蔓延る闇に立ち向かえ   作:風森斗真

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 昌浩が相棒の物の怪に頼んだことというのは、黒川を見張ることだった。

 見張る、といえば聞こえは良くないが、仮にも"霊能力がある"と豪語している彼女のことだ。

 何かしらの儀式や呪詛を行っていても不思議ではない。

 だが、もし彼女の話が本当であったとして、黒川は霊が見えるだけ(・・・・・)の一般人にすぎない。

 

 ある程度の努力があれば、それなりの実力を身につけることが出来る、というのは世の常だ。だが、こと霊能力に関しては天性の才覚、すなわち、素質の有無が大きな部分を占める。

 そういった意味で、彼女は才能がある、ということになる。

 だが、呪詛を扱うということは、自身もその代償を支払うということだ。

 見えるだけで何もできない人間が呪詛を行うことは、本当の意味で命を削る行為だ。

 もし、なにか呪詛を行っているしぐさがあるのなら、何としてでも止めなくてはならない。

 

 だが、四六時中、黒川に張りついているわけにはいかないため、黒川が存在を認知することが出来ない物の怪に見張りをお願いしたのだ。

 

 《さすがに、騰蛇に行かせるのは酷だったのではないか?》

 

 ふと、昌浩の耳に水を通したような声が響いてきた。

 だが、その周辺を見渡しても、声の主と思われる人間の姿は見えない。

 にもかかわらず、昌浩はあっけらかんとした態度で声に答えていた。

 

 「そんなことはないと思う。もっくん、あれで結構気にかけてたみたいだし」

 《あとで文句を言われることは覚悟しているのか?》

 「……まぁ、必要な処置だし、もっくんもそれをわかってくれてると思うし」

 

 やや顔を引きつらせながら、昌浩は返すが、姿なき存在が呆れたようなため息をついていることを気配で察した。

 

 「騰蛇がその程度で納得してくれると思うか?」

 

 今度ははっきりとした声が、昌浩の耳に届いた。

 昌浩の背後には、黒い短髪の女性が姿を現していた。

 十二神将、土将勾陳だ。

 

 「……許してくれることを、祈る」

 「……お前は時々、豪胆なのか気が小さいのかわからなくなるときがあるな」

 

 昌浩のあまり自信がなさそうな笑みに、勾陳は呆れたといわんばかりのため息をついた。

 実際、今の時代に生まれて来る前から、こんな節がなかったわけではない。無鉄砲とも言える行動をとったかと思いきや、慎重になりすぎてぎりぎりまで頭をひねっていたこともある。

 その傾向はどうやら昌浩自身の魂魄に刻まれたもののようで、転生し、断片的ながらも記憶と生前と同等の霊力を併せ持っていても、変わることはなかった。

 

 「……それはそれとして、だけどさ」

 

 話題を無理やり切り替えながら、昌浩は旧校舎の廊下を見まわした。

 今のところ、怪しげな気配は感じられない。

 いや、そもそも太陽が昇っている時間、つまり昼間というのは、天照大神の強い加護があるため、妖や霊の類は活発に行動できないので、当たり前といえば当たり前だ。

 かといって、夜中にこの旧校舎を調査するのはためらいを覚えていた。

 覚えていたのが、調べないことには始まらないので、こうして足を運んでいた。

 そんな中で、昌浩は見覚えのある人影を目撃した。

 

 「……あれ?谷山さん??」

 「え?……って、安倍先輩?どうしたんですか、こんな時間に」

 

 そこには、マイクスタンドのような細長い棒を何本か抱えた麻衣の姿があった。

 声を掛けられた麻衣の方も、意外や意外、といいたそうな表情で昌浩に問いかけてきた。

 

 「それはこっちの台詞。というか、凄い荷物だね。手伝おうか?」

 「あぁ、これですか……大丈夫です。これで最後なので」

 「……まさかと思うけど、渋谷って人の手伝い、してたりするの?」

 「はい……大変、遺憾ながら」

 

 昌浩の言葉に、麻衣はものすごく「不本意です」と叫びたくなるような衝動をおさえています、といわんばかりの表情で答えていた。

 柔らかく、それなく事情を聞いたところによると、彼らが調査を始めた初日に誤って機材を倒してしまったうえに、助手にけがを負わせてしまったのだとか。

 その代金を支払う代わりに、麻衣はこうして、理不尽なアルバイトを強いられた、というわけらしい。

 

 ――……いや、というか、一介の女子高生にそこまでの賠償を要求するかな、普通……

 

 昌浩は麻衣から聞いた言葉に、冷や汗をほほに伝わせながら、渋谷一也という人間の言葉に、理不尽さを覚えた。

 マイクスタンドを地面に下ろし、麻衣はそっとため息をついて、昌浩の方へ視線を向けた。

 

 「で、本当に先輩、なんでここに?まさか、先輩も渋谷さんの手伝いを??」

 「俺は渋谷さんの手伝いじゃなくて、じい様の代理で来てるんだよ。俺は俺で、好きに調べさせてもらうって宣言しちゃったしね」

 「おじいさん?」

 

