龍田に睨まれると、テッドはさらに机に隠れるように身を縮めた。
「う、うるせーよ。図星なんだろ?」
長門が肩をすくめた。
「小出しにせず、白状してしまったらどうだ?これだけ協力関係にあるんだ、腹を割っても良いではないか」
神通はずっと目を瞑っていたが、この時ちらりと長門の方を見た。
少なくとも、この長門は演技を上手にする手合いではない。龍田よりは信用出来るだろう。
それでも100%龍田に騙されている可能性はある。油断は出来ない。
提督は肩をすくめた。
「教えてくれないか、龍田さん」
龍田はしばらく嫌そうにしていたが、渋々口を開いた。
「・・この間の件でも詳細が明らかに出来なかったのがワルキューレと夕島整備工場で、前から予測してたの」
「・・」
「この町は凄く繊細なバランスの上に建ってる。私達も利用してきたから批判するつもりはないけど事実でしょ」
「・・」
「一方では深海棲艦、それも地上組から零細軍閥まで幅広く密接に繋がってる」
「・・」
「片や私達のような鎮守府や大本営はおろか、人間社会にも密接な関係を持ってる」
「・・」
「バランスを壊すつもりは無いけどリスクはヘッジしておきたい。だから全員の素性を押さえておきたかったのよ」
「・・だからワルキューレに俺が出向いて説得するよう、トーシロを送り込んだんだな?」
「そうよ。ついでに言えばやや貧弱な兵装を装備させたのも夕島整備工場を訪ねさせる為、よ」
「偵察ミッションそのものは本当にやらせる気があるのか?」
「あるわよ。常備軍を備えたいのも本当」
「で、その目的は達成出来たのかよ」
「いいえ。神通さんが予想以上に素敵な訓練を考えついてしまって、どちらの出番も無くなってしまったわ~」
提督は眉をひそめて龍田の方を向いた。
「龍田、そういう言い方は良くないだろう」
「はぁーい・・ごめんなさーい。でもそれが本音。これで全部よ~」
山城が腕を組んだまま口を開いた。
「そもそも何のリスクをヘッジしたかったの?」
「1つは情報の漏洩、もう1つは襲撃される可能性よ」
「ワルキューレに上位組織がいるかって事?」
「横でも良いけどね」
「あれだけ好き勝手やってる連中に上がいるとは思えないわね」
テッドが頷いた。
「ワルキューレはこの町の最初期から居て、ずっとこの町を育ててきた。その理由も知ってる。裏とは通じてねぇよ」
「・・理由とやらを教えてもらえるかしら?」
「この町がこうなったのは、恩の連鎖なんだよ」
「恩?」
「あぁ。元々町長の娘がアメリカで重病になったが、手術に必要な薬を届けたのがナタリアだった」
「・・」
「ナタリアが運んでくれた事に恩を感じた町長は警察に手を回して深海棲艦の取り締まりを止めさせた」
「・・」
「その事に恩を感じたナタリア達は深海棲艦達をとりまとめつつ、地上で働いて生きる道を選んだ」
「・・」
「深海棲艦達は迫害しない町と統率してくれるナタリアに深い恩義を感じてる」
「・・」
「だが、一時期この町に居た艦娘達が統率の取れた深海棲艦達の仕事ぶりを妬んだ」
「・・」
「艦娘達が仕掛けた戦いで深海棲艦の町はほとんど壊滅した。その生き残りがワルキューレとSWSPだ」
「それは・・いえ、いいわ」
「俺はその頃この街にやってきた。そして復興の為に深海棲艦にも艦娘にも平等な機会を与えた」
「仲介業でね」
「で、俺があちこち営業に回り続けてやっと今の需要を掘り起こした」
「・・」
「今の依頼量があればこの町のDeadlineDeliversは食っていける。そうすれば周辺産業も生きていける」
「・・夕島整備工場のような、ね」
「そうだ。だからこの町を維持する為にワルキューレは、ナタリアは動いてるんだよ」
龍驤は小さく頷いた。
「うちらがこの町に来た時には既に仕組みは出来とってなぁ、本気でたまげたもんや」
山城が頷いた。
「深海棲艦は本土には上陸してないというのが私達の教えられてた情報だったからね」
「そうや。それがどうや、深海棲艦が人と一緒に真面目に働いとるんやで。そりゃがくーっと落ち込んだもんや」
「何の為に戦ってたのかしらってね」
提督は頷いた。
「・・まぁ、大本営の中でもこの事実を知ってる人はかなり限られるからね」
テッドは首を振った。
「だからよ龍田、少なくともワルキューレは信じて良いと思うぜ。この町の為に本当に尽くしてきたんだからよ」
龍田が眉をひそめて頬杖をついたので、山城が声をかけた。
「そもそもどうして疑ったのよ」
上目遣いに龍田は山城を見返すと、ぼそぼそと答えた。
「この町にしか流して無い情報を、大本営の連中が知ってたのよ・・」
「えっ」
「内容そのものに意味は無いの。漏洩テスト用の情報だったしね」
「そんなテストしてんのかよ」
「当たり前でしょ。取引先全てに対して定期的に行ってるわ」
「で、うちに流したのが大本営に漏れてるってか」
「ええ。そして割と早く他の鎮守府にも回ってる」
「・・」
「ノイズ交じりで不正確な噂として漏れるならともかく、正確に、それも早く漏れてる。内通者が居るわ」
「・・」
「提督にしろテッドさんにしろ、海軍内で逆恨みしてる連中はまだまだ居る」
「・・」
「提督が安全に行き来する為には正確な情報の漏洩はリスクで、出来ればヘッジしたい。だからこそ調べてるの」
テッドは首を傾げた。
「しっかし、この町で大本営に情報流して得する奴なんていねーぞ?」
龍田は首を振った。
「流れてるのは間違いないわ。理由があろうと無かろうと、よ」
提督は頭を掻いた。
「情報を流してるか、流す事に加担してしまってる何者かを特定するとすれば、狐狩りしかないけど・・」
武蔵は首を振った。
「互いに疑心暗鬼になってしまうぞ。それではこの町の仕組みそのものが崩れてしまう」
龍田は溜息をついた。
「だから困ってるの。正直、手詰まりよ~」
神通が口を開いた。
「当初の計画では、ワルキューレさんと夕島整備工場さんを調べるつもりだったんですよね」
「そうよ。香取さん達に幾つか情報を喋ってもらって、どれが聞こえてくるか調べるつもりだったの」
「それを広範囲にやってみたら良いんじゃないですか?」
「どうやって?」
「今までやっていた、買い物屋さんを再開して貰うんです」
「・・・あー」
「品物の授受の際、必ず依頼人と顔を合わせます。その時に噂話として話してもらうんですよ」
「調査対象から注文が都合よく入ってくるか微妙だけど~」
「逆を言えば、そこを細工しなければ、相手は疑わないと思います」
「そうね。頼んだのは自分だからね~」