オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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おふろであそぼ


19話

「風呂だー!」

 

男と描かれた暖簾をくぐって一番、クーゲルシュライバーの陽気な声が脱衣所に響き渡る。

モモンガは自分と同じく精神作用無効化が効いている筈の友人が見せる高いテンションに苦笑しながら入り口の扉を閉めた。

 

「クーゲルシュライバーさんってそんなにお風呂が好きなんですか?」

「いや、それほどでもないけど……ほら、なんだか観光した帰りに家族で温泉に寄ったみたいで懐かしいんですよ」

 

クルリと振り返り、昔を思い出しているのだろう、視線を天井へと向けて言うクーゲルシュライバーにモモンガは微かな嫉妬と申し訳なさを感じた。

モモンガにはクーゲルシュライバーが言うような家族との思い出は無い。いや、あったのかもしれないが、記憶に残ってはいなかった。

だからこそ自分にはない暖かな記憶を持つクーゲルシュライバーにモモンガは小さいながらも明確な嫉妬をしていた。

そして嫉妬するからこそ、自分の最後の我侭が現実世界に家族がいるクーゲルシュライバーをこんな事態に巻き込んでしまったという罪悪感が胸を締め付けるのだった。

しかしモモンガはそんな心中を表に出す事無く、軽い調子でクーゲルシュライバーに合わせる。この件については既に話し合いが済んでいるからだ。

ここで蒸し返すのは楽しそうにしているクーゲルシュライバーの気を害すだろう。それはモモンガの望むところではない。

 

「そうなんですか。でもたしかに、今夜の帰り道は楽しかったですよね。プレアデス星団はいいとして、紅蓮大座……ふふっ!ひどいネーミングだなぁ。紅蓮にちょっと悪いかもですね」

「あはははは!いやぁでも意外ですよ。まさかモモンガさんがあんな化石アニメしってるなんて」

「見たことはないんですけどね。ペロロンチーノさんが勧めてくれたゲームにアレを元ネタにしたキャラクターがいまして」

「あいとゆうきのものがたり?」

「あいとゆうきのおとぎばなし、です」

「細かいよモモンガさん!なに?気に入ってるの!?相当昔の作品だよアレ!」

 

クーゲルシュライバーとモモンガはナザリックの絶対支配者としての仮面を外し、ユグドラシル時代を思わせる軽さでなんて事のない話に花を咲かせる。

もしもこのやり取りをNPC達が見たら普段との大きすぎるギャップに呆然とすることだろう。

 

陽光聖典とのじゃれあいを終えたモモンガ達は星空を楽しみつつ一度カルネ村に寄り、そこで挨拶などを済ませた後にナザリックへと帰還した。

そして様々な処理をアルベドに任せると、浮かれたクーゲルシュライバーの強引な誘いもあってモモンガは第九階層に存在する大浴場「スパリゾートナザリック」へとやって来ていた。

 アルベドからの報告を待つ間に野外で活動した汚れを落すのも悪くないと途中で賛同してみせたモモンガに気を良くしたクーゲルシュライバーは、時には恐怖のオーラを使ってまでセバスを初めとした入浴に供しようとする使用人達を風呂場から遠ざけた。

怯えるメイド達を見るとなにもそこまでしなくとも、と思うモモンガではあったが、そのおかげでこうした素で友人とじゃれあう貴重な機会が得られたのだからあの扱いもやむなしと納得していた。

それに如何に骨だけのモモンガであろうとも、誰もが美しく可憐な女性であるメイド達に一糸纏わぬ姿を見られるのは抵抗があったのだ。

 

「昔のものだろうと良いものは良いのです。……よいしょっと。はい、お待たせしました」

 

身を覆う最後の衣服であるローブを脱いだモモンガが脱衣の必要がなく先に浴場の入り口で待機していたクーゲルシュライバーに言う。

クーゲルシュライバーの視界にあらわとなったモモンガの白く細い体が飛び込んでくる。

 

「うわぁ……骨格模型が動いてる」

「骨ですからね」

 

普段身を包む神器級装備を外したモモンガの姿はまさにただの骸骨そのものだ。

ナザリック地下大墳墓の第一から第三階層をうろついているスケルトンと見た目上なんの違いもありはしない。

違いといえば、肋骨の下に存在する脈動する赤い球体状の世界級アイテムと課金により登録され外すことができない指輪ぐらいだろう。

 

