ネビル・ロングボトムと四葉のお茶会   作:鈴貴

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血みどろ男爵「そのわりに危機感なく眠りこけていて、こいつは将来大物になると思った」


5.「血みどろ男爵が、さっき2回も通ったんだよ!?」

 ロンが口ごもりながら説明したところによると、僕らが医務室へ向かってすぐマルフォイが、僕が知らないうちに落としていた思い出し玉を拾い上げ、みんなに見せつけながら嘲笑ったそうだ。そのあとはグリフィンドールとスリザリンが全員で返せの返さないのと言い合いになり、しまいにマルフォイから強引に思い出し玉をもぎとったロンがクラッブにつきとばされ、倒れた拍子に手からすっぽ抜けてこうなった――らしいのだが。

 

「ごめん、弁償するよ……うう、いくらくらいになるんだろう……」

「いいよもう、ロンが悪いわけじゃないし、どうせ僕が持ってたって、遠からず割れそうだったもの」

 

 青ざめながらそう言うロンが気の毒になって、僕は首を横に振った。

 今度はハーマイオニーが言うように、手帳をためしてみようと思う。できれば、落し物防止の魔法付きのがいい。

 

「それより、よく誰も箒に乗って取り合いしたりしなかったね?」

「そりゃまあね。ポッターのあとじゃ、多少乗れる程度じゃあまったく自慢にならないだろ?」

 

 ロンが肩をすくめる。それはそうだろう、あんな離れ業を見せられておいて、自分の方がうまいと言える一年生がどれだけいるだろうか。

 

「ありゃあ絶対、スリザリンのクィディッチチームがスカウトに走るな。試合参加は来年からだろうけど、あれと当たると思うとぞっとしないね」

「なんだよ、そんな面白いショーがあったなら僕らを呼んどけよ」

「残念無念、その間僕らは地下牢でお勉強だったさ!」

 

 難しい顔をするロンを、談話室に降りてきた双子がはやしたて、いっぺんににぎやかになった。

 

「くそっ、なんでスリザリンなんだ。マクゴナガル先生がおっしゃっていたが、ポッターの父親はグリフィンドールが優勝した年のチェイサーだったらしいじゃないか」

 

 グリフィンドールチームのキャプテン、オリバー・ウッドがソファにどっかりと腰かけ、悔しそうに言った。シェーマスは目を輝かせ、興奮気味にディーン相手にまくしてている。

 

「選手になるとしたらチェイサーかな? あの動きならシーカーでも勤まるぜ――見たか、あの加速?」

「いや、確かにすげえなとは思ったけど、そもそもクィディッチってそんなに面白いか?スニッチ取ったら150点加点なんて、ゲームバランス悪すぎだろ」

 

 サッカーとかいうマグルのスポーツに夢中のディーンが気がなさそうに言うと、談話室はたちまち、憤慨と抗議の声でいっぱいになった。そもそもスポーツ自体にそこまで興味がなさそうなハーマイオニーがその中から抜け出して、僕のところにやってくる。

 

「ネビル、もう怪我はいいの?」

「平気だよ。マダム・ポンフリーがすぐ直してくれた」

「そう、魔法薬ってすごいのね。ところで、気を付けた方がいいわ。何があったかはロンから聞いたでしょうけど、マルフォイがあれだけで引き下がるとは思えないもの」

 

 ハーマイオニーの忠告が取り越し苦労でなかったことは、夕食の時にすぐに分かった。マルフォイが、僕とロンをみつけるとつかつかと歩いてきたのだ。

 

「やあウィーズリー、ロングボトムに弁償する算段はできたかい?」

 

 意地悪く言うマルフォイのうしろで、クラッブとゴイルが嫌な笑い方をした。

 

「そのことなら、もうネビルと話はついた。許してくれるってさ」

 

 ロンはポタージュの皿から顔を上げて、マルフォイをじろりと睨んだ。マルフォイは片眉をあげて、わざと感心したような声を出した。

 

