ネビル・ロングボトムと四葉のお茶会   作:鈴貴

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7.「魔法界ではきのこまでアクティブなんですね」

 決闘騒ぎの翌朝から、ハーマイオニーとロンは口を利かなくなった。談話室で会っても目もあわさないし、食堂のテーブルでも近くに座らない。ハーマイオニーが一方的に無視しているようなのだが、ロンの方でもむしろ、これ幸いだと考えているようだった。

 

「あいつに比べたら、うちの屋根裏に棲みついてるグールお化けのほうがよっぽど面倒がないくらいさ。あんな知ったかぶりに指図されなくなって、せいせいするね」

 

 ロンはおやつのヌガーを頬張りながら、上機嫌で言った。今日は午後の授業がない日なので、僕がいよいよ明日に迫ったきのこ狩りに備えて、談話室で『薬草ときのこ千種』を眺めていると、彼がふらりと現れたのだ。

 ロンの言い方はあまりフェアじゃないな、と僕は思った。ハーマイオニーは――まあ確かに、ほんのちょっぴり口やかましいかもしれないが――基本的には正義感が強くて親切なだけだ。

だが、僕がそう言うとロンは信じられないといった顔で目をむいた。

 

ほんのちょっぴり(・・・・・・・・)? きみにかかっちゃ、ドラゴンですらかわいいトカゲちゃんってことになりそうだな。まあ、そんなことはどうだっていいや。それよりさ、あの仕掛け扉の下って、なにがあると思う?」

「仕掛け扉って……あの、三頭犬が上にのってたやつ?」

「シッ、声が大きい!」

 

 ロンはきょろきょろあたりを見回し、声を潜めた。

 

「あれだけ厳重に守ってるんだ。きっと、よっぽど大事なものか、さもなければ凄く危険なものだぜ。一体なんなのか、知りたくないか?」

「え、ちょっと待ってよ。またあそこに行って、その下に何があるか気になるからどいてくださいってあの犬に頼むの? 今度こそ、頭からぱっくり食べられちゃうよ」

「そりゃまあ、『どうぞお通りください』ってうやうやしく仕掛け扉を開けてくれるなんて期待はしてないけどさ……」

 

 ロンはつまらなさそうに口をとがらせたが、僕があまり乗り気でないのを見てとったのか、「じゃあ、フレッドとジョージが言ってた隠し通路でも探しに行くかな。リー・ジョーダンが、学校の外に出られる抜け道を見つけたんだってさ」などといいつつ、またぶらぶらと出て行った。

 僕がロンが談話室の入口をくぐるのを見送り、本の続きを読もうと視線を戻した時、女子寮から降りてきたハーマイオニーが、階段のところで立ち止まっているのと目があった。今のを聞かれたのかな、と僕は少しひやりとしたが、できるだけなんでもないような顔で「やあ」と言った。

 ハーマイオニーはちょっとためらったように僕の手元に目をやった。

 

「勉強中だったかしら?」

「ううん、大丈夫だよ。明日、ハッフルパフの人たちときのこを採りにいくから、前もって調べておこうかと思ったんだけどね……これ多分、実物を見たほうが頭に入りそうだね」

 

 僕が『薬草ときのこ千種』をぱたんと閉じて手招きすると、ハーマイオニーは僕の斜め前の肘掛け椅子にすわった。

 

「きのこって、温室で育てている分?」

「ううん、禁じられた森の中に群生地があるから、そこまで行くらしいよ」

「禁じられた森って……入学式のとき、生徒は入っちゃいけないって言われたじゃない」

 

 ハーマイオニーが眉をしかめたので、僕は慌てて説明した。

 

「もちろん、スプラウト先生が引率して、森番の人が案内につくんだって。監督生のガブリエル・トゥルーマンも何度か参加してるけど、特に危険なところへは行かなかったって言ってたよ」

「ああ、驚いた。もちろんそうよね――あの森、人狼やなんかがいて、とても危険だっていうもの、生徒だけでいくなんてもってのほかだわ。そんなふうに、課外授業の一環ってことならわかるけど」

 

