とある駒王の幻想殺し   作:4kibou

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第五話 偽善使いは拳を握る

「フン。口が達者な小僧だ。その幻想殺し(イマジンブレイカー)とやらには驚かされたが……」

 

ブゥン、と再度男の手に光の槍が生み出された。気のせいか、先程よりも光っているように見える。辺りを薄く照らすその槍の矛先は勿論上条へと向けられていて、当の上条は一瞬も見逃すまいと穴が開くほど男を睨んでいた。作られた光の槍を男は振りかぶる。ヒュッ!!という風切り音がしたと思えば、男は常人なら視認するのが辛いほどのスピードでその槍を投擲していた。上条はそれを、右手を薙いで防いだ。パキン、と砕けるような音が鳴ると同時、光の槍はまたもや消え行く。

 

「だが、それが全身に適応されるのなら、今の攻撃を防ぐ必要はない。それに、貴様は決まって右手で攻撃、防御をしている。利き手だから、というだけでは理由が足りん。そうだな……その説明には足りていない言葉があるのではないか?例えば『その効果範囲内は右手首から上だけ』などとな」

 

妙に鋭い奴だな、と上条は心中で毒づいた。今この男が行ったことは、間違いなく正解である。上条の幻想殺しは、確かに異能の力ならば何でも打ち消す事が出来る。。そのため、そういう類いの力を使う相手に対しては無類の強さを誇るのだが、その幻想殺しが宿るのは体の部分でも右手の、それも手首から上だけという狭い範囲である。男の言う通り、それこそ全身が幻想殺しならば避ける必要もない。今回の失敗は、右手を多用しすぎた事だろうか。せめて殴るときでも左手を使っていれば、少しくらい誤解を招けたかもしれない。それにしても、これ程まで正確かつ迅速にバレるとは思わなかったが。頭の回転が早いのか、それとも戦闘に関して頭が回るのか。

 

「だとしたらどうする?分かったところで俺の右手が攻略できるとでも?」

 

「ああ。出来るぞ、人間。切り落とせばいい話でもあるし、何より──」

 

男の言葉が途切れた瞬間だった。目の前の男の姿がぶれたかと思うと、上条の側面から強烈な衝撃が与えられる。

 

「光の槍を使わなくとも、俺は貴様を圧倒できる」

 

「がっ──!?」

 

横腹に攻撃を受けたのだろう。そこから伝わる激痛と、口内に広がる鉄の味から、自分が受けた攻撃の重さが理解できた。内蔵が潰れたのではないかと思ってしまうほど強烈な一撃。ふと男の方を見てみれば、足を突き出している格好で此方を見ていた。ただの蹴りでこの威力。空中を飛ばされながら、上条は歯噛みする。堕天使、というのは伊達ではないらしい。およそ人間とは思えない身体能力、更には不可思議な力、そして翼。ただの人間である上条からしてみれば、十分な化け物の領域であった。これは喧嘩なんて生易しいものではない。一方的な蹂躙か、虐殺か。ふと浮かんだその思考を取っ払い、上条は何とか体勢を建て直して着地し──

 

「ごがッ!?」

 

「甘いな小僧」

 

ようとして再度蹴られ、宙を舞った。既に上条は公園から出ており、車道へと突入。空中で体を捻ってもう一度体勢を建て直せば、今度はタイミングが良かったのか、蹴りは飛んでこなかった。安堵するのも束の間、上条は自分の身がかなりやられている事を思い出す。

 

「──げほっ、げほっ……」

 

咳き込んだので口を手で押さえてみると、掌に真っ赤な液体。吐血するほどの怪我とは、一体どれ程の怪我だったか。少なくとも命にかかわりそうではあるな、と上条は他人事のように考える。しかしながら、これは僥倖。イッセーの事をまだ狙うかと思っていたのだが、標的が自分へと移り変わったようだ。ならば、後は引き離すのみである。はっきり言って逃げ切れるとは微塵も思わないのだが、それでもやるしかない。上条はふらふらとしながらなんとか立ち上がると、体を支える足へ力を込める。そのままくるりと向きを変えれば、

 

「あー……ちっくしょう!!」

 

未だにイッセーのことを気にかけている事と葛藤しながらも、その足を踏み出した。

 

「逃げる気か?だが無駄なことだ。たかが人間が、俺から逃げれると思うなよッ!!」

 

男はそれを見て笑い、翼を広げて上条を追いかけた。公園には、いきなりの展開についていけずポカンとしているイッセーのみ。だが、それもついぞ長くは続かない。突然糸が切れたように、イッセーの体は崩れ落ちた。体が限界を迎えているのだろう。むしろ、ここまだ保った事が異常なのだ。段々と遠退く意識の中で、イッセーは再度あの紅を見ることになるのだが、それを知るものは当事者以外いない。

 

◇◆◇

 

「──ええい!くそっ!くそっ!あーもうちくしょー!何だよくそっ!!これは不幸とかそんなレベルじゃねえぞ!?」

 

そんなこんなで堕天使と名乗る男と生死をかけた追いかけっこをしている上条であるが、自分が完璧に遊ばれていると自覚していた。なんといったって、相手は空を飛びながら光の槍を投擲してくるだけなのだ。それを上条は時に避け、時に打ち消しながら走る。格下相手に本気を出すまい、等とでも考えているのだろうか。だとすればその慢心の隙をつくことが出来そうだが、いかんせん相手は空、こちらは陸だ。位置の優勢はあちらに軍配が上がる。だとすれば正面切って戦うのはかなり厳しく、何とかしようと走っているわけだ。

