やはり俺のがっこうぐらしはまちがっている。   作:涼彦

6 / 16
第六話:されど、比企谷八幡は異変に気付かず

早朝、丁度日が昇り始める頃に俺たちは揃って活動を開始した。ゾンビを警戒しなければならないことに加え、交代で仮眠し睡眠をとっていたので中々疲れも眠気も取れない。もう少し眠るという手もあったが、後一時間ほど車を走らせればリバーシティ・トロンへ到着するのだ。美紀と呼ばれた少女のことが気がかりな祠堂にとっては一刻も早く合流したいだろう。そう思い寝ぼけ眼を擦りつつ早めの朝食を社内で取る。お湯が沸かせないので即席ラーメンが食べられないのがなんとも心苦しかったが、そうも言ってられずやたらパサつくする乾パンをもさもさと咀嚼する。あまりにも口内が乾くので水で流し込みながらさっさと食べ終えてしまう。

 

「はぁ。ラーメンとMAXコーヒーが恋しいぜ」

 

湯気立ち上る即席ラーメンと甘さ引き立つMAXコーヒーのセットを思い浮かべながら溜め息混じりに誰に言うでもなく愚痴をこぼす。それを聞いた祠堂は助手席で乾パンを俺と同様に水で流し込みながら食べつつ言った。

 

「何言ってるの。ラーメンはともかく、MAXコーヒーはまだひと箱くらい残ってるでしょ?」

 

「節約しながらちびちび飲んでたっていうのに、誰かさんがハマりだしてからMAXコーヒーはどんどん消費されていくのですよ。悲しいことに」

 

「むぅ……いいじゃない、美味しいんだから」

 

「小町的にはあの甘ったるさはちょっと……ねぇ……」

 

「いやそういう問題じゃないんだが……」

 

祠堂達と雑談を交えつつ二人が食べ終わった頃合を見計らってキーを回しエンジンをかける。準備が出来たことを確認すると、ガソリンスタンドから車を出し車道に出る。比較的障害となるゾンビや車の少ない通りなのか、迂回せずともスイスイと進んでいく。とはいえ、流石に道路を彷徨くゾンビが居ない訳もなく、そのまま跳ね飛ばすか避けるかしてショッピングモールを目指す。相変わらず、対向車線と車がすれ違うこともなく生存者を見かけることもなかった。恐らく安全な場所に立てこもっているのか、或いは既にほとんどの人間が死に絶え感染しているかどちらかだろう。エンジンと走行音を聞きつけて誰かやってくるかもしれないと、可能性としては考えていたがそういったことはなく、一時間後、俺たちは目的のショッピングモール・リバーシティ・トロンの前で車を停めた。

 

「……とりあえず、その美紀って奴のところまでは祠堂が案内してくれ。一応、俺が先頭で進むし」

 

「そう、だね。分かったよ」

 

思い詰めた表情をした祠堂がぎこちなく笑う。ふとした瞬間に見失ってしまいそうなその儚げな笑みに、俺は既視感を覚えた。そういえばあの時小町も――。

 

――ふと、鋭い頭痛が考えを阻止するかのように突き刺さる。思わず額を抑え俯く俺に祠堂が心配して言葉を投げかけた。

 

「どうしたの? 頭痛?」

 

「あ、あぁ……もう治まった。んなことよりとっとと行くぞ」

 

ドアを開け外に出ると新鮮な空気が肺を満たした。頭痛はもうしない。そのことに訝しみつつ後部座席のドアを開けると小町から木刀と槍、そしてリュックサックを受け取る。小町も心配そうな顔をしていたが、心配ないという旨を伝えると一言「そっか」と言うと微笑んでみせた。その時俺は、何か重要な忘れてはならないものを忘れている気がした。けれど小町の笑顔を見ているうちにそれすらも忘れていた。

 