「なんでアルベド達はこんな骨相手にあんな態度なんでしょうね」

 

脱衣所の洗面台に映る自分の姿を見ながら小首を傾げるモモンガにクーゲルシュライバーも首を捻る。

 

「アルベドは設定弄ったからともかく、シャルティアは死体愛好癖があるとはいえ間違いなく自前の恋愛感情ですし……なんだろ?モモンガさんの顎が尖ってるのが好みなんでしょうかね?」

「たしかに特徴的というか、普通じゃない頭蓋骨の形してますけど……なんだか複雑な気分です」

「……ところで前々から聞きたかったんですけど」

「なんでしょう?」

「もしかしてモモンガさんってリアルでもそんな感じの骨格なんです?」

 

モモンガの頭部のデザインはユグドラシルにおけるスケルトン系モンスターのデフォルトとは異なっている。

つまりモモンガが外装を弄った結果があの特徴的な頭蓋骨なのであるから、もしかすると……。

まずありえないだろう考えではあるが、複雑な気分だと落ち込んでみせるモモンガの姿にまさかという疑念が生じての発言だった。

それに対するモモンガの返答は疾風のように早かった。

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!?」

 

モモンガの放った所謂「昇竜拳」がクーゲルシュライバーの擬頭の顎をかち上げ脱衣所の天井へと吹き飛ばした。

 あわや激突といったところで空中にて姿勢を制御し上下逆さになって音もなく天井に張り付いたクーゲルシュライバーが非難の声をあげる。

 

「いきなり何するんですか!」

「あ、戦ってる時の演技のせいでつい手が……その、すみませんでした。痛かったですか?」

「いや全然」

 

 通常時の体重が300kgを優に超えるクーテルシュライバーを天井までかち上げる威力のモモンガの拳ではあったが、所詮は魔法職による一撃。

当たったところで如何に回避型であるクーゲルシュライバーでもダメージなど発生するわけがない。これはただの戯れなのである。

それはモモンガの攻撃がすばやさに特化しているクーゲルシュライバーに当たっている事からも明らかだった。

 

「よかった。……いや、だってこんな尖った顎した人間がいるわけないでしょう?さすがの私でも傷つきますよ」

「ごめんなさいごめんなさい。流石にないだろうなぁとは思いつつ聞かずには居られなかったんです」

「まったくもう……こんなことしてないでお風呂にいきましょうよ」

「りょうかーい」

 

浴場に向かって歩き出したモモンガにクーゲルシュライバーも天井から降りて続く。

硬質な音を立てて取っ手に指をかけたモモンガが勢いよく扉をあけると、清潔な蒸気の香りと湿気があふれ出してきた。

あふれ出す白い湯気を潜れば、そこにはナザリックが誇る9種17個浴槽を備え、12のエリアに分かれた大浴場が二人を待っていた。

わぁ、という子供のような感嘆の声が二人から漏れる。

 

「私室の風呂もすごかったけど、この広さと種類の多さはまた別格ですねモモンガさん!」

「たしかに。皆が競って色んなものを作ってくれたお陰ですね」

「まったく、こんな贅沢できるなんてギルメン様様ですよ。それで、まずは何処行きます?」

「そうですね……今日は天体観測をした事ですし、ベルリバーさん製作、ブルー・プラネットさん協力のジャングル風呂にしましょう」

 

そういって進むモモンガの向かう先には草木が生い茂ったジャングルがある。

ジャングルの植物達はみな作り物なのだが、あまりにもリアルに出来ているため茂みの中になにか得体の知れないモンスターが潜んでいるような気さえする。

クーゲルシュライバーは風呂自体よりもそちらの茂みに入りたくなる自分を抑えてモモンガに続いた。

まずは洗い場だ。風呂に入る前には体を清潔にする必要がある。

 

「うーんなんともノスタルジックな黄色い桶! 惜しむらくは商品名を入れられなかった事かな」

「え?このスパにある桶が皆黄色いのにはなにかネタがあるんですか?伝統だとは聞いてますけど」

「おや、モモンガさんは知らないのか」

 

クーゲルシュライバーは洗い場のスペースを4人分程も占有しながら黄色い桶で湯を掬い体にかける。

体の大きさから見ると濡れた部分は全体の極僅かである。めんどくさいなと思いながらもクーゲルシュルライバーは空になった桶を器用に指先で回転させつつ薀蓄をたれる。

 

