ネビル・ロングボトムと四葉のお茶会   作:鈴貴

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ネビルをどうやって始末するか、ヴォっさんの気持ちになって考えてみた。


10.「あなたの運がひたすらいいのか、犯人のつめが甘いのか」

 僕らが息せき切って競技場にたどり着いた時には、競技場の観客席はすでに全校生徒で埋め尽くされていた。空はからりと晴れているが、吐く息はかすかに白い。

 僕とロンとハーマイオニーは最上段の席に陣取り、試合用のローブにきがえたグリフィンドールとスリザリンの両チームの生徒が、箒を手にしてピッチに進みでるのを眺めた。今日は、今年のクィディッチ・シーズン最初の試合なのだ。

 

「フレッドとジョージが出てきた!」

 

 双子の兄をグリフィンドールチームの中にみつけたロンが、嬉しそうに叫んだ。

 オリバー・ウッドとマーカス・フリントの両キャプテンが、お互い油断のない目で睨みあいながら一礼し、選手たちが箒にまたがった。審判のマダム・フーチのホイッスルと同時に、彼らはいっせいに高く舞い上がり、真紅と深緑のローブが風にはためいた。

 

『クアッフルはアンジェリーナ・ジョンソンがとりました。なんて素晴らしいチェイサーでしょう。その上、かなり魅力的であります――』

『ジョーダン!』

 

 実況解説のリー・ジョーダンがマクゴナガル先生に怒られているのを聞きながら、僕ら観客は固唾をのんで試合を見守った。まずはグリフィンドールが先制点奪取。こちら側の観客席から、わっと歓声が上がる。

 

 続いてスリザリンの攻撃に移り、クアッフルの取り合いをしている遙か上空、きらりと光るスニッチが姿をあらわした。らせんを描くように急上昇したシーカー同士がデッドヒートを繰り広げる。途中、マーカス・フリントの接触妨害(ブラッチング)でグリフィンドールのシーカーが弾き飛ばされ、スリザリン以外の観客席からいっせいにブーイングの声があがった。

 

「退場させろ! レッドカードだ!」

 

 ディーンが怒って大声を上げているのを、ロンがなだめている。僕はグリフィンドールのシーカーが地表すれすれで体勢を立て直したことにほっと安堵の息をついた。やっぱりこの競技は、どうも心臓によくない。

 

 グリフィンドールに与えられたペナルティシュートのあと、僕はクアッフルをめぐる攻防から目を離し、再び姿を消したスニッチを探して高い空を見上げた。雲の影を、何かが素早く横切るのが見える――スニッチか、いや、あれは渡り鳥だろうか?

 

 目をこらしてその動く点をじっと見つめていたせいだろうか。急に周りが騒がしくなったことに、僕の反応は、一瞬遅れた。

 

『スリザリンがバンフィングだ! 観客席、注意を――危ない!』

 

 がつん、と頭蓋骨に酷い衝撃が走った。

 なにが起きたのか分からないながら、咄嗟に頭をかばった腕を、2度3度、重く固いものが容赦なく打ち付ける。僕は痛みと混乱で気が遠くなりそうになりながら、涙でかすむ視界の隅に、僕を叩きのめしているブラッジャーを凄い形相で押さえつけようとするロンと、こわばった顔で慌てて杖を取り出そうとするハーマイオニーをみとめ――

 

 そこでついに耐え切れなくなり、ふつりと意識を失った。

 

 

 

 

「で、結局負けちゃったんだ」

 

 医務室へお見舞いにきたロンが、むっつりとして言った。スリザリンのビーターが観客席にブラッジャーを打ち込み、それが僕にぶつかって気絶、ということだったらしい。

 スリザリンは反則を取られ、ルールにより試合は一時中断されたが、再開後まもなく、スリザリンのシーカーにスニッチを奪われてしまったそうだ。

 

「まったくスリザリンの連中ときたら! きっと正々堂々と戦ったら勝てないのが分かってるから、反則ばっかりするんだ」

 

 鼻息荒くいきまくロンの隣で、ハーマイオニーは難しい顔をしていた。

 

「あれはおかしいわよ。見た? あのブラッジャーの妙な動き。スリザリンのビーターがこっちの方角へ打ってきたのは確かだけど、最初はもっと上空へ飛んで行こうとしていたのに、急にすとんと落ちてきたんだもの」

 

 僕はブラッジャーの動きはもちろん、そこまで熱心に試合を見ていたわけではないのでなんとも答えられなかった。

 

「え、じゃあなにかい。きみ、あのブラッジャーに呪いでもかかってたって言うの?」

 

 ロンが首をひねって反論する。

 

「でもスリザリンの連中には、わざわざそんな仕込みをする理由がないよ。グリフィンドールの選手を襲って潰すならまだしも、観客をぶちのめしたって反則を取られるだけで、なにも得しないじゃないか」

