もし、こうなっていたら・・・。
相模=無能。この風潮、ウザい。
そう思う方、いらっしゃると思います。よく分かります。
それでもどうか、この一席だけでもお付き合いいただければと思います。
「えっと、それじゃ今日は文化祭のスローガンについて決めたいと思いまーす」
はあ。
随分とまあ呑気なもので。お前が各クラスの出し物がどうこうと体のいい理由を付けてサボってる間、こちとら居残りしてまで働いてるんだがな。
そこまでふざけた態度を取られたら、もう分かっていて故意にやっているとしか思えんぞ。
振り返ってみれば文化祭実行委員の発足以来、委員長となった相模はまともに仕事をした形跡がほとんどない。
初日からして議事進行すらめぐり先輩のフォローなくしてはこなせていないし、その翌日には奉仕部に駆け込んで雪ノ下にサポートを依頼する始末。
そして雪ノ下がリーダーシップを発揮してようやく仕事が回り始めたと思ったら、不貞腐れて書類審査の仕事もテキトーに済ませ、さっさとお帰りなさる始末。
ついには陽乃さんの提案に乗せられ、メンバー全員に事実上おサボりオーケーの許可まで出しやがった。これがどこぞの市長やお知事様なら即リコールになっているまである。
さて、俺としては相模などクビにして他の適任者に交代させるべきとまで考えているが、それはあくまで俺個人の考え。
何より相模が奉仕部にサポートの依頼をした以上、それを勝手に破棄することはできない。
なら、他の皆はどう考えているのか?
まず雪ノ下。
自身が倒れかけるまで身を粉にして働いたにもかかわらず、相模がそれに胡坐をかいて好き放題していることには大層ご立腹のようだ。
そりゃそうだ、雪ノ下とて人間である。それも正義感の強い人間だ。
誰かの苦しみの上に誰かが楽をする構図など、決して許さない筈だ。
そしてめぐり先輩。
彼女は、単に雰囲気だけが優しい人ではない。あくまで生徒会は補助的な役割に過ぎないのに、相模やそれに追従した連中がサボっている間それを全力で肩代わりしていた。
だからこそ、相模が未だにサボっていながら平然としていることに深い悲しみを抱いている。
付け加えると、時々出入りしていた葉山も相模のサボり行為を知っていた。
特にそれを諌めることはしていないようだが、それでも失望の色は隠せないようだ。
その気持ちも分からないではない、葉山は真面目な男である。だから、今回のような学校行事の要職を務める人物が不真面目だとは想像もできないのだろう。
他にも、サボり組がお留守の間必死で働いていた連中。
増長した相模の態度を快く思っていないのはすぐ分かった。
なら、十分だ。
依頼を破棄はしない。
だが職務怠慢の罪を問わないとも言ってない。その報い、存分に受けてもらおうか。
「・・・では、スローガンにつきまして意見のある方は挙手をお願いします」
雪ノ下が全員に問う。横の相模は、誰もいなければ自分が発言するつもりでいる。
そうはさせん。
「一つ、案があるんですが」
即答。先手必勝。
相模の顔色が変わり、他の連中も俺が挙手したことに驚いているようだが気にしない。
「お!比企谷くん、どんなスローガンにしたのかな?」
「えーとですね・・・『絆~みんなで助け合おう、文化祭~』です」
その時、瞬間湯沸かし器の様に相模の顔が紅潮する。
どうした、委員長さんよ?上に立つ者がそんな感情を露わにするものじゃないぞ。
実のところ、今のスローガンは相模の考えていた案に少々手を加えた物だ。
今の様子を見るに、ご本人としては大事に大事に温めてきた案だったのかもしれない。それならそれでちゃんと人に見られないよう管理しておくべきだった。
勝手に取り巻き連中と視察と称して抜け出すとき、机の上に書類の束と一緒にポンとメモ書きを置いていれば、誰かが見るに決まっている。
結論、プライバシーは自分で守りましょう。
「うん、すごく素敵な言葉だね。ちなみに理由を聞かせてもらっていいかな?」
流石めぐり先輩、褒め殺しがお上手で。皮肉ではなく本当のことだ。
「別に文化祭に限ったことじゃないですけど・・・こういう学校行事って、みんなで助け合わないと絶対にまとまらないっていうか、完成できないと思うんですよ」
俺がそう言った途端、相模を含むサボり組の連中が下を向いた。
そしてそいつらを、真面目に働いてきた連中が白い目で見ている。
これが葉山あたりが発言していたならば、素直にわーすごーい、そーだねーと受け止められて終了である。
だが生憎、これは俺の発言だ。目立たず、常に一人でいて、誰かと碌に口を利かない俺の言葉だ。
おまけにその目は腐っている。柄の悪い奴だと思う人間だっているだろう。そんな奴が"皆で助け合う"などと言ったら、それは皮肉にしか聞こえない。
働き蜂の犠牲によって楽な生活を享受している、女王蜂たちへの。
めぐり先輩も、もしかしたらその意図に気付いたかもしれない。
だが今の所それを顔に出している様子はない。やっぱり最初からこの人が委員長やってた方が良かったんじゃね?
