オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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12話

がむしゃらに走るネムがゲートに飛び込んだのと同じ時。

モモンガは二重の焦りを抱きながらゲートから姿を現した。

 

(何かとすれ違ったぞ!? どうする? 一旦ナザリックに戻るか? いや、しかしこっちを放置するとあの村娘が死にかねない)

 

突如出現したモモンガを見つめて唖然としている騎士二人の前には、体を半分切り裂かれた村娘の姿があった。

彼女はモモンガの目の前で力なく崩れ落ちていく。ズルリと粘着質な音を立てながら彼女の体に食い込んでいた剣が抜け落ちる。蓋のなくなった大きな傷口からは噴出すほどの生命力も残されていないのか、ゴボリと血が零れ落ちている。

まずい。死ぬ。

彼女を、延いては彼女の村を助ける為にやってきたというのに此処で死なれでもしたら格好がつかない。

すれ違った謎の存在についてはゲートの向こう側にいるクーゲルシュライバーを信じて任せるしかない。

仲間を信頼し任せることにしたモモンガは焦りながら魔法を放った。

 

「タイムターイム!《タイム・ストップ/時間停止》!!」

 

焦りを浮かばせる声と共に、モモンガ以外の時間が停止した。

第十位階魔法《タイム・ストップ/時間停止》。

文字通り時を止める魔法である。

止まった時の中では術者による術者以外への攻撃や呪文は一切影響を与えないが、防御を固めたり作戦を立てたりするには非常に効果的な魔法だ。

停止した時間の中で、モモンガはアイテムボックスから無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を取り出し中身をまさぐりつつ状況の確認を急ぐ。

この場にいた救助対象は二名。1人は目の前で真っ白な灰にでもなったかのようなやりきった顔で死にかけている村娘だが、あともう一人、妹と推察される少女の姿が見当たらない。

転移する前に見た遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)には森の奥へと逃げようとする少女の姿が確認できた。

目当てだった下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出したモモンガは少女が逃げたであろう方向を振り向く。そこには自身が創造したゲートがあった。

 

「・・・・・・なるほど。さっきすれ違ったのはそいつか」

 

まだ実力が不明の敵をナザリックに通してしまったかと不安を感じていたモモンガは安堵する。

流石にあの少女がナザリックにいるクーゲルシュライバーとセバスより強い筈はないだろう。そもそも敵対行動を取るとも思えない。

それに、もしも戦闘になって想像以上の強者だったと判明しても、極振りした場合1000レベルを超えるという膨大な神話パワーを溜め込んだクーゲルシュライバーに勝てる強さではあるまい。

 

心配の種が一つ消えたことによってモモンガの心に余裕が戻ってくる。

あとは瀕死の村娘の傷を癒し命を繋ぎとめ、敵である騎士二人を排除するだけだ。

《タイム・ストップ/時間停止》の効果時間に鑑みて、今から遅延魔法を使用した先制攻撃は不可能だろう。

ならば――

 

モモンガは傷つき倒れた村娘の背後へと移動する。

殆ど死体と変わらない村娘を挟んで、彼女を傷つけた騎士とモモンガが向かい合う。

そして《タイム・ストップ/時間停止》の効果時間がきれた。

 

「ひぃっ!?」

 

コマ送りのように突然眼前にまで迫っていたモモンガの姿に、騎士は心臓を鷲掴みにでもされたかのような悲鳴を上げる。

モモンガはそんな騎士を注意深く観察しながら、力なく蹲っている村娘を足で転がし仰向けにすると下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)の蓋を開けて彼女の口めがけて中身を流し込んだ。

こんな重傷者を足で転がしたくはなかったが眼前の敵の戦力が不明なために警戒を解くことが出来ないモモンガは、心の中で謝罪しつつアイテムの効果が発動するかどうかを確認する。

高所から流し込んでいるせいで多少口から零れ落ちている下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)だったが、即座にその効果を発揮した。

