Deadline Delivers   作:銀匙

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第9話

24日の帰港直後、ファッゾはミストレルから、深海棲艦の計画を艦隊旗艦に伝えた事を聞いた。

計画を知った時点でなぜ回れ右して帰ってこなかったとの問いに、ミストレルは

 

 「艦娘が・・全滅せずに済むかもしれねぇだろ・・」

 

囁くような声でそう答えたので、ファッゾは黙ってミストレルの頭を撫で、それ以上咎めなかった。

だから蛇又の口から聞きたかった。艦娘の無事を。おかげで全員逃げおおせたと。

それこそがミストレルが自らを危険に晒してまで望んだ結末だったから。

しかし。

軍と民のリクツは違う。

居たからこそ解る、外から見れば不思議な、しかし軍の中では正しいとされるリクツ。

自分が現地に居る司令官だったら導き出したであろう答えは、少将と同じだったと思う。

しかしそれは誰も、深海棲艦さえも望まぬ結末だった。

これでまた、艦娘と深海棲艦の溝が深くなったに違いない。

 

穏やかな顔で一礼し、蛇又が乗り込んだミニバンが去っていくのを、ファッゾは唇を噛んだまま見送っていた。

この戦いに、何の理由があるんだ。

 

その頃。

 

「お洗濯~お洗濯、良いお天気の日はお洗濯~♪」

歌いながら、溢れんばかりの洗濯物が入った籠を抱えて屋上へと階段を上るのはベレーである。

 

ブラウン・ダイアモンド・リミテッドにおいて、ベレーの役割は大変重要である。

仕事中はレーダーを使った広域探査と深海棲艦側との話し合い、そして戻ってくれば

 

「どうしてあの二人は掃除も洗濯も苦手なんでしょうねぇ」

 

そう。事務所兼住居の掃除洗濯全般を任されているのである。

 

 

今から1年ほど前のこと。

 

ファッゾ達の「ブラウン・ダイヤモンド・リミテッド」がようやく商売として軌道に乗った頃。

文字通り事務所にベレーが転がり込んできた。

 

深海棲艦になるパターンは大きく分けて2つ。

1つは元々人間だったが、人体実験によって深海棲艦にさせられたパターン。

もう1つは元艦娘が、轟沈時に何らかの思念が残って深海棲艦になってしまったパターンである。

そして深海棲艦になった後、時間が経過すれば目指す方向性は変わってくる。

ある者は自分を貶めた者への復讐を誓い、

ある者は目にする全てに対して攻撃を始め、

ある者は元居た鎮守府を一目みたいと探し回り、

ある者は戦いが嫌になり、軍閥すらも避けて逃げまわる。

 

ベレーの場合は元艦娘であり、最後のパターンだった。

深海棲艦になったのも、沈み行くとき、もう戦いを命じられるのは嫌だという思いが強かったからだ。

そしてそれゆえに深海棲艦のニ級になっても誰とも戦いたくなかった。

深海棲艦になった場所からデタラメに逃げ回り、疲れ果ててこの町にやってきた。

そしてファッゾ達の事務所の前で、ついに目を回して倒れてしまったのである。

 

「良いんじゃねぇの。そいつと戦う気があるならここに居ねぇよ」

「まぁ、そりゃそうだわな」

 

ベレーがソファで目を覚ました時、ファッゾとミストレルはこんな事を話していた。

だが、意識が戻ってきたベレーはミストレルを見てガタガタと震えだした。

深海棲艦の天敵は艦娘。しかも駆逐艦と重巡では勝負にならない。

「ア・・ア・・・」

ファッゾはゆっくりと、声も出ないほど怯えているベレーに話しかけた。

「起きたか。先に言っとくが、俺達に攻撃しない限り俺もこいつも君を撃ったりしないよ」

ベレーが震えたままファッゾを見たので、ファッゾはカップにコーヒーを注ぎながら続けた。

「俺はクビにされた司令官、ミストレルは艦娘だが脱走兵だ。コーヒー飲むかい?」

「ア、ハイ、頂キマス・・」

「で、君は艦隊からはぐれちゃったのかな?」

「イエ、ソノ・・私モ逃ゲテ来タンデス」

ミストレルはベレーをじっと見返しながら訊ねた。

「なぁ。お前はこの後どうしたい?」

ベレーは悲しげに首を振った。

「・・解リマセン。タダ、モウ戦イタクナインデス」

「仕事する気はあるか?」

予想外の質問に、ベレーはきょとんとして答えた。

「エッ?エエ、ハイ。地上デ食ベテクニハ働カナキャイケナイッテ聞イテマスシ」

「じゃあアタシらを手伝って欲しいって言ったら、何が出来る?」

「エ、エエト、秘書艦ガヤル事務作業クライナラ」

ファッゾが口を挟んだ。

「ほう。君は元艦娘か」

「ハッ、ハイ。今ハ沈ンデ、コウナッチャイマシタケド」

「んー・・あたしらは海の上で物を運ぶ仕事をしてる」

「ハイ」

「だから深海棲艦や艦娘に出会う事は普通にある」

「ハイ」

「アタシは艦娘だから艦娘には話が通せるけど、艦娘だって事で怯えて攻撃を始めちまう深海棲艦もいるんだよ」

ベレーは苦笑した。

「ソウデショウネ。怖イデスモノ」

「だからそいつらにさ、アタシが攻撃するつもりがねぇって説明してくんねぇかな」

「・・ナルホド」

「そういう仕事だ。どうだ、やってみるか?無理強いはしねぇよ」

 

たっぷり1分ほど思案した後、顔を上げて答えを言った。

 

「オ願イシマス」

「ん。じゃあお前はベレーだ」

「・・ベレー?」

「あだ名だよ。今の姿、流行のベレー帽被ってるみたいだからな」

「エー」

「だって、ニ級なんて呼べねーだろ?」

「ソウデスケド、モウ少シ名前ラシイ名前ノ方ガ」

「この町じゃ誰もがあだ名で呼び合ってる。名前だってほんとかどうか怪しいもんさ」

「貴方ハ・・ソノ、艦娘ノ摩耶サンデスヨネ?」

ミストレルはニッと笑った。

「んな名前は知らねぇな。アタシはミストレル・ダイアモンド。ミストレルって呼んでくれ」

ベレーはくすっと笑った。

「解リマシタ。ミストレルサン」

「おうよ」

ファッゾは頷き、キーホルダーから鍵を1本抜いて放り投げた。

「突き当たりから2個手前の部屋、それが君の部屋だ。鍵を渡す。内鍵もかかるよ」

「ヘ?」

「ミストレルの部屋は突き当たり、俺はそこの部屋だ。後はミストレルから聞いてくれ」

「ア、ハイ、解リマシタ」

「というわけだ。後は頼むぞミストレル」

「あいよ。じゃあ案内するからついてきな」

「エット、アリガトウゴザイマス」

「おやすみ」

こうしてベレーは「ブラウン・ダイアモンド・リミテッド」に住みこみで働くことになったのである。

 

 


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