なので観光地の行列で、渋滞で、あるいはそれらを避けてのんびりしている皆様へ、はたまた勤務だよチクショウという方にも。
というわけでシルバーウィーク中は休まずお届けしようと思います。
はい。
防空棲姫はそっと、紙片を差し出した。
「何かお困りの事がございましたら私達にお命じください。いつでも、最優先で対応させて頂きます」
ファッゾが受け取った紙片を見ると、電話番号らしき数字が書かれていた。
港湾棲鬼が防空棲姫を見ると、防空棲姫はこくりと頷いた。
「・・私の大恩ある方がこうしてご存命で、御礼を申し上げられる機会を賜れた事に感謝いたします」
ファッゾはその言葉で、会談の時間が終わりを迎えた事を察した。
「私も、私の判断の結末を伺えてとても嬉しく思います。わざわざ足を運んで頂き、ありがとうございました」
「本当はもっとお礼を申し上げたいのですが、慌しい事をお許しください」
港湾棲鬼がそっとドアの外に目配せをすると、すっとドアが開いた。
「いえいえ、十分です。では、我々はこれで。ミストレル、ベレー、帰るよ・・・ベレー?」
ファッゾの言葉に残る3人が見ると、そこには極限の緊張のあまり気を失ったベレーを見つけたのである。
「・・・はっ!?あ、あれっ!?あれっ!?」
「おー起きたかベレー、おはよう。水でも飲むか?」
ベレーは事務所のソファに寝かされてる事に気づき、恐る恐る起き上がった。
「あ、あの、あの」
「柿岩さん達はもう帰ったよ。どうして気を失っちゃったんだい?」
ベレーは信じられないと言う目でファッゾを見ながら言った。
「あ、ああああの、お話されてた方がどなたかご存じないんですか?」
「え?あのお姉さんのほう?」
「はい」
「いや、知らないけど、ベレーは知ってるのかい?」
「防空棲姫さんです!一払いで山を吹き飛ばせる程の力を持つ物凄く怖い人なんですっ!」
ファッゾは頭を掻いた。
「んー、だって凄く丁寧に接してくれたし、物腰も柔らかい感じの良い人だったじゃないか」
「そ・・それは・・ファッゾさんが恩人だからだと思います」
「だとしてもさ、わざわざ礼を言いにこうして足を運んでくれるなんて良い人だと思うぞ」
その時、ミストレルがひょこっと事務所に入ってきた。
「お、ベレー起きたか。おはよー」
「あ、ミストレルさん、おはようございます・・というかごめんなさい」
「何で気絶したんだ?」
「ぼ、防空棲姫さんがあまりにも怖くて・・」
「まぁ・・あんなのとやりあったらアタシどころかナタリアの姉御でも瞬殺だろうな」
ファッゾが頷いた。
「へー、そういうの解るんだ」
「あったり前だろ。あの気配は只者じゃないぜ。あ!そうだ!」
「なんだ」
「なぁファッゾ、あの防空棲姫の姉ちゃん、なんで土原司令官なんて言ったんだ?」
ファッゾは肩をすくめた。
「司令官時代は本名で過ごしてたからな」
「え・・ファッゾ、本名って土原なのか?」
「悪いか?」
「なんでブラウン・ファッゾなんだよ」
「名前を捨てたくてな。土からブラウン、原からファッゾをこじつけた」
「へー。まぁ西洋人ぽい名前の割に思い切り日本人顔だなとは思ってたけどさ」
「ワターシ、日系3世ヨー」
「超嘘臭ぇー!あっはっはっは!」
「まぁ、とりあえず、この事は俺達3人の秘密にしといてくれ」
「喋る理由がねぇよ」
「ベレーも、頼むよ。な?」
「もちろんです。それにしてもファッゾさん、物凄い人の恩人だったんですね」
「・・今日の今日まで知らなかったけどな」
「そうなんですか?」