「20世紀頃からの定番なんです、入浴施設にはこれ!って具合の。元々はある会社……今でも残ってたと思うけど、名前忘れたな。まぁ、とある会社が発売した薬の広告として作られたものなんですよ」

「へぇ!風呂桶で宣伝とは、昔の人も上手いことをしますね」

「ですね。たしかあの頃は銭湯とかがすごい流行っていた時期で……だからなんでしょうね。ステレオタイプになってて、未だに根強い人気があるんです」

「なるほどなぁ。また一つ物知りになりました」

「今後必要ない知識だと思いますがね。……だれがやったんだろこれ。ウルベルトさんとか拘りそうな部分だとは思うけど」

 

あまり裕福ではなく、多くは語らなかったがブルーカラーらしい発言を度々していた友人を思い出しながらクーゲルシュライバーはお湯を桶に汲んでは体にかけ続ける。

しかし驚異の撥水性を持つ体毛を甲殻化しているクーゲルシュライバーの体は思うように濡れてくれない。

よく手入れされた車のフロントのように受けた水は球状になり体の表面を滑り落ちていってしまうのである。

埃だらけの体をエントマに舐めさせるのは流石に気が引けた為に先に風呂へ入ろうと思ったのだが、こうも悪戦苦闘するのであれば何か上手い方法を考えねばならない。

クーゲルシュライバーが今後野外で活動することを見据えて自身の賢い洗い方を模索しているその前で、モモンガもまた苦戦を強いられていた。

 

「……」

 

無言で手にした液体石鹸をたっぷりと塗りたくったタオルで骨の一本一本を擦っているモモンガ。

しかしその作業の前途は多難だ。

基本的に人間の骨格と同じ構造を持つモモンガの体には約200個もの骨があるのだ。

その一つ一つを洗うだけでも大変な労力なのに、骨の中には複雑な構造でタオルでは洗いにくいものまである。

それらを丁寧に洗っていけば、風呂に入るのは何時間後になってしまうのだろうか?

クーゲルシュライバーは黙々と手を動かすモモンガに声をかけた。

 

「メイド、呼びます?」

「いや、ちょっとそれは……許可を出したが最後、めぐりめぐってアルベドやシャルティアが押しかけてきそうで」

「あぁ……それはちょっと困りますよねぇ」

「あの二人が来るとなんと言いますか、貪り食われそうな気がしてどうも……」

「わかりますわかります」

 

肩を落としてモモンガは絶世の美女に言い寄られるプレッシャーについて語る。

クーゲルシュライバーは男の夢ともいえる状況に文句を言う友人の心労を軽減させようと相槌を打つ。

そうして、モモンガとクーゲルシュライバーはしみじみとした雰囲気の中会話しつつ、時には互いの手の届かない部分を手伝いつつ洗いにくい自分の体を地道に洗うのだった。

 

 

 

 

 

 

「ようやく洗い終わった……エントマのありがたみがよくわかるなぁ。こりゃあ後で何か感謝の品でもあげないと」

 

両手に持った桶で全身の泡を流し終えたクーゲルシュライバーは普段毛づくろいをしてもらっているエントマの価値を上向きに再評価しつつ立ち上がった。

モモンガも何度もいろんな角度からお湯を体にかけて背骨などの複雑な構造の骨に入り込んだ泡を洗い落として立ち上がる。

 

「こちらも洗えるところは洗い終えました……あぁなんて面倒な体なんだ。入浴についてなにか考えないとだな」

「お互い難儀な体になったもんですね……さ、体も洗ったことですし待望の風呂に入りましょうよ」

「そうしましょう……なんだか疲れちゃいました」

 

肩でも凝ったのだろうか?