「そうじゃないわ」

 

 ハーマイオニーは医務室のドアをちらりと見て、声をひそめた。

 

「狙われたのはだれでもいい不特定の観客ではなくて、狙われた理由もクィディッチそのものとは無関係だったとしたら? もちろんその場合、犯人もスリザリン生とは限らないわ」

「ああ、うん――つまり、君が言いたいのは――」

 

 ロンが言葉を切って、僕を見つめた。要するに、狙われたのは僕だ、と彼女は言っているのだ。

 

「でも、誰が……なんで、僕を?」

 

 僕は背筋が寒くなるのを感じながら聞いた。

 もし狙われる理由が僕の額の傷がらみなら、犯人を絞り込むのはきっと難しい。例のあの人がいなくなって以来、闇陣営の残党は誰にも知られないように身を潜めているから、僕を始末するにしたって、見つからないようにうまくやろうとするだろう。

 それとも傷の件は関係なくて、単に僕が誰かに殺したいほど憎まれているという可能性は――いやいや、いったい誰がネビル・ロングボトム個人を、わざわざ手間暇かけてブラッジャーに呪いを仕込んでまで排除したい相手だなんて思うだろう?

 

「それはわからないわ。でもネビル、あなたが狙われているならたぶん、これで終わりじゃないわ」

 

 ハーマイオニーはきっぱりと言った。

 

 

 

 

 彼女の予言は正しかった。それ以降僕は、校庭を歩いていたら塔の窓から落ちてくるマンドラゴラの鉢やら、通常の3倍のスピードで動いて僕を振り落とそうとする階段やらに悩まされることになった。それらの事故のような何か(・・・・・・・・)は、決まって僕がひとりでいるときに起こり、しかも首尾よくいけば、僕のいつものうっかりが原因だと片づけられてしまいそうな状況ばかりで、これではマクゴナガル先生に報告したところで、とうていまともに取り合ってもらえそうになかった。

 

「まあ、できるだけ誰かと一緒に行動するようにするしかないわね。でも、マンドラゴラが叫ぶのを聞いて、よく無事だったわね?」

「うん、落ちた衝撃でぽっきり折れちゃって、叫ぶどころじゃなかったんだ」

 

 僕が説明すると、ロンもハーマイオニーもそろって呆れたように溜息をついた。

 

「あなたの運がひたすらいいのか、それとも犯人のつめが甘いのか、どちらかしら?」

「両方だよ、きっと」

 

 

 

 

 とはいえ、いつ成功するか分かったものではないので、クリスマス休暇が近づいてくると、僕は心の底からほっとした。もしかしたら家まで追いかけてくるかもしれないが、その時にもこんなこそこそしたやり方でしか僕を始末できそうにないなら、犯人は少しばかり覚悟した方がいいかもしれない。僕を除いたロングボトム一族は、なんというか、その……揃いも揃って「穏便にすます」ということを知らない、力押しですべてを解決しようとする人たちばかりなのだ。

 

「僕はクリスマスはホグワーツに残るんだ。パパとママがチャーリーに会いにルーマニアに行くもんでね」

 

 魔法薬学の授業が終わり、氷の貯蔵庫のような地下の教室を足早に後にしながら、ロンが言った。

 

「確か、ドラゴンの研究をしてる2番目のお兄さんだっけ?」

「そうだよ。まあ、パーシーもフレッドもジョージもいるし、こっちはこっちで楽しくやるさ――やぁ、ハグリッド。手伝おうか?」

 

 角をにょっきり曲がってやってきた大きな樅の木にロンが声をかけると、枝の間からハグリッドが顔をのぞかせた。おそらく、クリスマスツリーに使うために運ぶ途中だったのだろう。

 

「いんや、大丈夫だ。ありがとうよ、ロン」

「お小遣い稼ぎも結構ですが、通れないからどいてもらえませんかね、ウィーズリー君」

 

 後ろからマルフォイのいやに気取った声が聞こえて、ロンが思い切り顔をしかめた。僕も、また何の嫌味を言われるのだろうかと警戒してマルフォイの方を見る。

 そこへ、不穏な気配をかぎつけたかのようにアリーがひょっこりとあらわれた。

 

「ああドラコ、ちょうどよかったわ。あなたのお家にふくろう便は出しておいたんだけど、あなたにも言っておかなくちゃと思ってたの。私たちロンドンで色々用事を済ませていくから、お宅に着くのはたぶん当日の夕方で……」

 

 アリーは誰かが口をはさむ隙もなく喋りながら、あっという間にマルフォイを連れ去ってしまった。去り際にちらりとこちらを見て、マルフォイに見えない角度でハンドサインを残して。

 ロンが固く握りしめていたこぶしをゆるめて、ぼそりと言った。

 

