Deadline Delivers   作:銀匙

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第15話

 

 

「ふむ。テッドが117研所長か。まぁ悪くない人選ではないか?」

「思い切り悪いわ!」

テッドが噛み付いたのは目の前で夕食を取っている武蔵である。

あの日、互いに付き合う事を了解したものの、いきなり同居など到底無理と首を振る二人に、

「ほなせめて食事くらい、毎日一緒に食べなあかんで?」

という龍驤の提案が多数決により半ば強制的に採用された。

ゆえに朝と昼は武蔵が弁当を持参して事務所に来て、夕食はテッドが武蔵達の家を訪ねている。

支度や片付けを仲良く行う姿はなんとも清く正しい交際で微笑ましいのだが、

「ミクロン単位の進捗は本当に歯痒いわね」

というジト目の大和の呟きに神通達は何度も頷いたそうである。

それはさておき。

 

龍田の電話以降ぐったりしていたテッドは、そのまま暗い顔で神武海運の門をくぐったので、

「なんやテッド、連帯保証人にでもさせられたんか?」

と、龍驤がきょとんとした位であった。

テッドは武蔵達と夕食の支度をする時、龍田との電話の内容を説明していった。

そして席について食べ始めた一言が、冒頭のやり取りという訳である。

山城がご飯をごくりと飲み込んでから口を開いた。

「そうかしら?最初の117研を知ってるし、その中核メンバーだったでしょ」

「それはそうだけどよ」

「私達一介の艦娘にまで轟いてた頃の強い117研を復活させる錦の御旗には適任だと思うけど?」

「何が轟いてたんだよ」

「え?」

きょとんとする山城の横で大和がくすっと笑い、ナプキンで口を拭くと答えた。

「所長さんは人間じゃなくて、本当は蛇の化け物だとか」

「ヤマタノオロチか?」

「ええ。117研の取調べを受けると魂まで抜かれるとか」

「どれだけ嘘つこうが何日費やしてでも暴いてたけどな」

「メンバーが去った後は草木一本残らないとか」

「不正をしてりゃあトコトン証拠を挙げて憲兵隊に投げてたけどよ、単なる事故ならリポートで終わりだぞ?」

神通が青い顔で小さく頷いた。

「誤魔化した部分は徹底的に問われましたけど、結局は再発防止策の提出で終わりましたからね」

「だろ?」

「で、でも、し、司令官も私も、あの分厚い通知書が届いた時は生きた心地がしませんでした・・」

「そこまで怖がるなよ・・だから事前に言っといただろ?」

「えっ?」

「えっ・・って・・・んーっと、確かお前んとこは・・」

龍驤ががばりとテッドに手を差し出した。

「ほ、ほっほらテッド!ご飯お代わりいらんか?」

「え?あ、いや、まだ入ってるから・・」

「ほなお茶!お茶注いで来たる!」

「まだ一口も飲んでないって」

二人の様子を見ていた扶桑がポツリと呟いた。

「あぁ、龍驤さん、伝言し忘れたんですか?」

 

ピシッ

 

