やはり俺のがっこうぐらしはまちがっている。   作:涼彦

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大変! 大変長らくお待たせいたしました! がっこうぐらしが終わってモチベが下がったのはありますが、それでもどうにかこうにか投稿までこぎ着けました! 次回はもう少し早く投稿できると……いいなぁ……。


第十五話:ようこそ、学園生活部へ

嵩張る荷物を抱えながら梯子を昇り切った俺は、一足先に到達した圭と共に二人の女性によって手厚く出迎えられることとなった。――それぞれがシャベルに木刀を構え、警戒心剥き出しでそれを突きつけられるという手厚くも手荒い歓迎だが。……とはいえ、いくら過去な現実を生きる同じ生存者だろうとも、彼女たちからすればこっちは招かれざる客。限りある食料を貪るだけの穀潰しかもしれないし、攻撃的で非友好的な存在かもしれない。或いは――ゾンビに噛まれた負傷者ということもあるだろう。ひとまず、誤解を招いているとはいえそう警戒心を剥き出しにされては気分が悪い。俺は内心で腹を括ると立ち竦む圭と――その後ろに控えている小町を庇うようにして、武器を突きつける二人の前に出る。さて、どう説得したものかと言葉を選んでいるとシャベルを構える濃紺色の長髪を赤いリボンでツインテールにまとめた活発そうな女子が口を開いた。制服の胸元には赤のリボンが結ばれており、それは最上級生の印であることから彼女は俺たち二年生よりも上の三年生の生徒であることが伺える。

 

「梯子を昇ってきた……ってことは、人間なんだろうけど――なんつーかゾンビみたいな目してるなアンタ」

 

「その比喩表現、割とシャレにならないんでやめてもらえます?」

 

「事実だよ。お兄ちゃん」

 

「あー、わりーわりー」

 

さして悪びれた様子もなくけらけらと笑いをこぼす少女だったが、構えたシャベルはその切っ先を依然として油断なくこちらに向けられたままだ。……何気に、小町の言葉が胸にきたのはここだけの話。

 

「死んだ魚みたいな目つき、って言った方が良かったよな。すまん」

 

「誰が訂正してくれと言いましたか誰が」

 

どういった思考の仕方で解釈したのかは皆目見当もつかないが、ひとまずは「それが正しい表現ですよ」とばかりに、うんうんと頷いていた圭にペシッとチョップをかましておく。お返しとばかりに背中に拳を連打してくる彼女は気にせず、俺はひとつ咳払いをして場の空気を整えた。件の二人も緩んだ空気に感化されたのか警戒心を解き武器を下ろした。そのうちの一人であり、何度か廊下ですれ違った覚えのある国語教諭であり、生徒からの信頼も厚く《めぐねえ》と呼称されるその人――佐倉慈先生はやや童顔ながらもどこか独特の大人っぽさを醸し出し笑んで見せた。あまりにも魅力的で刺激の強い微笑みに、俺はすっかり魅了されてしまう。未だに背中を叩く拳が、力を増したように思えた。

 

「あなた達は……二年生みたいね。知ってるかもしれないけれど、私は佐倉慈。この学校の教師であり――《学園生活部》の顧問をしているの」

 

圭が着ている制服に付けられたリボンの色、そして俺のワイシャツの襟元に小さく刺繍された巡ヶ丘学院高等学校の紋章――実はこの紋章、学年ごとに色が違う。三年生は赤、二年生は青、一年生は緑といった具合に三種類のカラーバリエーションがある。女子はリボンを見れば直ぐに学年がわかるが、男子は小さな紋章をよくよく見なければ把握できないというこの学校に通う生徒にとっては囁かな不満要素の一つになっているわけだ。まぁ……俺はそもそも他人との交流が無い時点で気にしたことは殆ど無いが――の色を見て、彼女は言った。《学園生活部の顧問をしている》……と、すれば、方やこちらのツインテール少女は残りの三名のうちの誰か。

 

「んで、あたしは元陸上部の恵飛須沢胡桃。今は学園生活部の部員だ。主に力仕事担当だな。ああ、それと後三人部室で控えてるんだが――ま、あいつらの紹介は部室行ってからでいいよな、めぐねえ?」

 

「そうね。その時に貴方たちにも自己紹介をしてもらいましょうか。……それと、めぐねえじゃありません。佐倉先生です」

 

「りょーかい。佐倉先生」

 

ぷくっと頬を膨らませて呼称を指摘する佐倉先生に、恵飛須沢――先輩はにひっとした笑いを浮かべておどけてみせた。それは日常茶飯事なのか、佐倉先生もそれ以上指摘することもなくやけに片付いた教室から戸を開けて廊下に出ると「案内するわ。着いて来て」と手招きした。武器も構えず不用意に廊下に出たことには圭共々驚愕したが、恵飛須沢先輩が三階は制圧が済んでいる旨を伝えられほっと胸をなで下ろした。どうやら学園生活部のお二人は見かけによらずパワフルらしい。こちとらお得意の隠蔽(ぼっち)スキルが機能しなくて戦闘を強要されているというのに……。