 どちらかというと、ハッフルパフのみんなは完全にピクニック気分でうきうきしていたと思うのだが、それはあえて言わずにおいた。かわりに、ゆうべから気になっていたことを聞いてみる。

 

「ところで、マルフォイに杖、ちゃんと返せた?」

「ええ、朝食の前にアリーにこっそり呼んできてもらってね。何か文句を言われるかと思ったけど、持ってきてしまったのがあんな状況だったでしょう。周りに知られてもまずいと思ったんでしょうね、黙ってひったくっていったわ」

「フィルチにはみつからなかったのかな?」

「大丈夫だったみたい。寮に戻ったところを上級生には見られたそうだけど、特に何も言われなかったんですって。まあ、それもどうかと思うけれど」

 

 ハーマイオニーは不満そうに言った。規則違反が注意されないのが納得いかないのだろうが、スリザリン生同士だと注意されたとしても、「ばれるようなへまはするな」というあたりがせいぜいだろう、と僕は思った。

 

 

 

 週末は素晴らしい天気だった。朝食がすむと、きのこ狩りのメンバーはそれぞれ準備を整えて校庭に集合した。芝生はきらきら光って、僕の気分は飛行訓練のときとは正反対に浮き立っていた。

 そこへ、森番のハグリッドが大きな黒いボアーハウンド犬(グレート・デン)を連れてやってきた。僕ら一年生は、その犬が子牛ほどの大きさなのを見てとっていくらか尻込みしたが、犬がジャスティンに飛びついて耳をしきりに舐めはじめると、見た目ほど凶暴ではないことを知って安心した――重い犬の下敷きになって涙目になったジャスティンを除いて。

 

「どうどう、ファング!」

 

 ハグリッドは犬を引き離してジャスティンを立たせてやった。同じ一年のスーザン・ボーンズが、ジャスティンの服についた大きな足あとを払ってあげている。

 参加者が全員そろったのを確認して、スプラウト先生が声を張り上げた。

 

「おはようございます。しっかり準備はしてきましたか?ガブリエル、お弁当は全員分たっぷりありますね?」

 

 カブリエルは大きなバスケットを抱えて、心得顔に頷いた。

 

「よろしい。みなさん、今日は、ハッフルパフ恒例の秋のきのこ狩りの日です。新入生との親睦会もかねていますので、上級生はよく面倒をみてあげるように、また新入生は上級生の指示をよく聞くように。昼間とはいえ、禁じられた森での活動になりますから、道をそれたり危ない行動はしないよう、充分に気を付けてください。

それと、今日はグリフィンドールからの参加者もいます。みんな、仲良くしてあげてください」

 

 視線があつまり、僕は急に注目されてどぎまぎしながら一礼した。

 みんなの拍手の中、スプラウト先生はにっこりして頷き、ハグリッドにもひとこと言うように促した。ハグリッドは大きな咳払いをして、口を開いた。

 

「んん――なんべんも来とる者は知っちょると思うが、今日はそんな奥まではいかねえ。とはいえ、森の中にはいろんな生き物がおるし、うっかり触っちゃならん木や草もある。スプラウト先生もおっしゃったように、うかつな行動はせんことだ。だが、なあに、俺やファングと一緒なら、森にすむ奴らはお前さんらに悪さはせん。

それじゃ、はぐれんようにしっかりついてこい!」

 

 僕らはハグリットに続いて、ぞろぞろと禁じられた森に入っていた。細い獣道は地形に沿ってときどき大きくうねり、じきに後ろを振り返っても、ホグワーツ城がどこにあるかわからないくらいになった。

 

「ここの森には、いろんな薬草やきのこがあります」

 

 歩きながら、スプラウト先生は僕ら新入生に説明した。

 

「ふつうの食用きのこでは、春はアミガサタケ、今の時期ならアンズタケが多いですね。ほかにもいくつか食べられるきのこがありますが、毒の強いものとよく似ていてたりして見分けがつきにくいものも多いので、経験が浅いうちは必ず、詳しいひとに一緒にみてもらうように。魔法薬に使ううちで代表的なのは、もちろん飛び跳ね毒きのこです。今後、魔法薬学の授業でもよく使うことになるでしょうね」