「なるほど・・・とってもいい意見だと思うよ、ありがとう!
それじゃ、他に案のある人はいるかな~?」
シーン。
挙手なし。相模も別に案は考えていなかったようで何も言わない。仮にあったとしても言えるわけがないだろうが。
そこでめぐり先輩が雪ノ下の方を向く。採決を取ろうということだろう。
相模にそれを聞かないあたり、めぐり先輩のぽわぽわ優しさパワーも限界だったのかもしれない。或いは、相模相手に情けをかける必要はないと思っているか。
「―――他に案もないようですので、一旦採決を取ろうと思います。
今の比企谷くんの提案に賛成の方は、挙手を」
そこで手を上げたのは、めぐり先輩ただ一人だけだった。
「それじゃ、これで失礼しますよっと・・・」
取り敢えず本日の業務は終了。最後に残ったのは俺一人なので鍵を掛けて職員室に返さなければいけない。
随分とまあ、俺も信頼されてるもので。中学時代なら絶対「アイツに貸すと盗まれる、てか穢れる」なんて言われてたと思うの。
「・・・ヒキタニくん」「ちょっと、いいかしら」
すると突然、葉山と雪ノ下が物陰から現れる。
お前らモンスターかなんかなの?心臓に悪いからやめようぜ。
「鍵を職員室に返さなきゃならないんでね、明日にして欲しいんだが」
「いや、すぐ終わる。・・・君はどうして、スローガン決めの時にあんなことを言ったんだ?」
いや、そのくらいは分かれよ。
動物農場の豚さん達への痛烈な皮肉。それ以外に何があると言うのか。
根っからの善人には流石にそんな意図など読めないか。
「別に責めているわけじゃないわ。でも貴方があんなことを言うなんて思いもつかなかったから」
「・・・俺も、文化祭は成功してほしいと思ってるからな。あそこで何か爆弾投下してぶち壊しにするとでも思ったか?」
「は、はは・・・そこまでは思ってないさ」
・・・おい、笑いが引きつってるぞ。どんだけお前の俺への信用度は低いんだよ。
自業自得だと自覚はしてるけどな。
「そう・・・時間を取らせて悪かったわね。泥棒と誤解されないうちに、早急に鍵を返却しておきなさい」
「・・・盗んで何のメリットがあるんだよ」
そこからは、普段通りの雪ノ下であった。
以後はとんとん拍子に物事が進んでいった。
俺のスローガン発言の翌日には、陽乃さんの介入によって「千葉の名物、踊りと祭り!同じ阿保なら踊らにゃsing a song!!」で無事スローガン決定となった。
流石大魔王様様である。語呂もインパクトもパーフェクト、センス抜群。・・・一般論の話だがな。
陽乃さんとしても、予想以上に神輿に乗っけりゃ簡単に踊る相模の無能さに呆れたらしい。この決定の時も、相模は何一つ口を出すことは許されなかった。
誰がそう言ったわけでもないが、場の雰囲気がそういう流れに傾いたのだ。あいつを介入させなければ上手くいく、と。
あとは各クラスの出し物やらステージ発表の段取りやら、どんどん計画が進展していく。
事は順調、全く順調だ。
―――その場に、相模の存在感はなかったが。
「・・・は?相模が消えた?」
「ええ・・・1時間ほど前に文実の会議室で見たのを最後に、誰も彼女を見ていないのよ」
そして本番、文化祭2日目。
じきにエンディングセレモニーが始まるというときになって、遂に相模逃亡。
昨日のオープニングセレモニーのたどたどしいスピーチのことを考慮すれば、もしかしてとは思っていたが・・・。
嘆かわしい。
どうしてまあ、ここまで上手くいっているのを最後でぶち壊そうとするのか。
「代行は・・・できないんだろうな、きっと」