 

「……あれ? 綺麗なんだね。廊下」

 

恐る恐る、言った感じで教室から顔を覗かせた圭が誰に言うでもなく口を開いた。それに対し恵飛須沢先輩が「まぁな」と相槌を打つ。

 

「きちっと掃除したからな。三階は部室もあるしで重要な生活区域だから、汚れてたら気が滅入るしさ」

 

先導し案内を務める学園生活部の二人の後ろを着いていきながら、俺たちは三人揃って物珍しげに廊下の隅々へ目を凝らしていた。何があったのか周囲の窓ガラスは尽く砕け散り外からの風を運んでくる。しかし、廊下には僅かな破片さえも見当たらない。壁や床には微かに血痕が滲んでいたが、移動する分にはほとんど気にしない程度のものだ。今では血痕や肉片がそこらいらじゅうに付着しているのが当たり前の光景になっていたため、綺麗な空間というのはそれこそ棄てられた家屋だとかぐらいなもの。こうして生活感漂う空間に足を踏み入れた俺はふと心の奥底で安堵を感じていた。小町と圭以外の生きている人間に遭遇したのもそうだが、やはりロクな思い出がないとは言え自らの在学する学園へ再び生きて帰ってこられたのが一番の要因か――。

 

「ん、どうした? 小町」

 

重く嵩張る荷物を抱えつつ彼女らの後ろを歩いていると、ふとワイシャツをくいくいと小町が引っ張ってくる。半身を翻して見やれば、いつもと変わらぬ屈託ない笑みを浮かべた唯一無二の妹が言葉を発した。

 

 

「――ええ、それじゃ呼びかけたら入ってきてね」

 

学園へやって来た生存者の対応をめぐねえと胡桃の二人に任せ、働かせっぱなしで申し訳ないと内心思っていた私は部室へ由紀ちゃん達と一足先に戻ると、彼女らのマグカップに飲み物を注ぎその帰りを待っていたところめぐねえと胡桃だけが先に部室へ戻ってきた。連れてきた生存者と会話していたのか、何故か部室へは入れずに扉を閉める。

 

「二人共お疲れ様――それで、連れてきたってことはとりあえずは問題なさそうなのね?」

 

ココアを注いだマグカップを手渡すと、二人揃って浮かない顔で俯いたまま微動だにしない。訝しみつつもひとまずは二人に武器を置かせ椅子に座ってもらう。「……どうかしたの?」と不安げな表情を見せる由紀ちゃんがめぐねえに問うと、マグカップに視線を落としたままだったがふっと意を決したかのようにめぐねえは顔を上げた。

 

「生存者は二名居たわ。二人共この学校の二年生で、男の子と女の子」

 

ふと、横に座る美紀さんの顔が少し強ばった。そういえば彼女は篭城するうちに友人が出て行ってしまったと打ち明けてくれたのを思い出す。平凡な女子校生が――胡桃のようなパワータイプは例外だけれど――たった一人で、ましてや武器も持たずに安全圏から奴らの跋扈する危険地帯に飛び出したとして生存している確率は限りなく低いはず。それでも、自分と同じ二年生の女の子がこの学校にやって来たと聞かされれば否が応にもその可能性に縋り期待してしまうのは、仕方のないことだろう。美紀さんを気にかけながら、私は毅然としてめぐねえの言葉を待った。

 

「男の子が荷物と木刀を持っていたけれど、敵意は今のところないみたい。でもその子は――」

 

めぐねえが言葉を詰まらせ言い淀む。それはほんの数秒で、ひとつ深呼吸をして彼女は重々しく語りだした。

 

「――幻覚を視てしまっているの。男の子だけじゃなくて、女の子もそれが視えている……幻覚そのものを共有しているのね。その、《小町》って呼ばれていた……名前からして女の子かしら。彼女と会話している時の彼らの目、なんだか凄く虚ろで……固執……いえ、執着……とも違うわ。あれは――”依存”と”共依存”ね」

 

「……一歩間違えれば、あたし達もああなってたのかもな……くそっ……」

 

「どうするんですか、悠里先輩……。受け入れるにしても慎重に言葉を選んで生活しないとどうなるか分かりませんよ……」

 

「ええ、分かってるわ……でも……」

 

敵意がなく友好的な生存者は基本受け入れる、と密かにめぐねえと相談・合意したものの精神に異常をきたしている不安定な人間となれば話は違ってくる。下手に彼らの地雷原に踏み込んでトラウマを刺激させてしまえばどうなるかは全く想像がつかない。暴れるかもしれないし、自害するかもしれない。どの道、ロクなことにはならないだろう。美紀さんのように平常心を保っているのならともかく、幻覚が視えている上に方や依存、方や共依存。その手(精神障害)の知識に乏しい私たちでは扱い兼ねるのは目に見えていた。最初は上手くいったとして、その後いつどのようにしてボロを出すか……想像しただけで背筋に怖気が走る思いだった。

