「はぁ……」
時刻は午前七時過ぎ、場所はどこにでもあるような歩道。苛つくほどに良い天気なのだが、ウニのように棘々とした髪の毛の少年──
思わず、空はこんなにも青いのに……なんて呟いてしまいそうになるが、上条自身にとってはこの台詞すら不幸へと繋がりそうで、結局は再度溜め息をつく他無かった。
「はぁ……、」
とぼとぼと、気力の無い足を仕方無く動かす。
腰は曲がって膝は折れ、目は死にかけて、着ている制服は崩しており、中に着ているカッターシャツのボタンも幾つか外している。
本人の態度とその服装から、周囲にやる気無いオーラを撒き散らす上条であるが、こうなってしまったのは原因がある。
そう、それは現在から少し遡って、上条が登校のためにいつもより早く自分の家を出てからの事である。
少し早く出過ぎたか、と思ってゆっくりと歩いていれば、どこぞの誰かがポイ捨てしたのか空き缶を踏んで転倒。
その時に踏んだ空き缶が何故だか変に勢いをつけ、たむろしていた不良の一人の後頭部にクリティカルヒット。
そこから路地裏を曲がりに曲がる上条と不良達八名によるリアル鬼ごっこ開始。
どうにか撒いたかと思えば、どこから飛んできたのか野球のボールが今度は上条の頭にクリティカルヒット。
痛さに悶えて頭を抑えていれば、調度良く空を飛んでいた鳥の糞が自身の手の甲に落ち。
公園に行ってそれを洗い落とす事は出来たが、何故かベンチに座っている青いツナギを着た男にじろじろと見られて気味が悪かった。
そうこうして漸く通学路へと赴く事が出来たのが、ついさっきの事である。
このように、上条当麻は不幸が服を着て歩いているような少年だ。
一歩進めば幸せが逃げ、二歩進めば幸せが消え、三歩進めば幸せが弾ける。
彼は生まれつき、不幸な事を多くこの身に受ける少年だった。
幸いなことは、学友に恵まれた事だろう。
どれだけ近所の大人達が上条を遠ざけようとしても、クラスメイトや友人達は、上条を差別したり、苛めたりしようとはしなかった。
その事に上条は感謝し、今の彼を形作る一つの要素となったのだが、その事に上条自身は全然気付いてはいない。
と、そんな事があり朝一番からテンションだだ下がりの上条であるが、そんな彼の背中をバンと叩く少年が現れた。
「おっはよう上条!いい朝だな!どうしたんだよ、辛気臭い顔して」
「……イッセーか。いや、なんでもない。ただ、己の運命と言うものがあったら呪ってやろうと思ってな……」
「ははは!俺は逆にその運命とやらに感謝したいね!いやぁもう神様に祈りを捧げちゃうレベルで!」
「……、」
突然上条の背中をどついて現れたこの少年の名前は、兵藤一誠。駒王学園に通う高校二年生で、上条から見ると至って普通の少年だ。性欲が強いのを除けば、だが。勿論そんな下の事を知っているの奴がいるのか、と聞かれれば、駒王学園に通っている生徒の大半は知っていると答えるだろう。
何を隠そう、この兵藤一誠という少年、そういう事をオープンにひけらかしているものだから、それはもう悪い意味で有名なのだ。
根は悪い奴では無く、容姿も良い方だ。
そのオープンスケベさえどうにかすれば、彼女なんて簡単に出来そうだなぁ、なんて上条は思うのだが、それを言っても無意味だと知っているので心の中だけに留めておいた。
「てか、イッセーはなんでそんなにテンション高いんだ?上条さんは朝から不幸続きでもう保健室に直行しそうなんでせうが……」
「ふっふっふ、聞いて驚け上条!俺はついに、念願の彼女をゲットしたんだ!!」
「へぇー………………は?」
どうせ大したことでも無いだろう、と聞き流そうとしていた上条の耳に、その言葉は飛び込んできた。
今、この少年はなんといったのか。
聞き間違いだろう。そうだ、今のは俺の耳がおかしくなっていたに違いない。ああ不幸だ。
なんて事を考えて一旦思考をクリアにした後、再度上条はイッセーへと問い掛ける。
「すまん、イッセー。もう一度言ってくれ。俺の耳変だわ」
「念願の彼女を手に入れたぜ!」
「……お前、それ本気で言ってんのか?」
「当たり前だろ?証拠だってある」