「・・・相模さんが、賞に関しての集計結果を持っているの。だからなんとしても彼女を連れ戻す必要があるわ」
連れ戻す。
意志の固いこいつらしい言葉だ。俺だっておいそれとそんなことは言えない。
だがそれを咎める奴はいない。もう誰もが、あのプライドだけは高い名ばかり委員長様にうんざりしていたのだろう。
葉山が由比ヶ浜と何か打ち合わせしている。めぐり先輩に陽乃さんも。おそらく時間稼ぎの方策だ。
「・・・どれくらい、時間を稼げる?」
雪ノ下に尋ねると、葉山やめぐり先輩が雪ノ下に耳打ちする。
「20分・・・最長でこれぐらいというところね。捜索をお任せするわ」
「了解」
それだけ言うとすぐにその場を出る。
時間がない。
相手の立場になって考えろと、よく道徳で教わる。
なら俺も、相模の立場になって考えよう。自身のプライドが木っ端微塵に砕かれ、絶望の淵にあるとき、どうしたいと思う?
どこに行きたがる?
答えは、すぐに出た。
「・・・いたか」
屋上のドアを、川・・・なんとかさんに教わった通りに開ける。マジ愛してるぜ。
そして予想通り、放心状態の相模がそこにうずくまっていた。
「すまん、もうすぐエンディングセレモニーが始まるから戻ってくれとのことだ」
こんな相手でも肩書きだけは立場が上なので、一応は丁重に接する。
何の意味も、効果もないようだが。
「・・・誰か別の人にやらせれば?」
「それはできない。各賞の集計結果がどうしても必要らしい」
「じゃあこれ、持ってけばいいでしょ!?」
逆ギレ。
集計結果を集めた書類がこちらに投げつけられる。
はぁ・・・。
つくづく思うが、なぜこいつは委員長になぞ立候補したのだろう。
自分は他の人に仕事を任せて楽をしたかったなら、下っ端の役職にでも就けばよかった。普通ならそうするはずだ。
だが由比ヶ浜から、去年のクラスでのこいつの振る舞いは聞いていた。その情報から理由は推測できる。
今年は三浦という最強の女王がいて、自分が二番手に甘んじているのに我慢できない。だから一発逆転を狙って、その結果がこれだ。
相模よ、お前にカースト上位に入る資格はない。
ノブレス・オブリージュ。大いなる立場には責任も伴う。葉山や三浦は、我らが2年F組のクラス秩序を保つ義務がある。サル山のボスに、好き勝手な振る舞いは許されない。
だからこそ2人とも集団というものを重く見ている。
お前がその責任を背負えるか?その器があるか?
結論を言えば、そんなの不可能だ。これまでの生涯で目は腐ったが、その分目力を養った。人を見る目を。
だからはっきりと言えるのだ。
「―――相模さん、探したよ」
そこに葉山登場。ついでに相模の取り巻き2名も付属で。
ゆっことかいう奴は生あくびを噛み殺していた。みんなの葉山と一緒にいたい、それだけの理由で付いてきたのが丸見えだ。
真剣に相模を探そうとは思ってもいないらしい。ここで初めて相模にちょっぴり同情する。
「もう時間がない、みんな待ってる。まだ何とか間に合うから、行こう」
真剣な口調、真剣な表情だ。いつもの優しさは何処へやら。
後ろの取り巻き共は、そんな格好良い葉山様に見とれているだけ。・・・マジでお前ら何しに来たの?
そして相模はといえば、誰からも優しい言葉を掛けてもらえず、ますます頑なになっていくだけ。
「うち・・・最低・・・」
うん、それみんな知ってるから。最低じゃなかったらあの場で逃げ出さないから。
もう限界だな。
葉山がちらと俺の方を向く。自分にはできそうもない、そういうことか。
分かった、任せておけ。
「・・・そうか。なら、もういいぞ」
相模に、静かに語り掛ける。
はっとして俺の方を向く。優しい言葉だと思うか?