 

それに、精神障害を患っているというのなら胡桃だってそうだ。幻覚こそ視えていないものの、毎晩悪夢にうなされるのだ。対処法こそ心得ているが、悪夢に顔を歪める彼女を見てあげることしかできないというのは存外、私たちの精神にも負担を強いていた。それに、ゾンビ相手に最前線で戦っている彼女はいつどこで何らかの刺激を受けて”あの日”のトラウマが悪化しても何らおかしくない。由紀ちゃんやこの《学園生活部》という存在のおかげでいくらか精神面での負担は緩和されているが、そこに不確定要素が加わるのはなんとか均衡を保っているシーソーのバランスを崩す要因を引き入れるということ。均衡が崩れれば、当然、その関係は瓦解する。もう元通りの関係に戻ることは難しい。このパンデミックの中でそれが起これば等しく、私たちに死が降り注ぐだろう。それだけはこの心臓が止まるまで、例え非道と謗られようとも阻止しなくてはならない。

 

「めぐねえ、やっぱり受け入れるのは考え直しましょう。その方がきっと――」

 

「ダメだよっ!」

 

向かいに座っていた由紀ちゃんがおもむろにいきり立ち、ガタンと椅子を鳴らして机越しに私に詰め寄る。

 

「二人とも頑張ってこの学校に戻って来たんだよ? りーさんだって、外がどうなってるか分かってるでしょ。でもね、危険を承知で、それでもここに来た……そんな人たちを無責任に追い出すのは私、嫌だよ……」

 

「由紀ちゃん……」

 

「もちろん、りーさんが二人を危険視してるのは私なりにも分かってるつもりだよ。私たちを心配してくれてるからこそ、受け入れられなかったんだよね。確かに、私たちはお医者さんじゃないから適切な処置はできないけど……けどね! 二人に合わせることはできるよ! だから……もし二人を追い出すことになっちゃっても、少しの間だけでも一緒に暮らしてあげようよ! この学校の、同じ生徒なのに仲良くできないのは、私、嫌だよっ……!」

 

悲痛な叫びだった。いくら私が非道になろうとも、優しすぎる彼女にはそれが許容できない。涙ぐむ彼女に、私はどうするべきなのか葛藤する。部長という立場からすれば、彼女らの身の安全を最優先に考えるのならやはり精神的に問題のある彼らを受け入れるのは気が引ける。かと言って、懇願する彼女の願いを聞き入れないというのは良心が痛む。だが仮に受け入れたとしてその後、必ずしも友好関係が築けるとは限らない。無論、こちらも出来うる限りの行動と努力は惜しまないつもりだ。それでももし彼女ら部員にもしものことがあれば――。

 

「――なあ、りーさん。仮入部ってのはどうだ?」

 

堂々巡りに陥りかけた寸前、胡桃が手にしたマグカップに注がれたココアをゆっくりと口に含んでからそう言った。

 

「仮入部……ですか? 私の時にはありませんでしたよね?」

 

「美紀は事情を説明したら即決で入部したからな。けど今回は、そういうわけにもいかないだろ? なら、仮入部ってことであたし達が手に負えるのかどうかを判断すればいい。もし、ダメなら――あたしとめぐねえが外に引っ張り出してやるからさ」

 

「胡桃――そう、ね……。仮入部ならひとまず様子見をして、それから対処しても遅くはない……」

 

この案なら、由紀ちゃんの危惧する”直様追い出す”ということにはならない。期間を設けて、暫く学園生活部に仮入部させて生活し、その間に彼らの様子を探る。もし問題があるようなら少々強引だが胡桃達に任せて退去させればいい。

 

「由紀ちゃんはそれで構わない?」

 

「うん! いいよ!」

 

「なら――茶菓子のひとつでも出してあげましょうか」

 

喜びに目を輝かせる由紀ちゃんを微笑ましく一瞥すると、台所の―生徒会室に台所があるというのも不思議な話だ―戸棚から菓子代わりの乾パンの箱を取り出し、二人分のココアも追加で注いでいく。

 

「それじゃあ話もまとまったことだし――三人(・・)とも、入ってきていいわよ」

 

ぱん、と両手を合わせてめぐねえがそう言って椅子から腰を上げ部室の扉の前に立つと、随分と待たせてしまった二名の生存者に呼びかける。確か、二人ともこの学校の生徒と聞いたがもしかすれば知り合いかもしれない――なんて思いながら扉を開けて入ってきた二人に対して、学園生活部の部長としてまず歓迎の言葉を紡ごうと口を開いた瞬間、美紀さんが慌ただしくおもむろに立ち上がった。その視線は生存者である少女――美紀さんと同じ、青色のリボンを胸につけた――を注視していた。

 

「ただいま、美紀」




漸く圭ちゃんと美紀ちゃんが再会しましたね。いやぁ長かった……。
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