 要領を得ない、といいたそうに首を傾げながら、麻衣は昌浩の言葉を反芻した。

 その様子に、苦笑を浮かべながら、昌浩は事情を説明し始めた。

 

 「俺の家は陰陽師の家系なんだよ。で、今回、校長に旧校舎の一件を依頼されたから、『お前が普段世話になっている学校だ。お前が代わりに行って、ぱぱっと片付けて来い』っていわれてね」

 

 内容は違うのだが、嘘は言っていない。

 旧校舎に何かしらの霊障を及ぼすような力の強い存在がここにいないということは、この場にいてすでに感じ取っている。

 なにより、自分よりも占いに精通した祖父がそう言っていたのだ。

 それだけで十分な根拠になる。

 だが、一応、様子を見て来い、といわれた以上、動かないわけにはいかないため、得意のフィールドワークを行おうとしていたのだ。

 

 「とりあえず、俺は旧校舎の中を少し見て回るから。渋谷さんにもそう伝えておいて」

 「あ、はい。何かあったら、ベースに知らせに来てください」

 

 旧校舎に足を踏み入れ、昌浩は麻衣の言葉にひらひらと手を振って答え、さっさと進んでいった。

 その間、昌浩は自分の聴覚と視覚に全神経を注ぎこんでいた。

 だが、悪霊はおろか、雑鬼の姿も見つけることが出来ない。

 

 「……やっぱり、雑鬼もいない、か」

 《彼らは危険に敏感だからな。晴明の見立てが正しいと仮定すれば、ここが崩壊するのも時間の問題。そんな場所には近づきたくはないのだろう》

 「ま、普通はそうだよなぁ」

 

 傍らに控えている十二神将の言葉にうなずきながら、なおも昌浩は旧校舎内を歩きまわった。

 だが、一時間近く歩きまわっても、何の手がかりも情報もつかめないまま、昌浩は一度、一也に挨拶をしておこうかと思い、ベースに顔を出した。

 そこには、一也のほかにもう一人、長身のアジア系の男性が立っていた。

 

 「こんばんは、渋谷さん」

 「……昌浩か。どうしたんだ?君は好きに調べるんじゃなかったのか?」

 

 声をかけた昌浩に対し、一也はポーカーフェイスで振り返り、問いかけてきた。

 その態度よりも、返ってきた言葉に苦笑を浮かべた昌浩だったが、このような扱いは前世(陰陽生時代)ですでに慣れっこだったため、あまり苛立ちを表に出さずに答えた。

 

 「調べてたんですけど、何も成果がなかったので、ご挨拶だけでも、と。そちらの方は?」

 「……彼は僕の本来の助手で、リンという。腕に包帯をしているのは、捜査の初日に麻衣がドジをして機械を倒しそうになってかばったためだ」

 

 一也がそう紹介すると、リンと呼ばれた男性は無言で会釈をした。

 昌浩もそれに会釈を返し、名乗った。

 

 「安倍昌浩といいます。なんというか、うちの学校の後輩が大変失礼いたしました」

 「いえ。大したけがではなかったので……それより、あなたもナルの助手を?」

 「あぁ……俺、じゃない、私は祖父の代理でここに」

 「お爺様の?失礼ですが、あなたのお爺様は……」

 「現役で陰陽師をやっています。私の家は、平安時代から続く陰陽師の家系なんです」

 

 リンの質問にそう答えると、リンは少し考え込むような素振りを見せ、何かに気づいたのか、はっと目を見開き、昌浩の方に詰め寄ってきた。

 

 「ま、まさか、安倍晴明の末裔というのは、あなたのことですか?!」

 「え、えぇ……なんでそれを?」

 「ナルから聞いていましたので。それよりも、晴明氏が現在では失われたとされている呪法や呪術を発見したという噂は本当ですか?!」

 「いや、デマですよ、その噂。それに、私が祖父から伝授された呪法や呪術も、全部、祖父の口からですので、書類も残っていないそうです」

 

 嘘は言っていない。

 昌浩の祖父、安倍晴明という人間は、日本だけでなく、世界中に点在する魔法使い、呪術者と呼ばれる家系、家業の人々にとって、憧れの的だ。

 その理由が、リンが言っていたように、現代では失われたとされる呪術や呪法を操ることができる、という噂のためだ。

 もっとも、その噂はデマであり、事実、晴明が使う呪術や呪法は現存しているものだ。

 

 だが、彼しか知らない呪法があることもまた事実だ。

 その一つが、離魂と呼ばれるものだ。

 生前の祖父が多用していた術であり、存在そのものは知っている昌浩ではあるのが、それがどのような呪術で、どのような時に使うものなのかまでは教えられていない。

 

 「……そうでしたか。すみません、取り乱しました」

 「い、いえ……」

 

 本当に残念そうな顔で謝罪するリンを見て、なんだか申し訳ないな、と思う昌浩であった。

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