「それにしても、恐ろしく都合の良い話だなぁ」
龍田は町長との話を説明し、署長は状況を説明した。
その上での一言である。
署長は龍田を見つめながら続けた。
「被疑者の艦娘を討てば貸し借りはそちらに有利な形で進められる。実に申し分ないタイミングだ」
龍田は署長を見つつ目を細めた。
「我々が依頼人を殺すよう、その逃亡艦娘をけしかけたとでも~?」
「相当なタマだよな、アンタ」
「女ですからタマは無いですよ~?」
「うんざりするほど背負ってるだろうに、とびきりキナ臭い奴を。ああ、それと・・」
「・・・」
「例のマルムスは泳がせてる最中でな。連中のヤサには秘聴も仕掛けてる。誰と電話したかも知ってるよ」
マルムスとは逃亡艦娘の隠語であり、ヤサは事務所、秘聴とは盗聴の意味である。
龍田は微笑んだが、うっすらと頬に緊張が走っていた。
「・・町長にご進言なさいますか?」
「いや。あのお人良しは耐えきれんし、俺達としてもマルムスの処理が面倒なのは確かなんだ」
「・・」
「第一アンタの喩え話に激昂して街中でお六にするなんて愚の骨頂だ。どんだけ目があると思ってやがる」
お六は死体、目は目撃者という事である。
龍田は署長の意見に頷きながらも、慎重に言葉を紡いだ。
「・・では、署長さんの胸に仕舞っておいて頂ける、という事ですね?」
「そっちが恩に着せないなら俺達も喩え話の件を忘れる。それが一番だ。違うか?」
署長と龍田の視線が交錯した。
「・・チャラという事で」
「解った」
互いにニッと笑って頷いた時、
「すいません。宿がなかなか見つからなくて、お待たせしました」
そう言いながら町長が部屋に入ってきた。
龍田は町長に柔和な笑みを送った。
「犯人は逃亡中ですが、どこにいるかの目星はついてるそうですよ」
署長は肩をすくめた。
「B17埠頭の奥だ。解るだろ?」
町長は顔をしかめた。
「チームメリッサ・・最も武闘派の逃亡艦娘達か」
署長が頷いた。
「動機も簡単。依頼人が艦娘側業者の誘いを断って深海棲艦側の業者に行こうとした」
「・・まさか」
「あぁ。ワルキューレに、だ」
町長は弾かれたように立ち上がった。
「ナタリアが危ない!」
ドズズン!ズズン!
町長に応えるようにその砲撃音は鳴り響いた。
署長は窓に駆け寄り、龍田は眉をひそめてインカムをつまんだ。
砲撃の轟音は次第に数を増やし、夜空を赤く染め始めた。
ファンファンファンファン!
パトカー数台が車列をなして現場へと向かう。
その中央車両に、町長、署長、そして龍田が乗っていた。
町長は後部左側の席で指を噛んでいた。
ナタリアの事務所の方角だ。
ナタリアは無事だろうか?
自分がもっと早く決断をしていれば・・
署長は助手席でバックミラー越しに龍田を見ていた。
こいつ、こうなる事も解っていたな。海軍連中の中でもひときわ厄介なアマだ。腹黒さは雷並みって事か。
龍田は後部右側の席で考えていた。
想定シナリオDか。憎悪は抑えられないほど強まってたって事ね。
あとはケースDaのナタリア側全滅か、Dbの艦娘側全滅かのどちらか。
ただ、こうなった場合、不知火と文月はDbが95%と予想していたし、私もそう思う。
レ級4体を含む深海棲艦勢に駆逐艦と軽巡の計32隻じゃ到底勝てる筈が無い。
レ級の錬度によっては瞬殺も可能なくらいの戦力差だ。
そんな事さえ徒党を組んで不意打ちすればどうにか出来ると思うのが頭の弱い証拠だ。
龍田は小さく頷いた。
馬鹿過ぎれば生きて行けないのは戦場でも街中でもそう変わらない。
「こっ・・これは・・」
町長が呟きながら見ている先。
そこは、サウスウェストストリートと呼ばれた通りだった。
中心街とは言えなくてもストリートと言える程度には海運業者が集まっていた地区。
深海棲艦側の拠点とも言える地区だった。
今やまともな建物は1つもなく、夥しい瓦礫の山、燃え盛る炎、そして数多の天に昇る光が見えるばかり。
それは艦娘の、そして深海棲艦の命が散った事を示す光だった。
警官達はストリートの入口をパトカーで封鎖し始めた。
この現場検証はどれだけ端折っても面倒な物になるだろうという深い溜息を吐きながら。
「あ、町長待て!」
署長の制止を振り切り、町長は瓦礫と炎の森に向かって駆け出した。
ワルキューレは・・ナタリアは・・
龍田はその背中を見ながら顎に手を当てた。
ケースDbのリスクは完了後もレ級達が理性を失ったままとなり、町全体を壊滅まで追い込む事だ。
それを防ぐ為、鎮守府から同行させた面々は外洋で待機している。
しかし、そのリスクを穏便に解決する方法が1つだけある。
それが町長であり、自ら行動してくれれば僥倖だ。
「上手く嵌るかしら、ね」
署長は龍田を背後からじろりと睨みつけた。
「ナタリア!ナタリアぁ!」
叫びながら、走りながら。
町長はその姿を探し続けていた。
「・・・・」
ナタリアは煙の立つ主砲を、だらりと下げていた。
フィーナ達は淡々と自らの兵装をチェックしていた。
その周囲にはル級など、生き残った深海棲艦達が疲れきった様子で地面に座っていた。
皆、粉塵を被って埃まみれであり、一様にその表情は暗かった。
少し前。
「ナタリアさん!逃げて!逃げてください!」
砲撃を知らせに来たヲ級は、その後様子を見に通りへ出た直後に撃たれて消えた。
ワルキューレの4人は兵装を展開して即応したが、通りに住む多数の仲間が犠牲になった。
ストリート全体に炸薬榴弾で砲撃を加えた後、乗り込んできたのは艦娘達だった。
ただしチームメリッサだけではなく、チームメリッサと交友関係のある艦娘達も混じっていた。
手にした兵装は明らかに広範囲を攻撃対象とするものであり、無差別殺戮が狙いである事は明らかだった。
予定と違ったのはそれでもナタリア達の返り討ちにあって全滅してしまったという事だろう。
ナタリアを虚無感が包んでいた。
なぜ、我々は深海棲艦だというだけでここまで迫害されるのだ?
いや、それは愚問だ。深海棲艦の大多数は攻撃的な敵なのだ。
艦娘時代の教育内容を思い出すまでも無い。
しかし、先程までこのストリートの皆は、今日の荷を捌き、明日に備えて一生懸命仕事していた。
地上組に協力を仰ぎ、町で平和に暮らしていく為の行動方法も学んできた。
戦いを避け、働きながら暮らしたいと願う深海棲艦も移り住んできていた。
人間は、町長は、約束を守ってくれた。
私達を探し出そうとする魔の気配をこの町で感じた事はなかった。
警察さえも人間と同じように接してくれた。
だからそれに応えようとしてきたのだ。
その努力の果てがこの瓦礫の山か?炎の海か?
だから艦娘は・・いや、我々と一緒でひっくるめるのは良くない、か。
けれど、もう、もう何もかも、どうでも良い・・