言葉を濁す署長の酌を受けながら、町長は肩をすくめた。

そしてついに、署長が口を開いた。

 

「先日、な」

「うむ」

「引退してた同期が大往生しちまった」

「大往生って事は・・」

「ああ。死因は老衰。病院だし、医師が確認してるから疑う所は何も無い」

「そうか」

「・・その葬儀の席でさ」

「あぁ」

「参列者の中で俺以外は皆、老いぼれてたんだよ」

「・・まぁそうだろうな」

町長は頷いた。

自分にも沢山の知り合いが居るが、自分と同年代だった連中はほとんど他界している。

不老長寿化処置を受けてから長い年月が過ぎているので当然といえば当然なのだが。

「別に不老長寿化を受けた事を悔やんでるわけじゃない」

「あぁ」

「愛着はあれど物騒な町だ。よたよた歩いてれば後ろからズドンなんて事もありえる」

「何とか悪化を食い止めたいがね」

「言葉も文化も合わせる気が無い密入国者が押し寄せる中じゃ、戦前のような治安状態に戻す事は不可能だ」

「都市部の治安はマシだそうだがね」

「ヤバイ連中ほど、入国管理局がしょっちゅう巡回している大都市圏は避けるからな」

「周辺警備の厳しい大本営や鎮守府周辺もな」

「あぁ。そしてそれらを避けた奴らがこういう片田舎に押し寄せてくる」

「うちの町だけじゃなく、県の会議でも似たような事言っとるよ。もっと鎮守府を招致しろとな」

「・・少し話を戻すとな」

「あぁ」

「その大往生した奴が、俺の「職場」の最後の友人だったんだよ」

署長は自分が警察官だという事をこういうプライベートの席では言わない。

それは名乗る事で周りに居る人が自分を警戒する空気が生まれるのが嫌だからだと聞いた。

最近は警察に要求を飲ませる為に幹部が誘拐される事件も起きており、その意味でも言えないのだが。

「そうか。話の解る人間が居なくなってしまったんだな」

「同業者でなきゃ言えない話ってのは・・あるんだよ」

「そうだな。同業で仲良しってのは大事な人間だ」

町長は頷いてお猪口を傾けた。

警察の署長と町の町長。同じトップの立場でさえ組織が異なれば理解出来ない部分は多々ある。

「妻もだいぶ前に他界したし、周りからどんどん俺の知ってる連中が居なくなっていく」

「それはわしもそうだな」

署長がちらりと町長を見た後、ふいと窓に目を逸らしながら呟いた。

「・・事故とか気をつけろよ」

「藪から棒だな。私の襲撃計画でも聞きつけたのか?」

「無い。だが俺達は不老長寿であって不老不死じゃない」

「あぁ」

「武器で襲われれば死ぬし、病にかかってもそうだ」

「あぁ、例のインフルエンザとやらか?そういや薬を受け取ったな」

「それも含めて気をつけてくれよ」

「それこそお互い様だろ?」

「・・頼むぜ。それこそ、不老長寿の友人はお前一人だからな」

町長は笑って頷いた。なるほど、そういう事か。

「解った解った。そう心配するな」

「ふん、心配などしていない」

「お前さんが将棋でもうちょっと手心を加えてくれたらわしはもっと嬉しいがな」

「手心を加えられたと明らかに解る状況で勝って楽しいか?」

「・・・そこは解らない様にだな」

「そんな器用な真似出来るか」

「ほら、お猪口が空いてる」

「ん」

署長に酌をしながら町長は思った。

自分の周りでも、町長に初当選した頃から一緒にやってきた人は部下でさえ僅かとなった。

支援企業も経営者はあらかた代替わりしている。変わってないのは開業医や寺の住職くらいか。

町は昔も今もここにあるが、中身は様変わりしている。

町長は船盛りの中を見た。

聞いた話では、ここは戦争が始まる前はカツオ漁で賑わう、のどかな漁村だったらしい。

その頃には密入国者で構成された重犯罪組織への対策なんて問題は存在しなかっただろう。

戦前の平和な雰囲気を残す町並みが、密入国者の手によってスラム街へと変貌していくのは心苦しい。

誰もが手ぶらで歩けたのどかな漁村が、武器を携行してもなお限られた場所しか行けなくなってしまった。

先日、ナタリアの提案で官民連携して町内最大規模だったスラム街を一掃したが、こういう事はいたちごっこだ。

密入国者はまた他所から流入してくるだろうし、住人の居ない廃墟となった地区は他にもある。

いつか戦争が終わった時、ここが再びのどかな漁村に戻れるよう、我々が道筋をつけておかねばならない。

刺身をじっと見つめている町長に、署長は首を傾げながら声をかけた。

「どうかしたか?」

「あぁ、いや、早く戦争が終わって平和な世の中に戻って欲しいと思って、な」

「随分壮大な考え事だな。ほら、飲めよ」

「あぁ、もらおうか」

普通の人が、昼夜問わず、場所を問わず、普通に歩ける国。それこそが日本という国だ。

日本を、取り戻す。それが我々に課せられた戦いだ。

町長は胸の内でそう呟きつつ、お猪口の酒を飲み干した。

 

 

 


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