リットリオの話に、鹿島はあっさり頷いた。
「もちろん知ってるよ」
「ふえっ?」
「知らないふりしてるけど、3人とも知ってるよ」
「え、あ、あの、それはどうして・・」
「だって、その伝統を受け継ぐ方が研修生の子達は沢山の事を学べるもん」
「・・」
「それに、研修生同士の絆にもなるでしょ?」
「ですね」
「で、何か困るの?」
「だって、風雲さんに伝統を披露するタイミングがなくなっちゃったじゃないですか」
「もう十分受け継いでると思うよ?」
「えっ?」
「伝統って、別に困ったお客さんに対する処し方を説明する事だけじゃないよ」
「・・」
「先輩が後輩の破れない殻を破り、味方だという事を実感させるって事だもん」
「・・」
「リッちゃんは初日からずっと、風雲ちゃんにそうしてきたよ」
「・・上手く、接してこれたでしょうか」
「でなきゃ風雲ちゃんはとっくに鎮守府に戻されてたと思うよ」
「伝統として認識してくれたでしょうか・・」
「んー・・」
鹿島は小さく肩をすくめると、
「そう認識するように、ちょっと種明かしはしてあげても良いかもね」
「・・そう、ですね」
リットリオは頬に手を当てた。
自分は今週末にはここを去ってしまう。
風雲にどのタイミングでどうやって打ち明けるか。
「・・・」
少し考えていたが、上手い案が思いつかない。
やがてふうと溜息をつくと、
「鹿島さん、あの」
だが、鹿島はそう言いかけたリットリオの唇にちょんと人差し指をあてた。
「それはリッちゃんの最後の課題だから、自分で考えてみたまえ」
「えっ?さ、最後の課題、ですか?」
「その通りだよリットリオ君」
「あ、あの、私は、その、こちらの研修をちゃんと卒業出来るのでしょうか?」
「今までは大丈夫じゃ。だから安心して最後の課題に取り組みたまえのすけ」
「だから語尾無茶苦茶です」
「鹿島さんは眠いのです」
「あ、そ、そっか。もう夜遅いですもんね。そろそろ戻ります」
「うむ」
「じゃ、じゃあ、おやすみなさい」
「・・リッちゃん」
「はい」
「大丈夫だよ。リッちゃんは戻ったら、皆から頼られても応じられるよ」
「・・そう、でしょうか」
「リッちゃんがここで学ぶべきだった事はね」
「はい」
「・・おおっとぅ口が滑る所だった危ない危ない」
「・・・」
鹿島はベッドに腰掛けるとひらひらと手を振った。
「早く寝たまえ明智君」
「・・はい、おやすみなさい」
・・パタン。
閉じられたドアに向かって、鹿島は小さく呟いた。
「大丈夫だよ。こんなに周りを安心させられるんだから」
鹿島はふっと笑うと、グラスに残った最後の一口をあおった。
「・・ぷはっ」
グラスをテーブルに戻し、そのままごろんとベッドに横になる。
今まで何人もの研修生を迎え、2ヶ月のカリキュラムを施してきた。
この町に来た当時は自分が生きていくだけで手いっぱいだった。
研修センターとして本格的に受け入れを始められたのは実質1年近くたった後だった。
神通さんの訓練は厳しかったけど、神通さんが居れば襲われないから安心だった。
そんな人になりたくて、香取姉ぇと朝潮ちゃんと3人で頑張ってきた。
・・・でも。
「うん。いつまでも凹んでても仕方ないよね。せっかくリッちゃんに元気貰ったんだし」
もぞもぞとシーツの間に身を入れていく。
「明日から・・また頑張ろっと」
鹿島はそっと目を瞑った。
翌朝。
「それはまた急なお話ですね・・ええ、大丈夫ですが・・はい、ではそのように」
電話を置いた香取は少し考えていたが、執務室のドアを開けると、
「鹿島さん、急いで来てください」
と、声を上げたのである。
その日の昼食時。
「まぁ時期といえば時期ですからねぇ」
香取の説明を聞き、そう言って肩をすくめたリットリオに風雲が尋ねた。
「時期って・・どういう事です?」
「ほら、私が今週末までじゃないですか。だから入れ替わりに新しい人が来る・・」
そこまで言って、リットリオは風雲の目が虚ろな事に気が付いた。
「・・風雲さん?大丈夫ですか?」
「うそ・・えぇええええ!?リットリオさん今週末までなんですかぁ!?」
「え?ええ、はい」
「やーだー!すっかり忘れてましたー!あうぅうううぅうショックー」
「ショック?」
「もっとずっと、ずっと一緒に研修受けたかったですぅ」
あっという間に涙目になる風雲の頭を、リットリオは優しく撫でた。
「大丈夫です。1ヶ月したら鎮守府でお会い出来ます」
「うー」
香取が小さく咳払いした。
「おほん、ええと、続きをお話しても良いでしょうか」
「あっすいません」
「どうぞ」
「そういうわけで、今夜からお一人増えて数日間だけ研修生が3人になります」
「今夜からですか?随分急ですね」
「ええ、これほど急な例は過去無かったですね」
「それで、どなたが?」
香取がちらと風雲を見た。
「・・磯風さんなんです」
風雲が途端に真っ青な顔になったので、リットリオは首を傾げた。
「そんなに凄い方なのですか?」
「ええと・・」
風雲が言い淀んでいると、香取が続けた。
「申し送り事項としては、調理をさせぬよう特段の配慮を要する、と・・」
途端に風雲がうんうんと何度も頷いたので、香取が訊ねた。
「ええと、風雲さん、何かご存知なのですか?」
風雲はピンと人差し指を真上に立てながら言った。
「比叡さんのカレーの3倍は酷いです」
リットリオは香取まで青くなった事に首を傾げたのである。