「ポッターも悪い奴じゃないんだけど、なんでマルフォイなんかと仲良くしてるんだろうな?」

「あの子もああ見えて苦労しとるからなあ。なにせ、あの子のお袋さんが……」

「アリーのお母さん?」

 

 ハーマイオニーが思わずといった様子で聞き返すと、ハグリッドは慌てたように首を振った。

 

「いや、なんでもねえ。そんなことより、ほれ、大広間がすごいから見においで」

 

 僕らはふうふう言いながら樅の木を担いでいるハグリットについて、大広間を覗きに行った。ハグリッドの言葉通り、それはとても素晴らしい光景だった。壁には各寮のシンボルカラーのリボンが編みこまれたヤドリギが飾られ、ハグリッドが持ってきた分も含めると12本ものクリスマスツリーが、ろうそくや飾り玉できらきらと輝いていた。マクゴナガル先生とフリットウィック先生が、飾り付けの出来栄えを確認しつつ、最後の仕上げにかかっている。

 フリットウィック先生が杖から金色のふわふわを出して最後のツリーに巻きつけているのを見ながら、ハグリットが尋ねた。

 

「ところで、休みはいつからだ?」

「明日よ」

 

 ハーマイオニーが答える。そう、明日だ。明日になればしばらくは、この命にかかわるかもしれない嫌がらせからしばらく逃れられる、と僕は思った。

 

 残念ながら当然なことに、そうはならなかった。

 

 

 

 

 

「……あれ」

 

 ホグワーツ特急待ちの生徒でごったがえしている玄関ホールで、僕がローブのポケットを探ると、ポケットの底をすかっと指が突き抜けた。

 

「また何か忘れたの?」

 

 ハーマイオニーが呆れたように目を細めたが、弁解させてもらえるなら、忘れたわけではない。ポケットが破れていて、手帳がどこかに落ちてしまっただけだ。これは不可抗力だ、と僕は言いたい。

 

「どうかしら。ポケットにはさみかナイフでも入れていたんじゃないの?だったら破れても当り前だけど」

「転んだ時に危ないから、そんなものは入れないよ……」

 

 そこは6歳の時にもう通った道だ。あのときはざっくり太腿を切って、ばあちゃんにこっぴどく叱られたっけ。

 

「忘備録だから、あれがないとちょっと困るんだ。探して来るから先に行ってて!」

「ちょっと、ネビル! この荷物はどうするの?」

「誰もとって行きやしないよ、そこに置いといてくれればいいから!」

 

 そう言い置いて、僕は急いで階段を引き返した。ホグワーツ特急が出るまでに、見つけて戻らないといけない。誰かが見ても特に面白いようなことは書いてはいないが、やっぱりあまり人に見せたいものでもないのだ。

 

 寮を出るときには確かにあった、と僕は考えた。ローブの上から手触りを確かめたから間違いない。階段を下りて……途中でトイレに寄ったな……あの時にはあったっけ?

 わからない。一応、見てきた方がいいだろう、と僕は3階のトイレへ向かおうとした。

 

麻痺せよ(ステューピファイ)

 

 ほとんどささやくような声だったが、がらんとした廊下に、それは意外なほどよく響いた。

 背後から呪文で撃ち抜かれた僕は、前のめりに倒れこんだ。石造りの廊下はひどく冷たく、指一本動かせない僕の体からすばやく熱を奪っていった。

 頭の中身まで痺れるような感覚に耐え、僕は必死で耳を澄ませた。どうやら、僕を襲った犯人はふたり組らしい――ひどく遠くに聞こえ、何を言っているかもよく分からないが、しわがれた高圧的な声と、震えるような声が会話している。

 

「ご主人様…………やはり…………に?」

「そうだ、そこに運べ…………ダンブルドア…………知らない…………秘密の…………バジ…………片づけるだろう…………」

 

僕の体が、宙につられたように浮き上がった。僕は抵抗するすべもなく、ぐったりしたまま運ばれ、それでも気絶だけはするまいと念じ続けた。ここで気を失ってしまえば、僕は確実に死ぬ、そんな気がしたのだ。

 

 僕の傍らを歩く靴音が、ぴたりと止まった。僕は何か違和感をおぼえた。

 だが、その違和感の正体を突き止める前に、事態は動く。

 

開け(・・)

 

 シューシューと空気が漏れるような音は、しかし僕には言葉に聞こえた。次の瞬間、僕は狭いぬめぬめとした場所に放り込まれ、暗闇の中へと滑り落ちて行った。

 




「やっぱりブラッジャーでどついたくらいやと死なへんな……あいつどんくさい割に意外としぶといし、うっかり死の呪文かけたら跳ね返しよるし……
せや! ホグワーツにはワシしか知らん場所あるやん! あそこへ放り込んどいたらどうせ出てこれへんからそのうち死ぬやろ、タイミング的にも里帰り中の迷子から行方不明になりましたみたいな感じで」

なおやはり詰めは甘い模様。

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