やはり俺のがっこうぐらしはまちがっている。   作:涼彦

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次週で最終回を迎えるがっこうぐらし。それを悲しむ心に気づいたとき、既に僕はがっこうぐらし難民になっていたのだった――。


第十四話:彼らは邂逅し、物語は幕を開ける

ひと呼吸する内に澱んだ校舎の空気が肺を満たす。廊下の窓ガラスはパンデミック初日の混乱によりほとんどが破損しており割れた箇所から隙間風が入り込んできてはいるが、校舎内を徘徊する腐敗した感染者たちと血肉の生々しい匂いはそうそう流れていくものではなく、もはや刺激臭と言っても過言ではない劣悪な空気はいくら嗅ぎ慣れたとは言え、大量の香水をそこら中に散布したほうがマシだと思えるぐらいには精神的に参っていた。これが夏場でなくて本当に良かった……、と私は心の底からそう思った。

 

シンと静まり返った校舎を摺り足気味で探索していく。傍らにはシャベルを携えた胡桃さんが周囲の警戒に当たっている。陸上部で鍛え上げられた彼女の肢体はすらりとしてはいるが、その実俊敏な身軽さとシャベルを軽々と振り回す豪腕を兼ね備えていることもあり、木刀を調達してきてもらうまでは彼女ひとりに負担を強いらせてしまっていた。高校を卒業してからというもの鈍りに鈍った身体はぎこちないが、現状は身につけた剣道の技でどうにかカバーしているといったところだ。

 

「――せあっ!」

 

廊下の曲がり角からのそっと緩慢な動きで身を出したゾンビを目視すると、胡桃さんが駆け出すよりも早く突進するかのようにして接近すると、中段に構えた獲物を振り上げ上段に構えひと息に頭蓋目掛けて振り下ろす。身体に染み込んだ「面を打て」というシグナルを無視し、容赦なく対象の頭蓋を砕く。鈍い音と同時に確かな感触が木刀を通じて伝わる。遅れて機能を完全に停止したゾンビが床に倒れ伏し血を広げた。

 

そのまま慎重に曲がり角を覗き込むと、至るところに血がこびりついた階段と踊り場が視界に入る。彷徨くゾンビの姿はなく、ほっと息をついて身を翻すとなんだか物言いたげな表情の胡桃さんが立っていた。

 

「あら、どうかしたの? 胡桃さん」

 

「あー、いや。やっぱめぐ――先生、つえーなって思ってさ」

 

「ふふっ。腕は鈍っちゃったけど、女子剣道部の主将を勤めてたんだもの。……さっ、早く皆とバリケード作らないとね」

 

「そ、そうだな」

 

慌てて呼び名を言い直した彼女がなんだか可愛らしく見えて思わず口元が緩んでしまった。あの日――心惹かれていた陸上部の青年を介錯してから数日間の間、食事も喉を通らないくらいに病む寸前まで自責の念で精神をすり減らしていた胡桃さんだが、悠里さんや由紀ちゃんの協力の甲斐あって今こうして彼女は共に生きている。悠里さん曰く「胡桃は先輩を手にかけたことがトラウマになってしまっている」とのことで、毎晩彼女は悪夢に悩まされている。夢の内容をハッキリとは覚えていないようで、気がつけば私か悠里さんにしがみついていると当の本人は言っていた。前に一度だけ、しがみつく彼女を引き剥がしてみたところ夢と現実の区別がつかないまま半狂乱になり精神が崩壊しかけたことがあり、それ以来就寝後に胡桃さんが抱きついてきた場合は絶対に起こさないと悠里さんたちと取り決めたのだ。

 

それ故に本来なら、ゾンビの介錯を彼女に任せるべきではないのだとわかってはいるが、流石に私一人では限界がある。しかし、彼女が自分にも戦う役目を担わせてくれと進言してきたこともあり無下にはできなかった。その後、悠里さんにも判断を仰ぎ、苦渋の決断として渋々その提案を承諾することになる。戦闘中、胡桃さんに何か異常はないか深く留意しつつ今日までやってきたが、わかったことはやはり彼女の精神に負担がかかるということ。無論、私と悠里さんが親身になり精神のケアは怠らない。生活領域を拡大するための制圧作戦は三日おきに行う取り決めだけれど、今後は胡桃さんの精神面での負担を減らすためにもう少し間を空けてもいいかも知れない。当初は少しでも多く安心して過ごせる場所が必要だったので、ハイペースでの制圧作戦が可決されたが……落ち着いたら悠里さんたちに掛け合ってみるべきか。

 

ひとまず、私と胡桃さんはお互いの顔を一瞥した後声を出してゾンビに気づかれるわけにはいかないので大きく手を振り、少々離れた位置のバリケード内で待機している彼女らに合図を送った。

 

 

それから暫くして、私達は揃って部室へ続く廊下を歩いていた。予想よりも制圧が手早く終わってしまったため、まだお昼時には早い十一時を過ぎた頃。少し早いが頭の隅で昼食の献立を思案しながら皆より一歩遅れてその後を歩く。

 