まるで時間が撒き戻るかのよう大きく切り裂かれた村娘の体が修復されていく。

それだけではなく肩口から切り裂かれ血塗れになった服までもが元の状態へと戻っていく。

微かに上下する村娘の胸の動きを目視で確認した後、モモンガは素早く敵への対処へと移った。

 

モモンガは空になったポーション瓶を投げ捨て、空いた手を大きく広げ――即座に魔法を発動させた。

 

「《グラスプ・ハート/心臓掌握》」

 

いつの間にかモモンガの手中には心臓――魔法で形作られているのか僅かに透けている――が握られていた。

そしてそれを僅かな躊躇もなく握りつぶした。

心臓が容易く破裂し、赤い液体を撒き散らす。

それと同時に騎士が無言で崩れ落ちる。

第九位階という高位の即死魔法は文字通り騎士の心臓を鷲づかみにし、その生命を奪い去ったのだ。

 

ガシャリと鎧を鳴らしつつ事切れた騎士の亡骸が村娘の体に覆いかぶさる。

その衝撃で目を覚ました村娘が呆然とした表情を驚愕に変えながら死体の下から這い出るのをモモンガは冷静に見つめていた。

たった今人間1人の命を奪い去ったというのに、罪悪感も恐怖も混乱も一切感じない静かな湖面のような心。

そんな人間にありえてはならない筈の心の在り方を感じながらモモンガはただ静かに納得していた。

 

「そうか……やはり肉体のみならず心でも人間を止めたと言うことか……」

 

モモンガは歩き出す。

その時、騎士の亡骸に怯えていた村娘がモモンガに気付いた。

傷のなくなった体を確認し、何が起こっているのかわかっていない人間特有のぼんやりとした雰囲気を纏っていた彼女は、瞬時に大きく目を見開き驚愕と畏怖に引きつった表情で呟いた。

 

「……死の、神様?」

 

いいえ、ただのサラリーマンアンデッド(社畜)です。

聞こえてきた擦れた呟きにモモンガは心の中で村娘の勘違いを正すと、残る騎士――後から追加で現れたヤツだ――をどう始末するべきかを思案する。

モモンガの鬼火の如き眼光に見据えられた騎士は小さく悲鳴を上げると一歩、後退した。

 

「・・・・・・女子供は追い回せるのに、毛色の変わった相手は無理か?」

 

騎士から伝わってくる恐怖を嘲笑いながら、モモンガは次の一手を決定した。

自身の得意魔法である即死系魔法では相手の素の強さ、体力や防御力を知ることは出来ないため、与えるダメージ量を計ることの出来る低位の魔法を使用するべきだ。

その考えの下に第五位階魔法《ドラゴン・ライトニング/龍電》が使用する魔法の候補として浮上してきたのだが、モモンガはそれを除外し、別の魔法を選択する。

モモンガの相方であるクーゲルシュライバーは物理攻撃をメインにして戦うスタイルだ。

ならば相手の物理耐性やカウンタースキルの有無について調べておくのもまた重要な事だろう。

モモンガは掌を再び広げ、絶命した騎士が持つ剣へと翳すと魔法を発動させる。

 

「《アニメイト・オブジェクト/物体操作》」

 

その声と共に、かつて村娘の肉体を切り裂いた剣が宙に浮かび上がる。

モモンガの魔法によって自分で動く力とかりそめの生命を与えられた結果である。

未だに柄を握る硬直した騎士の手を邪魔だとばかりに振り払うと、剣はその切っ先を恐怖に震える騎士へと向けた。

明らかな攻撃の意思を感じさせる剣の動作に騎士が震えながらも自身の剣を構える。

 

「やれ」

 

