Deadline Delivers   作:銀匙

90 / 258
第2話

 

仕事を終えた後、ナタリアはついついとフィーナの肩を突いて外に出て行った。

フィーナは自分のハーレーの鍵と財布を手に立ち上がった。

フィーナの予想に反し、ナタリアはキッチン「トラファルガー」ではなく酒屋に向かった。

そして缶入りモヒートを1ダースと細巻き煙草を1カートン買い、ここへと向かったのである。

 

それにしても、とフィーナは思った。

ナタリアが酒に頼り、人目を避けるって余程よね。

 

クシャッ!

ナタリアは1缶目を一気に飲み干すと、アルミの缶を握りつぶした。

怒ってるというより勇気が出ない自分に困っている感じだ。

これは助走が必要みたいね。

 

「ボス」

「・・」

「昼の答えですけど、NOです。関係が続いた男は居ませんよ」

「それは、あー、えっと、続けたくなかったの・・かしら?」

「んー・・」

フィーナは少し目を瞑って考えたが、

「昔は1つの港にそんなに長居しませんでしたから、続けたいと考える暇が無かったですね」

「それは深海棲艦になってから、よね?」

「その前にそんな事に気を回す余裕ありましたか?」

「ごめん。ないわ」

昔・・か。色々あったわね。

2缶目を開けながらナタリアは海原を見つめた。

 

 

そう。

ワルキューレは今でこそ長らくこの港町に留まっているが、ナタリアは以前ファッゾに向かって

 

 「ほとぼりが冷めるまで、久しぶりにナポリ辺りで過ごすのも悪くないと思ってね」

 

と言った事を覚えているだろうか。

ワルキューレを始めた時からナタリア達はここに居た訳ではない。

かつてのナタリア達は海原を回遊しては艦娘や軍閥と戦い、懐に余裕が出来ると諸国を彷徨っていた。

 

この港町にやってきたのは全くの偶然だったし、長居するつもりも無かった。

食事をした店から通りに出た途端、ナタリアはかばんを持った紳士とぶつかってしまった。

反動で尻餅をついてしまう。

「い、痛ぁ・・なんなのよぉ?」

ぶつかった紳士も尻餅をついたが、そのままナタリアに這い寄ると真剣な目で言った。

「ア、アンタ!頼まれてくれんかね?」

「えっ?何を?」

「このカバンをロスアンジェルスまで届けて欲しい!この通り!」

ふと通りを見ると、町の人間が遠巻きにこちらを伺っている。

だが、誰もがその紳士と係わり合いにならないようにしているのがすぐに解った。

そしてこのたった一言で、町の人がそうする理由も解った。

 

かつてであれば、太平洋で繋がれたロスと日本はメジャーな航路だった。

だが、海底国軍が太平洋ハワイ沖に自陣を構えた事で太平洋は封鎖されてしまった。

今、日本とロスを結ぶには地球を西回りで向かわねばならず、あまりにも遠距離過ぎる。

道中のリスクを鑑みれば引き受けるのは余程の阿呆である。

あまり航路を気にしないナタリア達でさえ太平洋だけは近づかないようにしていたのである。

「ふーん・・アメリカねぇ」

「頼む。この町なら誰か引き受けてくれると聞いてたが、誰一人承知してくれん」

ナタリアはこんな事をしてみるのも良いかと思った。

自分達は戦艦だが、カバン1つ運ぶ位造作も無い。

そしていい加減、今の生活にも飽きていた。

付き従う部下と共に食い扶持に困らないのならそれもいい。

 

そう。

ナタリア達ワルキューレは全員レ級で構成されている。

レ級は戦艦であり、空母であり、雷巡である。

そう言えるほど兵装選択性は柔軟で、防御システムは強固で、最高速は高く、超長距離を航続可能な燃料積載性を誇る。

対応出来ない艦種は居らず、文字通り万能艦と呼ぶにふさわしい多目的艤装が特徴である。

だが、深海棲艦が全てレ級に置き換わらなかったのは2つの理由がある。

1つは艤装を使いこなす為に船魂に求められる資質。

もう1つは運用コスト。

この2つがどちらも極めて高い事である。

下手な船魂では艤装を起動する事さえ出来ず、1戦交えれば吐き気がするくらいの資源を消費する。

どちらも上級になるほど指数関数的に高くなる。

flagship級ともなれば1体で平均的な鎮守府の1つや2つは易々と火の海に出来る。

代わりにその艤装の操作は極めて優秀な船魂でさえ難儀するし、小規模な鎮守府が運用出来る程の資源を消費する。

コストパフォーマンスは決して悪くないのだが、レ級が何体も狭い海域に留まれば海底資源が払底してしまう。

弱小軍閥や貧弱な海底資源ではノーマルのレ級1体さえ運用出来ない。

ワルキューレは全員flagship級であり、そのコストを賄うナタリアの苦労は大変な物があったのである。

 

「ギャラは幾らくれるのかしら?」

紳士は懐から小切手を4枚取り出した。

「これだ。全部差し上げる!」

ナタリアは手渡された小切手の金額を見てぞくりとした。

4枚合計で1億コイン。

全員で全ての兵装を買い替え、弾薬や燃料を0から完全補給してもまだ余る。

そんな必要は無いし、これまでの生活レベルなら数年は大丈夫だろう。

紳士はナタリアの手を強く握った。

「もう本当に、これで全部だ。頼む。どうしても、届けて欲しいのだ・・」

「・・ちょっと待って。期日は?」

「3週間以内だ」

ナタリアは唸った。

そりゃ町の連中が引き受けない筈だ。

太平洋の最短航路を通れた時代ならば、鈍足な貨物船であってもロスと日本はおよそ2週間。

紳士のオーダーは妥当といえた。

だが今は、通れない。

馬鹿正直にスエズを経由し、米国東海岸から陸送すればナタリア達でさえ到底3週間では間に合わない。

シベリア鉄道等の陸路は脱走艦娘や深海棲艦達がパスポートを持っていない為、国境で捕まる恐れがあり使えない。

逆に紳士はパスポートは持っているが、日本を出ようにも海を渡る事が出来ない。

ナタリアは出来るだけ明確に問題点を説明しようとした。

「ええと、今は太平洋が通れないの。地球を西方向に行く事になるから最短でも2ヶ月はかかるわよ?」

「何度もその話は聞いた。だがそれじゃ間に合わない」

そっか、そうよね。

ナタリアは状況を理解した。

1億コインは大金であり、皆引き受けたいのは山々だ。

だが、それと引き換えに太平洋の藻屑になりたくはない。

つまり落としどころがないのである。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。