オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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短めなのです。


11話

ある森の中で少女とそれより幼い少女、姉のエンリ・エモットと妹のネム・エモットは今まさに命を散らさんとしていた。

彼女の村を襲った騎士達は一切の慈悲もなく、ただ一方的に村人達を殺害していった。

エンリとネムの姉妹は両親の捨て身の努力――犠牲――の甲斐あってどうにかこの村はずれにあるトブの大森林へと逃げることが出来た。

 だが彼女達の努力をあざ笑うように、騎士が白刃を太陽に煌かせ追撃してくる。

足手まといと断言出来る幼い妹を連れたエンリは、類まれなる家族愛を発揮しネムのその小さな手を決して離しはしなかった。

だからネムは今も生きている。そしてだからこそ今エモット姉妹は二人して死の運命に直面していたのだった。

 

エンリの背中には切り傷があり、そこから溢れる血が彼女の衣服にどす黒い染みを作っている。

 森の入り口まで来たところで、限界まで酷使された足が痙攣を起こしてしまったネムが転倒してしまった。

その隙に距離を詰めた騎士にエンリは背中を切られてしまったのだ。

最早万事休す。

傷を負ったエンリはもう走って騎士から逃げおおせることは出来ない。

騎士は進退窮まった姉妹を前に手に持った剣を上段へと大きく振りかぶった。

一撃で命を奪うことがせめてもの慈悲であると言わんばかりに。

 

そして致死の刃が振り下ろされる。

頭上から風を切って襲い来る刃を見つめ、エンリは確実な死を理解した。

死の間際の極限の集中力だろうか?ほんの刹那の時間にエンリは多くの事を考え、感じていた。

妹を助ける手段。理不尽への怒り。親や隣人を奪われた悲しみと憎悪。死と痛みへの恐怖。

それらが複雑に混ざり合った意識の濁流を胸に秘めつつも、エンリは微笑んだ。

殉教者の如きその笑みは、たった一つの己の命を愛する妹の逃げる時間を稼ぐ為に使うと決めた死に際の微笑みだった。

自らの体で剣を受け止め、抜けなくするという男の戦士であろうと実行しかねる最後の手段。

それをやるとエンリは覚悟を決めたのだ。

 

それでも襲い来るであろう死と痛みは恐ろしい。

エンリは目を閉じ、漆黒の世界の中で来るであろう痛みに覚悟を決め――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右肩から筋肉と骨を断ち切りながら肺へと到達した刃の齎す激痛に絶叫を上げた。

 

「あああぁぁぁぁッ!!」

 

痛い!痛い!痛い!

死ぬ。死んでしまう。どうしよう私死んじゃうんだ!

 

ただの村娘に過ぎないエンリが覚悟を決めたところでどうにかなるような痛みではなかった。

あまりの激痛に瞑っていた双眼を見開き、涙を流して叫ぶエンリ。

その断末魔の叫びは右肺が切り裂かれている事と、同じく右肺からあふれ出す血液によって一瞬の内に泡だった異音へと変化する。

呼吸も出来ず痛みで朦朧とする意識の中、それでもエンリは自身の最後の策を実行していた。

それはもしかするとあまりの痛みに死ぬまでの僅かな間、体が強張ってしまっただけなのかもしれない。

だが、なんにせよエンリは自身の右胸に埋没する剣に圧力をかけ、体から抜けなくする事に成功していた。

 

「ぬっ!こいつめ!」

 

抜けない剣を騎士が力ずくで引き抜こうとする。

ノコギリのように押しては引かれる剣が傷を更に広げエンリに苦痛を与えていく。

泡立つ音が激しくなる。

だがエンリは剣を離さない。

むしろ自らの体に引き寄せるように、剣を震える両手で抱きしめる。

痛みを堪えるように力一杯刃を握り締めていた手からは指が何本か地面へ落ちていく。

ボトボトと落ちていく指をエンリは、もう妹の頭を撫でることも趣味兼生業の農作業も二度と出来なくなってしまった寂しさを感じつつ見送った。

 