モモンガの命令を受けた剣がまるで踊るように騎士へと向かう。

そして次々に繰り出される白刃の鋭い斬撃を、騎士は悲鳴を上げながらも必死にその手にもった剣で迎え撃つ。

森に剣戟の甲高い音が響き、火花が何度も散る。

逃亡する隙を与えないように自身を振るう剣と、特に技と言えるモノを見せることもなくただひたすら純粋な剣の技術で応戦する騎士を眺めながらモモンガは<伝言(メッセージ)>をクーゲルシュライバーに向けて使用する。

<伝言(メッセージ)>はすぐに繋がった。

モモンガはクーゲルシュライバーに連絡を取りながら、先ほど助けた村娘の様子を横目で確認する。

 

「私、確かに死んじゃったのに・・・・・・生き返ったの?それに剣が勝手に・・・・・・すごい・・・・・・やっぱり神様なんだ・・・・・・」

 

村娘はぼんやりとした口調で呟いているが、その瞳には溢れんばかりの感謝と信仰の光が宿っていた。

それをむず痒いながらも満更でもないと感じる一方で、モモンガは面倒な事になってるとため息をついた。

 

(神扱いというのはこの場では都合よく働くだろうが、後々で面倒ごとの種になりかねない。宗教関係に首をつっこむのはこの世界の情報が全くない現状ではリスクが高すぎる。というかなんでこの子はこのぐらいの事で俺を神様扱いするんだ?ただのポーションと魔法じゃないか。・・・・・・もしかしてこの世界には魔法がないのか?だから神だと勘違いしている?)

 

記憶改竄の必要性を感じながらクーゲルシュライバーとの会話を終わらせると、モモンガはこれ以上の観察は無意味と判断して剣を遠隔操作し必死の抵抗を続けていた騎士の首に白刃を振った。

突如として動きの鋭さを増した剣の一撃に疲労しきった騎士は反応しきれず、一撃でその頭部を刎ねられた。

実にあっけない。

剣に付与されていた《アニメイト・オブジェクト/物体操作》による舞踏(ダンス)効果を無効化すると、モモンガは《オール・アプレーザル・マジックアイテム/道具上位鑑定》を使用する。

アイテムの詳細を知ることのできる魔法効果により、モモンガは先ほどの剣がなんの魔法効果も付与されていないただの「鉄の剣」であることを確認した。

モモンガからすればそんな武器ははっきり言ってゴミでしかない。

カウンタースキルも防御スキルも発動させることもなく、ゴミに等しい武器の攻撃であっけなく死んだ騎士の弱さに、モモンガは張り巡らせていた緊張感がどこかに行くのを感じた。

一瞬遅れて噴水のようにふきだしてきた血液が自分に掛からないよう、モモンガは剣を操作し首無し騎士の体を突いて転がす。

 

「あっ」

 

突然モモンガが間抜けな声をだした。

血を噴出す首無し騎士が倒れる方向に村娘がいる事に気付いたのは、彼女が頭から降りかかる血の雨を被ってしまった後だった。

これは可哀想な事をしたとモモンガは村娘に近づいて謝ろうとする。

そのモモンガの歩みが、止まった。

 

(ひえっ……)

 

なんだこの恐ろしいものは。

モモンガが足を止めた理由。

それは、跪き、胸の前で手を組んで鮮血に濡れた顔に恍惚の表情を浮かべてこちらを見つめている村娘に気付いたからだ。

しかも熱の篭った小声で「神様ありがとうございます」「私の信仰をお受け取りください」などと呟いている。

怖い、というより気色悪いというのがモモンガの感想だった。

正直、関わりあいたくない。

命に別状はないようだし、すこし気色悪いが感謝もされた事であるし、こいつはこのまま放置して村に行こうか。

そんな逃げの考えをしながらも、放っておくことは出来ないとも考えるモモンガはこの救助対象をどうするべきか骸骨の頬骨をカリカリと指先で掻きながら頭を悩ませる。

 

そんな時、ゲートから大きな影が現れた。

その手に全裸の幼女となにやら異臭のする衣服をもった、クーゲルシュライバーが。

 

『『え、なにそれ?なんでそうなってるの?』』

 

