ザバァ・・・
「!」
海面に浮上してきた相手を見て、ルフィアは舌を打った。
賭けは外れた。
こんな血生臭い気配を漂わせている港湾水鬼は待ち合わせの相手じゃない。
ゆっくりと顔を上げた港湾水鬼は、ルフィア達を睨みつけた。
「オ前達、生キテ帰リタケレバ、持チ物ヲ全部置イテ行ケ」
クーはとっさにルフィアを見たが、港湾水鬼を前に全くの無表情で仁王立ちしている。
マズい。ルフィアが本気で怒ってる。
食料海洋投棄事件で信用を傷つけられた事を、ルフィアはそれはそれは苦々しく思っている。
働きもせず人の荷物を奪って生きているような連中を、ルフィアは決して認めない。
ルフィアはクーの見立て通り、怒り心頭だった。
労働の対価だけで生計を立てていく事がどれほど大変か知りもしない奴に!私は!負けるもんか!
何も答えず、荷物を取り出す様子も無いので、港湾水鬼は訝しがった。
だが、自らを恐れて硬直しているものと判断し、ニヤリと笑い、大声をあげた。
「怖ガルノハ解ルガ、私ハ気ガ短イノダ。早クシロォ!」
「ハァ?」
「・・エッ?」
予想と全く違う返事に港湾水鬼は動揺した。
クーは本当は港湾水鬼に伝えたかった。
お願いだからルフィアをこれ以上刺激しないでください、と。
港湾水鬼は訝しがりながら、もう一度戦力チェックを行った。
自分は兵装も弾薬もフル装備であり、装填済であり、目の前のワ級はどう見ても2体とも非武装だ。
勝負にすらならない・・はず。
なのになんで目の前のワ級はどっしり仁王立ちしたまま動かないのだ?
ハッタリ・・としか思えない。いや、そうに違いない。
気を取り直した港湾水鬼はもう一度恫喝する事にした。
無頼者は無駄に出来る弾薬など無い。
定期的な補給手段が無い以上、次はいつ手に入るか解らない。出来れば撃たずに済ませたい。
それこそ非武装のワ級なんかに弾薬を使うのは勿体無い!
「オイ・・コレガ見エナイノカ?コノ主砲ハ」
「貴方、金融機関ノ債務取立人ニ囲マレタ事アル?」
「・・ヘ?何?何ト言ッタ?」
「金融機関ノ債務取立人。消費者金融デモ良イワ」
「エッ・・ナ、何ヲ言ッテルンダ?我々ハ深海棲艦デ」
「知ッテルワヨ。私ガ何年生キテルト思ッテルノヨ」
「ソ、ソンナ事知ルカ。ソモソモコノ主砲ガ」
「耳元デ怒鳴ッタリ机ヲ叩イタリスル取立人ハ、決マッテ小者カ素人ナノヨ」
「ハァ?」
「本当ニ悪イ奴ハネ、散々手下ニ脅サセテオイテ、ヨリ悪イ条件ヲ優シク言ウノ」
「・・・エエト・・ソノ・・ソレガ何ダト言ウンダ?」
「アンタハ私達ヨリ強イ。ソウ思ッテルワヨネ?」
「当タリ前ダ。オ前達ハ丸腰ジャナイカ」
「ドウシテ私達ガ、何度モ、ココヲ、丸腰デ、通レルト思ッテルノ?」
「・・何ガ言イタイ?」
ルフィアは微かな、水泡の弾ける音を聞いてニヤリと笑った。勝った。
「ソノ答エヲ自分デ味ワイナサイ。冥土ノ土産ニ」
「!?」
ハッとした港湾水鬼が振り返ると、ザバザバと何体もの深海棲艦が急浮上して来る所だった。
慌ててレーダーを確認すると数十体の深海棲艦、それも戦艦や姫級がゾロゾロ居る。
こいつら・・北極圏軍閥の海境警備部隊じゃないか。なぜここまで出張ってきた!?
くそっ、丸腰の連中は囮か!一掃作戦でも始めやがったのか?!ならば!
「チイイッ!オ前達ダケデモ道連レニシテヤル!」
そう言いながら港湾水鬼はルフィア達の方を向いたが、
「アレッ?」
二人は忽然と姿を消していた。
「・・・エッ?」
もう一度振り向いた港湾水鬼は至近距離で海境警備部隊の一斉放火を浴びた。
黒光りする砲門が火を噴いた、そう認識する前に港湾水鬼は消し飛んでいたのである。
港湾水鬼が光となって昇天した頃、ルフィアとクーは海中を海境警備部隊の別働隊の案内で進んでいた。
海境を超えて安全圏に入った後、合流した部隊から1体のタ級がルフィアに急いで近づいていった。
「オ迎エガ間ニ合ワズ、本当ニ申シ訳アリマセンデシタ」
「イイエ、皆サンハ予定時刻通リニイラッシャイマシタ。約束通リデス」
「オ怪我ハアリマセンカ?」
「大丈夫デス。回避行動モ取ッテイマセンカラ、荷物モ無事ダト思イマス」
「・・回避・・サレナカッタノデスカ?」
「エエ。皆様ノ荷物ガアリマスカラ」
タ級はごくりと唾を飲んだ。
もし自分の兵装が弾切れで港湾水鬼に遭遇したら、回避行動も取らずに預かった荷を護れるだろうか?
これがプロ根性という奴なのか・・
クーはほっと胸をなでおろしていた。
海境警備部隊に迎えに来てもらう約束をしてたのなら教えといて欲しかったなぁ・・
本気でちびりそうだったんだけど。
「一応、割レタ物ガ無イカ、中身モ確カメテモラエマスカ?」
「解リマシタ」
地図にも記されない、岩礁のような小さな島で取引作業は行われていた。
大量の荷を海上でやりとりすると海に落とさないよう細心の注意を払わねばならない。
ゆえにこういう見つかりにくい場所を幾つか準備しておき、ランダムにその1つを使用する。
それがルフィアが指定した取引場所の運用方法だった。
場所を固定化すると受け渡しを狙って艦娘達に急襲される事がある。
実際、ルフィア達は取引中に艦娘達に襲われた事があり、その教訓を取引のある軍閥に伝授していた。
C&L商会が軍閥に信頼されているもう1つの理由。
それは、艦娘達の不意の襲撃を防ぎ、安定した兵站を運用するノウハウを提供してくれる事だった。
ルフィア達が想像するより遥かに高い価値として、軍閥達はこの情報を受け取っていた。
C&L商会の言うとおりに取引方法を定めるだけでそれらが得られる。
理論理屈を伝授されるより、目の前の解決策を具体的にくれるほうが遥かに役立つ。
そしてルフィア達はそれらを恩着せがましく言ってくるわけでもない。
ゆえに軍閥達はC&L商会の二人を重要人物として扱っていた。
先の軍閥の案内人が空白海域まで護衛したのも、この軍閥が海境警備部隊を寄越したのもそういう事なのである。
「・・大丈夫デス。1ツモ破損ハアリマセン」
「ソレヲ聞イテ安心シマシタ。デハ受ケ取リ伝票ニサインヲ」
「・・コチラデ。トコロデオ願イシタイ荷物ガアルノデスガヨロシイデスカ?」
「荷物量ト行キ先ヲ教エテ頂ケマスカ?空キヲ確認シマス」
ルフィアが取引を進める間、クーはなめらかな岩の上ですやすやと眠っていた。
今日は良く働いた。後はルフィアに任せよう。