筋肉のない左肩に手をそえて首を回しながらモモンガが浴槽へと歩み寄っていく。

その後姿を見ていたクーゲルシュライバーが突然大きな声を上げた。

 

「ああー!」

「んん!?ど、どうかしましたか?」

 

今まさに湯に足を踏みいれようとしていたモモンガが素っ頓狂な声を上げて振り返る。

そんなモモンガの腕をクーゲルシュライバーは擬腕で掴んで引っ張り浴槽から遠ざけた。

 

「だめだめ!モモンガさんこれ!これですよ!」

 

一体何事かと目の光を点滅させていたモモンガにクーゲルシュライバーはアイテムボックスから取り出した円筒形のアイテムを見せ付けた。

 

「完全なる狂騒です!くっそぅ本当なら天体観測の時に使おうと思ってたのに……忘れるなんて!」

「あのぉ……一体何のことだかわからないのですが……」

「ほら!ちょっと前に言ったじゃないですか!息抜きしたい時は精神作用無効化をとっぱらちゃおうって!」

「あぁ、そのことですか。いや、でも別に今はいいんじゃ」

「ダメです! 使うなら今なんです! お風呂は命の洗濯! アンデッドだから命無いですし~とかは無しですよ! お楽しみタイムなんだから絶対使うべきなんです! 今! ここで!」

「は、はぁ……」

 

クーゲルシュライバーの有無を言わさぬ勢いに呑まれたモモンガの手にパーティで使うようなクラッカーがねじ込まれる。

このアイテムの名は「完全なる狂騒」。

アンデッドに対してのみ使用できる、アンデッドの種族特性の一つである精神作用無効化のスキルを一定時間無効化する事ができるアイテムだ。

精神作用無効化のスキルにはモモンガもクーゲルシュライバーもナザリックの支配者として振舞う中で何度も助けられている。

 しかしこのスキルに悲しみや怒りの感情だけでなく、喜びの感情すら抑え込まれてしまうというデメリットがあった。

これではストレスが溜まる一方であり精神衛生上非常に良くないことは想像するのも容易い。

だからこそ天体観測等のイベントではこのアイテムを使い素の精神のまま楽しい仲間とのひと時を満喫しようとクーゲルシュライバーは思っていたのだ。

迂闊にも天体観測の時には使用するのを忘れてしまった。

だからこそこのNPC達が居ない仲間とのお風呂タイムという貴重な気を抜くことができるチャンスを逃すわけには行かないとクーゲルシュライバーは燃えに燃えていた。

 

「いっせーの、せっ!でそれ使ってくださいね。同時に私もスキル使って自分の精神作用無効化を消しますから」

「わ、わかりました」

「それじゃあいきますよ!いっせーの、せっ!」

 

――パーン!ィヤッホォーーゥ!

――《マインド・ストリッパー》

 

「ほぎゃああああ!?ば、ばけものーーー!」

「ひええええええ!?骸骨のおばけーーー!」

 

軽快な破裂音と陽気な男の声がしたと思えば、浴場全体にモモンガとクーゲルシュライバーの恐怖の叫びが木霊した。

急いでクーゲルシュライバーから距離を取ろうとしたモモンガは足の裏に残っていた液体石鹸のせいで盛大にしりもちをついて呻く。

そしてそんなモモンガの間抜けな姿に驚いたクーゲルシュライバーはパニックを起こし、浴場の床、壁、天井を信じがたい速度で走り回りはじめた。

 

「きゃあああああ!?ぎゃああああああ!!」

 

風呂場に出没したゴキブリなどよりも遥かに恐ろしい巨大蜘蛛がゴキブリさながらに爆走する姿を見たモモンガは、しりもちをついた姿勢のまま洗い場まで退避しそこに置かれていた黄色い桶を頭に被って蹲った。

震える筋肉などありはしないのにモモンガの体はブルブルと震え桶の内部や床にぶつかりカラカラと不吉な音を立てている。

その姿にはナザリック地下大墳墓の主であり至高の41人のまとめ役である偉大なる死の支配者としての風格などありはしない。

そして風格の事を語るのであればクーゲルシュライバーもモモンガに引けを取らなかった。

 

「アバババババババッアバッアバババッ!」

 

ジェットコースターよりも激しく変化する視界と変動し続ける体が受ける重力の方向にクーゲルシュライバーは完全に冷静さを失っていた。

理由はないが足を止めると地上に落下し頭部を打ちつけ死んでしまうような気がして動きを止めることすら出来ない。

結果としてクーゲルシュライバーは情けない悲鳴を上げ、さながら彼が昔飼っていたハムスターの如く走り回ることしか出来なかった。

その姿にはナザリック地下大墳墓において恐怖の極限として恐れられる強大なる邪神としての風格など皆無であった。

 

「だ、誰かとめて!モモンガさん助けてー!」

「む、無理ですよぉ!蜘蛛怖いもん!」

「なぁにがもんだこの薄情者ー!って、ぎゃああああ!?」

 