全く同じタイミング、同じ内容で放たれた<伝言(メッセージ)>による言葉だっただが、モモンガは其処に含まれている驚愕は自分のほうが上だろうことを確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。

互いの身に何が起こったのかを説明しおえたクーゲルシュライバーはおおよその状況を理解した。

幼女に対して施した防御策について語った時のモモンガからの「かわいそう」という言葉が今一納得できなかったが、クーゲルシュライバーは考え方の違いだと思うことにした。

恒久的狂気もポーションと共に使用した第七位階魔法《リミテッド・ウィッシュ/限られた望み 》という《星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)》の下位互換魔法と同じ効果をもつアイテムによって解除されている。

その後に産み付けを行ったフェイズ・スパイダー・スウォームの件も十分な配慮によって苗床となった本人の意識がない内に完了している。

年端も行かない少女にとって自分の肉体に卵を産みつけられるという体験と、蜘蛛の大群に体を覆われるという体験は、身を守るのに必要な処置だと言われても意識がある状態では辛いものがあるだろう。

いくら精神が体に引っ張られていると言っても、その程度の気配りをするぐらいの常識は自分にもあるのだ。

 

そういう認識だったからこそ、モモンガの発言はクーゲルシュライバーには不満だった。

モモンガはマジックキャスターだから取れる防御手段は豊富だ。

それに対して自分には選択肢が少ない。

年頃の女性には辛いものがある手段しか選べないのだ。

クーゲルシュライバーとしては彼女が厳しい現実に気付くことがないように配慮しているのだから、そこはどうか勘弁してほしかった。

 

(そりゃあモモンガさんのほうが適切な防御策をうてるだろうけどさ)

 

自分の努力にケチをつけられたような気がしたクーゲルシュライバーは拗ねながらも手に持った幼女をいつの間にかモモンガの後ろに隠れるように移動していた村娘に差し出す。

 

「ひぃっ!」

 

村娘は恐怖に身を震わせながら悲鳴を上げると、素早くモモンガのローブの後ろに隠れてしまった

向けられる激しい恐怖を心地よく感じる一方、あからさまな態度を取る少女の姿にクーゲルシュライバーは心が抉られるような思いだった。

 

(骸骨は平気なのに馬鹿でかい蜘蛛は駄目なのか?仲間を助けてやったのに、流石に傷つくぞ・・・・・・)

 

幼女を差し出した格好のまま停止するクーゲルシュライバーの心情を汲んだのか、モモンガが背後に隠れる村娘の前から身を引き優しい声で語りかける。

 

「彼は私の友人でね。お前達に危害を与える気は全くないし、その少女も死んではいないから安心してほしい」

「えっ」

 

まるで予想外の事を告げられたかのような驚きの声を上げる少女の様子に説明が足りてないと判断したクーゲルシュライバーは口を開く。

 

「私はこの少女の"私達を助けて欲しい"という願いを聞き届けて此処にいるのだ。この子が気絶しているのは……私の姿が少々刺激的過ぎたようでね。まぁじきに目を覚ますだろう。……さぁ受け取るがよい」

 

言うだけ言ってクーゲルシュライバーは手に持った幼女とその衣服を村娘に押し付けた。

当初は困惑するばかりだった村娘もやすらかな寝息を立てる姿に無事を確信したのか、感極まった様子で幼女を抱きしめた。

 

「ネム!あぁネム!生きてる!あぁありがとうございます!ありがとうございます神様!」

 

その失禁幼女はネムという名前だったか。

一応覚えておこうと心のメモにネムという名前を書き込みつつ、クーゲルシュライバーは神様扱いされる事に軽い羞恥を感じていた。

ユグドラシルでの宗教ごっことはまた違った、人間の心の底から湧き出る本当の感謝と信仰の気持ちはただの一般労働者だったクーゲルシュライバーにとってはじめての感触だった。

だから、クーゲルシュライバーはつい照れ隠しで余計な事を呟いた。

 

