Deadline Delivers   作:銀匙

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第69話

 

 

秋雲の問いに、龍田は即答した。

「私も居なくなるけど?」

「へっ?」

「居なくなる理由が、退官であれば私も引退してついていくし~」

「・・」

「戦死なら私も討ち死にするし~」

「・・」

「最後の一瞬まであの人の傍にいる。それが私が決めた、私の生き方よ~」

一切淀みのない、そして何の気負いもなくさらりと出てきた言葉に、秋雲は言葉を失った。

龍田がそう言い切る為に必要な提督との信頼は、信じられないほど莫大な物だ。

それをあの提督は、龍田に与えたという事だ。

秋雲はしばらくして、やっと口を開いた。

「龍田さんは・・その・・今がとても楽しいんですね?」

「ええ。あの人の傍にいて、あの人の為に私が出来る事が沢山ある毎日がとても好きよ」

「・・・風雲に悪い事しちゃったなぁ」

「研修センターに行く子は誰でも不安を持ってるものだけど、風雲さんの場合はね」

「・・はい」

「ノウハウを身に付けてくるよう、夕雲型全員から凄く期待を背負わされてたの」

「・・」

「それは夕雲型の名誉の為、よ」

「・・そういうの、あり、なんですか?」

「ナシよ。だから風雲さんの着任前夜に、夕雲さんと巻雲さんを呼んで4人でお話したの」

「お、お話・・ですか・・」

秋雲はポリポリと頬を掻いた。

どれだけ龍田が怒っていたか手に取るように解る。

夕雲さんと巻雲さん、相当寿命が縮んだだろうなぁ・・

「家とか、一族とか、名誉とか、そんな物を人の気持ちの前に置いても足枷になるだけ」

「・・」

「だから風雲さんが着任しなくても、途中で帰ってきても良いと確約させたわ」

「・・んー、お言葉ですけど」

「ええ」

「風雲は多分、失敗しないと思いますよ?」

「あらぁ、随分風雲ちゃんの肩を持つのね」

「あいつは真面目で優秀ですから」

「そういう子の方が、どうして戦場で命を散らしやすいと思う~?」

「えっ?」

「立てた作戦は遂行しなければならない。上官の期待に応えねばならない」

「・・」

「そんな気持ちは置かれた状況を無視した行動に繋がるわ」

「・・」

「私達は1ミリも作戦通りの行動なんて期待しない」

「えっ?じゃ、じゃあ」

「私達が期待するのは皆が無事に帰ってくること。作戦はいずれ成功すれば良い。それだけよ」

秋雲は呆気にとられた。他所とは優先順位がまるで違う。

「それを風雲ちゃんがこの研修で身につけられたら、間違いなく大きく伸びると思うなぁ」

「そっ・・か・・研修って、そういう事だったんですね」

秋雲は今まで研修センターに行った面々を思い出した。

直近では朧が帰ってきたが、行く前の朧はそれはそれは堅物だった。

そして何より、猪突猛進。撃滅するまで帰らないといった戦い方は心配でもあった。

だが帰ってきた後の戦い方を見る限り、戦況をよく見ているし、引く時は引く。

戦い方の変幻自在さや見もせずに命中させる技術ばかりがもてはやされているが・・

「退き時を冷静にみられるようになった事が、真の成果なんですね?」

「ええ」

「・・私は傍から見て、危ない所まで突っ込んでいるでしょうか?」

「秋雲ちゃんは割と良く戦況が見えてると思うわ。だからあまり研修の必要性を感じなかった」

「・・」

「ただ、研修に呼ばれない事が寂しかったのなら、行ってきても全然問題無いわよ?」

「・・あー」

秋雲は苦笑した。本当に龍田は自分達を良く見てる。敵わないなあ・・

「でも、今はより研修の必要性の高い子が多いから、ちょっと先になっちゃうわ」

「・・」

「行きたいなら行かせてあげるけど、待つ事になるのはごめんなさいね」

「・・いえ」

秋雲は小さく首を振った。

「良く解りましたし、私は朧ちゃんと仲良しですから、朧ちゃんに教えてもらいます」

「そうしてくれると助かるなぁ。でも必要だと思ったらいつでも志願してね~」

「・・龍田さん。ありがとうございました。これでもやもやが晴れました」

「能代さんとか、一緒に来た子達にも伝えてくれるかなぁ?」

「伝えますけど・・私以外はあんまりこういうもやもやは抱えてない気がします」

「表面だけでは解らないから~」

「・・はい。そのお役目、承りました」

「じゃあ今夜のお話はおしまい。気を付けて帰ってね~」

「ありがとうございました」

 

・・・パタン。

 

ドアが閉まったのを見て、龍田はぐっと腕を伸ばし、手元の明かりをつけた。

秋雲が見ていた明かりの位置とは全く異なる場所だった。

それは核心を突いた時、秋雲が激高して砲撃した場合への備えだったのだが・・

「そんな事にならなくて良かったわぁ」

龍田のLVは秋雲より遥かに上だが、秋雲の実力は侮れないものがある。

「これで、騒動も収まるかなあ」

龍田は入り口に辿り着くと、全ての明かりを消して部屋を出て行った。

 

それから数日後。

 

「リットリオ、風雲、只今戻りました!」

「は~い、お疲れ様でした。手を洗う間に1番から5番のどれにするか決めといてください」

 

風雲の車に同乗する役を頼みたいと香取から言われた時、リットリオは二つ返事で引き受けた。

自分は朝潮がずっと付いててくれたが、風雲の着任当初の事を考えると私が乗る方が良いだろう。

だが、いつか3人に対する風雲のわだかまりを解きたい。

とても自分達を思ってくれる、優しい教官達なのだから。

 

二人は洗面所で交互に手を洗いながら話していた。

「今日も疲れましたね~」

「そうですね。でも風雲さん、ハンドル捌きがめきめき上達してますよ」

「えっ本当ですか?」

「はい。迎撃の時に撃ち易いって思いますから」

「良かったぁ・・実はどうやったら滑らかに車が動くか考えて操作するようにしてるんですよ~」

「風雲さんは勉強熱心ですね。その調子なら射撃の方もすぐでしょうね」

「そう・・ですよね・・」

風雲はタオルに手をかけたまま俯いた。

 

 

 


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