Deadline Delivers   作:銀匙

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はい。
今日から第2章でございます。
第1章がオリキャラ・深海棲艦寄りだったのに対し、第2章は艦娘がメインとなります。

1章は長くなってしまいましたが、2章は今度こそショートストーリーでお届けしますよ!
ちゃんと短くまとめられるって所を見せますからね!
ほっ、ほんとかも、です!



2章:「神武海運」編
第1話


「神通社長、今話しても良いかい?」

自分を呼ぶ声に、神通は気だるそうに片目をちょっと開けた。

神通は自分の部屋、すなわち社長室の応接間に置いたソファで横になっていた。

別に徹夜した訳ではないが、特に仕事も無いので横になっていたのだ。

彼女の事は見なくても声で解るのだが、反応しないと律儀に待ち続ける。

もう軍隊に居るわけじゃないのだし、そのまま話してくれて構わないと思うのだけど。

「・・何でしょうか?時雨さん」

「車検に出すから、輸送トラックを夕島整備工場に持っていくよ」

「・・ええ」

「運転してて何か気になったことはあるかい?」

「特に・・ありません。燃費が倍になって欲しいとは思いますけど」

「僕もそう思うよ。ビットに相談してみるかい?」

「奇怪なマシンを高値で売りつけられそうだから止めておきます」

「あはは。それもそうだね。じゃあ行って来るよ」

「・・あ、時雨さん」

「なんだい?」

「帰りがけに練乳の缶詰買っ・・て・・」

「・・」

言っている途中で神通はしまったと思った。そしてその結果がこの沈黙だ。

あっという間に重力が増していくような沈黙。

ごくりと唾を飲み込んだ途端、低く低く、その言葉は飛んできた。

「・・・神通」

途端に神通はがばりと飛び起きた。

「はいっ!」

「仕事を済ませてから休息を取る事に僕は何も言わないよ」

「・・」

「けれど、業務時間中に私用を行う事は社規で禁止したんじゃなかったかな?」

「仰るとおりです!」

「・・なら、僕の答えは解るよね?」

「業務時間が終わってから自分で買いに行きます!」

「うん・・じゃあ、行って来るね」

「はい!」

 

ぱたん。

 

神通はがくりと肩を落とし、はぁーっと大きく溜息をついた。

頭を左右に振る。

いけないいけない。

起きぬけのぼんやりした意識のままで時雨の相手をするとこうなるって解ってるのに。

 

 「遠征で7徹がなんだ!気合が足りん!」

 「後14分で再出撃しろ!」

 「破損が何だ!行け!進め!戦地で散れ!」

 

・・くうっ。

神通は手で頭を押さえた。

フラッシュバックって奴はどうしてこう不意打ちするのだ。

言葉だけでも辛いのに、ズキズキと激しい痛みまで伴う。

 

 「ゆっくり治していきましょう。焦りは禁物ですよ」

 

精神科医の言葉は優しいようで突き放している。

全ては私の問題だ、と。

「・・・・」

棚の紙袋が目に入る。薬の束だ。

薬は辛うじて自分をつなぎとめている命綱のようなものだ。

いつも眠くても、体が鉛のように重くても、深海棲艦に変化してしまうよりは良い。

・・・はず。

 

いけないいけない。弱気になっている。

神通は頭を振ると、ゆっくりと立ち上がった。

 

コーヒー、飲もう。

インスタントで良い・・

 

インスタントのコーヒーなら部屋から出なくても用意出来るから。

ふらつく足取りでは廊下の先の給湯室は遠いし。

 

その時。

「おっ、目ぇ覚めたんか。気分はどうや?」

声の方を見ると、ドアを半分開けた状態で龍驤が覗き込んでいた。

「あぁ、龍驤さん」

苦笑した神通を見た後、龍驤は廊下をきょろきょろと見回し、そっと部屋に入ってきた。

「?」

神通が首を傾げていると、龍驤が神通の耳元で囁いた。

「また時雨に叱られたんやろ?」

「あ、あはは、解っちゃいますか・・」

「原因はどうせこれやろ?」

「!」

龍驤が懐から取り出したのは練乳の缶詰だった。

「それともこっちか?」

「!!!」

もう片方の手にはつぶあんの缶詰。

「お、美味しそう・・ステキ・・」

うっとりとした瞳で缶に釘付けになる神通の手に、龍驤はそっと2缶を握らせた。

「えっ?あの・・」

「ええから、好きな時に食べや」

「で、でも、これは龍驤さんのじゃ・・」

「ちょっち買い過ぎたんよ。時雨に見つかっても言い訳出来るように仕事は済ませときや?」

「あ、仕事は・・もう済ませてます」

「ほんなら遠慮せんと食べればええ。ここはもうあの鎮守府やないんやし」

「・・・」

「鎮守府と違うて、勤務時間中の飲食は禁じとらんしな」

「・・社規には、書いてないですね」

「私用の外出は勤務時間中はご法度やけどな」

「はい」

「まぁ皆で理由があって決めたルールや。しゃあないで」

「はい」

「で?先に行くのは練乳か?つぶあんか?どっちや?」

神通は真剣なまなざしで2缶を見つめたあと

「・・練乳で」

というと、龍驤はニッと笑い、

「神通の練乳好きは変わらへんな。ジャムは持ってるんか?」

「はい。勿論です。食パンもあります」

「ほなちゃんとしたコーヒー飲みたいやろ。待っときや」

「あの、龍驤さんも召し上がりませんか?練乳ジャムのオープンサンド」

「よっしゃ共犯や。ほなこっちの準備頼むで」

「はい!」

神通がぱあっと笑ったのを見て、龍驤はひらひらと手を振りつつ部屋を後にした。

廊下に出た龍驤は肩をすくめた。

「まったく、うちの連中は・・今を見れば楽しいやろに」

 

「・・・・」

「どうした、時雨」

トラックを見上げていた時雨が振り返ると、正門から入ってきた武蔵が手を振っていた。

それを見て、時雨は困ったような顔で微笑んだ。

「トラックに何かあったのか?」

「ううん、そうじゃないよ。車検に出すから乗ろうとしてただけさ」

武蔵は少し時雨を見た後、助手席側へと回り込みながら言った。

「なら、一緒に行こう」

「えっ?僕一人で行けるよ」

「気分だ。艤装を動かさなければ経費の無駄使いにはなるまい?」

そう言って助手席でぱちんとウィンクした武蔵を見て、時雨は溜息を一つ吐いた。

 

「・・はい、じゃあ月曜午後以降ならいつでも受取可能だよっ!」

「よろしくお願いするよ、アイウィ」

「任せといて!」

時雨はにこっと笑うアイウィを見て、寂しそうに笑った。

最後に心から笑ったのはいつだろう。

武蔵は少し離れた、夕島整備工場の門にもたれたまま時雨を見ていた。

「・・・ふむ」

やはり、な。

武蔵は一人頷いた。

 

 

 


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