オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

20 / 36
流石に長すぎるので途中で分割。後編はもうちょっとかかるかなー。


20話

モモンガの自室には絢爛豪華な調度品の数々が置かれ、豪華な真紅の絨毯が敷かれている。

静寂に満ちたその広い室内には、普段控えているメイドの姿は見当たらない。

 彼女達はこの後に予定されるナザリックにおいて前代未聞のイベントに備え、第九階層で働く他のメイド達とともに第六階層へと移動している。

現在部屋に居るのは体からほのかに湯気を上げるモモンガとクーゲルシュライバー、そして書類を手にしたアルベド、剣を構え静止するデスナイトだけだ。

部屋に満ちる静寂を乱さぬよう、穏やかで甘く蕩けるような声でアルベドが話し出す。

 

「ご報告させて頂きます。あの村近郊で捕獲したスレイン法国の陽光聖典指揮官は指示通り第二階層のイビルウェブ・ブリッジに送り込んでおります。これからの情報の収集は特別情報収集官と特殊観察官が共同で行う手筈となっております」

「ニューロニストとミュルアニスならば問題はないだろう。ただ、死体は私とクーゲルシュライバーがそれぞれ実験に使用するというのは知っているのかな?」

「承知しております。次にクーゲルシュライバー様が召喚した眷属についてですが、特殊個体を除く全てのレン・スパイダーの消滅を確認いたしました。仰っていた通りの時間でしたので、恐らくは召喚時間が超過したのが原因と思われます。残った特殊個体は現在アウラが使役する魔獣による監視のもと、第六階層の樹海でクーゲルシュライバー様の指示通りその場での待機を維持しております」

「そうか。ひとまずは安心といったところだな?」

 

モモンガは肩の力を抜きながら、隣にいるクーゲルシュライバーに軽い調子で声をかけた。

報告の邪魔しないようにと沈黙を保っていたクーゲルシュライバーは、モモンガに軽く頷いてみせると顎をしゃくってアルベドに続きを促した。

 

「次に騎士の格好をした者達から剥ぎ取った装備品は只今調査中ですが、大した魔法はかかっていないという報告が上がっています。調査結果次第でアイテムは宝物殿に送ることになると思われます」

「……まぁそれが妥当だな」

「最後になりますが、あの村への警戒と警備という観点から、影の悪魔を二体送り込んでいます。報告によれば今のところ、村内部に目立った動きはないとのことですが、ネムという人間が、クーゲルシュライバー様の抜け殻の傍で長時間にわたって祈りを捧げているようです」

 

「……なに?あんな事があった後だというのにか?それに子供がこんな時間まで起きているだと?」

 

おもわず、といった風に口を出したクーゲルシュライバーはショックを受けていた。

陽光聖典との戦闘前に、そのまま村に置いておくことの出来ないデスウェブを渋々ながら消滅させると、クーゲルシュライバーはかわりに自身の抜け殻である《ジャイアント・スパイダーの抜け殻》を村の外縁部に設置していた。

設置後にクーゲルシュライバーが加えた一撃により抜け殻は素材として使用出来ないほどに破損しており、何も知らない村人達からすれば何者かによって殺されてしまったデスウェブの死体のように見えた事だろう。

その考えを後押しするように、アインズ・ウール・ゴウンとして村に帰還したモモンガは沈痛な口調で、デスウェブは村を守るために戦い勇戦の果てにその命を散らしたのだと説明していた。

 

(殺せば死ぬ存在だという事をアピールしつつ、美談ぽくして村人達のデスウェブ崇拝を軟着陸させる。同時に外側だけでも村に置いて傷心のネムの慰めにしようと思ったんだが……逆効果だったか)

 

前者はともかく、後者は間違いなくミスだった。クーゲルシュライバーはアルベドの報告を聞いて自らの愚かさを呪った。

残してきた抜け殻はネムにとっては命の恩人の死体だ。それがどうして彼女の慰めになるとあの時の自分は思ったのか。

あの時は直感的にそれであってると思ったんだ、心に浮かんだ子供じみた言い訳をかき消しクーゲルシュライバーは苦悩する。

両親を殺され、慕っていた命の恩人までも失ったネムの心境を思うと慙愧の念に堪えなかった。

 

(あとでフォローいれとかなきゃ)

 

静かに決意するクーゲルシュライバーの沈黙に、なにかを察したアルベドが柔らかく微笑んで話し出す。

 

「ご心配にはおよびません。既にネムの姉が回収し住居へと戻っているとのことです」

「……そうか。それを聞いて安心したぞ」

 

クーゲルシュライバーのその言葉に、アルベドの翼が微かに震えた。

そんな小さな変化をモモンガは偶然にも目撃してしまった。

アルベドは変わらず柔らかい笑みを美しい顔に浮かべていたが、その動きに含まれた彼女の感情について思い当たってしまったモモンガは即座に先を促した。

 

「それで報告は終わりかな、アルベド?」

「報告は以上でございます。ですが、質問が一点。ガゼフ・ストロノーフに関してはどういった処分を?」

「戦士長に関してはひとまず置いておく。それよりもあの村は唯一の足がかりであり、友好関係の構築に成功した場所だ。不仲になるような事は極力避けろ。わかったな?」

「畏まりました。その件は徹底させます。ではこれで簡単になりますが終了とさせていただきます」

 

