バツが悪そうに葉巻を吸うテッドを見ながら龍田は続けた。
「本業に影響する時期に無理に分析頂く必要は無いですよ、調査は大体長期に渡りますから~」
「・・」
「うちのチームが物証を集める上で、こんな所が欠けてるとか、こんな物が無かったかとか」
「・・」
「そういう所をお時間がある時にちょ~っと見て頂けたら良いな~って」
「・・」
「もちろん軍として分析料はお支払いしますから、閑散期の副業に如何ですか~?」
「・・それを受けたとするだろ」
「はい~」
「そしたら所長はその、俺に海軍に帰って来いって言わなくなるのかよ」
「そこまでは保証しかねます~」
テッドは鉛のように重い溜息を吐いた。
テッドはとても疲れていた。
前の晩はよく眠れなかったし、起きてからも龍田に何と釈明しようかなど、あれこれ考えていたからである。
少なくとも今聞いた1つ目の依頼は頭の片隅に入れておけば良い話だ。
2つ目に関しても閑散期だけと念押しし、先に町長に断りを入れれば、まぁ受けられなくは無い。
いずれ武蔵を迎える事も視野に入れているのだから、収入は多くて困る事は無い。
だが・・なんか嫌な予感が止まらない。これで終わらない気がする。
くそ。普段ならもう少し頭が回るのに。
「解ったよ、2つ目も引き受けるけど条件がある」
「何でしょうか~」
「まずは分析を受けるのは閑散期のみに限定する。これは町全体との信用問題になるから譲れねぇ」
「良いですよ~」
「もう1つは1回あたりの分析料だ。それなりの額を期待したいんだが?」
龍田が傍らの文月を見ると、文月は難しい顔で電卓を叩き始めた。
「えっと~、これくらいでどうですか~?」
電卓の画面を見たテッドは首を傾げた。
「・・なぁ、所長がこれで頼めって言ったのか?」
「へうっ!?」
文月は予想外の一言にぎくりとした表情を浮かべてしまった。
この話は提督に内緒でやっているので、当然許可は貰っていない。
元々提督は117研時代の事を話したがらないので、テッドとの関係は手元に無かった。
そして交渉の基本として、いつも通り支払っても良い額の2割を提示したのである。
テッドはジト目で屈みこみ、文月と目線を合わせた。
「なぁお嬢ちゃん」
「は・・はい」
「俺は所長からさ、分析官として年収100万ドルの価値があるってよく言われてたんだよ」
「ううっ」
テッドは目が泳ぎまくる文月をじっと見つめつつ、ポケットからゆっくりとスマホを取り出した。
「・・所長に電話してみっかなぁ。あれは嘘だったんですかって」
文月は慌てて電卓を叩きなおした。
「こっ、これでどうでしょうか!?」
テッドはスマホを持ったまま、電卓の画面を食い入るように見ながら大仰に首を傾げた。
「・・年に40件も分析依頼が来るのかなぁ」
「え、ええっと、ええっと」
テッドはスマホのロックを解除しながら言った。
「・・所長の番号はっと」
文月は諦めて電卓を三度叩いた。
「これでお願いします!」
テッドは電卓の数字をチラリと見た後、肩をすくめた。
「んー・・・今年は初年度だし、リハビリ兼ねてるからこれで良いか。来年度はまたお話しような」
「あ、ありがとうございます・・」
「で、俺の報酬は小切手か?信金経由か?いつくれる?」
「へっ?あ、ええと、分析結果をこちらで受領してから3日以内に山甲信用金庫経由で・・」
「あぁっと聞こえなかったな。依頼時から3日以内、だよな?」
「じゅ、受領時・・」
「電話すっか」
「依頼時で結構です!」
「ん、解った。振込手数料はそっち持ちな」
深々と溜息を吐く文月を見て、龍田は小さく肩をすくめた。
文月の外見を見れば手加減するのが普通だが、毎日魑魅魍魎を相手にしているテッドでは勝負にならない、か。
来年の交渉は私がやるか、文月ちゃんにリベンジしてもらうか後で考えましょう。
龍田は振り向くと、じっと立っていた子に声をかけた。
「話は理解してもらえたかしら~?」
「ええ」
「じゃあテッドさーん」
立ち上がっていたテッドはざざっと後ずさりした。
「な、なんだよ、3つ目なんて勘弁してくれよ?」
「さっき言ってた顔合わせですよ~、ご紹介します。専従班班長の香取さんです~」
「練習巡洋艦香取と申します。この度はお世話になります。何卒よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる香取に、テッドは慌てて体勢を立て直すとぺこりと頭を下げた。
「ええと、よろしくな。俺はその、この町で仲介人やってるテッドだ。龍田、俺の事は・・」
「以前海軍と縁があった方、と、説明してありますよ~」
「そうか。で、香取さんはソロル所属なのか?」
「正確には、どこにも所属していませんよ~」
「・・どういうこった?」
香取が顔を上げて微笑んだ。
「こちらで住まう以上、IDプレートなどは所持していない方がよろしいかと思いまして」
テッドは怪訝な顔で龍田を見た。
「そこまで徹底するのか?」
「私はこだわらなかったんだけど、香取さんがそうすべきだと~」
テッドは肩をすくめた。
軍を除籍扱いで特定のミッションに専従するなんてCIAのやり方じゃないか・・
「なぁ龍田、まさかとは思うんだが、その、香取さんの住まいとか、身支度のあれこれってやつは・・」
「私がこの町の空き物件や店舗を把握してるとでも~?」
「龍田なら知ってそうな気がするんだが」
「そこまで暇じゃないんで~」
「解った解った。支度金はあるのか?それともそこから稼がせるのか?」
「あらぁ、だから香取さんにお任せしようかと思ってたんですけど、テッドさんが整えて頂けるんですね~?」
「へっ?」
「香取さん、このバッグに当座の支度金が入ってます。良かったですね~手伝って頂けるなんて~」
「ありがとうございます。右も左も解らないので助かります」
テッドはぎゅっと目を瞑った。くっそハメられた。
「あーもー、解ったよ。とりあえず今夜は旅館に泊まれ。住まいは明日見繕ってやるよ」
「宿はどちらにあるのでしょうか?予約した後歩いて伺いますので地図とか頂ければ・・」
「良いよ。ここから遠いし、俺の車で送ってやるよ」
龍田は文月に頷くと、くるりと背を向けた。
「じゃ、そういう事で私達は引き上げますね~」
テッドはその背中に声をかけた。
「おっと待て、まだ用があるぜ」