だが、違う。
「その代わり、文化祭が終わったら一人残されて厚木や平塚先生に説教喰らう覚悟はできてるんだろうな?」
「・・・っ!」
相模の顔が、恐怖で歪む。
もう言わなくても誰でも知っているが、相模は所謂自己中だ。
駄目なリア充の典型で、自分を中心に世界が回っていると勘違いしている。本当はまず世界があって、その中で自分という歯車が動いていることに気付いていない。
そんな自己中に、責任だの善悪だの、公共心だのを説いても無駄骨だ。
なら、欲に訴えかける。損得勘定で考えさせる。それが一番の近道だ。
強面で、実際におっかない厚木。あのデカい声で怒鳴られたら誰もが竦みあがるだろう。到底一人では耐えられない。
そして平塚先生。作文でリア充爆発しろと書いたら強制的に部活に入れる人だ。
もし学校行事の委員がサボタージュなどしたら、果たしてどんな罰を下すか。想像したくもない。
「それでもいいなら好きにしてくれ。俺は止めない」
「・・・・」
相模は震えている。同時に、僅かながらの理性をフル動員している。
もしこのまま欠席すればどうなるか。自分の立場がいかに危うくなるか。
30秒して、ゆっくりと立ち上がる。
「・・・葉山」
「ああ・・・行こう」
そして、相模は葉山、自身の取り巻きの手によって連行される。
その先が死刑執行台となるのか、人生を変える大舞台となるのか。俺には知る由もない。
「―――と、いう訳だ相模。君には奉仕活動を命じる。異論反論は許さん」
「え・・・な、なんですかそれ?!」
さて、文化祭終了から数日後。
いつものように平塚先生がやってくる。相模というおまけを連れて。
・・・由比ヶ浜、慌てるのは分かるが少し静かにしてくれ。
「・・・平塚先生、なぜ彼女を入部させるのか理由をお聞かせ願えますか」
「君が一番分かっているんじゃないのか?雪ノ下、それに比企谷もな」
無論、文化祭でのことだろうな。
一応、相模を連れてきてエンディングセレモニーの司会をやらせ、無事文化祭は終了。
相変わらず噛みまくりでたどたどしいものだったが、終わったのだからどうでもいい。
が、例年より本番までのスケジュール進行がやや遅れたことに疑問を持った先生たちが結構いたらしい。
平塚先生もその一人。そして、文実参加者に内部調査をした。
・・・なぜか俺の所には来てないけど。またぼっちは存在を忘れられるのね。はちまんなかないもん。
「それで・・・嘆かわしいことに、リーダーたる者がリーダーの務めを果たさなかった。
そんな事実が判明してな。結果、相模には更生の必要ありと、私が判断した」
「・・・・」
そう言う平塚先生の表情は、いつも以上に強張っている。やはり根は真面目一徹、ふざけた真似は許さないということか。
対称的に相模は死人というか、陽炎のようになっている。軽く見ていた由比ヶ浜、文化祭で当初いいように扱った雪ノ下。
そしてぼっちで底辺カーストの俺。そんな奴らと同じ部活に放り込まれることなど悪夢以外の何物でもないはず。全ては自業自得だがな。
「それで?これから相模には何をさせるんです?ただ放課後ここに来させるだけで終わりじゃないでしょう」
「ああ、その通りだ。すぐにまた体育祭が始まるだろう?
そこで相模には改めて実行委員をやってもらう。今度こそサボりも甘えも一切許さん、私が最後まで見張りにつく。
そして比企谷、雪ノ下。君にも補佐役として実行委員をやってもらいたい。できるな?」
是非もなし。
俺たちに決定権はない。
「分かりました。奉仕部として依頼を引き受けます」
「・・・了解っす」
「よろしい。では相模、あとはこの3人の言う事をよく聞くように。
・・・繰り返すが、サボったら進級できると思うなよ」
「は・・・はい・・・」
その構図、蛇に睨まれた蛙と同じ。
・・・ま、ドンマイ。応援だけはしてやる、応援だけはな。