モモンガがご苦労様と言うのを聞いて、クーゲルシュライバーは幸せそうに左手の薬指に嵌めた指輪をさするアルベドに声をかける。

 

「それで会場の準備は完了したのか?」

「現在指示通り至高の御方々が創造された者達を中心に、第六階層円形劇場(アンフィテアトルム)に収容している最中です」

「よろしい。それでは後もうすこしだな」

 

クーゲルシュライバーが楽しみでならないといった風に触肢を小刻みに動かしていると、突然、金属音が響く。

発生源を見てみればそこにはロングソードが転がっていた。持たせていたデスナイトの姿は何処にもない。

このデスナイトはモモンガが風呂上りに召喚したものだった。トブの大森林で作成したデスナイトは今も存在し続けている。

 

「……装備品が関係しているわけではないのか。となるとやはり死体を基礎にすると世界との結びつきが強いせいなのか、時間超過による帰還が発生しないというわけか?大量の死体があれば、ナザリックの強化に使えるな」

「では死体を大量に集めましょうか?」

「……あの村の墓地を掘り返すなどの行為はさけるぞ」

 

やばい。

モモンガの言葉にクーゲルシュライバーが内心冷や汗を流す。

なにせ先ほど話題に話題に上がった特殊個体のレン・スパイダーはカルネ村の墓地を掘り起こして作り出したモンスターだからだ。

召喚に際し基礎となった死体は大きく破損してしまったが、残った部分は丁重に元の墓穴に戻して土をかけた。

その行為には死者への一定の敬意が存在していたが、クーゲルシュライバーが墓荒らしという人間の倫理的にもモモンガ的にもアウトな行為をしてしまった事には変わりはない。

新しい墓だから土を掘り返してもばれる可能性は低いと思われるがクーゲルシュライバーの内心は穏やかではなかった。

 

「承知しております。ただ、新鮮な死体を得る手段は立案しておいたほうがよろしいかと。さて、デスナイトが消えたという事はそろそろ会場の準備が完了した頃でしょう。円形劇場(アンフィテアトルム)にはセバスとともにお越しください。私は先に向かわせていただきます」

「そうか、ではアルベド。後にまた会おう」

「皆がソワソワしていたとしてもあまり叱ってやるなよ?それは私達の望むところではないからな」

 

アルベドはモモンガとクーゲルシュライバーに静かに一礼すると部屋から退出していった。

 

 

 

 

 

 

アウラとマーレの双子のダークエルフが守護する階層、ナザリック地下大墳墓第六階層。

広大な森林と本物と見間違うほどの空が広がるこの階層にそれはあった。

長径188メートル、短径156メートルの楕円形で、高さは48メートル。何層にも客席が中央の空間を取り囲むように配置されたその姿は古代ローマ帝国の円形闘技場そのものだ。

この場所の名は円形劇場(アンフィテアトルム)

本来ならは物言わぬゴーレムが客席を埋め尽くしているこの場所だが、今日は様子が違った。

まず、ゴーレム達がいない。そしてその代わりに客席は至高の存在により生み出された者達が整然と並んでいた。

彼らが取り囲む中央の空間には巨大な四面スクリーンが浮遊している。

その純白の平面を客席に配置された者達は夢見るような表情で見つめていた。

それは貴賓席に座る各階層守護者たちも同じだった。

 

「ほ、本当に僕達ここに座ってもいいんでしょうか?」

 

チラチラとスクリーンを気にしながらも居心地悪そうに椅子から腰を浮かせたり降ろしたりを繰り返すマーレが、右隣で落ち着いた様子で椅子に腰掛けているデミウルゴスに問いかけた。

 

「もちろんだとも。本来この貴賓席は至高の御方々が使用する場所。しかしモモンガ様とクーゲルシュライバー様が此処に座るよう命じられた以上は何も不安に思う事はないんだよ、マーレ」

「そうそう。むしろそんな態度じゃお二人に対して失礼になるんじゃない?」

「う、うん……」

 

左隣に座った姉であるアウラにも言われてようやくマーレは貴賓席に腰を落ち着かせた。

 

「シカシ……マサカ、コノヨウナ日ガ来ヨウトハナ。コノ席ニ我々ガ座ッテイルコトモソウダガ……」

 

アウラの隣に座ったコキュートスが口器から冷気を鋭く吐き出しながら言う。

4本ある腕の手が落ち着きなく開いたり閉じたりをしている。

そんなコキュートスの言葉を隣のシャルティアが引き継ぐ。

 

「長らく謎でありんした至高の御方々がナザリックの外でなされたご活動の数々……その一部が開帳される時が来るだなんて、まるで夢のようでありんすぇ」

 

重ねた両手を異様に盛り上がった胸に添えて、言葉どおり夢見るように瞳を閉じた状態でシャルティアは恍惚と呟いた。

 

「そう。今までは各個人が至高の御方々の会話を偶然漏れ聞く形で、その偉大なる活躍の一端を知る事がほとんどだった。至高の御方が自ら我々にナザリック外の出来事について知らせるというのは前代未聞。異例の出来事と言えるね」