「へえ、さすが英雄殿は寛大なことだね。まあロングボトム家なら、あんなバカ玉に無駄金を使うくらいは何でもないだろう。純血のくせに新入生に丈のあった制服ひとつ買ってやれないような、貧乏一族とは違ってね」

「きみ、よくそうすらすらと悪口思いつくよね」

 

 僕ならこうはいかない。

 素直な感想を口にすると、マルフォイもロンもそろって微妙な顔をしたが、結局、僕抜きで話を進めることにしたようだった。

 

「お前、うしろのデカブツがいないとなんにもできないくせに、よくそんな大きな口が叩けるよ」

 

 ロンの挑発に、マルフォイは冷ややかな笑みで答えた。

 

「僕一人でだって、いつでも相手になろうじゃないか。お望みなら、今夜でもかまわない――魔法使いの決闘だ」

「場所と時間は? まあ、お前に本当に来るだけの勇気があるなら、だけどな」

「今夜の真夜中、トロフィー室で。こちらの介添人はビンセント・クラッブだ」

「いいぜ、こちらはネビル・ロングボトムを介添人に指名する」

 

 鼻息荒くそういうロンを、僕は唖然として見た。

 できるなら、そこも僕抜きで話を進めてほしかった。

 

「ふん……女の子に助けられて泣いてるような腰抜けが、いったい何の役に立つんだい? まあ、いいさ。来ても、恥の上塗りをするだけだと思うけれどね」

 

 マルフォイが高笑いして去っていくと、ちょっと離れたところからこちらを睨んでいるハーマイオニーを気にしつつ、僕は小声でロンに抗議した。

 

「あの、僕、介添人を受けるなんてひとことも言ってないと思うんだけど……」

「じゃあ君、あれだけのことを言われて引き下がる気かい? 分かってるの、君だってさんざんっぱら馬鹿にされてたんだぜ?」

 

 ロンは目を剥いてそう言った。

 けれど――マルフォイの言い草に腹が立たないではなかったが――もし真夜中に出歩いているのが見つかったら、またマクゴナガル先生に叱られてしまう。

 一日のうちに、二度もお説教されるのはたくさんだった。

 

「誰かが陰で僕のことをとやかく言うのをいちいち気になんてしてたら、僕、ホグワーツになんていられないよ。それじゃ、用事があるから」

 

 僕は肩をすくめて言い返し、まだ何か言いたそうなロンを残して、ハッフルパフのテーブルへ向かった。運良くガブリエルはまだ席を立っておらず、バッテンバーグケーキの最後のひとかけらを飲み込んだところだった。僕がスプラウト先生に誘われて、きのこ狩りに参加したいと伝えると、ガブリエルは快く歓迎してくれた。

 

「自分の分のきのこを入れるかごは持ってくるんだよ、さもないと全部まとめてハッフルパフに持って帰ってしまうからね。あとは、庭仕事用の手袋があればいいかな。移植ごてとか、そういうものは貸してあげられるから。しかし珍しいな、グリフィンドールからの参加というのは」

「ふつうはあんまりないんですか?」

「4寮のなかではそこそこ交流はあるほうだと思うけど、きのこ狩りに興味があるグリフィンドール生が、そもそもあまりいなさそうだしねえ」

 

 ガブリエルはのんびりした口調で言い、僕はそうだろうなと納得した。

 

 

 

 もし夕食の時に思い出し玉をもう一度見ることができていれば、僕は寮の合言葉を忘れているのに気付いて、誰かに聞けたかもしれない(けれどまあ、多分気づかなかったろう)。どのみち、もう壊れているものについて、何を言ったって仕方がないのだ。

 が、これは困った。

 ガブリエルと別れてグリフィンドール塔までもどってきたときにはもう、他のみんなは寮内に引き上げたあとだった。帰ってきた誰かに頼んで一緒に入れてもらうこともできないし、呼べども叫べども誰も出てこない。

