リットリオは車を指差しつつ鹿島に訊ねた。
「あ、あの、車・・埋まってなかったんですか?」
鹿島が肩をすくめた。
「木が倒れてくる前に逃げたよ。リッちゃんの車は木が倒れた所とは離れてたじゃん」
「そうですか・・あ、あの・・いえ、やっぱり良いです」
リットリオは山賊のジープはどうしたのか聞こうかと思ったが止めた。
そもそも主砲を命中させて誘爆させたのだから木っ端微塵に決まってる。
鹿島はちらとリットリオを見て続けた。
「ちなみに山賊さん達は全員逃げたからね」
リットリオは目を剥いた。
「・・・ええっ!?ど、どうして?主砲の弾を当てたんですよ!?」
「リッちゃんが艤装展開した時点で横転してたジープに乗ってた山賊さんは皆逃げてったし」
「・・・」
「向かって行った車の方も主砲の砲門が向いた時点で山賊さん達後ろから飛び降りてたもん」
「・・見えませんでした」
「ねっ、皆慣れてるでしょ?」
「・・だから私の事が山賊の間に知れ渡ったわけですね」
「そういう事。さ、ゴハン食べよっ!」
リットリオは再び溜息をついたが、表情は先程より穏やかになっていた。
香取はそんなリットリオを見て微笑むと、玄関のドアを開けた。
程なく夕食を用意して待ち構えていた朧に、リットリオは根掘り葉掘り事情を聞かれたという訳である。
「リットリオ、ただいま戻りました」
「香取さん、買い物および依頼主への引渡し任務完了です」
「大変お疲れ様でした。トラブルはありませんでしたか?」
「はい、なんとか」
「何よりです。今は次の依頼も来ておりませんからゆっくりしてくださいね」
二人の報告を聞き、香取はにこりと頷いた。
リットリオが着任して6日目が暮れようとしていた。
朧が一人でパンダに乗って、リットリオは朝潮を助手席に乗せ、交代で買い物に出ていた。
鹿島達が言った通り、あの翌日はリットリオが運転する車が通ると人通りがごっそり減った。
しかしその次の日、つまり昨日はというと、ほぼ元通りの人通りとなったのである。
ただしあくまで、リットリオが車から出ない限りは、である。
「あっ、リッちゃんに朝潮ちゃん、おかえり。良い所に来たね~」
二人がリビングに入ると、鹿島が手招きをした。
「なんでしょう?」
リットリオが返事をしながら近づいていくと、鹿島がニッと笑った。
「1番から4番まで好きな番号を1つ言って!」
「1番」
眼光鋭く朝潮が即答したのを見てリットリオはわたわたしつつも、
「さ、3番で」
と、答えた。
鹿島は頷きながらそれぞれに包みを手渡した。
「はーい、1番がこっちだから、朝潮ちゃん」
「頂きます」
「これが3番だから、リッちゃん!」
「あ、あの、これは・・」
朝潮は、リットリオをキリッとした顔で見返しながら答えた。
「補給物資です!」
「ほ、補給・・物資?」
「開けてみれば解ります」
そういって朝潮が自分の包みを解いた。
中から出てきたのはクッキー、チョコ、キャンディ。なぜか豆大福も1つ混ざっている。
「いよっしゃあぁああ豆大福いらっしゃいましたぁああ!・・あっ」
全身で勝利を表現した朝潮が、自分を見つめる鹿島とリットリオの視線に気づいて赤面した。
「朝潮ちゃんは豆大福が大好きだもんね。良かったね」
「は、はい。あ、ええと、こういう事です」
リットリオは赤面しつつも説明してくれた朝潮に頷き、自分の包みを開けた。
中身はほとんど一緒だったが、唯一違ったのは
「このお饅頭・・とても綺麗な色ですね」
鹿島がにこりと笑った。
「・・紅白饅頭だよ。小さいけど2個入りだからお得感あるよね」
朝潮も頷いた。
「そうそう、お饅頭だけは早く食べた方が良いですよ」
「日持ちしないんですか?」
「いいえ。争奪戦になるからです」
「争奪戦?」
朝潮はソファに腰掛け、自ら言った通りに早速豆大福を頬張りながら言った。
「たとえばその紅白饅頭は、鹿島さんの大好物です」
