――ぼっちは、優しさに弱い生き物だ。
普段人との馴れ合いを苦手とし、孤立を望む存在。故に他人の無垢な優しさを受けたとき彼らは戸惑い、勘違いを起こす。特にスクールカースト最上位に君臨する《リア充》からその施しを受けてしまうと、ぼっちの持つ心のA○フィールドを突き破って精神を容易く汚染してくる。交友関係の構築に長けたリア充が放つ言葉はその一つ一つがもはや魔力が宿っているといっていい。防御力の低いぼっちは敵と遭遇した場合脱出を図る。しかし彼らリア充はそんなことはお構いなしに逃げ場を瞬時に無くし、ぼっち達に向けて恰も《友達》のように触れ合い甘い言葉を囁くのだ。
「なにこれスゲェじゃん! やべー!」
「ごめーん○○くーんプリント取ってくれるー? ありがとねー!」
「あはは、○○くんって意外と面白いんだね」
結論から言わせてもらうとそれらは全て甘ったるい甘言に過ぎない。早急にゴミ箱にでも投げ捨てるべき醜いものだ。彼らにとって褒め言葉というのはただの《挨拶》のような代物。当然そこに心がこもっているはずも無く、純真無垢な孤高のぼっち達を惑わすがためのトラップ。この凶悪無慈悲なトラップに何人もの同士が犠牲になっただろう。かく言う俺こと比企谷八幡もそのうちの一人。メアド交換という先手を打たれ、紛らわしい言葉と行動を巧みに使いこなし俺は場の流れに身を任せ告白してしまった。――今にして思えば、場の流れに身を任せるなどしてはならないことだったのだ。しかし、当時の俺は若かった。年齢的にも、精神的にも若く、そして幼かったのだ。翌日、告白したことをバラされ卒業まで周囲に嘲笑われたのは言うまでもない。
だから、故に、俺は青春を謳歌するリア充が大嫌いだし、これからも俺は孤独に生き続ける。ぬるま湯に浸かるだけの関係など真っ平御免。俺が望むのは薄っぺらいだけのレプリカでもましてや欺瞞の関係ではない。もっと純粋な――《本物》と呼べるだけの関係が欲しかった。だから俺は、祠堂圭という少女を見極める。彼女は俺にとってのレプリカか、或いは欺瞞なのか。それとも――本物足り得る存在なのかを。
◆
コンビニからリバーシティ・トロン・ショッピングモールに向けて出発し、初日にして日中のほとんどを車で走行させたせいか燃料がカツカツになってしまったため、急遽近場のガソリンスタンドに車を停め燃料を補給するついでに休憩をとっていた。
パタン、とドアを閉めるとズルズルとドアにもたれ掛かりながら腰を下ろす。交代でそれぞれ仮眠を取ることにした俺たちは一人がゾンビの警戒に当たり他の二人はその間に身体を休める手筈になっている。わざわざ社内から出たのはゾンビの数が少なかったというのもあるが、なんとなく夜空を仰ぎ見ながら夜食を摂りたい気分だった。この日に備えて予め解凍しておいた焼きおにぎりを頬張ると、咀嚼しながら空を仰ぐ。――頭上には満天の星空が広がっていた。人工の光が失われ、昔見た夜空の星よりも幾分か輝きを増しているような気がした。夜風が頬を撫でるようにして通り過ぎる。静寂に包まれた一帯に、まるで自分が本当に独りになってしまったかのような錯覚を覚える。俺は――孤独なのだろうか。
ガラにもなく感傷に浸っていると、ふと小町と祠堂の顔が思い浮かんだ。くだらない杞憂だったか――。いつしか俺は独りではなくなっていた。傍らにはいつだって小町が居たし、今は祠堂も居る。しかし、俺は祠堂のことがよく分からなかった。不思議なやつだ、とは思う。こんな状況だし、初めて会ったときは俺も彼女も互いに警戒していた。腹の探り合いのようなことまでした。けれど徐々に態度が砕けたものになっていって、彼女には俺を信頼している節さえあった。同じ学校の生徒とは言え俺たちは顔をすらまともに覚えていない間柄だったというのに、たった三日と少しで彼女は俺を信頼していた。その積極的な行動の数々に、彼女が《比企谷八幡》という男を理解しようとしているのを察した。既に小町は落城させられているから助けは期待できない……どころか自分から祠堂に助力している始末だ。まぁ、確かに祠堂は顔も整っているし性格だって悪くない……はずだ。小町が《優良物件》というのも頷ける。しかし婿入りを決めるには些か早計に過ぎるだろう。もう少し彼女について知った後でも文句は言われんだろう。
飲料水のキャップを開けゴクゴクと喉に流していく。物思いに耽るうちにいつの間にか手にしていた焼きおにぎりは胃の中だった。貴重な食料はなるべく味わうようにしているため、なんだか損をした気分になる。ふと、溜め息が漏れる。
「おにぃーちゃん。なーに黄昏ちゃってんの」
耳元に囁かれるようにして声をかけたのは、いつの間にやら車から出ていた小町だった。最近、お兄ちゃんから《ステルス》のスキルを学んでいるようで自称・ステルスヒッキーのこの俺でさえ時たま気付かぬうちに接近されていることがある。小町、恐ろしい子!
