Deadline Delivers   作:銀匙

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第4話

「いや、よくこの短期間でここまで持ち直しましたね。計画以上のペースです。さすがルフィアさんだ」

「いいえ、要所要所で南城さんに助けて頂いたからです。ありがとうございました」

「いえいえ、私どもは取引先の皆様をお支えするのが仕事ですから」

山甲信用金庫の応接室で、ルフィアは担当窓口の南城と自社の財務諸表を前に話していた。

モンスター前輸送作戦の支払いで傷ついた財務状態を何とか安定状態にまで戻した事を報告していたのである。

だが、ルフィアが自ら言ったとおり、それは山甲信用金庫の助力無しには到底無理な相談だった。

ルフィアは隣に置いていた風呂敷包みを南城に差し出した。

「・・えっと、これは?」

「実は運んだ後で注文をキャンセルされてしまって」

「おや、それは困りましたね」

「中身は田代屋のお漬物、桔梗堂の栗甘納豆、それに籾山の八つ橋なのですが・・」

「えっ、あっ・・・あー」

南城は京都の出身であるが、交通の便の都合もあり、ここからは大変遠い位置関係にある。

そしてルフィアが示した3つは全て南城がこよなく愛する好物である。

 

金融機関の職員は取引先との間で現金はもちろん、物品の授受も非常に厳しく規制されている。

しかし、法をきちんと咀嚼すれば、必ず対策がある。

ルフィアはにこりと笑った。

「もしよろしければ送料込み1000コインで買って頂ければ助かるのですけど・・如何でしょうか?」

「・・・」

無論、最初から南城の為に買ってきたのであり、中身の総額は1万コインを軽く超えている。

1000コインでは送料にもならないが、要はこれらの口上や料金は摘発対策である。

キャンセルされた荷に対する個人的な協力であると、南城は言い切れる。

そしてルフィアは尻尾を掴まれるような生温い処理なぞしない。

たとえば、ここで送料をサービスするなどと言えばそれだけで便宜を図ったと言われかねない。

録画されている応接室では1つのヘマも許されないが、ルフィアは良く心得ている。

南城は少し腕組みをして考えていたが、そっと財布を取り出した。

「ええと・・良いですよ。領収証を頂けますか」

「勿論ご用意しています」

 

山甲信用金庫を後にしたルフィアは小さく頷いた。

金融機関に限らず、対人関係の基本はメリットの相互補完である。

それは褒めてくれる等の精神面、オマケしてくれる等のコスト面、特別な物が手に入るなど何でも良い。

あの人と付き合うと良い事がある。互いにそう思える関係である事。

「良い事」のバランスも取る必要がある。

一方通行は論外だが、アンバランスが長引くだけでも是正に過大な期待をされてしまう。

今回、C&L商会に対して南城個人が努力してくれた事はとても多岐に渡っていた。

債務返済を滞らせず、山甲信用金庫に迷惑をかけない事は企業対企業の最低限の礼儀だ。

ゆえに南城個人に対するアンバランスを是正することにしたのである。

もちろん、南城が困った立場に置かれないよう配慮しなければならない。

こういう事を放置すると必要無い金融商品を購入する等、南城に対する「借り」を別の形で返す事になる。

それは1万コインどころではすまないのだ。

 

「・・・」

 

ルフィアはバッグに入れたもう1つの包みを確認すると、原付のスターターを回した。

 

「いらっしゃ・・今日はえらく早いな」

「おじさま、おはようございます」

ルフィアが向かった先はキッチン「トラファルガー」であった。

「まだランチの時間じゃないが、ひょっとして朝飯か?」

「いいえ、今日はお礼です」

「・・なんだって?」

「時間外にご飯を頂いたりしてる事にも感謝してますけど、商いの基本を教えて頂いたのはおじさまです」

「・・」

「今日もそれをしみじみ思う事があったので、こういった機会に言っておきたくて」

「もう何度か礼を言ってもらってる気がするけどな」

「それくらい大切な事だった、という事です」

ライネスはルフィアを席に案内した後、腕を組みながら言った。

「んー、波止場で二人と出会ってからもう10年位か。あの時はびっくりしたよ」

ルフィアはこくりと頷いた。

「最初からご馳走して頂きましたよね」

 

その日。

 

まだDeadline Deliversという言葉もなく、ここがすっかり寂れた港町だった頃。

ライネスは埠頭で釣り糸を垂れていた。

店を開けていてもお客が来ないので短時間の営業にした結果、昼過ぎは暇だったのである。

 

「・・あっ!また餌だけ取られちまった!」

 

ライネスはひゅっと釣り糸を手繰り寄せ、後ろに置いた餌箱を取ろうと振り向き、硬直した。

いつのまにか背後に2体の深海棲艦が立っていたのである。

 

このまま俺は食われるんだろうか。

 

ライネスが呆然としていると、1体がぺこりと頭を下げて言った。

「アッ、アノッ!アタシ達仕事ヲ探シテルンデスケド、ドコカデ働ケナイデショウカ?」

「・・・はい?」

 

「ありがとうございます」

「しかし、化けると本当に人間と見分けつかないもんだなぁ」

ライネスは店へと案内しかけて、輸送ワ級の恰幅が広いのを見て

「そのままだと店の椅子には座れないか・・・ここで話をする方が良いか?」

と言ったところ、

「ア、ニ、人間ニ化ケテ来マス!ヤダ!」

といって海に飛び込んだ。

きょとんとしてると2人の少女が海から上がってきた、というわけである。

 

まじまじと見るライネスの視線にルフィアは頬を染めて俯いていたが、クーは平気だった。

「ねぇねぇ可愛い?可愛い?」

「うん。結構良い線行ってるんじゃないか?」

「へっへーん」

「しかし、それだけそっくりなら、この町にも、もう案外深海棲艦が居たりしてな」

冗談めかしてライネスは言ったのだが、

「結構居るよ?」

クーがそう答えたので、再びライネスは固まった。

「ちょ、ま、待て。本当に?本当に深海棲艦がいるのか?」

「うん、だって街中ゲフッ」

うろたえるライネスを見て、得意げに話すクーに肘鉄を入れたのはルフィアだった。

「あ、あの、てっきりご存知だと思って・・すみません」

「い、いや、良いんだけど・・お嬢ちゃん大丈夫か?もろに肘入っただろ?」

クーはぷくりと頬を膨らませた。

「僕の事はクーって呼んで!」

「クーちゃんか、よし解った。痛いの痛いのとんでけー」

「きゃはははは。頭撫でないでよーくすぐったいよー」

「お?すまんすまん、姪っ子が同じくらいの背格好だったんでな」

「僕と似てるの?」

「・・・ほれ」

そういうとライネスは写真立ての1つを手に取り、クーに見せた。

そこにはライネスと少女、そしてその両親と思しき4人が写っていた。

「へー!確かに背丈は一緒くらいかも!」

ルフィアが続けた。

「お近くに住んでらっしゃるんですか?」

ライネスが寂しそうに笑った。

「客船事故で3人とも亡くなっちまったよ。もう2年になるかな」

「あ・・」

 

 

 

 




一応書いておきますけど、全てフィクションです。
リアルで行って贈収賄に問われても私は一切知りません。
はい。

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