 

「ちょっと、私の絵を叩くのはやめていただけるかしら?」

 

グリフィンドール寮入口の肖像画、 太った婦人(ファット・レディ)は扇で口元を隠しながら、不機嫌そうに言った。

 

「だったら入れてよ――『銀の蹄鉄』」

「違いますわ」

「『ニオイアラセイトウ』」

「それも違いますわ」

 

 太った婦人はつんと澄まして、向こうを向いた。僕はどうにか合言葉を思い出そうとしばらく頑張ってみたが、そのうち婦人との押し問答にも疲れ、諦めて廊下に座り込んだ。

 幸い、秋とはいえ冷え込みはまだそんなにきつくないし、ローブは充分暖かい。野宿するわけでもないから、ひと晩くらいなんとかなるだろう。そう思って膝を抱えて顔をうずめた僕は、頭の上から降ってきた声に飛び上がった。

 

「このような処で何をしている」

 

 おそるおそる顔を上げると、スリザリンの寮憑きゴースト、血みどろ男爵が、ぞっとするようなうつろな目で僕を見下ろしていた。

 

「あ――あの、僕、合言葉を忘れちゃって、それで、寮に入れなくて」

 

 僕はしどろもどろに説明しながら、男爵の上衣にべっとりとついた銀色の血を見て、慌てて目を伏せた。

 

「迂闊な奴だ」

 

 血みどろ男爵はさげすむように唇の端をあげ、それきり興味をなくしたかのように、体に巻きつけた鎖を引きずりながら悠然と去って行った。僕はほっと息をつき、目についた彫像の陰にこそこそと移動した。

 丸くなって耳を澄ますと、ふくろう小屋のある方角から、ふくろうたちがホウホウと鳴き声を交わしているのが聞こえる。さらに遠くから、禁じられた森の木々のざわめきが。

 誰かの練習するバイオリンの旋律に交じって、きれぎれに悲しげな声が聞こえる――「あれは1576年のことでした。私は前夜に不吉な夢を見て、ヤロー川の土手へ出かけていく恋人をひきとめましたが」――あ、これたぶん聞いちゃ駄目なやつだ。

 僕は急いで耳をふさぎ、きつく目を閉じて、誰かに悲しい身の上を語っているゴーストの声がきこえないようにした。実害はないのかもしれないが、怖いものは怖い。

 

 そうしているうちに、僕はいつの間にかうとうとしていたらしい。目をこすりながら太った婦人の絵を見てみると、額縁の中からいなくなっている。眠りこけてしまった僕につきあいきれないと思って、遊びに出かけたのだろうか。そう思って立ち上がり、ぐるりとあたりを見回すと、ちょうど角を曲がってきた血みどろ男爵と目があった。

 

「まだ居るのか」

 

 血みどろ男爵の声が少しだけ呆れを含んでいたのは、気のせいではないだろう。僕は危うく出かけた悲鳴を飲み込んで、こっくりと頷いた。男爵はグリフィンドールの入口を一瞥してから、僕を見た。

 

「サー・ニコラスを呼んでやってもよいが、どのみちこれでは入れぬな」

「お――おかまいなく。どうせ、最悪でもひと晩ここで過ごすだけですから」

 

 僕は顔がひきつるのをこらえながら、なんとか返事を絞り出した。どうして、スリザリン憑きなのにこんなにグリフィンドール寮の前を何度も通るのだろう、この人は。 

「ならば何も言うまい」と頷いた血みどろ男爵が、またがちゃがちゃ鳴る鎖の音と一緒に遠ざかると、僕はずるずると彫像の腕にもたれかかり――カチリという音とともに台座がスライドして、僕は勢いよくひっくりかえった。したたかに打った頭のこぶをさすりながら、何が起きたか確かめると、今まで彫像があった場所の下に、地下へと続く階段があった。

 

