近いうちに四人そろって出せたらいいなぁ……
ミニーの報復なのか、突然、礼美は何かにおびえるようにして池の方へと逃げていき、あわや池に落ちてしまうところだった。
礼美を落ち着かせるため、一度屋敷の中に戻った麻衣がそのことを報告している間、昌浩は礼美を助けた女性と話をしていた。
「さっきは勾陳、ありがとう」
「気にするな。しかし、まずいことになったな」
「妖や物の怪を一時的に退けるお守りか何か作れればいいんだけど……」
さきほど、どこからともなく現れた長身の女性と昌浩が親し気に話しているのだ。
それも、女性の方はこちらの事情をだいたい知っているような様子で。
当然、今まで姿を見せていなかったにもかかわらず、こちらの事情をすべて知っているかのような態度をとっている女性に、昌浩以外の全員がいぶかし気な視線を向けていた。
「あ、あのぉ……先輩?そちらの女性は……?」
「いったいどちらさんだよ、その美人さんは」
「ん?……あ、そうか。みなさん、姿を見るのは初めてでしたっけ」
「……少なくとも、今まで出会ったことはないな」
当然といえば当然の返答に、昌浩は苦笑を浮かべた。
式神の存在は話したことはあったが、実際に姿を見せたことはないし、見せるような事態に陥ったこともないため、実質的にはこれが初対面ということになる。
「勾陳」
「……まぁいい。安倍晴明が配下、十二神将『土将』勾陳だ。昌浩が世話になっている」
女性の口から出てきた、十二神将という単語に、麻衣は首をかしげていたが、その他の面々は目を丸くしていた。
「せ、先輩。十二神将ってなんですか?」
「十二神将ってのは、仏教の薬師如来を守護する十二人の武将だよ。ただ、陰陽道では六壬式盤って占具に書かれている十二人の神様のことを指すんだ。正確には『十二天将』なんだけど、俺たちは神将って呼んでる」
「そのうちの一人が勾陳。五行のうち、『土』を司り、闘争や訴訟を司るとされています……まさか、お目にかかることができるとは」
陰陽道に強い関心を持っているリンが途中から解説に入ってきた。
なお、勾陳が自身の主と呼んだ『安倍晴明』は、今現在を生きている昌浩の祖父のことではなく、京都の晴明神社に祀られている祭神のことを指している。
ふと、勾陳はナルの方へ視線を向けてきた。
何の用事か、と問いかける前に、勾陳は痛いところをついてきた。
「これで終わりとは思えない。まだしばらくはあの少女についててやるが、早々に解決せねば子供のほうがもたないぞ」
「……わかっている」
余計な反論をすることなく、勾陳は静かに姿を消した。
どうやら礼美のもとへ向かったらしい。
昌浩は慣れているため、どうということはないが、これまでの人生で実態を持った霊的な存在というものに遭遇したことがないナルたちは勾陳が姿を消してもしばらくは呆然としていた。
だが、それも昌浩の次の一言で現実に引き戻されることとなる。
「ところで、滝川さん。ミニー、どうなりました?」
「それが聞いてくれよ!箱はきれいに燃えたのによ、ミニーだけ無事だったんだぜ?!あり得るか、普通!」
どうやら、ミニーの処分に失敗したらしい。
いや、あるいはそれだけ強い霊が憑りついているということか。
「いずれにせよ、ミニーをなんとかしないことには礼美ちゃんが危ないことに変わりはない……昌浩、原さんとジョンに連絡を。それから、呼べば来てくれるなら、他の十二神将も」
「わかりました。ただ、神将はあと二人が限度だと思います」
「構わない。どっちも礼美ちゃんと典子さんの護衛につけてくれ。麻衣、礼美ちゃんと典子さんの様子を見てくる。一緒に来てくれ」
そう言うとナルは麻衣と一緒に礼美と典子が休んでいる部屋へとむかっていった。
昌浩の方は電話を借りて、ジョンと真砂子に連絡を取り、その後、自分の家に電話を入れた。
二、三回ほどのコール音の後、女性の声が昌浩の耳に聞こえてきた。
《はい、安倍ですが》
聞こえてきたその声に、昌浩は驚きの声を上げた。
「え?彰子?!なんでうちにいんのさ?!」