「へっ?」
リットリオは反射的に鹿島を見て、そして気づいた。
鹿島は普段通りに装っているが、肩の辺りからゆらゆらと怪しい気配が漂っている。
「・・・あ、あの、鹿島さん」
「なーに?」
「鹿島さんの包みには、どんな和菓子が入っていたのですか?」
「茶饅頭だよー」
「じゃっ、じゃあそれと・・」
だが、朝潮は続けた。
「茶饅頭は香取さんの大好物です」
「えっ」
「ちなみに豆大福は私も好きですが、朧さんも大好物です」
「えっ・・じゃ、じゃあ残る包みは・・」
朝潮が鹿島を見ると、鹿島は頷いた。
「1つはもちろん激辛煎餅だよー」
「定番ですよね」
「ハズレが無いと盛り上がらないからねぇ」
「残る包みは?」
「豆大福だよ~」
「ですよねぇ」
リットリオは状況を整理した。
包みは恐らく5つ用意され、それぞれの包みには香取、鹿島、朝潮、朧の好物が入っている。
ただしハズレとして激辛煎餅が1つだけ入っている。
鹿島が5番を取り、茶饅頭が入っていたのだろう。
どれを引くかはお楽しみだが、もたもたしていれば食べる前に奪われ、手元に激辛煎餅が残る。
そういう事か。
リットリオは苦笑した。自分も辛い食べ物はあまり得意ではない。
しかし鹿島の目の前で鹿島の大好物を食べるのはとても気が引ける。
さりとて鹿島の持つ茶饅頭と交換しても今度は香取から恨まれる。
もたもたしていれば激辛煎餅に化けてしまう。
自分が貧乏くじを引きたくなければさっさと食べろという事、か。
しかし、リットリオが紅白饅頭のケースを取り出したとき、鹿島が明らかにピクリと反応した。
「・・・」
リットリオはちらと鹿島を見つつ刹那の間迷ったが、小さく頷いた。
「鹿島さん」
「な、なぁに?」
「私も食べてみたいので、はんぶんこ、しましょう」
「へっ?」
そして。
「・・・あ、あの、鹿島さん、そんな真剣にならなくても大丈夫ですよ?」
「いいえ。好意にはきっちりお応えしなくてはなりません!・・直径46.224ミリ!よし!」
そう。
リビングから台所に移動した2人は紅白饅頭をまな板に乗せた。
執刀役の鹿島は目を三角にして饅頭の大きさを測り、今まさに刃を入れようとしていた。
包丁を熱湯消毒までしている所が鹿島らしい。
果たして包丁は饅頭に吸い込まれるように滑らかに入り、崩れる事無くきっちり2等分されたのである。
「じゃあ・・頂きます」
リットリオは鹿島がつまんだのと同じ、薄紅色の片割れをつまんだ。
「リッちゃん待って、紅白饅頭を食べるなら渋~い緑茶が絶対に必要なんだよっ。はい!」
鹿島がそう言って茶の入った湯飲みを手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「左手にお饅頭、右手に湯飲み。OK?」
「お、OKです」
「ではっ!」
「頂きますっ!」
鹿島の真似をして饅頭を一口で頬張り、続いて茶を啜ったリットリオは驚いた。
これは・・これは美味しい。饅頭の甘みの後味が渋茶で際立つ。
なんというハーモニー。
これは好物になるのも納得です!
「続いて白行くよ白!」
「はい!」
・・・はむっ・・・ずずずーっ・・・
「美味しい!」
「でしょ?」
「はい!」
「んふふん、解ってくれて嬉しいよ~」
「これはまた食べたいですね~」
「でしょ~」
リットリオと鹿島はころころと笑いあっていたが、リビングのほうから
「じゃあ次回からは鹿島さんとリットリオさんは大バトルですね」
と、いう朝潮の声が飛んできた。
リットリオと鹿島が笑顔のままで笑い声が一瞬止まったが、朝潮は気づかなかった事にした。
なお、その晩。
「んなっ!そっ、そんな筈はありません!そんな筈はっ・・ああ・・そんな・・」
激辛煎餅は見事に香取が選んだ包みに入っていた。
香取は必死になって煎餅を食した後、鹿島から茶饅頭を差し出され、涙目で飛びついたという。