「あ、あの。デ、デミウルゴスさん。なんでモモンガ様とクーゲルシュライバー様は、今になって僕達に至高の冒険についてお教えくださるんでしょうか?」

「ソレハ私モキニナッテイタ。ナニカ深淵ナルオ考エガアルノダロウガ……」

 

マーレの問いはこの場に居る階層守護者、そればかりか集められたナザリックのシモベ達全員が感じている疑問でもあった。

ナザリック随一の頭脳を持つデミウルゴスにマーレとコキュートスだけでなく、アウラとシャルティアの視線が集まる。

そんな期待の眼差しを一身に受けたデミウルゴスは口元に微笑みを浮かべると肩を竦めた。

 

「今の段階ではモモンガ様とクーゲルシュライバー様の狙いについて断言することは不可能だね。思い浮かぶ理由が多すぎる。ただ……」

「ただ?ただ何でありんすデミウルゴス」

「ただ、今回の至高の御方々自らのご出陣。外で起こった何かが、長らく続いたナザリックの不文律を破る原因となっているのは間違いないだろうね」

 

 デミウルゴスの言葉に階層守護者達は押し黙ってナザリックの外で起こったという何かについて想いをはせる。

その想いはそれぞれ微妙に違ったものだが、自分もついていきたかったという気持ちだけは全員一致していた。

至高の御方自らが動かねばならない程の事態に際し、供となり至高なるその身を守ることが出来ないのは守護者という地位にある者としては口惜しい限りだった。

 

「まったく。儀礼としての形を取らずともいいとのご命令を受けたとはいえ、すこし浮かれすぎじゃないかしら?」

 

突然、デミウルゴスの右隣にあった空席に姿を現したアルベドに彼女以外の階層守護者の視線が集まる。

特にシャルティア、コキュートス、アウラの視線は強烈だ。

シャルティアにいたっては見開かれた両目が激しく血走っており、今にもアルベドに襲い掛かりそうな有様だった。

 

「ア、アア、アル、ベド?そそそ、その指輪はッ……?」

「……転移が制限されたこのナザリックで、私がこうしてこの場に転移した事から答えはわかりきっているのではなくて?」

 

優越感の滲み出た微笑みを湛えたアルベドが、シャルティアに自身の左手を見せ付けた。

その薬指には、偉大なるサインを宿した赤い宝石を嵌めこんだ指輪が燦然と輝いていた。

 

「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン!!ななななんでアルベドがその指輪を!?」

「モモンガ様に頂いたの。アルベドには必要なものだと、ね」

「も、ももんがさまに……」

 

呆然と呟くシャルティアがブルブルと体を震わせながら椅子から立ち上がる。

 そしてそのままアルベドへと歩き出そうとしたところで、デミウルゴスが待ったをかけた。

 

「そこまでだ、シャルティア。アルベドが来たという事は直にモモンガ様とクーゲルシュライバー様がいらっしゃるという事。そろそろ至高なる御方々をお迎えするに相応しい姿勢を整えるべきだ。そうだろう?」

「むっ、ぐっ、ぐぐ!……ぅぅぅぅぅぅぅ」

 

デミウルゴスの言うとおりだ。

シャルティアは半べそをかきながらも、スカートを力一杯握り締めて自分に宛がわれた席へと腰を下ろした。

あとで絶対問い詰めてやる。そう決意しながら。

 

「まったく。あの二人はしょうもないんだから」

 

微笑みを絶やさないアルベドと、うつむき加減で涙目になっているシャルティアを眺めアウラが呆れたように呟く。

その隣で左手を右手で覆い隠したマーレが、彼らしくない溌剌として元気の良い声を響かせる。

 

「そ、それにしても、至高の御方々のご活躍……楽しみだよねっ!」

 

思いのほか大きく響き渡ったその声に、円形劇場(アンフィテアトルム)に集まった者達全員が同意した。

 

 

 

 

 

 

「まずは私達が勝手に行動したことを皆に詫びよう」

 

円形劇場(アンフィテアトルム)の貴賓席、階層守護者達が座る席の後ろに設営された高台の上に鎮座する玉座から、モモンガは全く悪いと思っていない声で陳謝する。

モモンガが座っている玉座の隣に据え付けられた特製の巨大椅子に乗ったクーゲルシュライバーも、謝罪の気持ちがこれっぽっちも感じられない態度でふんぞり返っている。

最高指導者である二人が勝手に動いたことを、部下達を信用していないが故の行動だと受け取られないがための形式上の謝罪だった。

 

「外で何があったかについては後でアルベドに聞くように。次に、既に皆も知っているだろうが、我らがナザリックにとって非常に喜ばしい事があった」

 

手に持ったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがカツンと硬質な音を立てて突き立てられると、モモンガは玉座から立ち上がり杖を持っていない手をクーゲルシュライバーへ伸ばした。

 

「先日ナザリックへと帰還したものの、忌まわしき封印を打ち破った反動により床に臥せっていた我が莫逆の友、クーゲルシュライバーの体調が回復した。……クーゲルシュライバー」

 