「ま、まぁ邪神なんだがね」

「ちょ、おま!?」

 

自虐するような声のクーゲルシュライバーの言葉にモモンガが仰天する。

即座に飛んできたモモンガの声にクーゲルシュライバーは自分の失敗を知った。

折角神様扱いで纏まりそうだったのに話がややこしくなる。

だが、クーゲルシュライバーとモモンガの心配をよそに村娘は感極まった様子で話し始めた。

 

「関係ないです!私達の声を、助けを求める声を聞いて、こうして助けに来てくださった御方が!お、御方々は!立派な御方なんです!邪神だろうとっ、いや邪神だなんて関係なくて・・・・・・確かに恐ろしいお姿ですけど・・・・・・あっすみません!そ、その、私バカで、上手く言えなくて・・・・・・でも、でもっ」

 

声を何度も詰まらせ、涙を浮かべながらも必死に言葉を紡ごうとする村娘の姿を見てクーゲルシュライバーとモモンガは顔を見合わせた。

そして、二人とも表情が動くことがない顔で微笑んだ。

 

「なに、気にする事はないぞ」

「その通りだ。お前の気持ちは確かに伝わったぞ」

 

気にするなと穏やかかつ威厳のある声で諭すモモンガと、恐ろしい外見をしているというのに意外と優しげな声で喋るクーゲルシュライバーに村娘は酷く赤面した。

その様子を微笑ましく思いながらモモンガが村娘に話しかける。

 

「それよりもお前に聞きたい事があるのだ。質問に答えてくれるな?……あー」

「……あ!エンリです。私の名前はエンリ・エモットといいます」

 

言葉につまったモモンガをどうしたのだろうと見つめる血塗れ村娘だったが、不意に何かに気付いたように表情を変えると自己紹介をする。

そしてそんな彼女の行動にモモンガは察しのいい相手は助かるなぁ等と考えつつ、これから行動をするに当たり絶対に避けることの出来ない質問をする。

 

「うむ。ではエンリよ。お前は魔法というものを知っているか?」

「は、はい。む、村に時々来られる薬師の……私の友人が魔法を使えます」

「……そうか。ならば話が早いな。私はマジックキャスターだ」

 

《アンティライフ・コクーン/生命拒否の繭》

《ウォール・オブ・プロテクションフロムアローズ/矢守りの障壁》

 

エンリを中心に半径3mの微光を放つドームが発生する。

モモンガが使用した生命と飛び道具を阻む防御魔法である。

村を襲っている騎士達の装備を考えればこれで十分だろう。

さらに今は眠っているエンリの妹であるネムにはクーゲルシュライバーが授けた身の毛もよだつおぞましい護衛が付いているのだ。

たとえ魔法を使う者が襲ってこようとも、魔法を使用する為に必要な精神集中をさせる事すらなく撃退が可能だとモモンガは判断していた。

しかし念のために、とモモンガはエンリに二つのみすぼらしい角笛を投げ渡した。

エンリが慌てた様子で地面に落ちそうになる角笛を受け止める。

 

「生物を通さない守りの魔法と、射撃魔法を弱める魔法をかけてやった。そしてお前の腕の中にいる少女には彼の篤い加護がついている。そこにいれば大抵は安全だろう」

 

モモンガの説明にエンリはクーゲルシュライバーを見つめる。

視線の先のクーゲルシュライバーは自慢げに人間の上半身状の部位の胸を張っていた。

その姿をどう受け取ったのか、エンリは安らかな寝息を立てるネムの寝顔を驚きの表情で見つめる。

 

「そしてそれは小鬼将軍の角笛と言われるアイテムで吹けば小鬼――小さなモンスターがお前に従うべく姿を見せるはずだ。それを使って身を守るがいい」

 

