ネビル・ロングボトムと四葉のお茶会   作:鈴貴

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6.「誰を盾にしているロングボトム」

 月の光が高い窓から射し込んで、トロフィー室にひしめく賞杯や盾をきらきら光らせている。

 ロンとマルフォイは、お互いいつ飛びかかろうかと互いにタイミングを探りながら睨みあい、ハーマイオニーは一歩退いた。アリーは、ローブの内ポケットから本を取り出してぱらぱらとめくった。

 

「まずは、決闘の作法を確認しましょうか。ハーマイオニー、ルーモスかけてくれる?」

 

 ハーマイオニーは頷き、呪文を唱えてアリーに渡された杖を振った。あたりは文字を読めるほどに明るくなり、ハーマイオニーは杖をかざしたまま、アリーの横から本を覗き込む。

 

「これは決闘術の指南書ね。物凄い書き込みだわ……あら、このアレンジ呪文って、あなたの自作?」

「いいえ、私の保護者のよ。入学が決まったとき、『ホグワーツは戦場だ。自分の身は自分で守れ』と真顔でこの本を渡されたの」

「どれだけすさんだ学生生活を送ってたの、そのひと」

 

 ロンが呆れたように頭を振ったが、入学してすぐスリザリンと決闘騒ぎを起こしているのだから、人のことは言えないと思う。

 

「最初にすこし離れて、向かい合って立つ――まだよ、まだ杖を構えてはだめ。ネビル、ロンのななめ後ろの壁際まで離れて。ハーマイオニー、決闘開始の合図を頼んでいい?」

 

 僕は急いで、言われるままに壁まで後退した。ハーマイオニーとアリーは指南書を覗き込み、小声で打ち合わせたあと、背筋を伸ばして決闘人たちを見た。

 

「次に、互いに一礼。

お辞儀をするのよ、ウィーズリー……あなたもよ、ドラコ!お辞儀をしなさいって言ったでしょ!『なんでこんな奴に』じゃないわよ、親の仇でもすることになってるの、これは!」

「杖を、剣みたいに構えて。3つ数えたら、最初の術を掛け合うの。いい、1――2――

だめ!3つ数えたらって言ってるでしょう!」

 

「もうきみらが決闘しろよ」

 

 うんざりした顔で、ロンはいらいらと杖を揺らした。マルフォイも文句を言おうと口を開きかけたが、突然はっとしたような顔になって「静かに!」と鋭くささやいた。

 

「なにか、聞こえないか?」

 

 僕らは、揃って耳を澄ました。アリーの目くばせで、ハーマイオニーが素早く明かりを消し、杖を返す。遠くで、扉を開閉するような音と、こつん、こつんという足音。誰かに話しかけているような低い男の声が、足音とともに近づいてくる。

 

「まったく、こんな時間に騒ぎまわりおって――よしよし、しっかり嗅ぐんだぞ、ミセス・ノリス。たしか、こっちの方だと思ったんだが――」

 

 フィルチだ!

 

 凍りついたような表情で、僕らは顔を見合わせた。僕はおろおろとあたりを見回し、入ってきたのと反対側のドアが目に留まった。指差してみんなに知らせ、全員で足音を立てないようにドアへと急ぐ。間一髪、僕が最後にトロフィー室を抜け出したのと同時に、フィルチが部屋に入ってきた音がした。

 僕らは、全身鎧がずらりと並んだ回廊を、そろそろと進む。緊迫した空気の中で、僕は「なんでこんなところに鎧がいっぱいあるんだろう」と全然関係ないことを考えていた。たぶん、ホグワーツに危機が迫ったとき、この鎧たちが敵を討とうと動きだすのだ。それはもう英国無双といったありさまで、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ……

 

来るぞ(・・・)――走れ(・・)!」

 

 僕のとりとめない妄想を断ち切るように、ロンが叫んだ。

 ひたひたと迫りくるフィルチから逃れようと、僕らははじけるように走り出した。その途端、ローブのすそを踏んで足がもつれた僕は、マルフォイを巻き込んで転倒する。さらに、僕らが二人してぶつかった鎧がバランスをくずしてすさまじい音をたてて倒れ、ドミノ倒しのようになって背後の道をふさいだ。

 

 しかし、逆にこれはチャンスだ。

 

「なんだこれは!通れないじゃないか!」

 

 背後の怒号を気にする間もなく、僕らは逃げた。一目散に。

 

 

 

 廊下を駆け抜け、階段を駆けのぼり、どこをどう走ったかも分からなくなりながら、僕らは目についたタペストリーの破れ目に逃げ込んだ。

 

