Deadline Delivers   作:銀匙

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第60話

 

 

「・・ヤバいよリッちゃん、それは、それだけはヤバイよ。地雷エリアでタップダンスだよ」

「ど、どういう事でしょうか・・」

ファッゾとの一件を説明し終えたリットリオを、鹿島達は青い顔で見返していた。

鹿島が口を開いた。

「いやぁ、確かにファッゾさんはまともな紳士だけどね」

「はい」

「えっと、その、奥さんがね」

「はい」

「・・ナタリアさんなんだよねぇ」

「?」

リットリオが首を傾げたので、鹿島がこれはマズいと言わんばかりに額に手を当てた。

そんな鹿島の様子を見て、おもむろに朧が次いだ。

「リッちゃんといえど、ナタリアさんとサシでファッゾさんの争奪戦やるのは勝ち目が無いと思うなぁ」

「・・・あの」

「うん?」

「どうして私が、争奪戦をやるんですか?」

「え?だって一目惚れしたんだから結婚したいでしょ?日本では重婚禁止だし」

リットリオは目をパチパチさせていたが、すぐにジト目になった。

「他人の旦那様に手を出すなんて不謹慎で不潔です。そんな真似、リットリオはしません」

「ほんとー?」

「本当です」

「手も繋ぎたくない?」

「はい。奥様に申し訳ありません」

「優しい言葉をかけてもらって微笑んでもらえれば満足なんだ」

「あ、はい、それは嬉し・・って何言わせるんですか!」

頬を染めて怒鳴るリットリオを見つつ、鹿島達は叫んだ。

「プラトニック!」

「純愛!」

「乙女ですねっ!」

その様子を横目に、香取は軽く咳払いして箸を置いた。

「3人ともはしゃぎ過ぎですよ。それからリットリオさん」

「はっ、はい!」

「覚えてないとの事でしたが、あくまでも任務遂行中です。ぼんやりしてはいけませんよ」

「す、すみません」

「でも、嬉しかったのは解ります。良かったですね」

リットリオはポツリと、

「・・はい。鎮守府に戻った後、私もあんな風に振舞えたら良いなと思います」

そう返したので、香取は微笑んで頷くと、ちらと窓の方を見た。

丁度、その時。

 

「アインよりマザーへ、パッケージLに敵対意思が無い事を確認した」

「ええ。早い内に誤解と解って良かったわ。じゃあ通常体制に戻って良いわよ。お疲れ様」

「了解。撤退します」

そんな小さなやり取りが聞こえた後、香取達の家の庭先から幾つかの気配が音も無く消えたのである。

 

そんな、ある日の午後。

「あわわわっ、も、申し訳ありません!すぐ買い直して来ます!」

「もう良いわよ!今からじゃ間に合わないわよ!だからあれほど時間指定でって頼んだのに!」

「すみません、本当にすみません」

「こんなの受け取らないからね!依頼はキャンセルよ!」

 

バタン!

 

「・・・あうー」

玄関先で延々怒鳴られたリットリオは、しょぼんと肩を落として回れ右をした。

確かに、こちらの確認が十分ではなかったかもしれない。

でも、元々「赤い口紅買ってきて」と頼んでおいて「こんな色は赤じゃない!」と言われても・・

 

「口紅の赤色系は物凄く種類があるなんて・・知りませんでした」

 

実はリットリオにとって、これが初めての受け取り拒否であった。

最初の頃に車庫で事故を起こして買い物そのものに行けなかった事はある。

だが、行った買い物は間違えずに買ってきていたのである。

 

「折角買ってきたのに・・」

 

リットリオが深い溜息と共にドアを開けた時。

「どったの?リッちゃん」

声の方を振り向くと、朧が運転席の窓を開けて手を振っていたのである。

 

「この子、意外と中広いよねぇ」

「そうですね・・」

朧から着いてくるよう言われたリットリオは、朧の操るパンダの後に従って車を走らせた。

途中で朧は露店で何かを買っていたが、リットリオの車窓からは見えなかった。

そうこうするうちに辿り着いたのは小高い丘の上にある、海が見える広めの駐車場だった。

車を並べて停めると朧が手招きをしたので、リットリオはそっと朧のパンダに乗り込んだのである。

リットリオが乗り込んだのを見た朧は満面の笑みを浮かべた。

「んっふっふーん」

「ど、どうしたんですか?」

「これを見たまえ」

「えっ・・・・そっ!それはっ!」

 

朧がグローブボックスから取り出した箱は、リットリオにとって懐かしい箱だった。

だが、同時にリットリオは軽く混乱しながら朧に訊ねた。

 

「あ、あの、朧さん」

「うむ」

「それって、ナポリチーズケーキの箱ですよね?」

「ご名答!」

「た、確か、イタリアにしかお店は無い筈なんですけど、どうやって手に入れたんですか?」

「聞いて驚くが良いのだよ、リットリオ君」

「ふえ?」

「ここから3つ隣の町にあるデパートでだね、イタリアンフェアをやってるんだな」

「・・イタリアン、フェア」

「うむ!そして私の今日の買い物任務は、2つ隣の町まで買い物に行く任務だったのだよ」

「ええと・・そっか、そうですね」

「だから3つ隣の町まで足を伸ばして買ってきたのだよ!これを!」

「・・じゃ、じゃあ、本当に、その中にはナポリチーズケーキが?」

「うむ!そしてこれはご存知の通り」

「・・・7個入り、ですね?」

「YES。事務所の面々は?」

「・・5人」

「中途半端にあまりが出ると?」

「戦争です」

「ここに居るのは?」

「2人」

「5+2は?」

「7」

「という訳で?」

「・・・」

意味する所を理解したリットリオが上目遣いに朧を見返すと、朧が大きく頷いた。

「これは仕方ない処置なのです!」

「そ、そうですよね・・無駄な争いを避ける為、ですよね」

「うむ!仕方ない!仕方ないのです!」

「です!」

朧はそっと紙箱をリットリオに手渡すと、露店で買ったビニール袋から紅茶のペットボトルを取り出した。

「あっ!」

「ケーキには紅茶でしょ?」

「はい!その通りです!」

「では君と私は重要な機密を共有する仲だよ?解っているね?」

「わ、解ってます。バレたら血を見ます」

「では」

朧が2本のペットボトルの蓋を開け、リットリオが丁寧に紙箱を開ける。

中の数を数えて7本ある事を確認したリットリオは、1本を朧に手渡し、ペットボトルを受け取った。

 

 

 


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