「お姉ちゃん!」

 

ネムの悲痛な声にエンリは自身の心中に怒りが湧くのを感じた。

自分がこんな痛い思いをしているのはネムに逃げる時間を僅かでも与えてやる為だ。

それなのにどうして逃げないのか。

お願いだから早く逃げて欲しい。どこか遠くに、騎士の視界の届かないどこかへ逃げてくれたら、こんな痛いことはすぐに止めて死んでしまえるのに。

そんな八つ当たりにも似た怒りを感じながらも、エンリは全身に力を込めつつも痛みを堪えて息を一口だけ吸った。

すぐさま襲い来る激痛とこみ上げる鉄臭い液体にむせ返るも、エンリは出来るだけ優しい声で、聞き取りやすいように妹へ最期の言葉を紡いだ。

 

「お願い、逃げて」

 

それはどんな奇跡だろうか?

エンリの言葉は彼女の口元をべったりと覆う血泡に邪魔されることもなく、まるで普段どおりの、何時もの優しい彼女となんら変わらない声でネムへと届けられた。

その声に、ネムはもう遥か過去の出来事に思える日常を思い出す。

そして眼前に広がるあまりにも残酷な現実に大粒の涙を流した。

 

「このクソアマ!離せ!」

 

殆ど死体のような小娘に剣を取られた事に激昂した騎士が鋼鉄のガントレットで覆われた拳を繰り返しエンリの顔面に叩き付ける。

鮮血と共に鼻が折れ、前歯が何本か吹き飛ぶも、エンリは剣を離さない。

村の中では器量よしで通っていた整った顔は今や見る影もない。

その姿に、ネムは痙攣する足の事も忘れ転がるように駆け出した。

 

「う、うぅぅ、うわああああああああ!!」

 

それはエンリが自分の為に身を挺している事を悟ったからかもしれないし、ただ単に姉の無残な姿を見て次の瞬間ああなるのは自分なのだと恐怖したからかもしれない。

 しかしどんな理由であろうと、本来は動くことなど出来ないはずのネムは自身の限界を超えて走り出せたのだった。

 

(お父さん!お母さん!お姉ちゃん!)

 

 何度も躓いてはもがくように立ち上がり、ネムは逃げる。

涙で滲んだ視界は森の光景をネムに教えることはなく、朝までは自分の隣で笑っていた家族の幻影を映すばかりである。

 

(助けて!神様助けて!助けて!助けて!助けてください!)

 

最早ネムを守ってくれる家族は誰も居なかった。

父も、母も、姉も、みんな居なくなった。そして次は自分の番だ。

きっと惨たらしく殺されるにちがいない。きっとすごく痛いに違いない。

ネムはそんなのは嫌だった。あまりにも恐ろしすぎた。

だからだろう。

 一体どういう存在なのか理解していない、ただ全能の力を以て人間を救うという曖昧なイメージしか持っていない「神」に対してネムは助けを求めた。

 

「どうか、神様っ!私達を助けてください!なんでもしますからぁ!」

 

祈り念じるだけでは届かないとばかりに、呼吸が乱れる事も厭わず神への懇願を口にするネム。

 

「あぐっ!」

 

限界を超えて動いている時に言葉を発した影響はすぐさま転倒という形でネムの幼い体を打ち据える。

だがその衝撃は思ったよりも小さい。

散々転がりまわり嫌という程に味わった硬く、小石が散乱する地面の感触ではなかった。

柔らかい羽毛の中に沈み込むような感触。

これは一体なんなのだろう?

そう疑問に思いつつも、今すべきことは何かを瞬時に思い出す。

今はとにかく逃げるのが先だ。力一杯逃げなければならない。そうでなければ自分の為に命をかけてくれた家族に合わす顔がない。

頭を振って涙を振り払い必死の思いで身を起こし、より遠くへ逃げようとするネム。

その全身に、突如衝撃が走った。

 

「……ほう。なんでもするのか?」

 

頭上からかけられた声に、ネムは中腰の状態でまるで凍りついたかのように動きを止めた。

ネムが自発的に動きを止めたのではない。

強制的に動きを止められたのだ。

唐突に襲い掛かってきた、先ほどまで感じていた死の恐怖が霞むほどの超越的な恐怖に。

瞬きも、呼吸も出来ない状態で、あぁなんという事だろうか。幼いネムは目にしてしまった。

コロナのように緑色のオーラを放つ巨大な蜘蛛の姿を。

深淵の闇より尚深い、この世全ての悪意を凝縮したかのような漆黒の神の姿を!