「あの時、あの子はさ、たった一人で、武器を全部捨てて、白い布つけた棒1本だけ持って来たんだよ」
「・・」
「どれだけ実力者だろうと、そこまで丸腰ならロクな攻撃も出来ない」
「・・」
「それだけ真剣に、誠意を見せたかったんだろうね。偉いと思うよ」
「・・」
「裏を返せば、私が命令に従っていれば、そんな大物を早い段階で討ち取れたって事だ」
「あ・・」
「そうしたら今、もしかしたら戦争は終わっていたかもしれない」
「・・」
「歴史にIFは無いけれど、今の選択が最善だったと信じたいな・・」
「そう・・ですね・・」
「なぁ、ミストレル、ベレー」
「あん?」
「はい」
「今までもそうだったが、今後も向こうから攻撃されない限り、艦娘も深海棲艦も攻撃せずにいよう」
「・・あぁ。そうだな」
「はい。ずっと撃たずに済むと、良いですね」
「うん」
ファッゾはそっと、カップのコーヒーを啜った。
その日の夜。
「昼間のアレは一体何だったんだ、ファッゾ?」
「へ?」
ファッゾ、ミストレル、ベレーの3人で食卓を囲んだ時、突如事務所のドアが開けられた。
戸口に立っていたのはテッドである。
ぽかんとする3人に、テッドは妙に恐る恐る尋ねた。
「な、なぁ、町の奴が車に四つ菱に柿の家紋を見たって言うんだが・・見間違いだよな?」
「いや、知らんが・・・柿岩さんが礼を言いに来てくれただけだよ」
「やっぱり柿岩家だったのか!?お前何運んだんだ!」
テッドが大声で怒鳴ったので3人はびくりと椅子の上で飛び上がり、両手を挙げた。
「な、何も運んでないよテッド。何日か前にうちを柿岩の妹さんが訪ねてきたんだよ、ナタリアと一緒に」
「・・あー、地上組が輸送業者を追加したいから探してるって言ってたな。エリア長が来てたのか」
「とりあえず入ってくれよテッド。メシ一緒に食うか?」
「いや、コーヒーだけでいい」
ベレーがとてとてとカップを取ってくると、ファッゾがコーヒーを注いで手渡した。
「ん・・ほら。でな、ずっと昔、司令官だった頃に俺は柿岩さんを助けた事があるって解ったんだよ」
「へー、意外と世間は狭いもんだな」
「だな。俺もそう思う。で、今度礼に来たいというから良いよって言ったら来たって訳さ」
「ん?待て。・・ってことは何か?ファッゾは柿岩家の大恩人って事かよ」
「まぁ、そうかもな。単なる昔話だが」
「単なる昔話なら車列組んで使いの者なんて寄越すかよ」
ミストレルが口を開いた。
「使いって言うか、助けられたっていうエリア長の姉ちゃんそのものが来たぜ?」
テッドが盛大にコーヒーを噴き出し、むせこみながらも尚叫んだ。
「はー!?げほげほげっ・・ごっ・・ご当主がいらっしゃっただとー!?」
「な、なんだってんだよテッド、ほら雑巾」
ファッゾが渡した雑巾を握り締めならテッドは言った。
「あ、あのなファッゾ。柿岩姉妹の姉、つまり柿岩の当主は地上組の元締めだ」
「そんな感じだったね」
「まるっきり解ってないだろファッゾ。深海棲艦の幹部だってお目通りが叶わないロイヤルVIPなんだぞ?」
「へー」
「一言お言葉を頂けるだけで深海棲艦の中じゃ鼻高々で自慢出来るんだぜ?」
「ふーん・・」
「常に命を狙われてるお方が危険を冒してこんな片田舎まで来るなんて・・なぁ、どんなお方だったんだ?」
ファッゾがベレーの方を向いた。
「確か、あの子強いんだよな、ベレー?」
ベレーがスプーンを咥え、眉をひそめながらこくこくと頷く。
ミストレルが顎に手を当てて言った。
「確か・・えっと・・防空棲姫だっけ?」
テッドが部屋の反対側まで盛大にコーヒーを噴き出したのは言うまでもない。