電話口に出てきたのは、八神比古同様、昌浩の幼馴染である少女、藤原彰子だった。
彰子は電話口の相手が昌浩だと気づくと、声色を少し明るくして答えた。
《あ、昌浩?どうしたの?お仕事だって聞いたけど》
「あ、うん。ちょっと玄武と天一にこっちに来てもらえないかなって思って」
《そうなの?それじゃ、二人に話しておくわ。あ、けど朱雀も一緒に行くかもしれないけれど……》
「あ、ありがとう……うん、朱雀が一緒でも大丈夫。てか、なんで彰子がうちに?!まさか、道長さんか爺様に何かあった?!」
《ううん。比古くんと蛍ちゃんと一緒にいたら六合と風音さんに会って、そのまま一緒にお茶に誘われたの》
特に何もなかったことに、安堵したように昌浩はため息をついた。
その様子がありありと浮かんできたのか、彰子はくすくすと笑いながら、文句を言ってきた。
《もう、昌浩ったら。心配しすぎよ?》
「あぁ、うん。ごめん……それじゃ、三人に伝えておいて」
《わかった。それじゃ、昌浩、また今度ね》
「うん、また」
そう言って、昌浩は電話を切った。
久しぶりに彰子の声を聞けたことに安堵したようなその表情に、法生と綾子はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
「え、えっと……お二人とも、どうしたんですか?」
「いんや、別に~?」
「いいわねぇ、若いって」
「……はぁ……」
どうやら、彰子とのやりとりを聞いて、からかいの対象を見つけたらしい。
だが、二人がからかう間もなく、玄関のチャイムが鳴った。
これ幸いとばかりに、昌浩が応対すると、そこには童顔で関西弁を話す外人と、和服を着た市松人形のような少女がいた。
「ジョンさん、真砂子さん!」
「どうも、昌浩はん。ご無沙汰しとりやす」
「…………」
にこやかに昌浩に挨拶をするジョンに対して、真砂子は口元を抑え、気分が悪そうだった。
その理由をなんとなく察した昌浩は、苦笑しながら問いかけた。
「かなり、ひどいですよね。ここ」
「えぇ……こんな屋敷、今まで経験したことがありませんわ」
「一時的でも見鬼の力を封じることはできますが、どうします?」
やはり、真砂子も気分が悪くなったようだ。
この屋敷にきた当初、昌浩もこの屋敷を霊視してみたが、あまりに多い霊の数に気分を悪くしてしまったため、気持ちはよくわかる。
そのため、いまはチャンネルを切り替えて見えないようにしているのだが、真砂子はそれが苦手なようだ。
「いえ……視ることがわたくしの仕事ですから……お気遣い、ありがとうございます」
「わかりました。それなら、無理はしないように」
確かに真砂子にとって視ることを封じられるということは、仕事を奪われることと同義だ。
それに、同い年とはいえ彼女も仕事としてこの場にいる。
与えられた仕事は全うするもの、という気持ちでいるのだろう。
その気持ちを汲んで、封印を行うことはしなかった。
だが、やはり気分はすぐれないらしく、ベースに着いた時にはナルに抱きつくような形でよろけてしまった。
「原さん?」
「何なんですの、この家……墓場よりもひどい」
墓場よりもひどい、ということは、それだけ大量の霊が集まっているということだ。
さらに真砂子は見えている霊がすべて子供の霊であること、お母さんのところへ帰りたいと泣いて苦しんでいることを告げてきた。
「……それに、この家、霊を集めていますわ……全部、子供の、霊、ですわ」
そう話すと、気力が尽きてしまったのか、真砂子はふらりと倒れそうになった。
それを昌浩が支え、綾子と麻衣に頼んで借りている仮眠室へと運んでもらった。
それを見送った昌浩は、最初に霊視をした時と同じように虚空を見上げた。
見鬼の力を封じていた術を解くと、大量の人魂が視界に入り込んだ。
さらに意識を集中させると、真砂子のいう通り、子供の泣き叫ぶ声がいくつも聞こえてきた。
さすがに精神的にこたえるため、封印術を再び自分にかけると、子供の声は聞こえなくなり、人魂も視界から消えた。