それだけ言うとモモンガは身を翻して五体満足で倒れ付す騎士の亡骸に目を向ける。

フェイズ・スパイダー・スウォームが敵を奇襲する際の囮や敵の攻撃を遮る壁にはなるだろうと考え渡したこのアイテムはモモンガからすればゴミアイテムだ。くれてやったところで痛くも痒くもない。

エンリ達の防御としてはこれで十分だと判断したモモンガは今度は自分達の防御を固めようと行動を開始する。

すでに敵である騎士達の防御力、攻撃力については確認済みだが、もしかすると自分達に危害を与える事が出来る予想外の攻撃が飛んでくる可能性もある。

油断していたせいで死ぬなんて愚か過ぎる。

既に万能選手であるクーゲルシュライバーがいるが、そういった予期せぬ攻撃に対しては使い捨ての壁が必要だろう。

 モモンガは騎士の亡骸に手を翳し、特殊技術を解放する。

 

「中位アンデッド作成、死の騎士(デスナイト)

 

モモンガの声と共に空中から黒い靄が滲み出ると、心臓を破壊された騎士の亡骸へ覆いかぶさっていく。

そして騎士の亡骸は人形を思わせるような動きで立ち上がると鎧の内部から迸り出た粘着質な闇に全身を包まれていく。

いまや全身闇に包まれた騎士の体が大きくその形を歪ませていくのをエンリは震えながらも、しかしただ恐怖するのではなく畏敬の表情を浮かべながら見つめていた。

 

そして、エンリの見ている前で彼女を一度は死に追いやった騎士は全く別の存在へと生まれ変わった。

身長2.3mの長身、圧倒的な膂力を秘めているだろう事を確信させる分厚い胸板、それを包む血の如き赤い装飾の施された黒色の禍々しい鎧。

両手にもつのは全身の4分の3を覆うほどの巨大かつ重厚なタワーシールドと、蛇のように波打つこれまた巨大な大剣フランベルジェ。

ボロボロの漆黒のマントを靡かせ堂々と大地に立つその存在は当然人間ではない。

悪魔の角を模したような禍々しい兜の向こうにあるのは腐り落ちかけた人のそれだ。

まさにアンデッドの騎士という言葉が似合うこの存在こそが、モモンガが自身の特殊技術により生み出したアンデッド「デスナイト」である。

 

敵モンスターの攻撃を完全に引き付けてくれる能力と、どんな攻撃を受けても一回だけHP1で耐えることのできる能力を持つ防御能力に優れた壁モンスターだ。

予期せぬ攻撃に対する壁としてはこれ以上の適役はいないだろう。

 

(ふぅむデスナイトかぁ)

 

威風堂々とモモンガに仕えるデスナイト。

その懐かしい姿を見たクーゲルシュライバーは自分もなにか作るべきかと考える。

自分とモモンガが揃っているだけで大抵の状況はどうにか出来そうではあったが、そもそもこの村には実験の為に来ているのである。

少なくともクーゲルシュライバーの認識ではそうだった。

だからクーゲルシュライバーは不要かと思いながらも、モモンガを真似てサポートモンスターを作成する事にした。

デスナイトが防いでくれるであろう予想外の攻撃を行った相手を捕縛すためのモンスターがいると便利だろう。

そう考えたクーゲルシュライバーはアイテムボックスからバスケットボール大の白い塊を取り出した。

 

「ん?」

 

モモンガが怪訝そうに見つめてくるのを無視し、クーゲルシュライバーはその白い塊を首を失い倒れた騎士の体へと投げつける。

そして――エンリが悲鳴を上げた。

 

「ひぃぃぃ!?」

 

騎士の鎧と衝突し破けた白い塊から大量の蜘蛛が這い出てきたのだ。

 かつてユグドラシルのゾンビが大量に配置されたフィールドで行われた雪合戦では雪玉の代わりに使用され、阿鼻叫喚の地獄絵図を発生させたこのアイテムはプレイヤーからは「蜘蛛の大群(スパイダー・スウォーム)の素」などと呼ばれていた。