 

 飛び跳ね毒きのこは、赤いかさに白い水玉模様の、とてもわかりやすい毒きのこだ。普通の毒きのことの違いは、その名の通り、敵に襲われそうになると飛び跳ねて逃げる習性があるということで、たいていの場合、地面に生えているよりも木の上などで見つかることが多い。

 小さいころ読んだ絵本に、ベニーという喋る飛び跳ね毒きのこの主人公がいたが、彼は蜘蛛や鳥に食べられそうになりながら逃げに逃げまくり、確か最後は船に乗ってアメリカ目指して出航していた。

 

「そうですか……魔法界では毒きのこまでアクティブなんですね……」

 

 何か勘違いしたらしいジャスティンが恐ろしげに呟いているが、もちろん普通の飛び跳ね毒きのこは喋らないし、新天地を目指したりもしない。

 

 

 

 

 道すがら、スプラウト先生に教えてもらった薬草をポケットにつめこみながらしばらく歩くと、少し開けた場所へ出た。いい香りの落ち葉がいっぱいふりつもった広場には何本も丸太が転がされ、あちこちにいろんな種類のきのこが生えている。

 

「ここでは、温室や薬草園にはないようなきのこの栽培もやっとる」

 

 ハグリッドが説明した。

 

「いくら魔法を使っても、温室で森のなかとそっくり同じように育てるというのは難しいんでな、最初から全部森の中でやっちまった方が楽というわけだ。あと、どうしても人の手では育てられん、勝手に生えてくるのを待つしかない種類のきのこもある。そういうのは、そのへんの枯葉の下を探してみるといい」

 

 僕らは、丸太からほどよく育ったきのこをつみとったり、木の根元の地中に隠れているきのこを傷つけないように注意深く掘り出したりした。みんながだいたい満足するまで採りおわると、今度は料理に使うきのこと、魔法薬にするきのことを選別して、それぞれのかごに分けていく。僕は自分の分と、ハーマイオニーに頼まれたおみやげの分をいくつかもらっておいた。

 

「これ、寮に持って帰ってどう処理するの?」

 

 きのこがどんどん積まれてかごいっぱいになっていくのを見ながら聞くと、ハッフルパフの一年組は顔を見合わせて笑った。

 

「食べきれるのかなって心配したでしょう。でも毎年、最低でもこれくらいは要るらしいわ」

「あとで厨房を借りて、料理が得意な寮生がシチューを作ることになっているの。夕食のとき、ハッフルパフのテーブルにだけ出してもらうのよ。ネビルにはもちろん分けてあげるから、お皿を持っていらっしゃいよ」

 

 スーザンとハンナが楽しそうに、かわるがわる説明してくれる。僕は、夕食の時間がとても楽しみになった。

 

「そのレシピはホグワーツ創始者のひとり、我らがヘルガ・ハッフルパフ直伝なんだってさ。みんなが何の気なしに毎日食べてる料理も、ほとんど彼女が考案したらしい。ホグワーツの厨房に屋敷しもべ妖精たちを連れてきたのも彼女だし、ホグワーツの胃袋は千年間、ヘルガが支えてきたと言っても過言ではないのさ!」

「え、そうなんですか!?」

 

 誇らしげに僕に向かって言うアーニー・マクミランに、何故かジャスティンが驚いている。

アーニーはもったいぶって頷いて見せた。

 

「そうとも。人間にこき使われてひどい目に遭っていたしもべ妖精たちを保護して、彼らが安心して働ける場所を作ってやったのがヘルガ・ハッフルパフなんだ。だから連中、いまだにうちの寮に対しては特に親切だろ?他の寮の生徒なんか、下手したらホグワーツにしもべ妖精がいるってことすら、知らなかったりするもんな」

 

 まさに僕は知らなかったので、心の中で恥ずかしく思った。少し考えてみればわかることだ。あれだけ広大なホグワーツ城を、管理人ひとりきりで切り盛りできるはずがない。

 

 

 

