「いだ!いだだだだだだっ!?ちょ、火織サン?もっと優しく──」
「何か言いましたか?帰りが遅いと心配して待っていてみればこんなにボロボロで帰ってきた幼馴染みに、発言権というものがあるとでも?」
「うぅ……最早上条さんには基本的人権すらないのか……ちくせう。なんだか視界が滲んできたぜ……」
「静かにしてください」
「ッ!?」
きゅっ、と上条の首もとに巻かれ始めていた包帯が絞められた。それも、かなりの強さで。神裂的には軽く絞めるつもりで入れた力なのだが、いかんせん彼女の身体能力は人外と言っても遜色なかった。おかげで上条に巻いている包帯の耐久性が地味にあったのもあり、上条の首は綺麗に絞められる。これがボロボロで帰ってきた幼馴染みにする仕打ちなのか、幼い頃のあんなに純粋かつ可愛かった火織はいずこへ……なんて事を考えながら、上条は自身の首をタップした。
「あ、失礼しました。そんなに強く締めたつもりはなかったのですが……」
「ば、ばっかやろ、お、おま、上条さんは意外とデリケートなんですよ!?」
「馬鹿言ってないで大人しくしてください。そもそも、デリケートな人がこんな傷だらけで帰ってくる訳ありません!」
少し語気を荒げてそう言う神裂に、上条は少しだけ申し訳ない気持ちになる。自分の部屋の中にいた彼女が自分の姿を見たときの反応は、それはもう酷いもので、まともな会話が行えない程であった。やれどこの誰にやられたのか?とか、やれ自分が切って捨ててくるなど、放っておいてはガチの得物を持ち出しそうな程の勢いがあった。何とかして彼女を落ち着けさせると、今度は自分の怪我を確認して応急処置へと移行。テキパキと手慣れた動作でそれを行い、現在に至っているのである。ちなみにだが、上条はよく怪我を作って帰ってくるので、必然的に神裂のそういう技術も上がったという裏話があったりする。それでも、今回の上条の怪我はそれはもう立って歩いているのすら奇跡なほど酷かったのだが。
「……はぁ。というか、左腕骨折、右腕は動かせないほどボロボロ、全身に打撲があって、他にもいろいろとあるはずなのに……どうして当麻は立っていられたのでしょうか」
「う~ん…………根性?」
「……、はぁ」
再度ため息をつくと、神裂が包帯を巻き終えたのとほぼ同時だった。一通り終わった為、道具を救急箱に片付けてから、神裂は上条の方へと向き直る。処置の具合から見ても、酷いと分かる。上半身の大半に巻かれた包帯、特に右手は肌がほとんど露出しない程で、左手はギプスで固定している。何故あるのかは、上条の怪我の頻度から察してもらえるだろう。所々に湿布も貼られていて、言ってしまえば痛々しい。そんな上条の体を、神裂は後ろからそっと包み込むように抱きついた。
「心配したんですよ」
「……、」
「……心配、したんですよ。とても」
「…………ごめん」
一言だけ、そう上条は言った。ふと、自分と火織が逆の立場だったら、と上条は思う。多分、戻ってくる部屋で待つことすら出来なかっただろう。町中走り回ってでも探し出すと思うし、もしボロボロの火織を見つけたら、そのボロボロにした奴を容赦なく叩きのめす筈だ。そう考えると、上条はそう言う他無かった。
「昔からそうです。見知らぬ他人とか、知り合いの友人とか、そんな事関係無く、困っている人がいたら、助けを求めている人がいたら助ける。全く変わりませんね……それが当麻らしいとは思いますが」
「……、」
「でも、あまり無茶はしないで下さい。当麻が傷つくと、私も悲しいので」
「──そっ、か」
ぎゅっ、と上条の手が握られる。
「本当に、あなたという人は──。少し、説教しなければなりませんか?」
「あ、あはははは……」
「言っても無駄だと分かってはいますが」
「か、火織さ~ん?何だか握っている手に力が……ちょ、い、いたた、ってマジで痛い!?あっ、これ砕ける!上条さんの手が砕ける!!いやほんとこれまじでしゃれになんな───」
