数日後。
「そういう筋書きだが、何か質問あるか?」
「そうですねぇ・・」
テッドは神武海運の事務所を訪ねると、香取達に出す「依頼」の案を神通達に説明した。
神通は少し考えていたが、やがてこくりと頷くと
「皆さんは何か質問事項とか、疑問点はありますか?」
と、水を向けた。
龍驤が腕を組みつつ口を開いた。
「んー、悪くは無いんやけど、ちと覚えにくいんやないかって気がするで?」
「噂の中身って事か?」
「せや。あんまりおもろないし、噂っぽくないっちゅーか・・事務的やん」
「まぁな・・・来年は小麦の値段がトン辺り15%上がるとか・・だからなぁ」
「せめて噂らしい噂にせぇへん?」
テッドが顎に手をやった。
「良いけどよ、俺は噂話ってあんまし得意じゃねぇんだよ・・どんなのが良いんだよ」
山城がにやりと笑った。
「身近に良い題材があるじゃない」
「何が?」
「二人の事に決まってるでしょ」
一瞬意味が解らなかった様子だったが、山城の視線の先を追ったテッドは眉をひそめた。
「俺達?」
「そうよ」
「なんもねぇよ」
「デートとかして無いの?」
「別に」
「新婚生活で噂の1つにもなるような事が無いっておかしいわよ?」
「そ、そう言われてもなぁ」
テッドが困った顔で武蔵の方に向くと、武蔵も肩をすくめた。
「せいぜい汁粉を一緒に食べたくらいだ」
途端に大和達の瞳孔が開いた。
「どこで?どこで食べたの!」
「えっ」
「家で缶入りの汁粉飲んだとか許さへんで?」
「缶入りの汁粉なんてあるのか?」
「質問してるのは私達よ。さぁ洗いざらい白状しなさい」
「何故いちいち言わねばならんのだ!食堂の裏メニューを教えてくれなかったではないか!」
「やっぱ根にもっとるんか・・あぁそれも噂にはええネタやな」
「私の恥ずかしい話ばかり噂にするんじゃない!」
「じゃ、1人1つずつ噂話のネタを提供しましょうか」
テッドが首を傾げた。
「・・まぁ8つあれば充分だけどよ、俺に噂のネタなんてねぇぞ?」
時雨がおずおずと訊ねた。
「テッドさんに愛人が居るって噂は本当なのかな?」
途端に大和と武蔵の眼光が鋭くテッドに刺さる。
「どーゆー事ですかテッドさん!」
「聞いてないぞテッド!」
テッドはふるふると首を振った。
「一体どこからそんな話が出てきたんだよ100%知らねぇし居ねぇよ」
大和達の視線は時雨に移った。
「どこですか!」
「ぼ、僕も随分前にちょっと聞いただけなんだけど」
「ふんふん」
「テッドさんが定期的に車で隣町の方に一人で嬉しそうに出かけていくから、そうなんじゃないかって・・」
「定期的にぃ?」
大和は再びジト目でテッドを睨んだが、武蔵はポンと手を叩いた。
「汁粉か?」
テッドは眉をひそめながら時雨の方を向いた。
「それ、何年前の話だ?」
「えっと、神武海運を始めて少しの頃だけど・・」
「それなら紅葉煎餅だ。間違いねぇ」
大和達が首を傾げた。
「紅葉煎餅?紅葉饅頭じゃなく?」
「ああ。隣町に紅葉屋って温泉宿があるだろ」
龍驤が頷いた。
「あのごっつ高い宿やろ?」
「あぁ。あそこで名物を作りたいって相談を受けてな」
「ほほう」
「上得意の頼みだし、仕事に繋がるかもと思って相談に乗ってたんだよ」
「で?」
「色々企画したり作った物の試食とかしてよ、最終的に店の名前もじって紅葉煎餅になったんだ」
「どんな煎餅なの?」
「山の紅葉のように赤、黄、緑とかが派手でさ」
「ほう」
「すっげー辛そうなんだけど、実は紫蘇や柚子皮だから辛くねぇんだ」
「へー」
「そこそこ売れてるらしいから俺もホッとしたんだよ。あれだと思うぜ」
大和はまだジト目だった。
「一応聞きますけど、天地神明に誓って他所に女は居ないですね?」
「居ねぇっての。誓うぜ」
「まぁ、それなら・・じゃあ1つはそれで良いですね」
「おい待てよ、それ採用するのか!?」
「噂ってこういうもんやからな」
「またクー辺りが絡んできそうだな・・めんどくせーなー」
「じゃあ2つ目探しますか」
噂話となると盛り上がるのが乙女。
こうして異様に時間をかけつつ8つの噂話が用意されたのである。
「卒業試験・・ですか?」
朝錬の後、神通から説明を聞いた香取はそういって首を傾げたので、神通は続けた。
「これは試験という形を取りますが、訓練でもあります」
「はい」
「こちらの目的を悟られずに相手を動かしていくノウハウは大切です」
「はい」
「皆さんでやるかどうか決めて頂いて、受ける場合はご連絡くださいね」
「解りました。鎮守府の方にも確認を取った上でご連絡致します」
「よろしくお願いします。では、また明日」
「はい、朝錬ありがとうございました」
香取と分かれた神通はふうと小さく息を吐いた。
嘘をついてるわけではないし、騙す意図は無いのだけれど、どうにもこういう事は不得手だ。
それからしばらくして。
「お待たせしました!卵1パックとほうれん草、あとバターありました!」
「あら早かったじゃない・・うん、中身も問題ないわね。ご苦労様」
「ありがとうございます・・ところで聞きました?」
「何かしら?」
ワルキューレからの発注を受けた香取達は無事買い物を終えた。
そして卒業検定を遂行すべく、朝潮と鹿島が事務所に届けに行ったのである。
「いかに自然に話を振るか」
これは結構難しい。
上手く伝わるかなど、心に意図があれば尚更である。
ワルキューレが注文を寄越したのは卒業検定が始まってからだいぶ経っていたので、香取達は練習を重ねられたのである。
「ありがとうございました。またよろしくお願いします!」
「ええ、またね」
事務所から出て車に乗り込むと、二人は小さく溜息をついた。
「・・いけるかしら?」
「ええ。鹿島さん、かなりお上手だったと思います」
「そう?そう?そっかぁー、良かったぁ」
朝潮はそんな鹿島を見てにこりと笑いながらシートベルトを締めたのである。