龍驤が真っ白になって固まるのと、神通が急速に真っ黒な気配を纏い始めたのは同時だった。

数秒後、神通が静かに箸を置いた時、黒い気配は部屋全体を支配していた。

「・・・龍驤さん」

「ひゃいっ!?」

「・・扶桑さんの発言は事実ですか?」

「あ、あああれや、ほら、あ、あのあの日までな、う、うち敵母港空襲作戦行かされてたやんか」

「事実かどうか、聞いているのです」

「その遠征から帰った直後でな、司令官への報告済ませてほっとしとったんよ」

「事実ですか?」

「せ、せやからな、たっ、たまたま寮に帰る途中で郵便配達から司令官宛の速達を、う、受けとったんやけど・・・」

いい加減に質問に答えろとばかりに目を見開いて腰を浮かせた神通。

一瞬で凍りつく場を切り裂いて、テッドはのんびりと呟いた。

「最後まで言わせてやれよ。こういう時は順を追って全部吐き出したいもんなんだって」

神通は数秒、テッドをジト目で睨んでいたが、テッドが飄々と肩をすくめたので渋々座りなおした。

龍驤は真っ青な顔のまま、テッドに一礼して続けた。

「う、うちな、眠くてかなわんかったから、その手紙ポケットに入れて部屋帰って、そのまま寝てしもうたんよ・・」

「・・」

「め、目が覚めたらその、神通と司令官が封筒の前でガタガタ震えてるって話でもちきりやったし」

「・・」

「もう御仕舞いやとか、魂吸い取られる前に逃げようとかいう子達をなだめるので大忙しだったんよ」

「・・」

「せやから速達の事思い出したんは、更にその2日後にシーツの隙間から手紙が出てきた時でな・・・」

「・・」

「そーっと開けたらテッドからで、形式上堅苦しいもんが届くけど心配せんでええよって書いてあってな・・」

「・・」

「そ、そりゃ、あの時はすぐ言おうと思ったんやで?」

「・・」

「けど、神通は思い出したない言うて青い顔しとったし、うちが持ったまま寝てましたとは言い辛かったんよ・・」

「・・」

「せやから、今まで言い出せなかったんや・・・」

「・・」

「・・ごめんな。ほんま、ほんま堪忍してや」

龍驤が口を閉じて俯くと、部屋には沈黙が訪れた。

龍驤は神通をそっと何回か見たが、神通は眉間に皺を寄せ、目を瞑ったままだった。

 

たっぷり1分ほど押し黙っていた神通は、やがて深い溜息と共にテッドの方を向いた。

「・・テッドさん」

「おう」

「117研のお仕事ってこう言う事ですよね」

「100%こればっかりだったな」

「大変さがよく解りました。胃が変になりそうですね」

「解ってくれるか神通さん!」

「それはもう!」

涙ぐむテッドと固い握手を交わした神通は、手を離しざま、龍驤の頭を拳でコツンと軽く叩いた。

「痛った!」

「黙ってたバツです」

「いったぁー・・あれ、でもこれで許してくれるん?」

「もう怒ってても仕方ありませんから」

「・・悪気は無かったんよ」

「あったらこんなもんじゃありません」

「とほほ・・」

「それで・・テッドさんはどうするんですか?」

テッドは箸を置き、目を細めた。

「あの龍田が動く時は絶対相手が断れないように準備を整えた時だ」

「ええ」

「だから勝ち目の無い勝負って事は解ってるが、それでも・・」

テッドは少し俯き加減に首を振った。

「・・俺はやりたくねぇ」

武蔵は食事を終えると、湯飲みを手に口を開いた。

「お前の理由を話せ」

「俺はさ、所長みたいに皆を鼓舞して上手にやる気を引き出すって事が出来ねぇ」

「・・」

「嫌な所が見えたら気になって仕方ねぇし、遠慮なく言っちまう。それで喧嘩になってもな」

「・・」

「だからメンバーの特性を見極めて上手く率いるなんて役は無理なんだよ」

「前に居た時はどんな立場だったんだ?」

「所長はその辺よく解ってくれたからな、俺はずっと一人で分析やってたんだ」

「・・」

「皆が集めてきた資料や会話メモを基に、推論を組んで、集めるべき証拠を指示したりしてた」

「・・」

「それと、上層部会で年度予算獲得する理屈も俺が考えてたし、想定答弁も以下同文だ」

「・・それなら、楽しくやれるのか?」

「んー」

テッドは腕を組んで考えていたが、

「今の方が楽しくやれてる。軍は法と内規でがんじがらめだったからな。いつも顔をしかめてた」

「そうか」

「今はDeadline Deliversの連中も町役場の連中も警察の連中も顔が見えるし、関係も良い」

「・・」

「何より一生懸命仕事してるのに死神だマムシだ言われるのは、気分の良いもんじゃねぇからな」

「・・まぁ、今はそういう事も無いか」

「ケチつけられて値下げしろとか、もっと取り分寄越せとか言われる事はあるけどよ」

「それは仕事として仕方なかろう」

「あぁ。それ位はギャラのうちだし、やりがいもあるからな」

「・・ふむ」

武蔵はしばらく考えていたが、やがて頷くと

「ならば断るが良い。もし龍田会を向こうに回そうとも、私はお前の味方でいよう」

「武蔵・・」

「気持ちは解るし、理由もおかしなものではない。仕事は選べるのが我々だからな」

龍驤は首を傾げた。

「せやかて龍田会と正面からぶつかるのはあまり得策やないで?」

山城も頷いた。

「ええ。斜めに向かっていって当たらずに避ける位で辛うじて命が繋がる、そんな感じじゃないかしら」

時雨がつぶやいた。

「とはいえ、龍田さんが本当にそれを望むか、まだ確定した訳ではないんだよね?」

「ん?あ、まあ、さっき言った通り話の続きを明日しようって言われただけだが・・」

「なら確定してからでも良いんじゃないかな。変に憶測で動くとこじれてしまうかもしれないよ」

神通は眉をひそめていた。

「普通の相手ならばそうですが、なにせあの龍田さんですから・・」

扶桑も頷いた。

「どの方向に転んでも良いように、備えておいて損は無いでしょう」

大和は腕を組んだ。

「時間が少な過ぎるわ。呼べる仲間はさっさと呼んでしまいませんか?」

ややあってから、テッドは頷いた。

 

 

 


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