天井付近で叫んでいたクーゲルシュライバーが自分の肢に躓いてジャングル風呂へと落下していく。

尾を引く悲鳴とともにクーゲルシュライバーは大きな水音を立てて浴槽へと着水し、そのまま沈んでいった。

それから数十秒後。

奇妙な静寂に包まれた空間の中、モモンガがそっと頭に被った黄色い桶を外して動き出した。

その動きは周囲を警戒する小動物のそれであるが、やっているのが骸骨なためにまるでホラー映画の一場面のようだった。

 

「クー……クーゲルシュライバーさん?大丈夫ですかー……?」

 

恐る恐るモモンガが浴槽に近づいていくと水面からゆっくりとクーゲルシュライバーの擬頭が浮いてきた。続いて擬腕が浮上してきてモモンガにサムズアップしてみせる。

その様子に海坊主みたいだなと思いながらモモンガは胸を撫で下ろした。

 

「よかった大丈夫みたいですね」

「えぇ……未だに心臓っぽい所がバクバクしてますけどね。……驚かせてすみませんでした。でかい蜘蛛が暴れまわるとか普通に怖いですよね」

「いえいえ、私のほうこそ変な声出してすみません。しかし、こうしてみるとクーゲルシュライバーさんって……邪悪な化け物ですねー」

「いやいやモモンガさんも負けてませんって。ちょー邪悪でヤバイ気配ビンビンじゃないですかぁ」

 

そりゃあエンリとネムも怖がるわけだ。

奇しくも二人は同じ事を考えていた。そしていまだにお互いの姿にビクつきながらも軽く笑ってみせる。

 

「念入りにNPC達を風呂場から遠ざけておいてよかったですねモモンガさん。多分さっきの騒ぎ外まで聞こえてましたよ」

「セバスとかがスゴイ血相で押し入ってきそうですよね。そうなってたら今の状態じゃあ誤魔化しきる事はできなかったろうなぁ」

 

わかるわかる!と相槌をうつクーゲルシュライバー。

そしてそれをみるモモンガの間に、久しく感じていなかったように思える人間的な和やかな雰囲気が流れる。

そんな時だった。

 

――マナー知らずに風呂に入る資格はない!これは誅殺である!!

 

どこかで聞いたことのある声とともに、湯を吐き出していた精巧なライオンの像が動き出した。

モモンガとクーゲルシュライバーが顔を見合わせ、そして同時に叫んだ。

 

「「るし★ふぁーさん!?」」

 

わかりやすく敵意を示す赤い光を目から放つライオンのゴーレムが重々しい足取りで二人へと向かってくる。

一時期、一部のギルドメンバーが変なギミックを作るのにはまっていた事があった。その時期に最も精力的に動いていたのが二人がその名を呼んだ「るし★ふぁー」という男だった。

優秀なゴーレムクラフターだった彼はアインズ・ウール・ゴウン一のトラブルメイカーだ。モモンガでさえそのあまりの問題児ぶりに「あまり好きになれない」と評するほどの人物なのである。

その男の声とともに動き出したライオン型ゴーレム。この手口。まちがいなく下手人は彼だった。

 

「モモンガさん、下って!」

 

モモンガを庇うように浴槽から勢い良く飛び出たクーゲルシュライバーが首切り鉈めいた前肢を突進してきたゴーレムに連続して振るう。

白い湯気が繰り出された複数の斬撃によって滅茶苦茶に切り刻まれていく向うで、ゴーレムが体のあちらこちらから大きな火花を散らしながら数メートル後方へと吹き飛ばされていく。

まるで削岩機のような凄まじい連撃だ。

事実この攻撃は岩どころかアダマンタイトの塊ですら容易く削り取るだけの威力があったのだが、放った張本人であるクーゲルシュライバーは前肢に残る感触に顔を顰めていた。

 

「なんだコイツめっっっちゃくちゃ硬い!普通の素材じゃないですよこれ!あの野郎何をちょろまかしてくれたんだ!?」

「クーゲルシュライバーさん射線を下さい!死ねや!ゴーレムクラフトのくず野郎!!」

 

クーゲルシュライバーが即座にモモンガとゴーレムを結ぶ直線から退避すると、今まで彼がいた場所をモモンガが放った第十位階の攻撃魔法が凶悪な魔力を迸らせながら通過していった。