リュックサックを背負うと、外に出た祠堂に自作した槍を渡す。ゾンビに有効だとは言えペンライトだけで切り抜けてきた彼女だが、いつまでも丸腰というのは危険なため簡単な作りだが武器を作っておいたのだ。無論、戦闘が目的ではなく防衛が目的だ。奴らゾンビは動きが鈍い上にふとしたことで簡単に転ばせられるので、足を叩くだけでも十分効果はあるだろう。それにリーチの長い武器を持つというのは精神的に余裕ができるので、そう言った効果も考えて槍を祠堂に与えたのは間違いではないはずだ。

 

無残に自動ドアのガラスが割られたショッピングモール入口まで近づくと、陽も上がった朝だというのに中の様子がうかがい知れないほど暗闇に包まれているのが分かる。祠堂が言っていたが、パンデミックの初日から停電が起きてそれ以来復旧していないらしい。俺たちは懐中電灯を取り出すとそれを胸にかけた。それはコンビニで見つけたネックレス型の懐中電灯だった。武器を扱う手前、片手が塞がるのはなるべく避けておきたかったのだ。

 

「美紀の居る部屋は五階のバリケードの中だから、まずは一階中央にあるエスカレーターを上って二階に行きましょ」

 

「あいよ……祠堂、俺から絶対離れんなよ」

 

こくんと祠堂が頷いたのを確認して、俺たちはモール内に足を踏み入れる。じわりと木刀を握る手に汗がにじみ、顔が徐々に強ばるのを感じた。内部の澱んだ空気が肺に送り込まれるたびに汚染されたような気分に陥る。本来ならこのような死地に足を運ぶ予定はなかったのだが、全ては祠堂圭のため。生きて帰ったらMAXコーヒーで乾杯してやろう。

 

懐中電灯の灯りに照らされ、一階内部の状況を把握していく。ゾンビの数は多いがバラけて彷徨いているし、何よりエスカレーターには奴らが一体も居ない。俺は背後を歩く二人に小さく「走るぞ」と声をかけ、エスカレーターに向かって駆け出す。なるべく音を立てないように走っていたが、それでも微かな足音と懐中電灯の光に釣られて一部のゾンビが反応する。それでももはやただの階段と化したエスカレーターを駆け上がっていく。一足先に二階に到達すると、懐中電灯を周囲に向けて様子を探る。すると僅かに一体のゾンビがこちらに接近しつつあった。細く息を吐き、駆ける。狙うは弱点の頭部。木刀を大きく振りかぶりゾンビがこちらに手を伸ばす前にその頭蓋を叩き割る。鈍い音を響かせ血しぶきを上げながら倒れると、それはもう起き上がることも動き出すこともなかった。相変わらず慣れることはなかったが、いつしか吐き気がこみ上げることも罪悪感に陥ることもなくなっていたのは耐性がついたということなのだろう。それが果たして喜ぶべきなのかどうかは、今は頭の隅に保留しておくことにした。

 

「比企谷くん!」

 

「お兄ちゃん!」

 

木刀にこびり付いた血や肉片をふるい落とし、彼女らに向き直る。大方俺が無理に戦ったとでも思っているのだろう。二人は先ほどのように心配そうな顔で訴えていた。

 

「心配すんな。これぐらい、どうってことない」

 

「……そう? それならいいけど……あんまり無茶しないでね」

 

「あいよ。それより、次はどう行けばいいんだ?」

 

「ええとね――」

 

祠堂の案内に従い、時折ゾンビを倒したりシャッターの内側に潜り込んで難を逃れたりしながら上へ上へと目指していく。道中、雑貨店に立ち寄り祠堂がペンライトの補充を行ったのだが、その時奇妙な話を聞いた。モールを立つ前にある程度残しておいた市販のペンライトが全てなくなっていたり、防犯ブザーの数が少なくなっているとか。そして祠堂が見かけたという一階に置き去りにされていた羽のついたリュックサックには、複数の防犯ブザーが取り付けられたいたそうだ。やがて、降り積もる疑念は確信へと変わる。

 

四階の非常階段付近で、俺たちはそれを発見した。微弱な光を放つ一本のペンライトを――。




まだまだ、学園生活部とは合流せず。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。