オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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ふぇぇ、お味噌の足りない頭だとこれが限界だよぉ。


21話

画面いっぱいの闇を燃やしながら描かれたそのサインが示すのは、長いユグドラシルの歴史に燦然と輝く伝説のギルド《アインズ・ウール・ゴウン》。

焼き払われた闇の向こうには、分厚い雲に覆われた曇天の下で紫色の霧に覆われたナザリック地下大墳墓の姿があった。

グレンベラ沼地から漂う霧に包まれてなお、その威容を翳らせることの無い難攻不落の大要塞だ。

 

誰も居ない地上部を映す画面は次々と違う場所の映像を映していく。

ナザリック地下大墳墓が存在する常闇と冷気の世界、ヘルヘイムの映像だけではなかった。

アースガルズ、アルフヘイム、ヴァナヘイム、ニダヴェリール、ミズガルズ、ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイム、ムスペルヘイム。

ユグドラシルに存在する9つの世界の様々な光景が映し出されては消えていく。

 

――あれが至高の御方々が旅した世界なのか。

 

主人達の話を漏れ聞くなどして得ていた知識は所詮は極一部分に過ぎなかったのだと思い知る。

映し出される見事な光景に感嘆の声があがった。

手付かずの大自然と、そこに生きる種族のなんと多様な事か。

取るに足らない存在も居れば、階層守護者であろうとも手を焼くような強大な力を持つ者もいる。

そしてそれは異形種だけではなく、ナザリックの多くの者達が蔑む亜人種、人間種にも言える事だった。

むしろアルベドを筆頭にアライメントが悪に偏っている者達を驚愕せしめたのは、そういった本来は弱いはずの種族たちの姿だった。

 

「……強イ」

 

唸るように呟いたコキュートスの言葉に同意しない者など居ない。

それほどまでに映像に映る下等生物達は強大だった。

特に街の外で活動する者達の強さは異常なレベルだ。

なにせそういった者達の大部分が階層守護者に匹敵するだろう強さを見せているのだから。

 

無論、映像に現れる亜人種、人間種が全員常識外の強さを持っているわけではない。

下等生物の呼び名に相応しい脆弱な者も多く居る。

だがその全てが躊躇無くモンスターの跳梁跋扈する危険なフィールドへと旅立ち、そして信じられないような速度で強くなっていくのである。

ファンファーレが鳴り、歓喜の声を上げるたびに成長していくその姿は、遥かな高みに居るはずの者達の心に焦燥感を植えつける。

誇りある自らの強さに、蔑んでいた弱き者達が到達しうると感じるがゆえに。

 

「繰り返されるユグドラシルの日常。しかし、その当たり前の日々に滅亡の危機が迫っていることを誰も知らなかった。そう、たった41人の例外を除いて」

 

なんちゃって。どう?雰囲気でてるでしょ?

動画内のナレーションとして流れたクーゲルシュライバーの声のあとに、恥ずかしげにそう小さく付け加えたのはモモンガの隣に座る彼自身だった。

その言葉はモモンガを「いやプレイヤー全員知ってるから」と苦笑させるだけで、食い入るようにスクリーンを見つめるシモベ達には届くことはない。

 

場面が切り替わる。

雲の海から突き出た、凍てついた岩肌が顕になった山頂。

星々が冷ややかに輝く夜天の下に、41体の影があった。

 

「ああっ……」

 

円形劇場が嘆息に包まれるより一瞬前。

だれよりも早く感動に震える声を漏らしたのは、両手で口元を隠し金色の瞳を涙で潤ませたアルベドだった。

 

「タブラ・スマラグディナ様っ!」

 

ありったけの愛情と尊敬を詰め込んで叫んだアルベドをはじめに、堪えることなどできないとばかりに次々と声が上がる。

 

「……ウルベルト・アレイン・オードル様」

「オオッ!武人建御雷様ダッ!」

「たっち・みー様……!」

 