◇◆◇
「あー……。また変な夢か……しかも今度はおっさんとか……どこに需要があんだよ……」
それに何か上条まで出てきたし。これならまだ夕麻ちゃんの夢の方がまだマシか。いや、あちらはあちらで少しどころかかなりの大きなダメージを精神に与えるため、結局どちらとも却下。そんな事を考えながら、イッセーはまだ完全に覚醒しきっていない頭を動かす。昨日は松田、元浜とエロDVD観賞した後に帰宅しようと歩いていた所までは覚えている。と、そこまで考えていた所でイッセーは自分の姿に気付いた。程よくついた筋肉、同年代と比べても一応はある方だと思われるその体が、素肌が晒されていた。
──裸だ。
紛うことなき裸だ。一糸纏わぬ姿だ。生まれたままの姿だ。裸体だ。事に至る時の姿だ。いや、これが朝という点を考えれば、至った後の姿か。いつの間に、というよりも、考えれば家に帰ってきた記憶がない。どういうことだ。一体何がどうでどうが何なっているんだ。いや、落ち着け。と混乱しかけていたイッセーの思考は、突如して無理矢理中断させられた。
「……うぅん」
「(っ!)」
何やら、近くから艶っぽい声が聞こえた。より正確に言えば、自分の隣から。それはつまり、ベッドにいるという事で、裸であって、男子高校生としては最早確定的──なんて思いながら、イッセーは恐る恐る視線を隣に移す。
「……すぅ、すぅ」
寝息をたてる赤髪の女性が、そこに寝ていた。しかも裸で。雪のように白い肌は、美しくてとても眩しい。肌もすべすべしていてそうで、撫でれば抵抗なく手を滑らせる事が出来そうだ。枕元に散らばる赤い髪の毛は彼女の象徴とも言えるもので、とても綺麗だった。正真正銘の学園のアイドル。リアス・グレモリーがそこにはいた。
「(……リアス・グレモリー先輩……だよな?)」
あり得ないその光景に、イッセーは一周回って冷静になった。何故ここにいるのだろうか。まさか知らぬ間にベッドインか。至ったのか、やったのか、知らぬ間に大人の階段を上って、卒業をしてしまったのか。魔法使いとしての資格を失ったというのか。いや、そんなことは無い筈だとイッセーはぶんぶんと首を振ってその考えを捨てる。もしかしたら、これは幻覚かもしれない。そう思ってリアスの頬を人差し指でツンツンとつついてみれば──
「んっ、……すぅ……」
「……モノホン、だと……!?」
瞬間、イッセーの思考回路は弾けた。
「(うっそ、うっそだろ!?俺が?リアス先輩と!?い、一体何が起きた!?何がどうして、ナニがどうした!?くそっ、思い出せねぇ!!なんでだよ!!自分の頭がこんなに恨めしいと思ったのは初めてだ!!というか、なんで!?なんでベッドインしてるの!?ヤっちゃった!?破っちゃって犯っちゃった!?ベッドインと共に俺の俺もインしたんですか!?ああああああああああああっ!!初体験が思い出せないだと?馬鹿な。そんな馬鹿な。何がなんでも思い出せ、諦めんなよ俺!!記憶がなくても、体が覚えてるだろ!?なら、今!記憶復元しろよぉぉお!!その貴重なシーンを!!何をした!?俺は何ができた!?ナニができた!?ああああっ!!ちくしょー!それさえあれば数日間はオカズに困らないっていうのにぃぃぃい!!)」
と、混乱と思春期特有の男子思考でどうにかなってしまいそうなイッセーだが、更に追い討ちはかけられる。
「イッセー!起きてきなさい!もう学校でしょ!」
「母さん、イッセーは帰ってきてるのか?」
「お父さん、玄関に靴があるから、帰ってきてるのよ。もう、夜遅くまで友達の家にいて、その上遅刻するなんて許さないわよ!!」
一階から聞こえてくる父と母の会話。それが終わったかと思えば、誰かが階段を上ってくる。それもその人物はかなり怒り心頭の模様で、ドタドタと足音だけでその気持ちが窺える。母である。母が、来る。まずい。何がまずいって、この状況が非常にまずい。