 

「いいだろう。お前の願いを叶えてやろう」

「あ、あぁぁ……あが……」

 

人類が、いや、この世界に生きるありとあらゆる生命体が決して知ってはいけない宇宙的恐怖の具現を目の当たりにしてしまった哀れなネムの矮小な精神は一瞬にして粉砕され、そして――

 

「キィエァアアアァァァァ!!」

 

ネムは恒久的な狂気に陥った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キィエァアアアァァァァ!!」

(あちゃー……やっちまったい)

 

セバスがモモンガの指示をアルベドに伝える為に退出し、クーゲルシュライバーただ1人となったモモンガの自室。

そこでクーゲルシュライバーはカメレオンのように左右の目を別方向へギョロギョロと回しつつ涎を垂らし奇声を上げ失禁する少女を見下ろしながら自らの所業を悔いていた。

脱力感と共に起動させていた全ての常時発動型特殊技術(パッシブスキル)をオフにする。

 

(幾らモモンガさんと入れ違いで転移門(ゲート)から転がり込んできたからと言って、こんな子供、しかも救助対象にビビるとか流石に恥ずかしいぞ)

 

 ゲートを開きドヤ顔で決め台詞っぽい事を言い放ったモモンガが鏡に映しだされるもう手遅れな光景に焦って単身転移した瞬間、入れ替わりにこの小汚い少女が転がり込んできた。

すわ敵襲かと思い戦闘態勢を取ったものの、落ち着いて見てみれば鏡に映っていた姉妹の片割れである。

どんな確率なのだろうか、モモンガの開いた転移門(ゲート)の位置がちょうど彼女が逃げるルート上にあったようだ。

そして更にどんな偶然なのか、すれ違うモモンガに衝突することもなくこのナザリック地下大墳墓第九階層への転移に成功したという事らしい。

 

そんな実に運の良い彼女が何故こうも錯乱しているのかといえば、それは自身が放っている<恐怖のオーラⅤ>の影響に他ならない。

このレベルの恐怖のオーラは範囲内の対象を戦慄状態にするだけではなく、<インサニティ/狂気>と同じ効果を与える。

<インサニティ/狂気>はユグドラシルでは対象を通常の方法では解除できない混乱状態にするという魔法だった。

魔法の説明テキストには「相手を恒久的狂気に陥れる魔法」とも書かれていた記憶がクーゲルシュライバーにはある。

どう考えても眼前の少女の見事な狂いっぷりはこれが原因だった。

 

『クーゲルシュライバーさん。さっき私とすれ違いに村娘が1人そっちに行きましたよね?』

 「エヘッ!アベヘヘヘッ!ギャババハハヘヘヘ!」

 

狂気の赴くまま服を脱ぎ出す少女を生暖かい目で見守りつつ、さぁどうするかと考えるクーゲルシュライバーにモモンガからの<伝言(メッセージ)>が飛び込んでくる。

その声には全く焦りの色はなく、余裕と冷静さに満ちていた。

単身乗り込んだモモンガの身を案じていたクーゲルシュライバーはほっと一息安堵の息をつく。

 

『ええ。ちょっと取り乱していますが命に別状はないようです。モモンガさんの方は大丈夫ですか?』

 「ギャアアアア!!ヒィアアアアア!アイィィィィィィ!!」

『大丈夫です。彼女達を襲っていた騎士は私達と比べて非常に弱くまったく問題になりませんでした』

 

