食後の片付けも終えて、皆が落ち着いた頃。私は日課である家計簿をつけていた。物資の数と、ソーラーパネルから供給される電力を書き出して新しく入部した美紀さんの分の合わせて計算していく。最初は家計簿なんてつけたことが無かったから多少手間取ったけれど、今では慣れたもので要領さえ覚えてしまえばすらすらと項目を埋めて行ける。でも、この仕事を他の人には譲れない。私は学園生活部の部長だけど、基本的にこう言った家事や事務的なことしか出来ないからだ。皆もそれが分かっているから私にこの作業を任せてくれている。
めぐねえと胡桃は貴重な戦闘要員、ゆきちゃんは明るい笑顔で学園生活部が《日常》を過ごすためには必要不可欠な存在。美紀さんはまだどういった人材なのかは分からないけれど、本が好きみたいだからきっと参謀的立ち位置に収まると思う。私の役目は日々こうして皆を支えること。「腹が減っては戦が出来ぬ」と言うし栄養管理はきちんとしなきゃいけない。物資の在庫を確認したりして節約や、必要なら物資を確保しなければならない。重要な役目だからこそ責任が生じるし、なにより今の状況ではひとつの失敗が命取りになりかねないのだから当然ミスはしたくない。
何度か家計簿にミスが無いか確認したあと、ぱたんとノートを閉じる。それを見計らったかのように文庫本を机の上に置いた美紀さんが私に尋ねてきた。多分、今朝の話の続きだろう。
「あの、今朝は時間がなかったので聞けませんでしたけど、佐倉先生もバリケードの見回りをしてるって大丈夫なんですか?」
「滅多なことがない限りは大丈夫だと思うわ。それとめぐねえ、話しちゃってもいいかしら?」
ゆきちゃんの相手をしていためぐねえに判断を仰ぐ。本人としては隠すつもりはないらしいけれど、念のために確認しておく。ふと、めぐねえが取られたと思ったのかゆきちゃんが頬を膨らませて拗ねていたので後で私も相手してあげようかな。
「そうねぇ隠すようなことじゃないから、先生から話すわね。……それと、めぐねえじゃありません。佐倉先生ですっ」
「はーい、佐倉先生」
めぐねえ――もとい佐倉先生は元よりほんわかぽわぽわとした柔らかい雰囲気と物腰なので、何をするにしてもゆるキャラマスコット的扱いになる。こうして本人は怒っているつもりでも効果音的には「ぷんぷん」がとてもマッチしてしまう。ゆきちゃんと揃って頬を膨らませる姿が愛らしく見ているこちらも思わず微笑む。
こほん、と一つ咳払いをして美紀さんに向き直った佐倉先生はいつも通りの柔らかな声色で話し始める。それはかつて私達が聞いたときにはとても衝撃を受けた佐倉先生の昔話。あの頃はまだゾンビに抵抗できる唯一の人員が胡桃だけだと思っていたため、あの話を聞いて実際にその姿を目にしたときには皆の心から不安と負担が減った。胡桃にとっても、私たちにとっても大助かりの出来事。そう、何せ私達のめぐねえは――
「昔……と言っても高校時代の話なんだけどね。先生ね、元々女子剣道部の主将だったの。一応県大会にも出場したけど、表彰台には到底上がれないくらい先生はダメダメだったのよ。ええと、そういうことで前に胡桃さんに無理言って剣道部の部室から何本か持ってきてもらった木刀を使って、先生も頑張って戦っている――というわけなの」
胡桃さんにはまだまだ叶わないけどね、と言いちろっと舌を出して恥ずかしげに頬を染めつつ佐倉先生は微笑んだ。
「……意外ですね」
信じられない、と言った風に驚愕に顔を染める美紀さんに胡桃がうんうんと頷いた。とてもではないが戦闘ができる人だとは当時も思っていなかったから、というか今でも若干違和感があるくらいだ。普段は温厚で優しい女教師、戦闘では勇敢な剣士。ほんわかとした緩い空気を醸し出す人からは想像もできない姿だった。
「つーかよくその細腕でゾンビを蹴散らせるよなぁ」
「ゾンビが脆いって言うのもあるけど、やっぱり踏み込みで力を加えてるのが大きいわね。胡桃さんだって助走をつけてシャベルを振り下ろしたりするでしょ? やってることは同じなの」
「そんなもんか」
「そんなものです」
胡桃と佐倉先生は共に前線で戦う者同士通ずるものがあるらしく意気投合する二人。和気藹々としたその様子を見守っていると、今まで拗ねていたゆきちゃんがおもむろに佐倉先生に言葉を投げかけた。
「ねーねーめぐねえ。今日から二階の制圧を再開するんでしょ?」