「ほう……じゃあ、その証拠とやらを見せてもらおうか」
「いいぜ、それじゃあ──」
そう言って、イッセーが妙に格好をつけた時だった。
突然後方から走って現れた少年二人の拳によって、イッセーの体が傾いた。
痛そうだなー、なんて思った上条だが、殴られた頬に怪我がほとんど無いのを見ると、迫力だけのパンチだったのだと分かる。
ふと現れた少年を見れば、般若の如き顔をしたイッセーの同族であった。
一人は丸刈りの爽やかスポーツ少年の容姿を持つ松田。一見するとその通りに見える彼であるが、実のところ日常的に変態用語が出てくるド変態。所属している部活は写真部で、その理由もレンズを通して女子高生の全てを見たい、という何とも言えないものだった。
もう一人はメガネをかけているのが特徴で、それ以外に特徴を言え、と言われたら数時間悩んだ後にやっぱり無いわと答えざるを得ない容姿をもつ元浜。だがしかし、彼には凄い能力が備わっており、メガネを通して見た女子の体型を数値化できるという。ちなみにメガネを外すと戦闘力が激減するのはお約束だ。
そんな変態三人が揃ったこの場だが、どうも後から来た変態二人の様子がおかしい。
ふと思って上条は首をかしげてみると、その三人に隠れるようにして、向こう側に誰かいると気付いた。
「──ったく、お前ら何すんだよ」
「こちらの台詞だイッセー!貴様!何をどうすればこんな可愛い子を彼女に出来た!」
「同じモテない同盟だったと思っていたというのにぃい!!」
「フッ。嫉妬は醜いぜ?おっと。上条、紹介するぞ。此方が俺の彼女!天野夕麻ちゃんだ!」
そう言ってイッセーが紹介してきたのは、三人に隠れて向こう側にいた人、女性だった。
艶のある黒髪に、スレンダーな体型。
この世の男の理想を体現したような姿のまさしく美少女が、イッセーの彼女としてこの場にいた。普通ならば信じられない話だが、天野夕麻はイッセーに彼女と紹介されても嫌な顔一つしていないのだ。彼女が出来たことに彼女いない歴=年齢の上条としては苛立ちもあったが、何より昔からの友人の幸せを妬むほど人間として腐ってもいない。胸中で祝福しながら、騒いでいる二人をみる。
そこで上条は、ああなるほど、と今のこの状況を全て理解した。大方、イッセーが自信満々に二人に彼女を紹介したところ、怒り狂って襲ってきたのを逃げて、上条を見つけたからまた紹介しようと話し掛けてきたのだろう。伊達にこの三人と過ごしていない上条のその予想は、ほぼ当たっていた。
「どうも……あ、天野夕麻です……」
「ん?あ、ああ。え?本当にイッセーの彼女さんでせうか?」
「はい……あの、貴方は……?」
「俺?俺はイッセーの友人の上条当麻だ。まぁ、イッセーは少しどころか物凄いエロい奴だけど、根は優しくて良い奴だから。よろしく頼む」
「そ、そうですか……はい」
「……ん?どうしたんだよ夕麻ちゃん。何か上条にやられたか?」
「う、ううん。なんでもない」
そう言いながら、天野夕麻と呼ばれた少女は顔を振る。よく見れば冷や汗が流れ、顔色は若干悪いようにも見える。それに気付いたイッセーは流石恋人とでも言うのだろうか、その後も心配するような視線を送っていた。どうにも体調が優れなくなったのは、ここに来てからだろう。イッセーと一緒に歩いている時は、至って普通の状態だったのだ。何か原因があると思うが、その原因が何かのヒントすら無く、結局イッセーは気にかけることしか出来なかった。
「なんで俺を疑うんだよ……」
「いや、だってお前……流石に第一級のフラグ建築士なんだから疑って当然だろ?」
「はぁ?上条さんがそんな資格持っているとでも?ナイナイ。あり得ねーよ」
「松田、元浜、こいつは決まってるよな」
「ああ、イッセー。何がそんな資格持っているとでも?だ!!」
「そこかしこでフラグ立てやがって!それに加えて
「「「ギルティ!」」」
「ちょ、おまえら、やめ、ぎゃあああああああああッ!?」
その後、三人からの盛大な断罪を受けた少年の「不幸だぁぁぁぁぁああああああ~!!」という叫び声が空にこだましたという。