 名前を呼ばれたクーゲルシュライバーは己の肢でしっかりと立ち上がると、自身を仰ぎ見るNPC達に対して右の擬腕を掲げてみせた。

たったそれだけの動作で、客席からは割れんばかりの歓声が上がる。

クーゲルシュライバーは高揚感と同時に激しい緊張を感じながらも、歓喜に沸き立つ客席をゆっくりと見渡していく。

そこにはアルベドが言ったとおり、ほぼ全てのNPCが揃っていた。

その光景、正に百鬼夜行。

NPCだけではなく各階層から厳選されたであろうシモベも含んだ多種多様な種族の群れは正に圧巻というべきだろう。

だがそんな光景を見ても、クーゲルシュライバーは思っていたより少ないな、などと考えていた。

自分が作り上げた作品を見る存在は、多ければ多いほどよい。特にそれがナザリックに属する者であればだ。

もっと席を詰めれば大勢収容できたのではないだろうかと不満に思うクーゲルシュライバーだったが、あの優秀なアルベドがこの程度の数に抑えたのには何かしらの、例えば防衛上の理由などがあるからだろうとひとまず満足する事にした。

クーゲルシュライバーは掲げていた擬腕を降ろすと一歩前に出て胸を張る。

歓声がピタリと止んで巨大な円形劇場(アンフィテアトルム)が静寂に包まれた。復活を果たした偉大なる存在の言葉を聞き逃さないように。

 

「……まず最初に。私を迎える皆の声に、私は今猛烈に感動している。」

 

 クーゲルシュライバーは言葉を一旦切って周囲を見渡すが、客席からの反応はない。

大海原で一人きりになったような孤独感を錯覚するクーゲルシュライバーだったが、精一杯自分を励まし用意していた次の言葉を紡ぐ。

 

「私がこうしてこの場に立っているのは、長きに渡る不在にも拘らず変わらぬ忠義でもって迎えてくれた皆と、我々アインズ・ウール・ゴウンの不朽の絆を信じ孤独の日々を戦い抜いてきたモモンガの力あっての事である。もしも永劫の闇に囚われた私を呼ぶモモンガの声がなければ。もしも長く帰らぬ私を皆が忘れ去っていたのなら。私はきっとこの場にはいなかった事だろう」

 

この言葉に嘘はなかった。モモンガからのメールが無ければ、そしてNPC達が自分を仕えるべき主人と認識していなかったら。

自分は今こうしてナザリックの支配者の一人として君臨する事は無かっただろう。

現実の世界で生きていた人間としては、あまりにも奇妙な自身の運命を想いクーゲルシュライバーが天を仰ぐ。

 

その姿にNPC達はクーゲルシュライバーが囚われていたという永劫の闇での計り知れぬ苦難を思い起こしているのだと察していた。

 

「私の帰還は正に奇跡と呼べるものだ。しかし……かつて私が気にも留めていなかった皆の忠誠心が、金剛石よりも強固であり太陽よりも燦然と光り輝くものであると知った今ならば。この奇跡は必然だったと断言できる。

なぜならば、私がここに立つ為に必要だった要素、その全ては!既にこのナザリックに揃っていたのだ!我々アインズ・ウール・ゴウンの絆と、我らに連なる全ての者達との絆は!その栄光の輝きは!決して朽ちることの無い至高の存在だったのだから!」

 

アインズ・ウール・ゴウンとしてユグドラシルで過ごした日々はクーゲルシュライバーにとって非常に充実したものだと言っても良い。

自分が作り上げた動画の数を思い出せば、どれだけユグドラシルに、そしてアインズ・ウール・ゴウンに入れ込んでいたのかは容易に自覚できる。

クーゲルシュライバーはアインズ・ウール・ゴウンが大好きだったのだ。

だからこそ、モモンガからメールが来た時にそれを断るなどという選択肢は存在していなかったのである。

であるならば、モモンガと共にこうして謎の現象に巻き込まれるのは必然だと言えた。

 

そうした考えのもと、力強く放たれたクーゲルシュライバーの言葉にシモベ達が沸き立つ。

恐れ多くも至高の存在であるクーゲルシュライバー様は、我々シモベとの間にも絆があると仰るだけではなく、その絆は至高の御方々を結ぶものと同等の、至高の絆だと仰ったのだ!

この言葉に、貴賓席で跪きながらクーゲルシュライバーの言葉を聞いていた階層守護者達は激しくうねる感情を抑え切れなかった。

シャルティアやアウラ、マーレは言うに及ばず、デミウルゴスやアルベドまでもが涙を流し、ハンカチを湿らせている。

ただ一人涙を流すことの出来ないコキュートスは、そんな同僚達の姿に微かな羨望を感じながらも全身を駆け巡る感動に身を震わせていた。

至高の御方々が一人、また一人とナザリックを離れていく中、悲しみと絶望感に心を蝕まれながらもこうする事しか知らぬとばかりに全身全霊をかけて忠義を捧げてきた。その忠義が無意味ではなかったと。あの凍えるような日々が無駄ではなかったのだと。他ならぬ至高の御方が断言してくださったのだ。

全てのシモベ達が、押し寄せる波のように蘇えってくる悲しみの日々の記憶が、それよりも更に大きな歓喜の大波となって自身の精神を喜びの大渦へと引きずり込んでいくのを感じていた。

 

