法生が見張っていたミニーが突如姿をくらまし、礼美の足元に出現した。
発見した典子と居合わせていた昌浩は、勾陳と天一を部屋に残し、ミニーを連れてナルが待機しているはずのベースへと急ぐ。
「渋谷さん!」
「どうした、昌浩」
「どうしたんですか、先輩? なんかすっごく慌ててますけ……先輩! その手に持ってるのって!!」
ベースの扉を勢いよく開け、昌浩はまずナルに声をかけた。
すると、ナルと麻衣が同時に昌浩の方へ声をかけるが、麻衣は昌浩が持っているミニーを見つけると、目を見開く。
「さっき、礼美ちゃんの足元にこれが」
「なるほど。で、礼美ちゃんは?」
「俺が出るまでは少なくとも無事でした。今は勾陳と援軍で来てくれた天一についてもらってます」
「そうか……ジョン、早速で済まないが、頼む」
昌浩からミニーを受け取ったナルは、ジョンにミニーを手渡す。
受け取ったジョンは、早速、憑き物落としを始めた。
テーブルに寝かせたミニーにジョンは聖句を唱えながら、その額にロザリオを置いた。
その瞬間、閉じていたミニーの目がかっと開く。
「うっ!」
「やだっ!」
法生と麻衣のものだろうか、小さな悲鳴が漏れる。
だが、ジョンは気にすることなく、聖水をかけながら聖句を唱え続けた。
ミニーはその聖句が唱えられる間、小さく揺れていたが、ジョンの言葉が終わった瞬間、その動きは止まる。
同時に、額に置いたロザリオもテーブルの上に滑り落ちた。
ミニーの額に、焼け焦げた跡のようなものを残して。
「霊は落ちたと思います。けど、滅ぼしたわけと違います」
「そうか、ご苦労だった」
「いえいえ。二度と悪用されへんよう、焼いてしまったほうがえぇ思います」
「そっちは坊さん、頼んだ」
「はいよ」
ナルの頼みに、法生は珍しくあっさりと承諾の意思を伝える。
その後、法生がミニーを燃やすと、今度は簡単に燃えてしまったという。
法生からその報告を聞いた一行は、次にミニーの正体について議論を始めるが。
「ミニーに憑りついていたんは、この土地に住む地縛霊や思います」
「子どもの霊か」
「寂しさで友達が欲しくて仲間にしようとしてってことか?」
子どもの霊というものは、存外、寂しがりだ。
そのため、自分と同じくらいの年齢の子どもをターゲットにして引き込もうとすることがあるのだが。
「だが、なぜだ? 子どもの霊が原因であるなら、むしろ母親になってくれそうな麻衣や典子さんを狙いそうなものだが……」
「元凶になっている霊には何かのこだわりがあるってことか?」
「……霊のこだわり、か……」
法生の言葉を反復し、昌浩はがしがしと頭を掻く。
こういうとき、その霊が生きていた頃のことを知ることができれば、一気に解決まで向かうことができる。
だが、タイムマシンでもなければ、そんなことはできない。
霊が何を考えているのか、霊自身に聞くことが一番早いのだが。
「……麻衣。原さんの様子は?」
「まだ、具合悪いみたい」
霊媒である真砂子は、この場にとどまっている霊魂にあてられてしまい、今も臥せっている状態だ。
昌浩も霊を視ることができないわけではないが、真砂子と同じようにあてられてリタイアなんてことは避けたいところ。
ならば、とナルは一つの提案をする。
「浄霊をしてみるか」
「浄霊?」
「除霊は霊を問答無用で現世から追い出すこと。浄霊は霊を説得して成仏してもらうことをいうんだけど……どうにかできますかね?」
「どうにかするしかないだろう……昌浩、坊さん。頼めるか?」
一応、仮にも。まだまだ半人前ながら昌浩は現代でも生き残っている陰陽師の見習い。除霊はもとより、浄霊もやったことがないわけではないため。
「やれるだけはやってみます」
法生よりも早く、ナルに返答していた。
昌浩の返答を聞いたナルは、頼んだもう一人に視線を向け。
「坊さんは?」
「まぁ、やれってんならやるけど」
「そうか。まず、これが一番古い被害者たちの情報だ」
そう言って、ナルは二枚の紙きれを昌浩と法生に手渡した。
そこには、この家で亡くなった子どもと思われる名前と享年、宗派などの情報が記されている。
その情報量に、法生は目を丸くし。
「よく調べたな、七十年も前のことを」
「これくらい、簡単なことだ」
感心する法生きだったが、ナルはなんでもないかのように振る舞い、パソコンを操作しているリンに指示を出す。
その背中に麻衣が、本当にすごい自信家だと心中で突っ込んでいたが、それに気づく人間はこの場にはいなかった。
その後、礼美と典子に護符を持たせ、念のために真砂子とジョンを同行させてホテルへと避難させ、準備を終えた昌浩と法生が浄霊を開始する。
法生が礼美の部屋で、昌浩がリビングで不動明王呪を唱え、その様子をナルたちがベースで観察を始めた。
浄霊開始から数分。
「どうだ?」
「……温度が下がってきました。特にベッドの周り……もう二度は下がってます。マイクは今のところ、異常はありません。妙に雑音が少ないことは気になりますが」
モニターで観察しているリンがナルの問いかけに淡々と返す。
そのうち、どこかをノックする音が響き始める。
それがラップ音であることをナルに告げた瞬間、同じくモニターを見ていた麻衣が居間に変化があったことをナルに告げた。
モニターには、床から何か煙のようなものが上ってきている映像が写っており、今の温度が氷点下二度を指していることをリンが告げる。
その瞬間、ナルは居間にいる昌浩にむかって。
「昌浩! 事の中心はお前のいる居間だっ!」
《居間ぁっ?! 昌坊、今援護に行くっ!!》
ナルの言葉を聞き、法生が居間へと急ぐ。
その間も、麻衣はモニターに映る靄を見ていた。
その靄には、顔のようなものが見える。
その顔を見た瞬間、麻衣は直感的に、これが子どもの霊の集合体だと気づく。
彼が出すうめき声が、まるで昌浩の唱える不動明王呪によって苦しめられているように感じた麻衣は、耐えきれずに目をふさぐ。
だが、現場にいる昌浩がこの霊の集合体が何者であるか気づかないわけがない。
昌浩は不動明王呪を止め、代わりに柏手を二度、打ち鳴らし。
《ひふみよゆゆななやここのたり、ふるべゆらゆらとふるべ……》
不動明王呪ではない、別の何かを唱え始める。
その瞬間、子どもの霊たちはうめき声を止め、徐々に姿を消していく。
このままいけば、子どもたちの霊は浄化されていくと、安堵した瞬間。
――……え?
麻衣の目に、黒い何かが映りこんだ。