Deadline Delivers   作:銀匙

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第56話

 

 

「外歩かせる前に陸でのルールって奴をちゃんと教えといてくれよ、頼むぜほんとに」

「誠に申し訳ありませんでした」

警察署の正面玄関先で署長はひとしきり香取に苦言を放った後、

「もういい・・さっさと帰んな」

そう言ってくるりと背を向けたのである。

 

香取を先頭に、鹿島、朝潮、リットリオという順番で、4人は無言のまま警察署を後にした。

リットリオはとぼとぼと歩きつつ、頭の中では大会議の真っ最中だった。

自分がした事がとても大きな問題になった事は警察官の口ぶりからも良く解っていた。

路肩を崩してしまったのは全くの予想外でした・・と言っても始まらないですよね。

皆で徒歩という事は、乗っていた2台の車は土砂に埋まってしまったのでしょうか。

買い物屋にとって欠かせない車が1台も無くなってしまいました。

これからどうなるのでしょう。

こんな大事を起こしてしまった事について、私はどう責任を取れば良いのでしょう。

鎮守府に強制送還されるのでしょうか。

それとも解体?

ら、雷撃処分は許して欲しいです・・でも・・

 

警察署が見えなくなり、海岸沿いの道へと曲がった時。

前を行く3人の足取りが明らかに軽くなった。

「?」

怪訝な表情をするリットリオに香取が振り向いた。

「反省の意は示さねばなりませんからね。警察の皆様にご迷惑をかけてしまいましたし」

リットリオは泣きそうな顔で答えた。

「ほ、本当に申し訳ありません」

「・・でも」

「?」

「これで山賊の方々の隅々にまでリットリオさんは認知されましたね」

「へっ?」

きょとんとするリットリオを横目に鹿島が笑った。

「山賊さんも含め、人間相手に兵装を使っちゃいけないって海軍からお達しが出てるんだよ」

「・・そう、ですよね」

「だからこの町の艦娘さんにしろ、深海棲艦さんにしろ、地上では兵装を使わないんだけど」

「すみません」

「でもね」

「・・?」

「ナタリアさんが峠道を走っても山賊さんが誰も出てこない理由は」

「え?ええ」

「ナタリアさんは山賊さんを見つけるとすぐに主砲撃ちまくるからなんだって」

「・・つまり」

「あの峠道で主砲撃ったのは、今の所ナタリアさんとリットリオさんだけってこと!」

「そ・・その・・ナタリアさんって・・」

「町でいっちばん喧嘩を売っちゃいけない深海棲艦さんだよっ!山賊さん的にはナタリアさんとリッちゃんは同じって事!」

「うわああああん」

どういう事かようやく認識したリットリオの方を、朝潮はポンポンと叩いた。

「これでもう、峠道で狙われる事は無いから良いじゃないですか」

「それは嬉しいですけど、なんか違いますよぅ」

「別に山賊と交流を深める為に研修にいらしたわけではないですよね?」

「そ、それはそうですけど・・」

鹿島が肩をすくめた。

「あ、しばらくは町で歩くと急に人通りが絶えたり、皆が一目散に逃げてくと思うけど、落ち込んだらダメだぞっ」

「も、もうさっきの事を知ってる人が居るんですか?」

香取は苦笑した。

「砲撃音がして、機動隊が大勢連なって出動するなんて事、滅多にないですからね」

そして一呼吸間を置いた後、

「その・・既に町の住人で知らない人は居ないと思います」

「えっ」

「その証拠に・・ここはメインストリートなんですけれど・・」

香取が周囲を指差しながら言ったのでリットリオも視線を回すと、そう言えば誰も居ない。

店という店はclosedの札がかかっている。

今は日が暮れようとしているが、まだ宵の口にも関わらず、店内に明かりが見えるにも関わらず、である。

リットリオは嫌な予感がしつつも香取に訊ねた。

「つまり・・ここに私が居るから・・お店まで閉まってるって事ですか?」

「簡潔に申し上げればそうなりますね」