「愚かにもこうしてナザリックに帰還してからそれに気付いた私を許して欲しい。そして願わくば、この私の失態を許そうという者は我が声に応えてもらいたい」

 

先ほどまでと一転し、染み入るような静かな声でクーゲルシュライバーが望みを口にする。

胸に握った拳をそえ、やや俯くようなその姿は自分自身を責める者のそれだった。

 

――どうか、そのようにご自身を責めないでほしい。

――たとえ想いが通じなくとも、私達は至高の御方々に忠義を捧げることができるだけで幸せだったのです。

――ずっと一方通行でも構わない。だから貴方様が心を痛める必要なんてないのです。

 

この場にいる至高の41人に忠誠を誓う全ての者が、締め付ける切なさを胸にクーゲルシュライバーを仰いでいた。

 

「長らく通じ合わなかった我らの絆を、この時より真の意味で輝かせようと望む者は声高らかに叫ぶのだ。それは私と皆の間に存在する主従の関係を、再度結びなおす契約の言葉となるだろう」

 

客席から息を飲む音が幾つも発せられた。その短い音の後ろに涙に咽ぶ声も混じる。

しかしながら、それらには悲しみなどの負の感情は全く感じられなかった。

そこに含まれているものは唯一つ。天を突かんがばかりの歓喜だけだ。

一方的に捧げるだけで幸せだった忠誠に、至高の御方が応えようとしていると知って。

 

「絆が繋ぐ希望の未来へ向けて……今ここに、私は万感の想いを込めて叫ぼう」

 

クーゲルシュライバーが両手を広げ天を仰いだ。客席から聞こえていた音が消えうせ、場に静寂が満ちた。

だが、その静寂は荒れ狂う膨大な熱を孕んでいた。

 今にも静寂の帳を引き裂きあふれ出しそうになっているそれが、クーゲルシュライバーの声と共に解放された。

 

「ただいま、ナザリック!私は帰ってきたっ!!」

 

――おかえりなさいませ!クーゲルシュライバー様!!

 

例外なく全てのシモベがそう応えた直後、万雷の拍手と嵐のような歓声が円形劇場に響き渡った。

あまりにも膨大な数の言葉が混ざり合い歓声とも騒音ともつかぬ音の暴力。

その力の強大さは、そのままシモベ達の忠誠心の強さを表している。

そう判断してクーゲルシュライバーは今回のスピーチが成功したことを確信していた。

 

(緊張したぁ……うぅ、上手くいったのはいいけど、なんかすっげぇ罪悪感が……。)

 

クーゲルシュライバーからしてみれば、今回のスピーチは「今までありがとう!今後も俺と仲良くしてね!」程度の内容しかない。

それを態々長ったらしく、そして仰々しく語ってみせたのは、この世界に来た初日からクーゲルシュライバーの胸中に燻り続けていたNPC達への不信が原因だった。

彼らの忠誠は一体どこから来たものなのか?

その疑問が不安となり、クーゲルシュライバーに偉大なる支配者としての演技を迫るのだ。

さらなる忠誠心を引き出そうとする全ての言動の根底には、クーゲルシュライバーが語ったような絆や信頼などと程遠い感情である絶対的な不信が横たわっていた。

しかし――

 

(この様子を見ていると俺がとんでもないクズ野郎に思えてならない。NPC達は俺の言葉を信じて、あんなにも喜んでくれているのに)

 

クーゲルシュライバーの足元には純粋な感動に打ち震える者達がいた。

シャルティアが両の目元に手を添えて滝のような涙を流し泣いていた。

コキュートスは何処から取り出したのか、創造主である武人建御雷から授かった斬神刀皇を騎士の如く捧げている。

アウラは泣いた跡の残る顔に満面の笑顔を浮かべクーゲルシュライバーの名を呼んでいる。

マーレは泣きじゃくりながらも時折濡れた瞳を此方へ向けて頬を染めている。

デミウルゴスが直立不動で左胸に右拳をあて、宝石の瞳を見開きながら泣いていた。

そして、アルベドが思わず見とれてしまうような、とても悪魔だとは思えない純粋であどけない顔で笑っていた。

 

階層守護者達だけではない。客席に座る全てのNPC達が、その性質の善悪を問わずただ純粋に歓びを表現している。

そんなNPC達の純粋さを向けられるクーゲルシュライバーは、事此処に及んでもまだ彼らを信じきれずにいた。

通じ合わない彼我の心がどうしようもなく悲しくて情けなくて、クーゲルシュライバーは小さく呻き、そしてそれを悟られないよう声を張り上げた。

 

「ありがとう!ありがとうナザリック!ここに我らの主従の絆が結ばれた!より強く!より美しく!そして永遠に!」

 

あの忠義の塊を前に不信を抱き、利用しようとしている男が何を言う。

内心でそう吐き捨てたクーゲルシュライバーはこれでスピーチは終わりだという意思を込めてモモンガを見た。

嬉しそうにしきりに頷きながら事の次第を眺めていたモモンガと眼が合い、クーゲルシュライバーは巨大な心臓が跳ね上がるのを感じる。

おそらくはナザリックをこの世で一番愛しているだろう男から向けられた視線に、厚い信頼を感じ取ってしまったがゆえに。

 