「待ってくれ!俺なら起きてる!いま起きるから!!」
「もう、今度という今度は許さないわ!少し話しましょう!!」
どうやら母親は、かなりお怒りのご様子。これはもうどうにもならない気がするイッセーであったが、それでも諦めるわけにはいかなかった。こんな所を、実の親に、しかも母親に見せられる訳がない。
「う~ん……。朝?」
「(ッッ!?)」
隣で寝ていた、リアスが寝惚けまなこをさすりながらそんな事を言った。というか起きた。起きてしまった。その行動が可愛くて、ついイッセーの心の中で歓喜の渦が巻いてしまったが、そんな場合ではない。最早時間はない。母さんは既に部屋の前、この状況でイッセーはどうするかを必死に考え──────考えてもどうせ無駄だと悟って、考えるのをやめた。
「イッセー!」
ガチャリ、とドアが開いて母さんが入ってきた。
「おはようございます」
リアス先輩が、ニコリと笑ってそう返す。いや、あんた何普通に対応してんだよ、とツッコミたいイッセーであったが、ここで口を挟めば必ずと言っていいほど面倒なものになる、と思って黙っていた。そうなると、瞬間、母の表情が凍った。当たり前の事だ。
「……ハヤク、シタク、シナサイネ」
バタンッ、とドアが閉まると同時に、一階から母と父の会話が聞こえてくる。母さんがかなり動揺していて、父さんが何とか宥めようとしている。が、イッセーにはその会話すら聞こえてこなかった。最早、それを考えることすら面倒だ。
「随分と朝から元気なお家ね」
そう言って、リアスは布団から出て、机の上に置いてある制服へと手をかけた。先輩の、美少女の裸。はっきり言って、いろいろと見えてしまっている。例えば細い腰とか、白くスラリとした足とか、手触りのよさそうな太ももとか、形のいいお尻とかが。それに加え、かなり豊かなおっぱいが隠れることなく姿を晒している。
「せ、先輩!」
「なに?」
「その……見えてます!おっぱいとか」
「見たいなら見てもいいわ」
「(なん……だと……?)」
そんな言葉があったのか、とイッセーは神なりに打たれたような衝撃を受けた。こんな単語は、普通に学校で勉強していても習えない言葉だろう。素晴らしいその日本語に、イッセーは涙し、感動した。
「お腹、平気?昨日刺されてたから」
「っ!」
その一言で、一気に目が覚めた。昨日、帰るために歩いていた途中で、男にあった。何故か殺気を感じたので必死に逃げたのだが、そしたら知らぬ間に公園についていて、男には追い付かれていて、それで貫かれたのだ。でも、あれは夢であって、それで現実であって……と困惑していると、それを見透かしたようにリアスは言う。
「ちなみに昨日のできごとは夢じゃないわ」
「で、でも……傷を……」
「私が直したのよ。致命傷だったのだけれど、あなたの体が意外と頑丈だったから、私の力でも一夜かけて治療できたの。裸で抱き合って、弱っているあなたに魔力を与えたわけだけど。私とあなたが同じ眷属だから出来ることなのよ?」
この人は何を言っているのだろうか、とイッセーは考える。裸で、抱き合って、魔力、与えた……まて、裸で抱き合った?なら、やはり……とイッセーが思い至った時に、再度見透かしたように言われた。
「大丈夫、私はまだ処女だから」
その一言にイッセーは安心する。いや、安心をしていいところなのかは分からないが、ここは間違いが起きなかったと安心して良いのだろう。多分ではあるが。
「そんな不思議そうな顔しないの。あなたが思っているより、この世界には不思議が存在しているのよ?」
リアスが下着姿のまま、イッセーに接近する。
「私の名前はリアス・グレモリー。悪魔よ」
突然のその告白に、イッセーの頭はまたもや困惑する。本気か、それとも冗談かはイッセーには判断できない。ただ──
「そして、あなたのご主人様。よろしくね、兵藤一誠くん。イッセー、って呼んでもいいかしら?」
その魔性の微笑みだけは本物だと、そう思った。