Deadline Delivers   作:銀匙

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第9話

 

「ほんとに勘弁してよぅ、ルフィア怒ると怖いんだよぅ」

「あははは、ほんとごめん。晩御飯のお弁当フンパツしたから許してよ~」

「えっ何?何くれるの?」

「じゃーん!越前ガニの釜飯とデザートは羽二重餅~♪」

「やったー!」

すっかり機嫌が直ったクーを横目に、飛龍はルフィアに手招きをした。

「なんでしょう?」

「誤発注の件ごめんね。積載量だいぶ変わっちゃったよね」

「こちらでは珍しいですけど、全体としては良くある事なので」

「じゃあさっき物凄く怒ったのって・・」

「いつも通りですよ?」

「えっ?」

ルフィアは肩をすくめた。

「クーに甘い顔すると際限なく甘えて来るんで」

「あー・・そういうことか・・うん、納得」

飛龍は蒼龍を思い出して頷いた。なんとなく共通点がある。

飛龍はにこりと笑った。

「じゃ、うちの荷物、宮城と稚内まで頼んだわよ!」

「お任せください!」

 

こうして二人は東北方面行きの高速バスに乗ったのである。

 

このルートのもう1つの役割。

それは地上組同士の物資の融通を行う定期便としての役割である。

日本エリアだけでも幾つもの地域支部があり、それぞれ物流拠点を持って運営しているが、どうしても偏りは生じる。

緊急の場合は地上組メンバーが自ら運ぶが、輸送時の公安対策など特殊なノウハウもある。

ゆえに定期便によるこまめな在庫調整は重要な役割なのである。

以前はC&L商会がこの分野を一手に引き受けていた。

だが、食糧をまとめて輸送した時に強奪された教訓を生かし、幾つかの業者に小分けにして依頼されるようになった。

C&L商会としては受注量が減ったのは痛手だが、増え続ける依頼に応えられなくなっていたのも事実だった。

ゆえに今は任せられた範囲をしっかりこなしている、という状況であった。

 

 

その二日後。

 

「さっむー」

「しょうがないし、これからもっと寒くなるわよ?」

「暖房モードにしようっと」

「そうね」

二人が先程たどり着いたのは北海道は稚内。日本最北端の地である。

ただし、稚内港やその近隣は鎮守府の管轄なので、うっかり使うと艦娘達に見つかってしまう。

ゆえに二人は少し南東側に回り、見渡す限り原野という浜辺に来ていた。

ここは地上組が提供してくれた、艦娘の警備が手薄な場所でもあった。

少し遠くで風力発電の風車が低い唸り声を上げて回っているだけで、とても寂しい場所である。

だが、人が居ると警戒しなくてはならない二人にとっては安らぎの場所であった。

「早く行きましょ。艦娘達の領海内では海底すれすれを移動するから日没前に距離稼ぎたいし」

「えー、ちょっと休もうよぅ。バスに乗りすぎてお尻痛いよぅ」

「さっさとする。待ち合わせ時間もあるし」

クーは溜息をついた。自分一人なら1時間位のんびりしてから出航するのに。

「わかったよぅ」

 

数日後、真夜中。

 

