「オォォォォォオオオオッ!!」
ゴギッ!!と鈍い音が鳴り、肉を叩く感触が伝わる。見れば上条がそうして殴った男は、よろめいて口の端から血を垂らしていた。やれる。まだ自分はやれる。左腕が使えない?安心しろ、まだ右手は確かだ。かなりの傷を負っている?だからどうした。まだ自分は倒れていない。相手との実力差が圧倒的?それだから何だ。相手が敵わないくらい強いというだけで諦めれるのなら、上条当麻はここまで粘り強くない。戦う意思を高めながら、上条は即座に拳を引いて再度放つ。
「ぐっ、ごふっ!?」
拳は男の顔面をとらえ、段々と後退させていく。今がチャンスだと、上条は何度も自身の拳を叩き込む。ゴッ、ガッ、バキッ、ドゴッ、と何度も鈍い音が響く。殴っては引き、また殴っては引く。反撃の余地はなるべく与えない。こちらの攻撃は相手にとって『精々効く』程度。しかし相手の攻撃はこちらにとって『絶大に効く』というのだ。その証拠に、数撃しか受けていない体が既に悲鳴をあげているのだ。はっきり言ってしまえば、痛みに意識が飛びそうである。けれど、それを何とかして上条は堪え、必死に体を動かす。
「こ、の──人間風情が!!」
「ぐごがっ!?」
バギャッ!!と男の渾身の蹴りが上条の腹に直撃した。そのあまりの威力に、上条は血反吐を吐き散らす。吹き飛ばされた上条は、ごろごろと地面を転がって、男から約十メートル程も離れた車道の真ん中に肢体を投げ出した。ズキズキとした痛みが、蹴られた腹部から伝わってくる。朦朧とする意識の中で痛む部分に手を当ててみると、熱かった。すっとその手を自分の目の前に持ってきて見れば、赤い。真っ赤だ。熱くて、赤いこれは、先程も見た。血だ。腹から血が出ている。認識した瞬間に、今まで以上の激痛が上条を襲う。
「──がっ、ぐ……ぁぁ……」
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い────痛い。意識があるから、それが普通に感じられる。飛びそうでありながら、中々に自分の意識は飛ばない。これならば意識が無くなった方が『幸せ』だろうと言うほどの痛み。苦痛に顔が歪み、呻き声が漏れ出る。地面倒れているその状態からか、迫ってくる足音が聞こえた。男の足音だ。他にも色々と聞こえる。自分の吐息、不意に吹く風、車が通る音だろうか、そんなものも聞こえてきた。ザリッ、とそんなことを感じていた上条の頭は、突然聞こえたその音に意識を戻す。
「──流石に、その傷では立てまい」
上条の体を見て、男はそんな事を言う。それほどまで自分の体はボロボロなのだろうか。だとすれば、明日は火織に怒られるかもしれないな、なんてこの場に似つかわしくない事を上条は考えた。普通なら、現実逃避にも近いその思考を。
「(──ああ、そうだった……)」
「全く、手こずらせてくれる……」
力を入れてみれば、ピクリと小指が反応する。
「(俺の事を気にかけてくれる幼馴染みの為にも、簡単に死ぬわけにはいかねぇよな)」
「とんだ人間だ────ッ!?」
右手を地面につけて体を持ち上げれば、男は驚いたような顔をした。何をそんなに驚くことがあるのだろうか。そんなことを思いながら、上条は上半身を持ち上げる。それ以上は腕だけでは力が足りない。足に力を入れれば、自然と動いた。なんだ、まだ全然出来るじゃないか。立てるじゃないか。ガクガクの、それこそ生まれたての小鹿の方がまだ上手く体重を支えていると思われる足はアスファルトの地面を踏み締める。息を吸って吐けば、一緒に咳き込んで血反吐も吐いてしまった。
「──まだ……まだ、立ち上がるというのか!?」
「……すぅ……はぁっ、ゴホッゴホッ──」
胸が痛い。肩が痛い。腕が痛い。足が痛い。顔が痛い。腰が痛い。内臓が痛い。けれども、関係無い。
「……貴様、何も知らないのだろう?この俺が何者かも、あの小僧がどういう存在かも」
「……ああ、そう、だな……」