その刹那、浴場が猛烈な光によって白く塗りつぶされた。

 間髪容れず、その白い闇を切り裂くように漆黒のクーゲルシュライバーが二刀の爪を振り上げ魔法による暴虐の渦中へと疾駆する。

 

「やっちまえぇぇー!」

「その首貰ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

普段のモモンガらしくない言葉を背にクーゲルシュライバーは走る。奔る。疾る。

突発的な戦闘にもかかわらず、更に言えば精神作用無効化が解除されている状態なのに上手く連携して戦えている自分達に満足しながら、この世界に来て初めての緊張感溢れる戦いに没頭していった。

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁ……おぉぉぉぉぉぅ……ぬぅぅぅぅぅん」

「……おっさんぽいですよクーゲルシュライバーさん」

 

ジャングル風呂に肩まで浸かったクーゲルシュライバーが奇妙な唸り声をあげるその隣で、モモンガもまた肩まで体を湯に浸していた。

彼らの入っている浴槽を取り巻く精巧な出来のジャングルの茂みには物言わぬ金属の塊となったライオン型ゴーレムの一部が見え隠れしている。

 

「だってさぁモモンガさん。ようやく、ようやくですよ?ようやくゆっくりと風呂に入れるんだからこんな声も出ますって」

「……確かにただ風呂に入るだけなのに、そこまでの道のりが異様に険しかったからなぁ」

「でしょ?体の埃を落すついでにリラックスするつもりで来たのに、なんか精神的に疲れちゃいましたよ」

「後でこの手のギミックについて調査しておかないと危ないですよね……」

「フレンドリィファイア解禁されてますしね。今回のアレだって、プレアデス程度のレベルだと多分やられてましたよ」

 

クーゲルシュライバーが言葉を発するたびに湯の中から巨大な牙が浮上している。

果たしてあの行為は会話するのに必須なのだろうか?モモンガは疑問に思って聞いてみることにした。

必要ないなら止めてほしいのだ。浮上するたびに湯が波立って眼窩に湯が入ってくるから。

 

「あの、話すたびに牙をお湯の中から出すのにはなにか理由でもあるんですか?」

「んんー?あぁこれ?潜望鏡みたいでちょっと恥ずかしいんですけど、ちゃんと理由はありますよ」

 

潜望鏡ってなんだ?

潜水艦が海の上を見るときに使う設備であることはモモンガも知っているが、なぜそれが恥ずかしいのか皆目見当がつかなかった。

新たに増えた疑問に首を傾げるモモンガに気付く様子もなく、クーゲルシュライバーはぼんやりとした口調で説明する。

 

「ほら、私のこの人の部分って眼と糸疣が変形して人型っぽくなってるものじゃないですか」

「え、そうだったんですか?」

「設定的にはそうなんです。指輪と首輪を装備可能にするとこういう形になるんですよ」

「あぁ、元々アトラク=ナクアって指も首もないから装備できないんですよね。なるほど、拡張するとそういう風になるんですか」

「なるのです。そんなわけで人型の部分には口がないわけですよ。だから喋るときはこうして」

 

クーゲルシュライバーが水中から突き出している牙をを大きく広げてみせる。

すると牙の付け根になにやらモゴモゴと蠢く切れ目を見つけることができた。

その切れ目の中には小型の鮫のような細かく鋭い歯がズラリと並んでいた。

 

「口を水中からださないと喋れないってわけです」

「ははぁー……なんだか妙に現実的なんですね。私なんかどうやって喋っているのか全くわからないのに」

「私だっていまいち理屈がわからないんですよねぇ。だって口から空気が出ているわけでもないんですよ?」

「うーむ、謎ですね」

「なぞですねぇー……」

 

風呂に入っているせいなのかモモンガとクーゲルシュライバーの口調はひどく間延びしている。

実際のところは湯に浸かるという行為による心地よさを二人は然程感じていなかった。

 ジワジワと温かさが染み入ってくるような感触があるものの人間の時のような心地よさは感じられないのはモモンガもクーゲルシュライバーも一緒だった。

では二人のこのだらけた姿は演技かというとそうではない。

精神作用無効化が効果を発揮していない今の二人は人間だった頃に非常に近い精神状態になっている。

その人間の精神が豪華な風呂に入っているという状況を大いに楽しんでいるのだ。

 

「そういえばモモンガさん、この後どうします?なんか玉座の間にNPC達集めてるみたいですけど」

「う、もう仕事の話ですか?……まぁいいか」

 

