やはり俺のがっこうぐらしはまちがっている。   作:涼彦

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ハチマンオカシクナイ

※一部表現を修正いたしました


第三話:比企谷八幡は虚構を抱き続ける

思いがけずにひとしきり笑った後、比企谷くんとズレたバリケードの修正を手伝った。その最中に彼が愚痴をこぼしており「外開きだからあいつらには開けらんねぇと思ってたら人間に開けられたか……八幡不覚」と呟くようにして言っていた。確かに、ゾンビは扉を引くことができずひたすらに身体ごと使って物を押すことぐらいしかできない。人間が入るときは陳列棚をズラすだけでいいが、ゾンビにとっては閉じられた扉がバリケードで補強されており用意には侵入できないだろう。

 

「ふぅ。とりあえずこれで良いですかね?」

 

「おう、これで大丈夫だろ。……あと敬語じゃなくていいぞ」

 

ズレた陳列棚をぴったりと下の位置に戻した後、比企谷くんが変わらぬ低い声で呟くようにして言った。視線は相変わらず空中を泳いでおりたまにしか視線が合わない。合ってもすぐに俯いたり視線を逸らしたりしてしまう。それにどことなく彼は私との距離に線引きをしているような感じがした。完全に信用されていないのは兎も角、比企谷くんはどうやら対人関係に疎いらしくそのせいか自分以外の人間に一線引いて接している可能性が高い。これからのことを考えると、やはり彼のことをもっと詳しく知っておく必要がありそうだ。

 

「俺も巡ヶ丘高校の二年だし」

 

「……はぇ?」

 

素っ頓狂な声が出た。ゆっくりと視線を彼の身にまとっている服装に向ける。学校指定の紺色のズボンに白いワイシャツ。所々血が染みて痕になっているが、ふと首元――襟の部分に小さく巡ヶ丘高校の紋章が刺繍されているのが目に留まる。確かに彼は私立巡ヶ丘学院高等学校の生徒だ、が――私自身比企谷くんには全く覚えがなかった。とりあえず言えるのは、まず間違いなく同じクラスではない。似たような名前も同じ名前も居なかったのは覚えている。だとすると別のクラスなのだが――

 

「まぁ知らねーか。知らねーよなぁ。だって俺ぼっちだし? っていうか孤高の存在だし? 孤高故に最強だし?」

 

「ご、ごめん。でもほらたまたま知らなかっただけかもしれないじゃない?」

 

何故か比企谷くんが拗ねてしまったので、ひとまずフォローを入れる。とりあえず機嫌を直してもらわないとこっちが接するときに困る。

 

「クラスの奴らには《ヒキタニくん》と名前を間違われるうえに、HRの出席確認で返事したにもかかわらず欠席扱いにされたり、クラスメートに《誰だっけ》とか言われたりすんだぞ。他のクラスの連中がたまたま知っているなんてありえん」

 

「……ほんとごめん」

 

空気が一変してお通夜みたいなとてつもなく暗い雰囲気になってしまう。フォローしたつもりが彼のトラウマ地雷を爆破させたらしい。この様子だと地雷原並にトラウマが設置されていそうなので、極力発言には気をつけることにした。というかクラスメートと教師にすら認識されてないって……噂に聞く《ぼっち》がどれほど可哀想なものか理解してしまった。

 

ふと、レジの裏に回った比企谷くんが市販の飲料水を取り出した。片手には《MAXコーヒー》なるものも一緒に取り出しており、すっと私に飲料水を差し出す。電力が途絶えて冷やすことができなくなったのかぬるくなった飲料水の蓋を開けてごくごくと飲んでいく。ただでさえ冷たい飲み物は貴重なのだ。文句を言う筋合いはどこにもない。数時間振りに口にした水分を味わいながらレジに腰掛ける彼の様子を伺う。

 

私に飲料水を手渡した比企谷くんは同様にぬるいであろうMAXコーヒーの蓋を開けるとくぴくぴと飲んでいく。確かあれは一般的なコーヒーに砂糖を何杯も投入したような劇的な甘さだと聞いたことがある。飲み水が少なくて仕方なく飲んでいるのだろうか――と思ったが幸せそうに件のMAXコーヒーを味わう彼を見てそうは思えなくなった。……今度試しに飲んでみようかな。

 

暫し二人揃って無言で互いに喉を潤していると、ふいに比企谷くんが思い出したかのようにレジから下りると清掃の行き届いた床に腰を下ろしていた私に向かって言葉を紡いだ。

 

「妹紹介すっから、ちょっと待ってろ」

 

そう言うと彼は奥の方へ足を向けた。少し猫背気味なその背中が、なんとなく哀愁を背負っているように感じた私は同時に言い知れぬ違和感をも感じ取っていた。他に生存者が居ることは素直に嬉しい。もしかすれば比企谷くんの《妹》と呼ばれた人物も協力してくれるかもしれない。けれど、私は嫌な胸騒ぎがした。店内に入ってからまだ一度も彼の妹と呼ばれる人物を見かけていないのだ。コンビニに向かってくる私を警戒した比企谷くんが予め奥の事務室かどこかへ隠れさせたのなら、別段問題はない。しかし比企谷くんが私に対して警戒心を解いたのは予想が正しければ数十分ほど前になる。彼とは少なからず会話を交えたし、それを聞いた彼の妹がひょっこり顔を出しても何らおかしくはない。だというのに――物音すらしないのはどういうことだろう? 募る不安を他所に、彼の声が耳に届いた。

 

「小町、大丈夫だ。心配すんなって、ほら」

 

奥から比企谷くんが誰かに話しながら出てくる。その声色は私に対するものよりも幾分か明るいものだった。――まったく、私は何を危惧していたのだろう。精神を磨り減らす日々を送ったせいで疑り深くなってしまったのかもしれない。立ち上がった私は半分ほど飲み干した飲料水のペットボトルをカウンターに置くと踵を返し、妹を連れて出てきた彼に向き直り――

 

「妹の小町っていうんだ。まぁなんだ、よろしくしてやってくれ」

 

「――――――」

 

絶句。衝撃的なその光景に開いた口が塞がらず言葉も出ない。心の蔵をそのまま掴まれたかのように呼吸ができなかった。異常としか言えない彼の行動に、私はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。どう反応するべきか、発言する言葉は何か、何をするべきか。知恵熱が出そうなくらい考える。考えて、考えて、考え続ける。けれど上手く回らない頭では何も出てこない。脳裏を過ぎた言葉がふっと消えてゆく。

 

彼の目には何が見えているのだろうか? それはきっと――失ってしまったナニかだ。かけがえのなく、取り返しのつかない大切な《本物》。

 

漸く頭が回り始める。乏しい知識を使って私は言葉を並べ立て、行動を起こす。動揺していたはずだったけれど、その時の私は酷く冷静になっていた。今の私にできることは彼の――比企谷小町の存在を共に認めること。彼女の存在を否定すれば恐らく彼は、比企谷八幡という存在は桜の花弁のように散ってしまうだろう。誰かが、互いに認めなければならない。見失ってしまった《比企谷小町》という《本物》を。

 

「――初めまして、小町ちゃん。私は祠堂圭って言うの。これからよろしくね?」

 

しっかりと、確かに小町ちゃんの手を握る彼に倣い、目測を誤らないように確認してから彼女の頭を撫でた。その様子を比企谷くんは何を言うでもなくただ優しく見守っていた。これが正しいのかどうかは分からない。でも、私にはこれが最善だと思えた。だから私はこれからも――彼らの在り方を肯定していく。

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