 

「フハハ!!どうした人間!逃げてばかりでは勝てれんぞ!!」

 

「黙りやがれクソ野郎!テメェそんなところから攻撃するとかセコイだろうが!!堂々と郷に入っては郷に従え(ゴーイングゴー)の精神で戦いやがれ!!」

 

ちなみにだが、上条は五教科の中でも英語の成績はかなり悪い。それも、致命的なレベルでだ。

 

「ほう?ならば、地に足をつければ逃げないというのか?」

 

「当たり前だ!その時は喜んでテメェの相手をしてやる!!」

 

殆ど成り行きの、しかも勢いで言い放ったその言葉に、上条を追いかけていた男は嫌な笑みを深く浮かべる。しかし走るのに夢中な上条はそれに気付かず、逃げるために道の角を曲がった。と同時に、目の前に何かが迫る。四角に近い、でも形的には歪で、そう。今自身に迫っているこれは、人が拳を握った形に似ている。そんな事を思った瞬間に、上条は認識する。似ている、ではない。これは正真正銘、握られた拳だ。

 

「なら、しっかりと相手をしてくれるのだろうな、人間!!」

 

「おぐっ!!」

 

上条の顔面を衝撃が襲う。バキャッ!!と盛大な音をたてて殴られた上条は、走っていた勢いプラス逆方向からのパンチによって、その場から五〇センチほど吹き飛んだ。殴られた顔を手で抑えると、ドロリとした液体の感触。鼻血だ。しかも結構な量。これで鼻が折れていないだけ奇跡に近いのだが、上条は今そんなことを考えている余裕もない。

 

「ほら!どうした!?自慢の右手で防ぐのではないのか!!」

 

「がっ、ぎっ、ぐぁっ!!」

 

ドガ、ガッ、バギャッ!!と立て続けに拳が襲う。咄嗟に出た左手の骨は折れたのか、プランと頼りげなく漂っている。呼吸器官の辺りにも何かあったのか、吸って吐く息が妙に苦しく、かひゅう、こひゅう、と掠れる。脳が焼ききれそうな程に痛い筈なのに、思考はまだ出来ている。上条は痛む体を何とか動かし、突き出された男の拳を右手で受け止めた。パシリ、と軽い音が響く。

 

「……む?右手か……」

 

「く、そ……がぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 

踏み込んだ足が、アスファルトを砕くのでは無いかと思うほど強く大地を踏みしめる。防いだ右手は既に引かれ、拳は自然と固く握られていた。出来る限りの力を振り絞って、上条は男の頬を殴る。ゴキャッ!!と確かな感触。振り抜いた拳は流石に効いたようで、男の顔が苦痛に歪んでいた。

 

「ぐっ……その右手は、確かに面倒だな……俺達の肉体ではなく、存在そのものにダメージを与えているのか……?何はともあれ、今のはかなり効いたぞ、人間ッ!!」

 

「うる、せぇっ!!」

 

飛び掛かる男を、上条は再度作り出した拳で応戦する。カウンター気味に決まった右ストレートは、男を一メートル程ぶっ飛ばすには十分な威力だった。満身創痍。まさにその言葉が似合うほど、上条の傷は酷い。それでも上条の意思は揺るがず、ただ男を睨み付ける。

 

「……貴様、何故だ。何故諦めようとしない。俺と貴様の実力差は圧倒的だ。それこそ、赤子でも分かる。だというのに、何故諦めない?何故拳を握る?そもそも、貴様は関わらなければ無関係の人間であろう?」

 

「……だから、どうした」

 

上条は、ふと呟く。

 

「目の前で友人が傷つけられていた。関わる理由なんて、それだけで十分だ。実力差がどうした。たったそれだけの理由で(・・・・・・・・・・・)俺を諦めさせようとしているのなら(・・・・・・・・・・・・・・・・)圧倒的に足りねぇな(・・・・・・・・・)

 

「……なに?」

 

「誰かが傷つけられていて、助けが必要で、そこに俺がいたとして、俺が助ける道理はないかもしれない。けど、助けない道理も一切ないだろ。なら助けた方がいいに決まってる」

 

諦めない意思を見せつけるように、またもや上条は拳を握る。結局のところ、彼が出来るのはそれだけでしかない。傷付いた友人の傷を癒すことは出来ない。ヒーローみたいに格好よく敵をなぎ倒せるという訳でもない。泥臭くても、鈍臭くても、どれだけ傷だらけでボロボロになろうが、それでも上条当麻は拳を握れる。諦める暇があるならば、絶望する暇があるならば、血反吐を吐いてでも立ち上がる。上条当麻は最後まで諦めない。

 

「ハン。善人気取りの偽善者が。随分と宣うな」

 

「ああ、そうだ。俺は偽善者だ。善人でも悪人でもない。俺にはそれが似合ってる」

 

武器は一つ、己の拳のみ。ただ異能の力を、幻想を打ち消すだけの、それだけの右手。それがあっても彼女が出来るわけでもないし、学力が上昇するわけでもない、ただの右手。けれども、右手は便利だ。

 

「けどな──偽善者が手を差しのべてはいけないなんて、そんなルールはねぇだろうが!!」

 

何せ、目の前のクソ野郎を思う存分殴り飛ばす事が出来るのだから。

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