「なんとか、撒けたかしらね?」

 

 アリーがタペストリーの隙間から向こうを覗きながら、心配そうに言った。

 

「ロングボトム――この、大間抜け――よ、よくも僕を巻き添えに――」

 

 マルフォイが息も絶え絶えに僕をののしった。

 僕は返事をしなかった。いや、できなかった。謝ろうと口を開いても、喉からはゼイゼイと荒い息を吐き出すのがやっとだったのだ。

 

「ここ、妖精の呪文の教室の近くみたいだ」

 

 ロンがきょろきょろしながら、今いる場所を確かめる。ハーマイオニーは腰に手をあてて、つけつけと言った。

 

「さあ、もう気はすんだかしら?あなたがたがお互い気に入らなくてとっくみあいするのは勝手ですけど、今度からはどこか建物の外で、門限までに終わらせておいていただきたいわ。考えてもごらんなさい、あなたたちのお楽しみのために私たちみんな捕まって、何点減点されるところだったか!」

「きみらがあんなに大声ださなきゃ、見つかってなかったんじゃないの……」

 

 ロンは目をそらして、小さな声で反論したが、女の子ふたりのひややかな視線を向けられると、居心地悪そうに咳払いして言った。

 

「あー、うん。とにかく僕ら、早く寮に戻らなくちゃ」

 

 ところがそうはいかなかった。

 妖精の呪文の教室の鍵が内側からがちゃりと開き、小柄なポルターガイストが飛び出してきた。――ピーブズだ。

 

「また、やっかいなのが……」

 

 ロンがうめいた。

 ピーブズは僕らをみつけるとその暗い目を輝かせ、いやな感じのする甲高い笑い声をあげた。

 

「おや?おやおや?一年坊主がこんなところで真夜中のお散歩かい?悪い子、悪い子!捕まっちゃうぞ!」

「ピーブズ、お願いよ。あなたさえ黙っててくれたら、捕まらずに済むわ――」

「フィルチに言わなくちゃ!きみたちの教育のためにね!おっと、感謝にはおよばないよ!」

 

 アリーがなんとか説得しようとしたが、ピーブズは聞く耳持たず、楽しげにあたりを跳ね回る。眉をしかめたロンがこぶしを握りしめて一歩踏み出すより早く、マルフォイの堪忍袋の緒が切れた。

 

「黙れ、この下等霊ふぜいが!」

 

 マルフォイの杖を持った手が、ピーブズがいる空間を薙ぎ払うように振りぬかれた。

 ピーブズは一瞬黙り込み、息を大きく吸い込んだ直後に、悪意がたっぷりこもった大声で叫んだ。

 

「一年生がベッドを抜け出した!『妖精の呪文』教室の廊下にいるぞ!」

 

 僕らはまた、転がるように駆け出した。

 廊下の突き当たりに、大きな扉が見える。ロンが飛び出して行ってドアノブを掴み、焦ったようにガチャガチャと回そうとした。

 

「駄目だ、鍵がかかってる!どうしよう?」

「貸して!」

 

 ハーマイオニーはマルフォイが握ったままだった杖をひったくり、ぴたりと鍵穴に押し当ててから軽く杖先で叩き、「アロホモラ」と低く唱えた。かちりと鍵が回る音がして、勢いよく扉が開く。僕らはいっせいに扉の先へなだれこんで、反対側から全力で押さえつけた。

 息をひそめて、耳を澄ます。聞こえるのは扉の外の、フィルチが僕らの行先を問い詰める声と、ピーブズの、のらりくらりとひとを小馬鹿にしたような返事。それから横に並んだみんなの、かすかな呼吸音と、背後からふうっと吹きかけられる生暖かい息――

 

 

 生暖かい息(・・・・・)

 

 

 僕は、できるだけそうっと後ろを振り返った。

 まず目に入ったのは、血走った大きな3対の目。部屋を――いや、ここは部屋ではない!通路いっぱいをふさぐように立つ、巨大な体。黄色く汚れた乱杭歯の間からは、だらだらと濁った涎がこぼれている。入学式のときに言われた、「とても痛い死に方」という言葉が、頭をよぎった。

 

(そういえば、妖精の呪文の教室は4階だった!)