「ペロロンチーノ様!ペロロンチーノ様だわ!ほらチビスケ!ペロロンチーノ様がいらっしゃるのよ!」

「うるさいバカ!ほらマーレ!ぶくぶく茶釜様もいらっしゃるよ!」

「う、うん。……うん!ぶくぶく茶釜様だねお姉ちゃんっ!」

 

静かに、噛み締めるように創造主の名を呼ぶデミウルゴス、コキュートス、セバス。

それとは対照的に興奮するシャルティアが立ち上がり、アウラの腕を引っ張って普段のいんちき廓言葉も忘れてもっとよく見ろとスクリーンを指差す。

アウラはそんなシャルティアに罵声を浴びせているが、それが本気の言葉ではない事は彼女が浮かべる輝かんばかりの笑顔を見れば一目瞭然だ。

普段は内向的なマーレも姉に手を取られるがままに立ち上がり、シャルティアの手まで取って喜びを顕にしている。

階層守護者達のなかでも幼い容姿をした三人が手を取り合って円になり、ピョンピョンとステップを踏む姿に自然とモモンガとクーゲルシュライバーの視線も柔らかいものへと変わる。

 

「餡ころもっちもち様!……わん」

「源次郎様ぁ」

「死獣天朱雀様だ!」

「弐式炎雷様……なんと雄雄しいお姿」

「ぷにっと萌え様!」

「ブルー・プラネット様ー!」

「「「きゃあー!ヘロヘロ様ー!」」」

「「「ホワイトブリム様もいるー!」」」

「「「ク・ドゥ・グラース様だって!」」」

「やまいこ様……ぼくは、ぼくは……うぅ」

「ぬーぼーさまー!」

「わぁぁぁぁ!?るし★ふぁー様だぁぁぁ!」

「ベルリバー様」

「音改様!」

「おおっ!ばりあぶる・たりすまん様!」

「スーラータンさまー」

「チグリス・ユーフラテス様!」

 

黄色い声を上げる一般メイド達を筆頭に大変な盛り上がりようだ。

泣いたり笑ったり懺悔したり信仰を捧げたり円形劇場の観客席はしっちゃかめっちゃかである。

いくら多少騒がしくしてもよいと許しが出ていようとも、これは多少の範囲に収まらない。これではまるで人気アイドルが登場した瞬間の日本武道館だ。

本来ならば守護者統括であるアルベドが一喝すべき事態だが、当の本人がギルドメンバーに対する愛の深さゆえに涙と鼻血を出しながら機能不全を起こしているため一向に収拾がつかない。

 そんな様子に大きな満足感を覚えつつも、ちゃんと動画の内容見てくれるかなぁと不安に思うクーゲルシュライバーだったが即座に杞憂だったと悟る。

映像の中、山の頂きに佇むモモンガが夜空を見上げて言葉を発した瞬間、円形劇場は瞬時に静まりかえった。

 

『そろそろ行きますか』

 

ローブをはためかせ背後に振り向けば、40人の仲間からの元気な声がモモンガに返ってくる。

アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達は自然体のまま、実に気楽な様子だ。

其処には戦いに赴く者達が纏う剣呑な雰囲気は皆無である。

そんな彼らの中から商人の音改を先頭に非戦闘職のギルドメンバー5人が進み出てくる。

 

『モモンガさん。これを持っていって下さい』

『音改さん、これは?』

『今回討伐に参加できない5人で作りました。きっと皆の役に立つはずです』

 

そう言って差し出された虹色に輝く波紋を封じ込めたような宝石を受け取ったモモンガは彼ら5人をジッと見つめる。

その目には仲間に対する厚い信頼があった。

 

『ありがとうございます。それじゃあ、留守をお願いしますね』

『任せてください。皆が留守にしている間、ナザリックは私達が守ります。安心して行ってきてください』

 

円形劇場が一瞬ざわめく。

展開からして至高の御方々はあの恐るべき魔獣を討伐しようとしているに違いない。

ではなぜ41人全員で戦いに赴かないのか?

世界を喰らう強大な魔獣を討伐するならば万全の態勢を整えて行くべきなのではないだろうか?

