Deadline Delivers   作:銀匙

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第24話

数日後。

 

 

「ファッゾさーん、ファッゾさーん!」

「んー?」

洗濯物を干していたベレーが屋上から呼んだので、ファッゾはとんとんと階段を上っていった。

「なんだ?」

「あ、あの、あれ・・」

ベレーが指差したのは町外れの方角。

ファッゾは最初何を意味するのか解らなかったが、すぐに気づいた。

 

車列、である。

 

真っ黒でピカピカに輝くSUVが十数台、隊列を組んで向かってくる。

周囲には同じく黒塗りのオフロードバイクを全身黒尽くめのライダーが操っている。

「・・・なんだなんだ?」

 

車列はまっすぐこちらに向かってくると、止まった。

先頭の一台がファッゾの事務所の真横になる位置で、である。

 

「・・降りようか、ベレー」

「は、はい。海軍の方でしょうか?」

「解らん」

 

ピン・ポーン♪

 

滅多に鳴らされない事務所のドアホンが鳴らされた。

ミストレルはソファに寝転んで雑誌を読んでいたが、表を見てひっくり返りそうになった。

玄関前を埋め尽くす武装したスーツ姿の連中の真ん中に、絵に描いたような執事姿の男が立っていたのである。

 

「私、柿岩家の執事で香布と申します。ブラウン・ファッゾ様はご在宅でしょうか」

「あ、え、ご、ございたく、です・・」

しどろもどろで答えるミストレルの肩を叩いたのはファッゾだった。

そのまま香布に向かって答える。

「ブラウン・ファッゾは私ですが」

香布は深々と頭を下げた。

「突然の訪問をお許しください。柿岩家の主がブラウン・ファッゾ様にお会いしたいと申しております」

ファッゾはぽりぽりと頬を掻いた。随分お偉いさんだったようだ。

「構いませんよ」

「こちらの内情にて申し訳ありませんが、あちらの車中までご同行頂きたく」

ファッゾは頷いた。

大抵、要人が狙撃されるのは防弾を厳重に施した車に乗っている時ではなく、その乗降時である。

用心深い事だと思いながら、ファッゾはミストレルとベレーを手招きし、香布についていった。

 

ガチャ。

 

SUVの中は向かい合わせのシートになっており、3人ずつ座れるようになっていた。

その後部側に2つの人影が見える。一人は見覚えがあった。

ファッゾ達はベレー、ファッゾ、ミストレルの順番で乗り込んだ。

 

「お呼び立てしてしまい、申し訳ありませんでした」

そう言って頭を下げたのは先日会ったエリア長であった。

「いえいえ。改めて紹介します。私のパートナーのミストレル、そしてベレーです」

ミストレルとベレーがぺこりと頭を下げると、二人はにこやかに頭を下げた。

「すみませんが、一旦変装を解かせて頂きますね」

「どうぞどうぞ」

そういうと二人が人間の姿から深海棲艦の姿へと変わった。

エリア長の港湾棲鬼が続けた。

「我ガ姉君デゴザイマス。ファッゾ様、覚エテオイデデショウカ?」

ファッゾはもう一人を見て頷いた。

「・・ええ。数日間でしたが、お互い言葉や文化が通じなくて苦労しましたね」

ファッゾの言葉に感極まったように、もう1人が話し出した。

「モウ、モウオ会イスル事ハ叶ワヌ願イカト思ッテオリマシタ。土原司令官殿」

ミストレルは首を傾げた。土原って誰だ?

ベレーは室内に入ってからカタカタと震えていた。

それは真正面に座り、ファッゾに向かって涙を浮かべて話す相手が防空棲姫だった故である。

 

防空棲姫。

 

駆逐艦でありながら、その火力は都市の1つや2つは容易に消し去る事が出来ると噂されている。

モンスターを除けば深海棲艦の中でも上位に数えられる実力者である。

 

二人は人間の姿に戻ると、防空棲姫が話を続けた。

 

「その節は、私のつたない交渉に最後までお付き合い頂き、大変感謝しております」

「いえいえ、言葉が解らなかったのはお互い様です。あの時何か失礼がありましたら改めてお詫びします」

「何を仰います。土原司令官殿は寝室や風呂、暖かい食事までご馳走してくださいました」

「・・」

「私の話を熱心に聞いてくださり、帰り際には補給までして頂きました」

「しかし、結局は病院は攻撃されてしまったのでしょう?」

防空棲姫はこくんと頷いた。

「確かに病院は廃墟と化しましたが、私の恩師は無事手術を終えて転院する猶予がありました」

「・・」

「その際、医療スタッフも患者も全て一緒に転院しましたので、被害は建物だけで済みました」

「そうでしたか」

ファッゾは安堵の溜息を漏らした。

 

あの時。

自分は病院、けが人、攻撃の意志はない、そんな単語だけを拾って思案していた。

だが、防空棲姫は恩師の手術が終わるまでの間、攻撃を待って欲しいと懇願していたのだ。

それは決死の覚悟で、白旗を振るに足る理由だ。

・・そうだったのか。

 

「そうでしたか。それはまだ、不幸中の幸いでした」

防空棲姫は続けた。

「ですがその後、私の手下より、鎮守府が取り潰され、司令官の座を追われたと聞かされました」

「まぁ・・そうですね」

「妹から、それは私の願いを聞き届けて頂いたからだと聞きましたが・・」

「・・いや、私が命令違反をしたからですよ」

防空棲姫は真っ直ぐファッゾを見返した。

「その命令違反とは、指定刻限までに病院を攻撃しなかった事。そうですね?」

「・・」

「恩師は昨年亡くなりましたが、畳の上で穏やかに大往生を遂げました」

「・・」

「今際の際まで、何とか土原司令官殿に一言御礼を申し上げたい、ご恩を返したいと申しておりました」

「いや、お気持ちだけで十分ですよ。何より」

「・・何より?」

「自分が決断した事で多くの命が救われたと伺う事が出来た。これほど嬉しい事はありません」

ミストレルはじっと聞いていた。ファッゾってこんな丁寧な会話が出来るんだな。

ベレーはあまりにも怯えていたので全く会話が耳に届かなかった。防空棲姫・・怖い・・です。

防空棲姫は続けた。

「妹は日本に居る、深海棲艦達の多くを束ねております」

「・・」

「私は同じ組織のもう少し上を束ねるお役目を頂いております」

 

ファッゾは車列の意味を理解した。

この二人は事実上、深海棲艦のロイヤルファミリーであり、VIPという言葉がふさわしい存在なのだ。

万が一にも凶弾に倒れる事はあってはならず、ここに来るのも相当な反対を押し切った筈だ。

 

 

 


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