朗報だ。

一体どの程度の弱さなのか詳しく知りたいところだが、あの慎重なモモンガが「非常に弱い」とまで言うのだから、想定としては30レベル程度の雑魚と思っても良いだろう。

クーゲルシュライバーは自分自身の両目を抉り取ろうとする全裸の少女を拘束しながら牙をガチリと鳴らし喜んだ。

 

『それは結構な事です。あ、姉っぽい方は大丈夫ですか?なんか殆ど死んでるような感じでしたけど』

『大丈夫です。死ぬ一歩手前でポーションが間に合ったみたいで。……まぁすこし面倒な事になってるんですけど』

『面倒な事?』

『いえ、御気になさらずに。とにかく此方は大丈夫ですよ』

『そうですか……ではこっちに来ている村娘を少し落ち着かせたら其方に向かいますんで、少し待っていてください』

 「死にたい殺してお願いです死なないとなんです殺すんです頑張らないと一生懸命死にますからだから酷い事しないでもういや怖いの助けて死にたくないだから死なないと」

『ええ。それでは』

 

モモンガとの<伝言(メッセージ)>が切れる。

とりあえずは焦る必要はなくなったらしい。クーゲルシュライバーはそう判断すると口の端に泡を纏わりつかせ意味のない言葉をうわ言の如く呟く少女をしげしげと眺めた。

 年の頃は10歳ほどだろうか。全裸であるが故にその平坦な肉体が上から下までよく観察でき、年齢の推察を容易にしていた。

 

(ふぅむ。顔は……子供の頃はだいたい可愛く見えるもんだが、それでも結構良い感じなのかな。発狂してるから台無しだけど)

 

 当然のように性的欲求が湧き起こらない事に安堵しながら、手足にヤスリがけされたかのような大きな擦り傷があるだけで命に関わる重傷をおっていない事を確認したクーゲルシュライバーはアイテムボックスから赤いポーションと小さな白い石像を取り出し、それらを使用した。

効果は劇的だった。

少女の手足にあった大きな擦り傷は光と共に消え、幼女特有の瑞々しく柔らかな皮膚が復活した。

そして完全に狂人のそれであった表情は、まさに憑き物が落ちたかのように歳相応な穏やかな寝顔へと変じた。

 

「う、うう……」

「さてと、コイツの願いは私達を助けて欲しいって事だけど……やっぱりあれか。村を救うまでが私達、だよな」

 

ノリで言ってしまった願いを叶えてやろう発言だったが、元々クーゲルシュライバーとモモンガは実験がてらに村を救うつもりだったので全く問題はない。

余計なお世話だと言われる筋合いが無くなったのだから寧ろやりやすくなったと言える。

 

「で、あるなら完璧に助けてあげようじゃないか。まずはコイツの守りを固めてやろうかね」

 

敵の強さは大した事無く、数もそれほど多いわけではないので村を襲う騎士達を殲滅するのは難しい仕事ではない。

しかし、なにかの拍子で助けを求めてきたこの少女が命を落すような事があれば後味が悪いことこの上ないだろう。

そう考えたクーゲルシュライバーは暫し思考した後、擬腕に持った少女の裸体を床へと横たえた。

水気を含んだ絨毯が裸体を優しく受け止めたのを見ると、クーゲルシュライバーはうつ伏せになった少女の背中に覆いかぶさる。

歳相応な小さな背中の位置を八つの目で確認すると、肢を小刻みに動かし自身の位置を調整する。

 

「とりあえず護衛だよな」

 

そう言うとクーゲルシュライバーは特殊技術(スキル)を発動させる。

その瞬間、クーゲルシュライバーの巨大な腹部が更に大きく膨れ上がった。

自分の内部に感じる確かな重みに特殊技術(スキル)が正常に働いていることを確信したクーゲルシュライバーは幼い少女の背中に腹部を押し付けた。

正確には腹部と頭胸部の境界線近くに存在する切れ目にも蓋にも見える部位、外雌器を、だ。

 

「そーれドバドバー」

 