生じたその疑問の答えにおぼろげながらも到達した者が大勢いたためだ。

 

恐らくはこの時、ナザリック地下大墳墓を狙う何者かが居たのだ。

その敵は強大であり、自分達シモベだけではナザリックを守りきることが難しいと至高の御方々は判断されたに違いない。

 だからこそ、全員で挑むべき難敵を前にして拠点防衛の為の人員を割かざるを得なかったのだろう。

 

その答えにたどり着いた者達は皆一様に不甲斐ない我が身を恥じた。

偉大なる存在を守るために創造されたというのに、これでは立場がまったく逆ではないか。

至高の御方々とその住居であるナザリック地下大墳墓を守護する為に作り出されたと自覚する守護者には余りの悔しさに涙を滲ませる者までいた。

――それはまったく的外れな考えではなかったが正解でもない。ただ単に公式キャンペーンのラスボスであるこの魔獣に一度に挑める人数が36人までというシステム的な制限があった為なのだが、そんな事はNPC達にわかるはずも無いのだった。

 

『はい。それじゃあちょっと世界を救ってきますね』

 

モモンガは何の気負いも存在しない声でそう言って何らかの転移魔法を使用した。

超位魔法を発動する際に展開されるものを更に複雑化し巨大化させたような立体積層魔法陣が夜空に広がる。

そして一瞬の閃光と共に41人中36人がその尊き姿を消した。

後に残された5人の手にて、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが星の光を反射して静かに輝く。

ヘルヘイムの粛然たる星空に光の尾を引いて36の眩い流星が走っていった。

 

『嗚呼、アインズ・ウール・ゴウンが往く……』

 

消え行く光の残滓を見上げながら音改が呟いた言葉が、静かに夜空へと溶けて消えていった。

 

 

 

 

光と共にモモンガ達36人は星空の世界へと降り立った。

彼らの眼前にはたった九枚の葉だけを残したユグドラシルの枯れ果てそうな無残な姿がある。

宇宙に根を張り数多の世界を支える偉大なる世界樹には最早かつての生命力は存在していなかった。

全生命力を残った九枚の葉の存続に費やしているのだろうか?

葉と、それを支える枝の極僅かな部分だけが生命を感じさせる緑色をしていた。

 

その命の色を目指して、ユグドラシルの荒れ果てた樹皮を這いずり登る影があった。

紛れもない、奴だ。

しかし、これは一体どういう事なのか。

固唾を呑んで見守るシモベ達の表情が戦慄に引きつる。

 

『ほぅ、アレが九曜の世界喰いか。流石ワールドエネミー。無駄にでかいな』

 

そうだ。

モモンガの言うとおり、敵はあまりにも巨大だった。

 連合と戦っていた時も見上げるような巨体だったが、今はそれを遥かに超えて大きくなっている。そして大きくなっているのはその図体だけではない。

内包している力の気配もかつてとは比べ物にならない程に増大しているように感じられる。

世界そのものであるユグドラシルの葉を貪った恐るべき敵――九曜の世界喰い――は以前に増して強大に成長していたのだ。

 

『イモムシ……いや、蛇かな?姉ちゃんはどっちだと思う?』

『つーかアレって元ネタニーズヘッグでしょ?ならワームだよワーム』

『ユグドラシルの葉を喰らうとくればヘイズルーンだと思っていたのに……予想を裏切られたか』

『まぁまぁタブラさん。文献によればアイツが齧っているのがユグドラシルなのかどうかははっきりしてないわけですし。それにPVの時点で少なくともヤギじゃないのはわかっていたでしょう?』

 

映像を見ているだけで体が震えそうになる敵の威圧感。実際に相対している至高の御方々が感じる脅威は如何ほどだろうか?