「うおっ。小町、お前寝てなかったのか?」
「いやー、なんだかお兄ちゃんが物思いに耽ってらっしゃるようだから、小町が相談に乗ろうかなと」
にへっ、と柔和な笑みを浮かべた小町は隣に腰を下ろすと膝を抱えて話を続けた。うむ、今日も可愛いぞマイシスター小町よ。
「ズバリ、圭ちゃんのことだよね? お兄ちゃ……ごみいちゃんがやたらニヤニヤしてたし」
「え? なに? 俺ってニヤニヤしたら存在価値下がるの? っていうかごみいちゃん言うのやめような?」
「目つきも合わさって『僕はこれから犯罪犯しますよしちゃいますよって』顔になってるから気をつけた方がいいよ」
「そこまで罪深いとは……俺の目ってやっぱり邪気眼かなにかじゃね?」
「確かに罪を背負う人の目つきしてるよ。犯罪者的な意味でね――で? 結局のところ圭ちゃんとはどーなの?」
柔和に笑んだり、ジト目でこちらを見つめてきたり、犯罪者とゴミを見るような目つきで睨んできたりした後、少し声のトーンを下げて真剣な眼差しを俺に向けた。誤魔化しは許さない、と暗に語っているようだった。飲料水をひと口呷り口を湿らせると、俺はキャップを締めて素直に白状した。
「まぁ、なんだ。不思議な奴だな、とは思う。他人との距離を弁えてるって言うんだろうな。祠堂は自分と他人にしっかり線引きして接してる。そこは俺も同じだが。けど、上辺だけの付き合いにするつもりはないみたいだし、相手を良く知ろうとしてる。それがなんで俺なのかはわからんが、不用意な詮索もしてこない。それは多分、あいつは俺が上辺だけのぬるい付き合いが嫌いなんだって理解してるからだろ。だから――」
「俺は祠堂圭が好きだ――とか? 素直なお兄ちゃんは小町的にポイント高いよ?」
「どうしてそこまで飛躍するんですか小町さんや」
「まーまー。小町だってお兄ちゃんが簡単に女の子に惚れるだなんて思ってないよ。というかむしろ、その子の思いに気づいて漸く惚れた時には攻略されてそうだもん。お兄ちゃんは」
小町はそう言って、聞きたいことは聞いたとばかりにすっと立ち上がり人懐っこい笑みを俺に見せた。満足、といった感じでそれ以上は何も言わず車内に戻っていった。……まったく、後で祠堂に余計なことを吹き込まないように言っておくか。どうにも、心の整理がついたみたいにスッキリとした気分がする。そういえば昔小町が言っていたな――
「――その人に歩み始めなきゃなにも始まらない、か……深いこと言うようになったもんだ」
もう一度飲料水を呷り空を見上げた。爛々と光り輝く星の群れが夜空を彩っている。その星の下で、ちっぽけな俺は考える。祠堂圭という少女に対しどう接するべきなのか――答えは至極単純、それでいて明快。そもそも自覚こそしていなかったが、俺は祠堂に自然と会話を振っていたのだ。一度や二度だとしても、俺にそう自然に振舞わせたのは紛れもない祠堂の影響だ。彼女が話しやすい雰囲気を作ってくれるから、それだけで俺は簡単に今までの頑なに拒んできた《自ら他人とのコミュニケーションをとる》それを彼女は肯定する。それならば、もう一度だけ俺は自分の足で歩み寄ってもいいかも知れない。過去は過去、今は今でしかないのだ。乗り越えるべきトラウマとやらだってあるかもしれない。手は伸ばされた、後はそれに向かって歩み寄るだけだ。俺は、比企谷八幡は――祠堂圭を理解したい。酷く単純で明快な回答だ。文句の言われようのない俺自身の下した決断だ。
それから俺は祠堂と仮眠を交代し眠りにつくまでの間、彼女の顔が頭から離れなかった。もしかして俺って――ちょろいのかもしれん。
この作品の比企谷八幡くんは七割型ポジティブ思考で構成されています。