気の抜けるような声と共に、クーゲルシュライバーの外雌器を覆う甲殻が粘着質な音を立てて捲り上がり現れた名状しがたい器官から大量の卵が濁流の如く放出された。

1cm程の真珠のような乳白色の卵の大群が未だ意識を取り戻せずにいる少女の背中へと次々に産み落とされていく。

不思議なことに、少女の小さな背中では到底受け止めきれないだろう量の卵は彼女の柔肌に吸い付くように離れず一粒たりとも零れ落ちたりはしない。

 

「う、う゛あ゛ぁ……ぁ……」

 

ものの数秒で、大量の卵がうつ伏せに倒れた少女の体にまるで雪のように積もっていた。

遠くからであれば雪山で行き倒れた死体のようにも見える少女は、自身に産み付けられた卵のツブツブとした感触を感じているのか、悪夢に魘されるような呻き声を上げつつむず痒そうにその裸体を小刻みに動かしていた。

 

「さぁ、生まれ出でよ<転移蜘蛛の大群(フェイズ・スパイダー・スウォーム)>」

 

外雌器から伸びる銀色の糸をプツリと切って少女から離れたクーゲルシュライバーは自身が産み落とした卵の山に向かってそう呼びかけた。

するとどうだろう!たった今産み落とされたばかりの卵が次々と孵化していくではないか。

 卵の外殻が破れ、中から脚と背中に白と灰色と青の斑模様があるコモリグモによく似た子蜘蛛が粘液と共に這い出てくる。

夥しい量の子蜘蛛達はその銀色に輝く八つの目をクーゲルシュライバーに向けるとキィキィと鳴き声を上げた。

一匹だけでも不気味だろうその鳴き声は、幾重にも重なり巨大なざわめきと化している。

吐き気を催す悪夢のような合唱が何の変哲もない少女の裸体の上で盛大なハーモニーを響かせていた。

 

「総員、黙れ」

 

自身に向かい鳴き声を上げる蜘蛛の「まどい」に対してクーゲルシュライバーは威厳ある声でそう言った。

その言葉に好き勝手に鳴いていた蜘蛛達がぴたりと鳴き止んだ。

まるで階層守護者達を見ているかのような息の合った見事な黙りっぷりに感心しつつクーゲルシュライバーは命令を下す。

 

「お前達の創造主たるこの私が命ずる。お前達の苗床となったその少女を護衛せよ。これよりその少女をお前達の姉弟だと思い、労わり、彼女を害しようとするありとあらゆる外敵から守りぬけ。彼女こそが私がお前達に与えた命を賭して守るべき巣なのだと知れ。よいな?」

 

クーゲルシュライバーの言葉に全ての蜘蛛達が同時に肯くような動作を見せる。

その動きに含まれた了解の意思を完璧に理解したクーゲルシュライバーはさらに命令を付け足す。

 

「この任務は隠密に分類される。濫りに姿を現すことの無いようにしろ。それとナザリックに所属する者からの攻撃を防ぐ必要はない。わかったか?」

 

再び肯くような動作をする蜘蛛達にクーゲルシュライバーは満足し、行動を開始するように命令を出す。

すると、少女の体の上に山のように積み重なっていた蜘蛛の大群は瞬時にその姿を消してしまった。

消失してしまったわけではない。蜘蛛達は確かに少女のすぐ傍に存在している。

透明になったわけでもない。目視できないのはそれ以外の方法で身を隠しているからだ。

ただの透視能力を持つ者では見ることは叶わないが、エーテル体を目視する力を持つ者には倒れ付す少女の全身を覆うように密集する蜘蛛の群れのおぞましい姿を見ることが出来るだろう。

そう。クーゲルシュライバーが生み出した蜘蛛の大群、<転移蜘蛛の大群(フェイズ・スパイダー・スウォーム)>はエーテル界というこの世界に隣接する全く別の次元にその身を隠したのだ。

 