さしたる障害や滞りもなく終えられた二階の完全制圧は、約一時間というほとんど最短を更新した。それには大きな要因の一つとして、めぐねえの助言が起因している。まだゾンビ習性をよく分からずに手探りで三階の制圧を終えた頃、私達の中で誰よりも早く彼らの習性を発見しためぐねえが「放送室から箇所を限定して校内放送を流してみて、ゾンビを誘導させましょう」と提案した。めぐねえが言うには、ゾンビには恐らく生前の習慣が記憶として残っており彼らはその微かな記憶を頼りに行動しているフシがあるそうだ。例えば、校庭でのサッカーボールを追いかける行動。そして、あの日下校していた生徒たちがゾンビ化した状態でこの巡ヶ丘学院に集まって――いや、戻ってきているということ。もし本当に生前の記憶を有しているのなら、校内放送で下校を呼びかければ校外へ立ち去っていくのではないだろうか? 幸いにもソーラーパネルで校内放送に割く電力は余裕がある。それを考慮した上でめぐねえは私達に提案を持ちかけてきたのだ。さして渋ることなく提案を受け入れた私達だったが、前回はひとまずゾンビがちゃんと音に反応して動くのかを調べるために、鉛筆やペットボトルといったものを投げてそれを確認しつつ制圧を行い――そして今日、本格的に校内放送での誘導を実行した結果、その効果は火を見るより明らかで二階を彷徨くゾンビは皆一様にして一階へ降りていった。とはいえ、正面玄関には板で外からの侵入を妨げるバリケードが簡易的ながらも設置してあったので彼らを外に追い出すことはできなかったのだが……。しかし、中には例外となる個体も存在するようで、階段付近を彷徨いていた一体はめぐねえに介錯された。記憶までは残っておらず、音にだけ反応して動いていた――そう考えるのが妥当だろう。現に、その個体が彷徨いていた付近にはスピーカーが取り付けられていた。生前の記憶を利用すれば、こうして私達生存者は彼らにおいて優位に行動できるがあまりその効果に過信するのは良くない。危惧するべき結末を迎えないためにも、対ゾンビに通用する有効な他の手札を考えておく必要があるかもしれない――。

 

「――わ……っと。由紀ちゃん……? どうしたの?」

 

難しい顔をして物思いに耽っていると、おもむろに足を止めた由紀ちゃんの後頭部が胸にぽふんとぶつかる。ふと訝しんで彼女に呼びかけるも当の本人は空のダンボールを抱え割れた窓ガラスから広がる外の虚空を注視したままだった。

 

「どうしたんだ? さっさと戻ろうぜ」

 

立ち止まった私たちに気づいた胡桃がシャベルを肩に背負いながら言う。その声が発せられると同時に由紀ちゃんは口を開いた。

 

「――音が、する。遠いけど……これ、多分……何かのブザーかな……」

 

「え……?」

 

彼女は私たちの中でも特に聴覚に優れていた。ショッピングモールへ物資の確保に向かった際には、ゾンビの足を引きずる僅かな音を聞き取ったり、モールの外から一階ホールでゾンビに囲まれ助けを求めた美紀さんの声さえも感知したのだ。その彼女が、たった今特定の音を感じ取った。いつもとは様子が違い真剣な表情で音源を察知しようとする由紀ちゃんに倣い、私も神経を研ぎ澄まし不自然な音を聞き取ろうと耳を澄ませる。暫くして、辛うじて彼女の言う【何かのブザー音】を聞き取りその正体がモールで使った防犯ブザーの音だと気がつく。

 

「防犯ブザー……? でも、どうして……」

 

防犯ブザーのストラップを引き抜けるのはゾンビの思考力では到底無理だろう。となると生きている人間が作動させたにほかならない。私にも辛うじて聞き取れたのだから、恐らく学校のすぐ近くで――。

 

「なぁりーさん、ほんとどうしたんだ?」

 

「音がするのよ。学校の外から。由紀ちゃんはともかく、私でも聞き取れたのだから多分……そう、校門の辺りかしら――」

 

ちょっと確認してみない? と言葉を続けようとして、今度は全員が聞き取れる音量で外が騒がしくなった。微かな防犯ブザーの音をかき消しながら、何かが近づいて来る。おもむろに身を乗り出す勢いで窓の外を覗く。三階の廊下からは、ちょうど校門周辺が見渡せた。目を凝らしてみれば、門の辺りにゾンビが集中していた。防犯ブザーの音に引き付けられているのだろう。そして、学校へ続く直線の道を猛スピードでゾンビを跳ね飛ばしながら突き進む一台の車両が目に留まる。恐らくは、そのまま校門を突っ切るつもりか。

 

「胡桃さん!」

 

「分かってるって!」

 

いち早く行動に出ためぐねえと胡桃が三階の教室へと避難梯子を下ろしに向かった。この学校へ向かってきている以上、遭遇は避けられない。相手がこちらに友好的とは断言できない故に、最悪の事態を考えて唯一戦闘ができる二人が接触を図るのは妥当と言える。

 

私はすぐさま思考を切り替えると、由紀ちゃんと美紀さんを連れて部室へ足を向ける。めぐねえ達が部室まで生存者を通した場合、危険性はないと見ていいだろう。少なくとも話し合いはできるはずだ。こちら側としても“外”についての情報は乏しく、可能なら情報交換を進めたい。それを踏まえてひとまずは互いに友好的な関係を築くことが重要だ。

 

「悠里先輩。これからどうしましょう?」

 

「そうね――とりあえず、お茶菓子でも用意して待っていましょう。由紀ちゃんも手伝ってくれる?」

 

「うん! 分かった!」

 

空のリュックサックを背負いなおすと、ふぅ、と私は小さくため息を漏らす。生存者が友好的であることを願いつつ、しきりに外の様子を気にかける美紀さんを一瞥した。

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