(ごめんよモモンガさん。今はまだ、無理なんだ……)

 

どんな熱意にも原因はある。

人が持つことの出来る最も強い感情である愛ですら例外ではないのだ。

無償の愛など無く、永久の愛など存在し得ない。

その事をたった一度きりの経験ではあったが思い知らされた過去が、クーゲルシュライバーを拗ねた子供のような意気地無しにしていた。

 

玉座に座っていたモモンガが立ち上がり一歩前に出るのと同時にクーゲルシュライバーは自分の椅子へと体を乗せた。

 

「素晴らしい。我らが支配するナザリックが、より一層の輝きを放つのを目の当たりにした今日という日は実に良き日である」

 

 モモンガが散々風呂場で練習した両手を広げてみせる支配者のポーズを取りながら話しはじめる。

円形劇場を沸かしていた歓声は全ナザリックの頂点に立つ男の発言を邪魔しないように即座に消えうせた。

それでも隠し切れないどこか浮ついた雰囲気をモモンガは好意的に受け止めながら話を続ける。

 

「さて、そんな良き日にお前達に我々からプレゼントがある。中央のスクリーンを見るがよい」

 

モモンガの言葉に従い何百という数の視線が円形劇場の中央に浮かぶ巨大スクリーンに向けられる。

 

「思えば我々アインズ・ウール・ゴウンの活動についてお前達に話をしてやった事はなかったな。そのことをお前たちの忠義の程を知ったクーゲルシュライバーが哀れに思ったのが此度の上映会の発端だ」

 

モモンガの言葉に視線がクーゲルシュライバーへと集中する。

尊敬と感謝に満ち満ちた視線に、クーゲルシュライバーがたじろぎながらも手を上げて答えた。

モモンガはそれを確認してから再び口を開く。

 

「私もよい機会だと思いこうして実現するに至った。……今後のナザリックが掲げることになる大きな目標に対して理解を深めるには丁度よい、とな」

 

大きな目標。

その言葉にNPC達がざわめく。声を出した者は居ないが、僅かな身じろぎによる音が何百と集まった結果だ。

至高なる御方が掲げるナザリックの目標とは一体如何なるものか?

誰もが聞き逃さぬように真剣な表情でモモンガの次の言葉を待った。

 

「今後のナザリックは世界に打って出る事になる。それに際してお前達には学んでもらわねばならぬ事が幾つかある、のだが……まぁまずは見てもらったほうが早いだろう。クーゲルシュライバー」

 

世界に打って出る。学んでもらわねばならぬ事。

その二つの言葉が発する重大な雰囲気に、知能の高い低いの関係無しに全NPC達の表情がさらに真剣なものになる。

それに従って浮ついていた場の雰囲気が引き締まっていく。

そんな空気に苦笑いしながらも、モモンガに促されたクーゲルシュライバーが立ち上がり一歩前に出た。

 

「モモンガは学んでもらうと言ったが、緊張することは無い。素直に我々の活躍を楽しんでくれ。きっとそれだけで、忠義溢れるお前達は我々の望むことを学んでくれると信じている」

「うむ。クーゲルシュライバーの言うとおりだ。故に、上映中多少騒がしくしても構わぬ。我々の前であると萎縮せず、仲の良い者同士で楽しむがいい。無論、他の者の迷惑にならぬ程度にだがな」

 

――それでは上映を開始する。

クーゲルシュライバーの声と共に、円形劇場の各所に付与された永続光の魔法が一時的に不活性になった。

周囲が闇に沈み、僅かな光源は天上に広がる星空と炎を纏う等の自ら光を放っている者だけとなる。

そんな円形劇場の中央。

中空に浮かぶ巨大な四面スクリーンにクーゲルシュライバーがムービースクロールをかざした。

そしてそれと同時に、静かで神秘的な旋律が何処からとも流れ出した。

 

 

 

 

 

 

そこには闇が広がっていた。

何処までも続くように思える広大な闇の中には、微かな白い霧が渦を巻くように漂っている。

その渦の中心には楕円形の、見ようによっては植物の種子のような形状の純白の塊が存在している。

魔法によって映し出された映像にもかかわらず、その存在から感じる気配はまさに圧倒的だ。

理解が及ばないと言っても良いほどの力が内包されたそれに、誰もが、階層守護者達ですら、見事なものを見たというような呆然とした眼差しを向けることしか出来ない。

 

瞬間、その大いなる存在が爆発した。

 

目を焼くような白い閃光が闇を駆逐し、無限に思われた空間を白く塗りつぶしていく。

その現象の凄まじさ、これまた圧倒的。

抗うことなど不可能な巨大な力の奔流は何処までも続くように思われたが、徐々にその純粋なる白さを薄めていく。

そして全てを塗りつぶした白い闇が完全に取り払われた時。そこには誰もが息を飲むような光景が広がっていた。

 

星空、いや銀河、それとも宇宙全体?