フェイズ・スパイダー。

別名転移蜘蛛と呼ばれるこのモンスターは通常の蜘蛛と同じく奇襲戦術を得意とする貪欲な捕食者である。

その攻撃方法は如何にも蜘蛛らしく、噛み付いて毒を注入し、獲物が絶命するまで安全な場所で効果が現れるまで待つというもの。

原始的な狩りの方法だが、彼らにはそれを大きく手助けし、立ち向かう者にとっては非常に厄介となる特徴的な能力があった。

それは通常の手段では干渉する事のできないエーテル界とこの世界を自由に行き来する能力。

この力を活用した「知覚出来ない異次元から突如現れ奇襲を仕掛け、反撃を受ける前に物理的な干渉が不可能な異次元へ姿を消す」というフェイズ・スパイダーの戦術はユグドラシルでも大層面倒くさいとの評価を受けていた。

エーテル界にも効果を及ぼす「力場」による攻撃手段さえあれば恐れる存在ではないのだが、それを持たない者にとっては厄介極まるモンスターだ。

 

数種類ある自分単体で生産できるスウォームの中からクーゲルシュライバーが嘗ての自分の種族でもあったフェイズ・スパイダーを選んだのは、その転移能力が齎す隠密性がやがて日常生活に戻っていくだろう少女の護衛として最適だと思われたからだ。

他の種類の蜘蛛達も隠密性能は高いが、やはりこの世界に肉体を持って存在しているのとそうでないのでは感知し難さに雲泥の差がある。

それにフェイズ・スパイダーは知能も高く、集団生活を行ううえ、集団内での地位の差が全くないという珍しい生態を持っている。

比較的人間の生態に近しい彼らならば人間の雌を護衛するという任務に際し、柔軟な対応が出来るのではないかという期待があったのだ。

身の安全を確保しつつ、幼い少女としての生活に支障をきたさないようにと配慮するクーゲルシュライバー渾身のチョイスだった。

 

「うん。とりあえずはこれで良いだろう」

 

100%の善意をもって選ばれ実行された防御手段にクーゲルシュライバーは満足気に肯くと、未だ意識を取り戻さない少女の裸体を抱え上げモモンガの待つゲートへと歩き出した。

途中で脱ぎ散らかされたアンモニア臭のする衣類を擬腕の指先から噴射した糸で引き寄せつつゲートを潜る。

 

濃厚な土と血と肉が焦げる匂いが立ち込める森の一角。

其処へ転移したクーゲルシュライバーの視界に飛び込んできたのは、両手を組んで跪く血塗れの服を着た村娘に祈りを捧げられるモモンガの姿だった。

モモンガは杖を持たない右手の指先で骸骨の頬を掻きながらも、ゲートを潜り抜けてきたクーゲルシュライバーへと顔を向ける。

そしてモモンガとクーゲルシュライバーの視線が寸分の違いもなく正面から激突した。

 

『『え、なにそれ?なんでそうなってるの?』』

 

 

カルネ村の近く、トブの大森林の入り口付近にて。

気を失った10歳の全裸少女を抱える深淵の大蜘蛛(アトラク=ナクア)と、未だ乾き切らない血に染まった服を着た少女を跪かせた死の支配者(オーバーロード)が全く同じタイミング、全く同じ言葉でお互いの所業について説明を求めた。

 




やったねネムちゃん!家族が増えるよ!いや、増えたよ!
カルネ村に爆弾が一つ増えましたとさ。
という事で本文中初の産卵プレイのお相手はネムちゃんでしたー!
いやぁエモット姉妹は将来有望だなぁ。
最初の案ではボールペンの産めるスウォーム全種類をネムに産み付ける予定だったんですけど、本文に書いてある理由からフェイズ・スパイダーだけになりました。ホントはレン・スパイダーを産み付けたかった。

なんでエンリがあんな目にあっちゃったかって言うとボールペンが居たせいでモモンガ様が原作よりも会話に時間を使っちゃったんですねぇ。
つまりエンリが怖くて痛い目にあったのはボールペンのせい。
おのれ邪神!

あ、そういえば後から来る予定のアルベドが危ない。
モモンガ様の私室で失禁するような下等生物を、栄光あるナザリック地下大墳墓守護者統括であるこのアルベドが許しておくものかぁぁぁぁぁぁ!
てなかんじで。

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