 

 外ではピーブズにしびれを切らせたフィルチが悪態をついて去って行ったようだが、もはやそんなことはどうだっていい。僕は声もでないまま、となりの誰かの袖をめちゃくちゃに引っ張った。

 

「なんだ、気安く触るな。ローブが伸びる」

 

 よりによってマルフォイだったが、贅沢は言っていられない。僕をにらみつけるマルフォイに、僕は必死であごをしゃくってみせた。ほかの3人も、ただならない様子に気が付いたのか、そろそろと頭をめぐらせて、それを見た。

 

「おい、冗談だろ――」

「3頭犬!?うそ、なんでこんなところに――」

「まずいわ、こんなの相手じゃ――」

「誰を盾にしている、ロングボトム――」

 

 轟然(・・)

 

 口々に騒ぎ出そうとしたみんなの声をかき消すように、怪物は3つの口を大きく開け、魂が消し飛ぶような声で吠えた。

 僕らは全員ぴたりと口をつぐみ、扉の外へ飛び出した。もう、フィルチにみつかろうがどうでもいい。一刻も早くあの怪物犬から遠ざかろうと、それだけを考えながらやみくもに走る。僕はもう、今夜だけで一生分走ったような気すらしていた。

 

 ようやく8階のグリフィンドール塔(誰だ、こんなところに寮を作ろうなんて言い出した考えなしは!)までたどりついた僕らを見て、太った婦人は目を丸くした。

 

「まあ、そんな汗だくになって。いったい、何をしていたの?」

「な、なんでもないよ――『豚の鼻(ピッグスナウト)

 

 ロンがやっとのことでそう言うと、肖像画が開いて入口が現れた。僕は最後の力をふりしぼって入口をよじのぼり、談話室の肘掛け椅子に力なく沈み込んだ。もう、一歩も動けそうにない。

 

 しばらく息を整えると、ハーマイオニーがぽつりと口を開いた。

 

「振り返る余裕もなかったけど、スリザリンまで無事に帰れたかしらね?」

「はあ?なんでマルフォイの心配なんかしてやらないといけないんだよ」

 

とげとげしいロンの言葉に、ハーマイオニーは形のいい眉を片方つりあげて、じろりとそちらを見た。

 

「マルフォイの心配なんてするわけないでしょ。まあ、うっかり彼の杖を持ってきてしまったから、明日こっそり返さないといけないんだけど」

「なにやってるのさ……まあ、ポッターだけなら大丈夫なんじゃないの。マルフォイさえ足を引っ張ってなければ、自力でなんとかしそうだし」

 

 あまりにぞんざいなマルフォイの扱いに、僕はほんのちょっぴり同情した。

 

「それより、あんな怪物を校内で飼っておくなんて、教師連中は何を考えてるんだろう?あんな狭いところにぎっちり詰まって、ストレスの塊みたいになってたじゃないか」

「あなた、いったいどこに目をつけているの?」

 

 ハーマイオニーがにべもなく言った。

 

「あの犬が、どこに立っているか見なかったの?仕掛け扉の上よ。きっと、あそこになにかが隠されていて、あの犬はそれを守ってるんだわ。どうりで、立入厳禁の理由が監督生にも知らされてないはずよね」

 

 そうまでして守りたいものとは、いったいなんだろう。僕はふと、ホグワーツにくる少し前に、ばあちゃんが朝食の席で新聞を読みながらグリンゴッツ銀行襲撃事件について話していたのを思い出した。あれは、僕の誕生日のすぐあとだった。ええと、ばあちゃんはなんて言ってたっけ……

 

『おやまあ、グリンゴッツより何かを守るのに最適な場所なんてないでしょうに。なにも盗めなかったのも当然ね、うかつな犯人だこと。しかし物騒だわ、ネビルや、お前も気を付けるのですよ。そうはいっても、ホグワーツの中であれば、グリンゴッツより安全でしょうけれどもね』

 

 僕は頭を振った。やめよう。考えてみたところで、あんなものは僕の手には負えない。

 ハーマイオニーが肘掛け椅子から立ち上がり、厳しい目で僕らを見下ろした。

 

「あなたたち、さぞかし満足でしょうね。みんな殺されてたか、もっと悪ければ退学になったかもしれないのに。

じゃあ、さしえなければそろそろ休ませていただくわ。良い夜を!」

 

 そう言い捨てて女子寮へ上がっていくハーマイオニーの後ろ姿をぽかんとして眺めた後、ロンは憤然として言った。

 

「さしつかえなんかあるわけないだろ、なあ?だいたい、僕があいつに来てくれって頼んだわけじゃないんだぜ?」

 

 だが、僕はなんだか不吉な胸騒ぎがして、しばらくロンに返事ができなかった。




ピエルトータム・ロコモーターかっこよす。

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