何もかもが巨大すぎるスケールの、無数の色に輝く光で彩られた空間。

 ただそれだけで自らの矮小さを思い知らされる、孤独感さえ覚える美しい景色の中に、ナザリックのシモベ達は見た。

無数の輝きの中に根を下ろし、逞しい幹から無数の葉をつけた枝を伸ばす光り輝く大樹の姿を。

 

「なんという美しさだ……」

 

デミウルゴスが両目を見開いて嘆息する。

彼の言葉を聞いた誰もが静かに頷き同意した。

この光景を見て美しいと思わぬものなど世界に居るはずが無い……無条件にそう確信するほどに星々の世界に聳え立つ大樹の姿は素晴らしいものだった。

比較対象となるものが無いためどれ程の大きさなのか想像すらできないが、もしも大きさが1メートルでも100キロメートルでも、あの大樹が持つ偉大さと価値は微塵も揺るがないのは確かだろう。

 

「ユグドラシル……公式PV……」

「おっ……ばれた……なつか……ね」

 

背後から至高の御方であるモモンガとクーゲルシュライバーの会話が途切れ途切れではあるが聞こえてくる。

 耳敏く、その声を捉えたアルベドは公式PVとはなんなのかと疑問に思いながらも、会話に含まれていた重要な単語に電流が背筋を駆け上るような感覚を覚えていた。

 

「ユグドラシル……これが、世界樹ユグドラシルなのね」

「ナント!」

「あ、あれがユグドラシルなんですか……?」

 

アルベドの言葉にコキュートスが感嘆の声を上げ、マーレが自身の武器であるシャドウ・オブ・ユグドラシルを握り締める。

映像を見つめる全てのシモベがその偉容を見つめていた。

そして思うのだ。なんて偉大な存在なのだろうか、と。

至高の御方々が、そして自分達が生きる世界を支える存在の価値を低く見るような愚か者はいない。

しかしそれでも、自分達の創造主こそが最も偉大な存在だと信じ切っている彼らが、至高の41人以外に「偉大」という表現を使うのは尋常ではない。

それほどまでに、光り輝く世界樹の姿は衝撃的だったのだ。

 

視点が動く。

見る見るうちにその姿を巨大なものとしていくユグドラシル。

その枝に生い茂る葉の一枚一枚に異なる世界が存在しているのをシモベ達は見た。

暗黒が支配する世界。蒼い大海が広がる世界。陸地も海も存在しない空だけの世界。巨大な炎が燃え盛る世界。

多種多様な、ありとあらゆる可能性がユグドラシルの枝から生えていた。

そして知る。

数多の世界に存在する、途方も無い力を持つ者達を。

 

無限と思える魔力を自在に操る魔法使いがいた。

魂と契約を司る強大無比な悪魔がいた。

世界に蔓延る邪悪の悉くを切り伏せる聖騎士がいた。

大海を往く大海獣がいた。

天地開闢を行う神がいた。

拳の一撃で大陸をも砕く人間がいた。

一息で星を滅ぼす龍がいた。

 

気が遠くなるような力の持ち主が、夜空の星の如く存在していた。

あまりにも強大すぎる力の行使を目撃したシモベ達は戦慄を禁じえない。

それもそのはずだ。

つい今しがた目にした強者達の力は絶対的であり、ものによっては自らが信奉する至高の41人でも行えない、いや、行うのは困難だろう所業を成しているのである。

あの存在と戦えと命じられたのならば、自らの全てをかけて戦う事を厭わない。

だが、敗北は免れないだろう。

その認識は階層守護者達ですら例外ではなかった。

もしかすると、それは至高の御方々でも……。

一部のシモベがそう思ってしまうほどに、ユグドラシルの葉に宿る強者の力は凄まじかった。

 

 彼らはその絶大なる力を以て自身の住む世界を支配していた。

頂点に立つ者の心のありようによって、世界はその性質をかえる。

慈悲深きものが君臨する世界は平穏に、殺戮を好むものが君臨する世界は血と涙に染まる。

無限ともいえる可能性のまま、姿を変えながらも世界は其々の歴史を刻んでいく。

それが永遠に続いていくかのように思われた、その時だった。

 

無数に存在する緑と水に満ちた平穏な世界。

その一つが、唐突に滅び去った。

青く透き通った空が突然何かに抉られたかのように漆黒に染まり、緑の大地が底の見えぬ断崖を残して消失した。

 その世界の住人はなにが起こったのか理解できなかっただろう。

正体不明の大破壊はたった二度の、バリッという何かを裂くような音を立てただけでその世界の全てを消滅させてしまったのだから。

 

 一体何が起こったのか? 

シモベ達のその疑問に、クーゲルシュライバーが記録した映像はすぐさま答えを映し出した。

無数の世界()を支えるユグドラシルの枝に、輪郭を掴ませない黒い霧に覆われた何者かがいた。

巨大で細長いとしか理解できぬその何者かは、あろうことか世界そのものであるユグドラシルの葉を貪り食っていたのだ。

謎の影が頭部と思われる細長いからだの一端を葉に触れさせると、先ほど世界が滅んだ際に聞いた音と共に葉が齧り取られていく。

 バリバリという虫が植物を食むような音には、世界と、そして共に死んでいく者達の断末魔の悲鳴が重なっていた。

 

たった、数秒。

たった数秒で、一つの世界とそこに住む全ての存在が消えてなくなった。

 まるで現実味のない出来事だが、映像が伝えてくる情報はそれが実際に起こったものなのだと問答無用で納得させる説得力を持っていた。

 

「あ、れは……い、一体……」

 

あまりの緊張により唾も出なくなったのか、アルベドが彼女らしくも無い掠れた声で呟く。

至高の41人に創造されてからアルベドは一度たりともあのような存在を見たことがなかった。

きっと他の者も同じのはずだ。

世界という途方も無いスケールの存在を貪り食う怪物。

そんなものを誰が知っているというのだろうか?