「お前が友人だと言っていた小僧は、悪魔だぞ?貴様は人間で、奴は悪魔だ。人の理から外れた存在なのだ。貴様が友人と信じて、接してきた相手は貴様と違う存在だぞ?」
「そうかよ──────で?」
いきなりそんな事を言ってくる男の言葉を、上条は一言で切って捨てた。まるでその言葉に取り合う時間すら無駄だとでも言うように、上条は拳を握って開く。そうしてまだいけると確認できたのか、ぐっとより一層拳を握った。強い意思を宿した瞳が男を射抜く。上条が一歩踏み出せば、力無くズルズルと引き摺るような動作だった。端から見れば無様で醜い。けれどもそれは些細な事にすらカウントされない。
「悪魔だとか、人間だとか、関係無い。イッセーは俺の友達だ。今更人間じゃなかったとか、自分と別の生物だったとか、そんな理由でどうとなる訳でもねぇよ。俺はたかがそんな理由で態度を変えたりしない」
「……貴様、本当に人間か?到底そうは思えんぞ……」
「──ハッ。さっきから聞いてりゃ、人間人間人間人間……見下してんのか知らねぇが、そうだとしたらテメェは俺には勝てない」
「……なに?」
ピクリ、と男のこめかみが動く。上条の体は既に近くまで来ており、どちらの攻撃も届く射程圏内だ。上条が殴れば男へと拳は届くし、男が殴れば上条へと拳は届く。しかし、男は拳を握っておらず、上条は拳を握っていた。あからさまに引かれた腕は、言外にお前を殴ると主張している。それを見た男は右手に対しての警戒を高めながら、攻撃をしようとする様子も見せない。ただ、立っているだけ。
「聞こえなかったか?相手のこともよく知らずに見下して、自分が優位だと疑わない奴なんかに、俺は負けねぇつったんだよ」
「なんだと……!!」
「現にテメェは、俺がこんなに近くに迫ってんのに拳一つ握らねぇ。確かに俺は弱い。お前らから見れば、人間自体弱い種族かも知れねぇ。……けどな」
言って、上条は拳を振り上げる。今にも解き放たれそうなそれを見て、流石の男も視線を強くした。踏み出された足は、異様な音をたてる。それでも歯を食い縛りながら、上条は十分に構えられた拳を男へと振り抜くような体勢へとなった。その瞬間だった。
「あんま、人間なめてんじゃねぇぞ」
ドンッ、と男の体が押された。誰にでもない、上条の体当たりによって。拳に注目していた男はそれに反応できず、三歩ほど後ろへ下がる。ちょうどT字路の真ん中辺りだ。男には、上条のしたこの行動の意図が読めない。呆然としながら上条を見た。振り上げられた拳で殴るのではなく、自分を体当たりで押してきた。何故そんな事をするのか。そう考えていると、不意に横から光が照らされ──
「吹き飛びやがれ、クソ天使」
「ッ────!!??」
ゴガシャッ!!と猛スピードで鉄の塊が直撃した。大型トラック。それが男へと突っ込んだのだ。一か八かでタイミングが会うかどうか分からなかったが、ここで自身の不幸が発動しなかったのは純粋に喜ばしいことだろう。車が迫ってくるのは感知していた。それがどちらから、どこの辺りから来るかも何となく分かった。確証は最後まで無かったが、いざとなれば拳を叩き込ば良い。しかし、流石にこれは効いたであろう……と、トラックが停止して運転手の人が降りてきているところへ視線を向けた。
「あ、あれ?確かに人を跳ねたはず……」
「──逃げられた、か……」
死なないとは思っていたが、逃げるほど余裕があったとは。そう分かった瞬間に、どっと疲れが舞い込んできた。痛みもだ。これは少しヤバイかもしれない、と笑い事ではすまされない傷を抱えた上条は、ゆっくりと自分の住居へと歩を進める。
「(この状態での帰宅は、流石にちょっと死ぬ……いや、まじで)」
上条さんは幻想殺しで無双するよりも、ボロボロになりながら立ち向かう方がらしく感じるのは自分だけでしょうか。
というかイッセーの出番が……ま、まぁ序盤ですし(震え声)仕方ない……。
レイナーレ戦で存分に暴れさせる予定です。