心配と不安が入り交じった表情でゆきちゃんはそう言った。すっかり失念していたが、胡桃と佐倉先生には三日おきに校舎内の制圧を任せていたのだ。昨日は三日かけてショッピングモールまで物資を調達しに行った帰りだったし、何より救出した美紀さんのこともあってそれを取り止めていた。もちろん、二人には毎回「油断しないように」だとか「危なくなったらすぐ逃げて」といったことを充分聞かせてからバリケードの向こうに送り出す。それでもやっぱりバリケードの内側で彼女たちの帰りを待つ私達は心配でならない。活動領域を徐々に増やすために必要なことだとは分かっているけれど、彼女たちを待つ間はとても気が気じゃなかった。
「……そうね、先生達また危ないことしちゃうけどきっと大丈夫。胡桃さんもついてるし、それに――皆を置いていくことはしないわ」
ふっと微笑んだ佐倉先生は不安に怯えるゆきちゃんを抱き寄せると、ぎゅっと胸に抱きしめる。まるで我が子をあやす様にしてゆきちゃんから不安を取り除くその姿は、教師というよりも母親と言った方がしっくりくる。暫く佐倉先生の胸に埋まっていたゆきちゃんが身体を離すと、その頃には既に彼女の顔には笑顔が戻っていた。
「ゆきちゃん、元気出た?」
「うん! 頑張ってねめぐねえ! 待ってるから!」
ぱあっと大輪の花が咲くような笑顔でゆきちゃんは私達を元気づけてくれる。その笑顔のおかげで私達はどれほど助かっているか……彼女には感謝してもしきれないくらいだ。
「あの、現状はどこまで制圧が完了しているんですか?」
ふと美紀さんが私に尋ねてくる。佐倉先生のことも今日話しておこうとは思っていたので、さして考える時間を労せずに直ぐに現状を簡単に説明する。
「現時点で完全に制圧が完了しているのは屋上とこの三階まで。二階は半分ほどまで制圧が完了していて、仮のバリケードを設置してあるからそこを乗り超えて二人にはゾンビの掃討をしてもらうわ。最終的には学園の敷地内からゾンビの一掃、校門の閉鎖までやるつもりよ。けれど戦える人材が今のところ二人しか居ないから少し時間はかかってしまうんだけどね」
「二人が周囲のゾンビをあらかた掃討した際には?」
「仮のバリケード付近で待機してる私達が出て、教室から机や椅子を運んで即急にバリケードを設置する手筈になっているの。その間も二人にはゾンビの警戒に当たってもらうから負担が大きくてね……だから、三日おきに行うことに決めているの」
「そうですか……私も手伝いたいです。その、部員ですし……」
「あら、助かるわ。それじゃ九時から始めるからそれまでに準備しておいてくれる?」
こくりと美紀さんが頷いて了承すると同時に、胡桃と佐倉先生が椅子から立ち上がり先にバリケードの確認に向かうため部室を後にした。それに続いて私も立ち上がるとゆきちゃんの手を引いて部屋を出ようとする。
「あ、あの皆さんどこへ……?」
困惑した表情でこちらを見つめる美紀さんがなんだか借りてきた猫みたいに居心地が悪そうにしていたので、私はふっと微笑むと言葉を紡いだ。
「今のうちにお洗濯物を干しちゃって、それから園芸部の手伝いをしにいくの」
無論、園芸部の手伝いというのはモノの喩えで実際には屋上菜園の手入れをしに行く。それは美紀さんも分かっているのかすぐさま椅子から腰を上げると私達の後ろに付いた。
「手伝いますよ。部員なので」
今度ははっきりとそう主張した彼女に、私はゆきちゃんと顔を見合わせて微笑みあった。それから洗濯物を屋上の物干し竿に干し終えた後、屋上菜園の手入れを一通り行ってから再び校内に戻り制圧作戦の準備にとりかかる。もしもの時のためにモールから調達してきたペンライトと数は少ないが高い効果を発揮する防犯ブザーや、バリケードを固定するためのワイヤーなどを取り出しリュックサックに詰め込む。ゆきちゃんの持っていた羽つきリュックサックはモールで美紀さんを救出するために置き去りにしてきてしまったため、代わりに両手が塞がってしまうがダンボールで代用することにした。
刻々と近づく作戦までの時間でも、空はお構いなしに太陽が元気に地上を照らす。雲ひとつない澄み渡った空が数日続くこの頃、まだまだ晴天の空を維持してくれそうだった。
僕「めぐねえが死なないようにするためにはどうしたらいいんだろう……? そうだ! 元剣道部ってことにして武器持たせよう!」
ま さ に 脳 筋 。