 全員できのこの名前あてゲームなどを楽しんでいるうちに――僕も見分けるのが難しい品種をうまく言い当てて、スプラウト先生にお手製のポプリをもらった――太陽の位置がだいぶ高くなってきた。

 

「よーし、みんな!そろそろ昼食にしよう!」

 

 ガブリエルの号令で、ハッフルパフ生たちはてきぱきと支度をはじめた。敷物をひろげてバスケットを開き、魔法びんからカップに熱い紅茶を注ぐ。みんなとても手際がよく、僕がなにを手伝いましょうかといい終わる前に、準備は終わってしまった。

 

「僕らはこういうのに慣れてるからね、気にしなくていいよ。さあ、君も座って、遠慮なく食べて」

 

 黒髪の上級生に優しく言われ、僕もおずおずと敷物の端に座った。色とりどりのサンドイッチやサラダ、新鮮ないちじくのタルトなどが並んで、どれもとてもおいしそうだ。

 

「ゆで卵ってさ、屋内で出されるとただの茹でた卵なのに、こうやって外で食うとなんでこんなにうまいんだろうな?」

 

 アーニーが卵に塩を振りながらあまりにしみじみと言ったので、僕らは思わず笑った。そこへハグリッドがやってきたので、みんなで少しずつ詰めて場所を開けた(ハンナ3人分くらいのスペースが必要だった)。さっきの黒髪の上級生が、新しいカップに紅茶をそそいでハグリッドに渡す。

 

「おう、すまんな、セドリック。ちぃとばかり、こいつと話をしてみたくてな」

 

 ハグリッドは紅茶を一口すすって、僕をじっと見た。突然のことに僕は戸惑い、かじりかけのサンドイッチを持ったまま固まった。

 

「おまえさんが、フランクとアリスの息子か。ふむ、おまえさんはお袋さんそっくりだな――アリスの小せえ頃に瓜二つだ」

「僕の両親を知ってるの!?」

 

 突然のことで、僕はびっくりして大声をあげ、周りの注目を集めて小さくなった。

 

「もちろん、知らんはずがなかろう。二人とも優秀な闇払いで、皆に尊敬されとった。なにより、気さくで気持ちのいい連中で、同年代や後輩連中にも慕われとったな。特に、ポッター夫妻やブラック家の……いや、この話はよそう」

 

 ハグリッドは暗い顔になって頭を振った。僕は家に置いてきた、両親のアルバムを思い出した。パパやママと一緒に写っている、大勢の人たち。知っている顔もあれば、知らない顔もある。

 知らない顔の人はだいたい、もうこの世にいない。そういう時代だった。

 

「今日はおまえさんも来るってんで、俺もちょいと楽しみにしとったんだ。おまえさん、植物に興味があるらしいな?」

「う、うん」

 

 僕がぎこちなく頷くと、ハグリッドは嬉しそうに笑って、僕らをぐるりと取り巻く森を誇らしげに指さした。

 

「なら、今日はよーく色んなもんを見て帰るとええ。生徒がここにおおっぴらに入れる日っちゅうのは、今日ぐらいしかないからな。スプラウト先生もおっしゃっとった、『ホグワーツのこの森には、この世で一番古い魔法が、今でも色濃く息づいているのです』ちゅうてな」

「一番古い魔法って?」

 

 不思議そうに尋ねるハンナに、「これもスプラウト先生の受け売りだがな」、とハグリッドは続けた。

 

「『命を生み出すこと。そして自分自身を礎にして、新しい命を未来につなぐこと』――だっけか。そういうのはな、本来おまえさんら魔女だけが使える魔法で、俺たち男にはなかなか理解できんもんらしい。だが、森はそういう命の仕組みっちゅうもんを、自然な形で教えてくれる……だから、スプラウト先生は毎年、生徒をここへ連れてくることにしとるんだと」

 

 

 

 ずっと後になって、大人になった僕は考える。僕はこの時すでに、すべての答えへつながる鍵をもらっていたのかもしれない、と。

 ただこの時の僕は、それを理解するにはまだ、あまりにも幼すぎたのだ。




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