 

恐れおののくアルベドの眼前では、例の怪物が次々に世界()を喰い散らかしていく姿が映っている。

葉を食い荒らされた影響だろう。生命力に満ち溢れ、輝きを放っていたユグドラシルが徐々にその美しさを衰えさせていく。

その速度はあまりにも急激で、このままではユグドラシルが枯死するのも時間の問題だろうと思われた。

何とかしなければ……そう思った時、未だ健在だった世界()から光と共に現れる者達がいた。

 

それは其々の世界の頂点に君臨する強者達だった。

姿も言葉も価値観さえも違う者達。

同じなのは世界を支配する程の力を持つというその一点だけの彼らが、この未曾有の大厄に立ち向かう為に世界の壁を突破して現れ出でた。

本来ならば互いに争う事になるであろう正反対の性質を持つ者達ですら、ただ静かに目配せをし頷く事で同じ方向を向いて武器を構える。

無数の世界の勇者達からなる強大なる連合が此処に結成されたのだ。

それはまさに神話の軍勢と言ってよい威容だった。

 

だが無数の強者に囲まれようと、災厄の根源たる黒い影は動じたそぶりをみせない。

ただ鎌首をもたげ、ギチギチと鋭く硬質な物体が擦れあう音を立てて連合を見るだけだ。

 

そして戦いが始まる。

連合を組んだ圧倒的強者達が次々とその力を発現させ災厄の影を打ち滅ぼさんと躍り出る。

 

天文学的な魔力を込められた大魔法が、契約を司る悪魔の呪いが、弱者を守る無敵の聖剣が、圧倒的質量から産まれる純粋な暴虐が、天地を乖離する神の御業が、大陸を割るほどに練られた気を纏う拳が、星をも滅ぼす龍の全力の息吹が。

其々が持つ最大級の攻撃が災厄の影へと殺到する。

その力の奔流は何者にも抗うことは出来ない必滅の運命。

運命ならば覆すことは出来ず、世界を喰らう怪物は光に飲まれ消滅する。

 

……そのはずなのに。

身を震わせた怪物の頭部から放たれた不気味な極彩色に輝く光線が、放たれた力の全てをいとも容易く押し返しながら連合の悉くを飲み込んだ。

怪物の放った攻撃の凄まじさはその余波だけで大量のユグドラシルの葉が枝から離れ散っていく事から容易に見て取れる。

あぁ、また多くの世界が消えていく。

怪物が放った光線がやがて収縮し、糸のようになって消えうせると、そこには連合の姿は無かった。

全滅だ。

 あの強大な存在があれほど集まっていたのにも拘らず、ただの一撃で滅ぼされた。

最強とは至高の41人を指す言葉。心底そう信じていても、その力の強大さを認めざるを得ない強者からなる一軍が一瞬で全滅する様をシモベ達は信じられないモノを見るかのように見つめていた。

 

一体、あれはなんだ?

もう何度繰り返したか分からない問いをまた繰り返す。

世界を喰らい、数多の勇者達の猛攻も歯牙にもかけぬ、ユグドラシルを滅びへと導くあの怪物は一体なんなのだ?

ナザリックのシモベ達はハラハラと舞い落ちるユグドラシルの木の葉吹雪を見ながら、答えの出ない問いを繰り返す。

 

おちていく世界()がやがて光と変わり、ほのかな燐光を残し何処かへと消えていく。

後に残るのは次々と葉を落としその身を蝕まれていくユグドラシルと、その根元にとぐろを巻いて鎮座する黒くぼやけた怪物のみ。

何処からとも無く黒い霧が現れ、最後に残ったその景色すら闇へと沈んでいく。

それはあたかも蝕まれ衰えていくユグドラシルの運命を暗示するかのような光景だった。

そして、全てが闇に沈んだ。

 

だが、その絶望の闇に一筋の光が奔った。

その光は複雑に空中を走り回り、重厚かつ優美さを感じさせる文字を形作る。

 

――《Yggdrasil》と。

 

円形劇場に流れる曲が悲壮感を煽るものから一転し、勇猛かつ雄大なものへと変わる。

再び光が奔る。

今度の光も文字を形作った。

大きな《Yggdrasil》という文字の下に、何らかの獣の毛で作った筆で書いたのだろう荒々しい文字が浮かぶ。

 

     決戦!

アインズ・ウール・ゴウン

     VS

  ワールドエネミー

 

――世界が滅亡する日――

 

……と。

 

 

そんな文字の後ろに、至高の41人を示す偉大なるサインが燃え広がるように描かれていく。

サインから漏れ出る黄金の光が、衝撃的な映像に心を惑わせるシモベ達には、滅びに向かう世界に残された最後の希望のように映った。




捏造だぁいすき。

ゲームにおけるムービーは色々と大げさですよね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。