モモンガは一回頭まで湯に沈めるとわざとらしく口でプハッと音を立てて上半身を湯の上まで浮上させた。

 

「とりあえず今回勝手な行動を取ったことを形だけでも謝っておきます。その後はこれからの大目的についてとクーゲルシュライバーさんの帰還についてですね」

「こないだ話し合ったアレですか?」

「ええ。せっかくの機会ですからまとめてやっちゃいましょう。あまり頻繁に集合をかけるのは仕事熱心なNPC達に悪いですし」

 

NPC達の仕事を邪魔しないようにと配慮するモモンガの言葉を聞いてクーゲルシュライバーはもっともだと頷いてみせる。

主要なNPC達を集合させるという事は防衛網が薄くなり、所によっては穴が生じさせる事になるだろう。

そういった防衛上の隙はなるべく作らないに越したことはない。

 

「なら、ちょっとこの機会にやりたい事があるんですけど」

「ん?なんでしょうか?」

 

何でも言ってくださいとばかりに軽い口調で聞き返してくるモモンガにクーゲルシュライバーは擬頭の頬を掻きながら話しはじめる。

 

「NPC達と生活している中で分かったんですけど、あいつら私達の事を至高の御方とか言ってるわりにナザリックの外で私達が何をしていたのか知らないみたいなんですよ」

「そうなんですか?それは……意外じゃないか。拠点に配置しているNPCは外へは連れて行くことはできませんし、ナザリック外での活動について知らないのは当然か」

「それでなんですけど、NPC達に私が所持しているナザリック外での活動を記録した動画をみせてやりたいんです。きっとあいつら喜ぶと思うんですよ」

「クーゲルシュライバーさん……」

 

それ、あなたが自作の動画を披露したいだけなんじゃ?モモンガは喉元までこみ上げてきていた言葉を飲み込んだ。

クーゲルシュライバーの言葉には続きがありそうな気配がしたからだ。

 

「初日にアルベドが言ってましたけどNPC達は皆ギルメンに会いたい気持ちで一杯らしいじゃないですか。それこそ私なんかと会っただけで階層守護者達が咽び泣く程に」

 

そんなあいつらの寂しさを和らげてやりたいと思って……。

恥ずかしそうにそう言うクーゲルシュライバーにモモンガはギルドメンバー達が去っていったあの悲しみと寂しさを思う。

あの胸を締め付ける想いをNPC達も感じているとするならば、同じ苦しみを嫌という程思い知っているモモンガとしてはそれを捨て置くわけにはいかなかった。

 

「いいでしょう。やりましょうよ上映会!」

 

親指を立て、片方の眼窩に宿る光を消したモモンガが明るい声でOKを出した。

それはウィンクのつもりなのかと思いつつもクーゲルシュライバーは諸手をあげて喜んだ。

 

「よっしゃあー!ありがとうモモンガさん!実はもう何を上映するかは決まってるんですよ!」

 

楽しい気分がどんどんエスカレートしていくという普段ではありえない感情の動きに精神を翻弄されながらも、クーゲルシュライバーはこれでNPCの忠誠心さらに上昇待ったなしだ!と内心ほくそ笑んでいた。

そんな実利を勘定して提案しているクーゲルシュルライバーの心に気付く事無く、モモンガは残された者達の悲しみを慰めようとする心優しい友人が隣に居ることに感謝していた。

 

「どんなのを見せるんですか?」

 

まるで映画館前の子供のような純粋さで問いかけるモモンガに対して、クーゲルシュライバーは表情のない顔で確かにニヤリと笑ってみせると仰々しくその名を告げた。

 

「その名も『決戦!アインズ・ウール・ゴウンVSワールドエネミー ――世界が滅亡する日――』です!」

 




文字数でアバウトに区切って投稿しているからどうもスッキリしない回ができてしまいますね。
モチベーションとの兼ね合いもあるし、痛し痒しでございます。

ニグンちゃんのその後やカルネ村のその後とか特殊個体レンスパイダーの事とかエントマちゃんとのプレイとか色々書きたいんだけど……ぐぬぬぬ。

モモンガ様とボールペンが入ったお風呂、骨と甲殻類で良いダシとれてそうですよね。海鮮ジンコツラーメンとかそんなん作れそう。
至高のダシ汁とか命名して部下達にあげたら喜ばれるかしら?

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