「じゃ、じゃあお買い物の任務が出来ないじゃないですか・・明日からどうしたら良いんでしょう・・」

朝潮が肩をすくめた。

「まだ着任して3日目の夜ですし、街の中で砲撃でもしない限り2~3日で店に入れるようになりますよ」

リットリオはジト目になった。

・・・そうだった。

自分がこの町に来てからまだ3日目、正確には2日と半日しか経ってない。

あまりにも濃密な時間過ぎて、もう何年も居るような気がしていたけれど。

「・・朝潮さん」

「なんでしょう?」

「今までいらした方々も、こんなに濃密な時間を過ごされたのでしょうか?」

朝潮は少し考えた後、ちらと鹿島を見た。

つられてリットリオが見ると、鹿島は香取を見た。

皆から見られた香取はおほんと咳払いを1つした後、そっと言った。

「3日目で機動隊のご厄介になるほど大暴れしたのは・・リットリオさんが初めてですね」

「やっぱりぃぃぃ・・うわああああん」

鹿島がべそをかくリットリオの肩を叩いた。

「まぁこれで後に続く子達は随分気が楽になるし」

「・・どういう意味ですか?」

「え?聞きたい?」

「解るから良いですぅ・・うぅ、恥ずかしい・・」

香取が肩をすくめた。

「ここで立ち話を続けても仕方ありませんし、家に帰りましょう」

 

連なって帰宅する中、ふと朝潮が香取に訊ねた。

「明日からですが、リットリオさんは引き続き運転役ですか?」

リットリオはハッとして香取を見たが、香取はきょとんとした顔で朝潮を見返した。

「運転にも慣れたと聞きましたし、何か問題がありますか?」

リットリオが音速で突っ込んだ。

「問題無い訳ないじゃないですか!誰も出てきてくれないんですよ!」

「運転役として車から出なければ影響ありませんし」

「えっ?そんなアバウトな対応で良いんですか?」

鹿島は笑った。

「出てこないって言うのはね、この町がこういう事に慣れてるって証拠でもあるんだよ」

「・・慣れてる?」

「ずっと前だけど、ナタリアさんは喧嘩売ってきた艦娘を背後のビルごとふっ飛ばした事もあるし」

「い!?」

「その報復合戦として艦娘達と深海棲艦が町のど真ん中で互いに主砲撃ちまくったり」

「・・・えー」

「一方で密入国者が山賊か強盗になって襲ってくるから町の人は皆武器携行してるし」

「初日の一番最初に銃を選びましたもんね・・」

「銃撃戦なんてしょっちゅうだし、だから皆身の守り方を知ってる」

「・・」

「銃声がするからと言って1日中閉じこもってたら生活出来ないでしょ?」

「・・ですね」

「だからリッちゃんが普通に過ごして、自分に危害を加えないと解ったらすぐ元通りになるよ」

「そう・・でしょうか」

「ちゃんと見てないと、変化の激しいこの町じゃ生きていけないもん」

リットリオは小さく首を振った。

「私が聞いていた日本という国とあまりにも違いすぎます」

「どんな事聞いてたの?」

「誰もが非武装で、夜中に若い女性一人でもどこでも歩けて、皆親切で、ごはんが美味しくて・・とか」

朝潮が顎に手をやった。

「今となると、上位の政令指定都市・・くらいですかねぇ・・」

「えっ、どういう事ですか?」

香取が頷いた。

「大本営や大規模鎮守府の近辺、大都市圏は警備体制が強化されてるので比較的治安が良いんですよ」

鹿島が首を傾げた。

「でも普通に歩けるのは日があるうちで、夜出歩いて犯罪に巻き込まれても同情されないって聞いたけどなぁ」

「大本営周辺なら可能でしょうけれど、職務質問は沢山されるでしょうね」

「意味も無く大本営の周辺をうろうろしてたらねぇ」

リットリオが再び溜息を吐いた時、朝潮が笑った。

「まぁ済んだ事は仕方ありませんし、家に着きましたよ」

リットリオは車庫を二度見した。

空色のフィアットパンダ、そして自分がさっきまで乗っていた車がガレージに戻っていたからである。

 

 

 


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