Deadline Delivers   作:銀匙

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第35話

 

エンジンの切られた静かな車内には、蛇又と深海棲艦の2人だけが残された。

2分・・3分・・

部下達が戻ってくる様子は無い。

外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。

蛇又は何気なく深海棲艦達を見た。

視線に気づいたのか、2体は蛇又をそっと見返した。

・・もしこの深海棲艦が凶暴な存在なら、この隙を突いて俺を攻撃し、逃げる事も出来るだろう。

そうしないという事は、危険性は無いという事じゃないのか。

蛇又は口を開きかけて、閉じた。

言葉を交わす事は、踏み込んではならない領域のような気がしたからだ。

だが、それは長年の疑問でもあり、ついに蛇又は口を開いた。

「お前達は・・地上で何がしたかったんだ?」

2体は互いに顔を見合わせ、そっと答えた。

「・・誰とも戦わず、ひっそりと生きていきたかったんです」

「もう、戦うのも、血の海も、見たくなかったんです」

「・・そうか・・そうだな。気持ちは解る」

聞かなければ良かったと、蛇又は思った。

この二体が口にした事は真実だと、自分の勘は告げていた。

二体は住んでいた町で何一つ犯罪を犯していなかったし、真面目に会社で働いていたのだ。

「お前達を連れて行くのは、心苦しいよ」

思わず口をついて、そんな一言が漏れてしまった。

「えっ・・」

「あの・・」

きょとんとする二人の視線に耐え切れず、蛇又は窓の外へと視線を逸らした。

 

・・・それにしても、部下が誰一人として帰ってこない。

 

蛇又はじわりと汗をかいていた。

自分も予想以上に尿意が大きくなっている。

誰か一人でも帰ってきてくれたら、すぐにでも飛び出したい。

足をとんとんと踏み鳴らし、頭をかき、きょろきょろと首を回す。

・・来ない。

そろそろ我慢の限界だという時、2体がそっと声をかけてきた。

「あの・・大丈夫ですか?すごい汗ですよ」

「ん・・いや、その」

「お顔の色が優れませんけど、どこか具合が悪いのですか?」

蛇又はその時、なにかがふっつりと切れた。

これから酷い目に遭う子達から、その場所に連れて行く自分が心配されている。

蛇又は初めて、職場を少しだけ放棄した。

その優しさに触れている事が、あまりにもいたたまれなくなったのである。

護送車から転がり出るように降りると、コンビニの店内に向かって行った。

 

「!?」

 

蛇又はそこで、部下が帰ってこない理由を理解した。

まだ列の中ほどで並んでいたのである。

コンビニの1箇所しかないトイレは、先に乗りつけた車のドライバーや同乗者が列を成していた。

「・・・おぉ・・・」

並んでいる部下の顔色は真っ青で、既に虚ろな目をしている。

一般市民の前で醜態を晒すわけにはいかない。

蛇又はとっさに軍の所属証を取り出すと、コンビニの店員に見せた。

「すまない。海軍の者だがどうしても至急、用を足したい。何か策は無いか?」

コンビニの店員は蛇又だけに聞こえるよう、そっとレジ後ろの扉を指差しながら言った。

「あのドアの裏に事務所があって、その奥に従業員用のトイレがあります。どうぞお使いください」

「すまん。恩に着る」

蛇又は目立たぬよう部下を連れてくると、一目散に事務所へと駆け込んだ。

 

「あ、危なかったです」

「班長のおかげで助かりました」

「全員スッキリしたか?」

「はい!」

蛇又は時計を見た。5分も全員で席を外してしまった。

「俺は先に戻るから買い物を済ませたら戻ってこい・・あー、少し多めに買ってやれ。な?」

「解りました!」

 

コンビニを出た蛇又が表通りを見ると、道を塞いでいたトレーラーが走り去る所だった。

多少側面が凹んでいるものの、どうやら自力で道路に戻れたらしい。

良かった。このぐらいのタイムロスなら影響はないだろう。

ほっとしつつコンビニの裏に戻ると、隣の幼稚園バスは居なくなっていた。

「・・ふむ」

幼稚園バスの運転手も用を足せたのだろうか。

そう思いながら護送車の扉を開けると、室内はムッとするくらい暑くなっていた。

その奥で二人が相変わらず小さく座っているのが見えた。

「すまなかった。暑かったか?」

蛇又はそうニ体に声をかけたが、ぐったりした様子で返事はなかった。

熱中症になったか?

そう考えかけて、蛇又は苦笑いをした。

深海棲艦が熱中症だとして、どうやって助けてやれば良いんだ?

そもそも助けても拷問で死ぬまで苦しむのだから、いっそ熱中症で死んだ方がマシなのではないか。

その時、部下がどやどやと帰ってきたので思考を中断して部下に言った。

「長居をしてしまった。出発するぞ」

 

その日の夕方。

「蛇又班長・・どういう事ですか」

「思い当たるタイミングはあるが、手段も相手も解らんな」

ようやく研究所に辿り着いた一行は、施錠エリアに立ち入って初めて気がついた。

連行した2体だと思っていたのは精巧な、しかも小さく身動ぎをする機能があるマネキンだった。

確かに我々は5分ほど護送車を空けてしまった。

しかし、車自体も施錠し、施錠区画の錠は鍵無しで5分やそこらで開けられるような代物ではない。

だからこその油断だったが、一体どうやったのだろう。

「蛇又班長・・何がおかしいんです?」

研究主任が苦々しげにそう言い放った時、蛇又は自分が微笑んでいる事に気がついた。

・・・ああ、そうか。

蛇又は理解した。

自分は深海棲艦が、この研究所に来なくて済んだ事を喜んでいるんだと。

艦娘の為の兵装や艤装開発をし、人類最後の砦になっている881研は自分にとって誇りだ。

だが、無意味に深海棲艦をいたぶるだけの881研は忌むべきものだったのだ、と。

「本件は所長に報告します。良いですね!」

「この間の装填ミスと相殺出来ると良いな、主任」

「・・・くっ!」

主任が怒気を含んだ足取りで去っていった後も、蛇又は微笑んだままだった。

部下達が護送車を捜索する様子を眺めていたが、ふと、空に2つ並んだ星を見つけた。

「・・うまく、逃げろよ」

蛇又はそう呟くと、自らの身を案じてくれた二人の表情を思い浮かべた。

懐からタバコを取り出し、火をつける。

吸い込んだ紫煙は旨かった。

吐き出し、次を吸い込むと、頭の中で護送中の光景が思い起こされた。

そして、吸い終える頃、ハッとした表情になった蛇又は

「・・・あぁ、あぁ、なるほど、そうか」

と、一人くすくす笑い出した。

 

 

 

 


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