 僕は見なかったことにして、四苦八苦しながら台座を戻した。

 

 

 

 

 

 次に目が覚めたのは、誰かが僕にけつまずいたからだった。

 

「ネビル! いないと思ったら、なんでこんなところに?」

 

 僕を蹴とばした張本人のロンが、目を丸くして僕を見下ろしていた。

 ぼんやりした頭で僕は、そういえばロンとマルフォイが決闘するんだっけ、と思いだし、「じゃあ、君が介添人?」と、その後ろで怖い顔をしているハーマイオニーに尋ねた。

 

「そんなわけないでしょ! 私はロンを止めていたのよ、あなたに断わられたのに、ロンが『ひとりでだって行く』なんて言い張るものだから。それより、お聞かせ願いたいわ。どうしてこんな時間に、廊下なんかで寝てるの?」

「合言葉を忘れて、締め出されちゃったんだ」

 

 あくびをかみ殺して立ち上がりながらそう言うと、カンカンに怒っていたハーマイオニーは気が抜けたような顔をした。

 

「まあ、そうだったの――まったく、あなたときたら――でも、それなら仕方ないのかしらね。合言葉は『豚の鼻(ピッグスナウト)』だけれど、太った婦人がいなければどうしようもないわ。戻ってくるまで、ここで待ちましょう」

「ここで!? 血みどろ男爵が、さっきここを2回も通ったんだよ!?」

 

 ロンとハーマイオニーは顔を見合わせた。

 ロンは、介添人もできたのだからどうしてもトロフィー室に行くと言い張ったし、ハーマイオニーも、ここで待つというのはあまりぞっとしないアイデアだと考えたらしかった。

 僕らは4階のトロフィー室まで、物陰にかくれながらこっそりと移動した。管理人のフィルチと、その飼い猫のミセス・ノリスにみつからずにすんだのは幸いだった。かれらはいつもホグワーツ生を見張っていて、規則違反しているところがみつかろうものなら、僕らはいつもひどい目に遭わされるのだ。

 

「遅かったじゃないか。怖気づいたのかと思ったよ」

 

 僕らがトロフィー室にたどり着くと、背をもたせかけていた壁から身を起して、マルフォイは肩をそびやかせて言った。驚いたことに、彼といたのはクラッブでもゴイルでもなく、つまらなさそうにトロフィー棚の中の盾を眺めていたアリーだった。

 

「もちろん、呼ばれてもなかったし、来る気なんてなかったのよ。最初は」

 

 アリーはうんざりした気分を隠そうともせずに説明した。

 

「でも、寮であんまりおおいばりで決闘の話をするものだから、『ということはもちろん、ウィーズリーが真に受けてのこのこトロフィー室までやってきたら、管理人とミセス・ノリスがお出迎えというわけね。あなたらしいわ』って言ったら、どうしてか怒りだして」

「あたりまえだ! 君は――本当に――僕がそんな、誇りをかけた決闘を汚すような真似をすると?」

 

 マルフォイが食いしばった歯の間から押し出すように言うが、アリーはお構いなしに続けた。

 

「あんまり怒るものだから、『別にそれを駄目だって言っているんじゃないわ。ウィーズリーと戦うなんて危ない橋をわざわざ渡る必要なんてないでしょうし』って言ったら、ますますいきりたって、『小細工などなくても、僕がウィーズリーなんかに負けるわけがないことを見せてやる』って、無理やり引っ張って来られたの」

 

 危ない橋って、別にそういう意味じゃないのにね。と付け加えるアリーの言葉に、僕らはいっせいに、今や苦虫を口中いっぱいにかみつぶしているような顔をしているマルフォイを見た。

 

「最初は本当に来る気なかったのかもしれないけど、あれじゃマルフォイも引き下がれないだろ……同情はしないけど」

 

 ロンが小声で囁き、僕も深く同意した。

 意図していようがいまいが、これはひどい。




アリーさん@煽っていくスタイル。

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