「ココカラ2海里先ニ連中ノ受付ガアル。俺ハココマデシカ送レナイ。気ヲツケテナ」

「アリガトウゴザイマシタ」

軍閥の案内人に従って北上したクー達は、メードヌイ島沖で案内人と別れを告げた。

よほど好戦的な軍閥を除き、年がら年中隣接軍閥と戦闘を繰り広げるわけにも行かない。

ゆえに軍閥と軍閥の海境は数海里ほど離して設定される。

軍閥の海域をマスクメロンの皮で例えれば緑の部分である。

そして白、つまりどこの軍閥にも所属しない空白海域こそ、C&L商会にとって危険海域なのである。

実際、先の案内者は危険を冒して空白海域の真ん中まで護衛してくれたが、不穏な集団も幾つか見えた。

クーは案内人が見えなくなるまで見送った後、そっとルフィアに言った。

「ネェルフィア、サッキ見エタ連中来ルト思ウ?」

「下手ニ動ケバ来ルデショウネ」

「コノママ真ッ直グ行ッテ良イノカナア」

クー達の目の前に広がっているのは密林でも岩場でもなく、360度海である。

ゆえにどこへ行っても見た目は変わらないし、まっすぐ行くのが次の軍閥が支配する海域への最短距離である。

彼らの支配海域はベーリング海はおろか北極圏全域であり、入ってしまえば北欧まで安全である。

一方今居る辺りの空白海域は、案内人が親切で護衛してくれるくらい、大変治安が悪い事で知られている。

ゆえに皆、最短路を急ぐ。

だからこそ。

見た目は変わらなくても、すぐ下に機雷が潜んでいる事もある。

艦娘も深海棲艦も恐れる網の罠が仕掛けてあるかもしれない。

ならず者達は襲った相手のその後など気にしない。こんな北の海で罠に嵌れば死が待っている。

恐る恐る最短路に踏み出そうとするクーをルフィアは止めた。

「待チナサイ。マダヨ」

「エッ?」

「ココデ待チ合ワセテルカラ。最低限ノ機能ダケニシテ、動カナイデ」

クーはそっと、浮上システムと温度調節機能以外の艤装を停止した。

辺りに静寂が訪れる。

 

ルフィアは時刻を確認した。後30分。

先の案内人との鉢合わせはまずいと思ったのだが、少々時間を空け過ぎた。

ふと見ると、クーがそわそわしている。

まぁ無理もない。

真っ暗な、ならず者がうようよ居る海のど真ん中で、二人とも非武装。

最低限のシステムにしているのは、少しでもそういう連中に見つかる可能性を低くする為だ。

本当なら早く突破してしまいたいが、自分達にその力は無い。

こういう時はナタリア達ワルキューレが心底羨ましい。

 

ワルキューレはいつ、どこから、どういう航路で進むのかを荷とナタリアの都合で自由に決めている。

それはナタリアを視認した無頼者はおろか、軍閥さえも息を潜めて隠れてしまうから出来る事だ。

ワルキューレを知った上で立ちはだかるのは海底国軍くらいであり、ナタリアもそこは心得ている。

裏返せば、ワルキューレに対抗するには海底国軍レベルの軍事力が要るという事である。

さらに、海底国軍は気に入らないとかいうレベルで総力戦に入る事はないが、ナタリアはあっさり行使する。

今まで不心得者、あるいはトコトン運の無い艦娘がナタリア達と開戦して2時間生き残った記録は無い。

軍閥なら支配海域全体、艦娘なら所属鎮守府の全て、その一切を破壊し尽くすまで決して手を止めない。

ワルキューレの恐ろしさは総合的な火力や戦術レベルの高さだけではない。

稚拙な罠なら鼻で笑って解き、巧妙な罠なら逆に利用する程の個人スキルの高さである。

「アタシが網の罠に嵌ったって笑ってるからそのまま反撃してやったの。慌てふためく様が面白かったわ」

ナタリアはキッチン「トラファルガー」でグラスを傾けつつ笑い話にしていたが、ミストレル達は青褪めていた。

 

網の罠。

 

それは艦娘にとっても深海棲艦にとっても致命的で、運が良くても重傷を負う危険な罠である。

突如空から、あるいは海中から現れる丈夫な縄の網が体に巻きつき、一気に締め上げてくる。

下手に動けば艤装や兵装が壊れてしまう。海原の真っ只中でそんな事になれば後は死ぬだけだ。

砲門の部分だけ網をサバイバルナイフで切り抜き、艤装を壊さぬよう身をよじり、相手の急所を正確に狙う。

全員がそんな芸当を自然にこなせるワルキューレのメンバーだからこそ笑っていられる。

ルフィアは溜息をついた。

自分達が下手に真似しようとしても大火傷するだけだ。

この世は絶対にスタート地点もゴール地点も公平ではない。

御手手つないで皆で1位なんてお花畑は社会に出ればどこにもない。

不平等で、不公正で、様々な思惑に左右される、白と黒が不均等に混ざったドブネズミ色のマーブルなのだから。

 

その時。

二人の耳に艤装の駆動音が聞こえてきた。

不安そうに周囲を見回すクー。

ルフィアは時計を見た。

そろそろ約束の刻限だが、少し早い。

 

 この音の主は、敵か、味方か。

 

駆動音は徐々に近づいてきた。

 

 

 


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