このアイテムの効果は、モンスターの亡骸等に使用すると平面上に1辺3mの正方形を占める総数1500体の蜘蛛からなる蜘蛛の大群(スパイダー・スウォーム)を召喚するという言うものだ。

発生するスパイダー・スウォームの戦闘力は非常に脆弱だ。プレイヤーからしてみれば見た目が不快なだけである。

しかしこのアイテムには他人を驚かす以外にも利用方法があるのだ。

 

クーゲルシュライバーは切断された首の断面から体内へと潜り込んでいく蜘蛛の大群(スパイダー・スウォーム)を眺めながらアイテムボックスからなにか巨大なものを取り出した。

中空から突如あらわれたその物体に、エンリは内部から食い荒らされていく騎士の亡骸に釘付けになっていた視線を移さざるを得なかった。

 

中空から現れたもの。

それは――

 

「ぬーけーがーらー」

 

妙に間延びした国民的アニメの主人公を意識した声でクーゲルシュライバーが言う通り、それは抜け殻だった。

それも3mもあるジャイアント・スパイダーの抜け殻だ。

これはクーゲルシュライバーがまだ初期種族であるジャイアント・スパイダーの時に生産した彼自身の抜け殻である。

スパイダー系のモンスターは定期的に脱皮を行いこのような「抜け殻」を生産する事ができる。

「抜け殻」は様々なアイテムや武具に加工できる素材アイテムだが、ジャイアント・スパイダーの抜け殻では価値などないに等しい。

しかし無料で手に入る素材を放置することができなかったクーゲルシュライバーのアイテムボックスにはこの手の素材アイテムが山ほど入っている。

今取り出したのその内の一つだった。

 

クーゲルシュライバーは取り出した自分の抜け殻をグチャグチャと凄惨な音を立てて蠢く騎士の死体へと放り投げると特殊技術を発動させた。

 

「中位アンデッド作成、死の糸蜘蛛(デスウェブ)

 

種族が死霊術を得意とする墳墓蜘蛛(トゥーム・スパイダー)だった時に取得したアンデッド作成スキルがクーゲルシュライバーの抜け殻と蜘蛛の大群(スパイダー・スウォーム)を媒体に発動し、この二者を極めて汚らわしい死霊術によって拘束された運命共同体へと変化させる。

クーゲルシュライバーの抜け殻は蜘蛛の大群(スパイダー・スウォーム)の巣箱として、蜘蛛の大群(スパイダー・スウォーム)はクーゲルシュライバーの抜け殻の動力源――中身――としての役割を与えられ一つのアンデッドとしての精神を共に形成した。

そして、がらんどうだった筈の抜け殻が動き出す。

その動きは驚くほど器用で素早く滑らかで、賢く繊細かつ威厳すら持っているように見えるほどだ。

その一方で、時たま抜け殻に空いた穴から「中身」となっている小さな蜘蛛が零れ落ちては慌てて外骨格をよじ登り威厳ある抜け殻の中に戻っていく光景はある種の微笑ましさを感じさせる。

 

そんなデスウェブの動きに抜け殻の内部に犇く蜘蛛の大群(スパイダー・スウォーム)達の調子がすこぶる良い事を確信するとクーゲルシュライバーは満足そうな声でモモンガへと声をかけた。

 

「今日はお前と私のデスナイトとデスウェブでダブルアンデッドだな!」

 

決めゼリフだったのだろう。

得意げな雰囲気で前肢をバタバタさせるクーゲルシュライバーにモモンガはただ大きなため息をついた。

 

(クーゲルシュライバーさん、気楽だなぁ・・・・・・)

 

モモンガはエンリの悲鳴に目を覚ましたネムが、瞳孔の開ききった異様な目でクーゲルシュライバーとデスウェブを見つめているのを極力無視して心の中でそう呟いた。




今回は地味な感じのお話でした。
色々と順番が前後してますね。そろそろアルベドさんが到着する頃なんですが、さてはて。


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