それは世界そのものが敵意を剥き出しにして襲い掛かってくるかのような絶望的なものであることは想像に難くない。

 にも拘らず、至高の御方々は微塵も動じていない。

なんと頼もしいのだろう。なんと偉大なのだろう。

心の底から汲めども尽きぬ泉の如く忠誠心が湧き出てくる。

 

『もうすぐ始まります。油断せずに行きましょう』

 

小さく時間を数えていたギルド一の策士と名高いぷにっと萌えが注意を促した。

その声を合図とするかのように、九曜の世界喰いがユグドラシルの幹から鎌首をもたげた。

未だにシルエットしか掴ませない九曜の世界喰いであるが、その視線は36人へと注がれているのがわかる。

 

――来る。

 

背筋が凍るような恐怖を感じるや否や、ユグドラシルを揺るがす衝撃と共に九曜の世界喰いが36人の前へと飛び降りてくる。

その衝撃は足場となるようなものが何も無い空間にまるで見えない地面があるかのように立つ36人ごと宇宙全体を揺さぶった。

たったそれだけで並大抵の存在は死滅するであろう衝撃だ。

しかし、実際に幾つかの星や銀河系が爆発四散している惨状の只中で、36人いる至高の存在は誰一人ダメージを受けたようには見えなかった。

彼らはただ悠然と、身じろぎすることもなく静かに佇んでいる。

 

『ムービー終了まで残り5秒!』

『了解!皆さん、いきますよ!』

 

モモンガのシンプル極まりない言葉と共に、激戦の火蓋が切られた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

それはまさに激戦としか形容できない凄まじい光景だった。

貴重なアイテムが湯水のように消費され、十位階魔法がひっきりなしに飛び交い、超絶のスキルが猛威を振るう。

回復魔法とバフ、デバフの詠唱は止むことは無く、裂帛の気合と共に戦場を満たす混沌とした音の一部と成っていた。

 

アインズ・ウール・ゴウン36名による戦闘はあまりにも鮮烈すぎた。

至高と形容される強大な36の個が、完璧な連携を取ることでその戦闘力を極限まで強化している。

連携には隙が無く非常に効率的だ。長年の信頼がなければこうはいかないだろう。

シモベ達はこの至高の存在たちが見せる連携の完成度から、彼らの間に存在する深い絆を感じ取っていた。

 

『スーパー産卵タイム!壁追加に来たよ!』

『ナイスタイミングだクーゲルさん!』

 

 次々に大魔法を放つウルベルトの下へ、遊撃役として周囲を飛び回っていたクーゲルシュライバーが駆けつける。

九曜の世界喰いがひっきりなしに生み出す小型の――とはいっても5メートル以上の巨躯だ――魔獣から後衛の魔法職を守っていたクーゲルシュライバーは、素早くウルベルトの傍へ駆け寄ると躊躇無くその体に卵を産み付けた。

これで二度目の産卵である。

戦闘開始と同時に産み付けられた一度目の卵は、防衛線の合間を縫って流れ弾がウルベルトに迫った時に彼を守る子蜘蛛の壁を生み出してから消滅していた。

放たれた子蜘蛛達は魔法職にとって痛打となりえる暴威からその身を犠牲にすることよってウルベルトを庇い既に名誉の戦死を遂げている。

至高の御方を見事守り抜いた子蜘蛛達の健気な勇姿は、映像を見る多くのシモベに感動の涙を流させていた。特にデミウルゴスなど滂沱の涙を流していた。

この時点で忠誠厚き階層守護者達の流す涙のせいで、貴賓席の床は小雨が降ったかのように湿り気を帯びて変色していた。

 

クーゲルシュライバーは糸で編まれた卵嚢がウルベルトの脚部に付着しているのを確認すると、接近していた魔獣目掛けて恐怖の精神作用を持つ魔法を放つ。

緑色の怪光線が直撃した瞬間、耳を覆いたくなるようなおぞましい叫びを上げ魔獣は体を硬直させた。

 その隙を逃す事無く、遠方より飛来した属性ダメージの塊が魔獣を正確に捉え一瞬で塵へと変えてしまった。

爆撃の翼王の異名を持つペロロンチーノによる鮮やかな追撃にシャルティアが「うおおおお!」などとお嬢様然とした姿に似つかわしくない叫びをあげ興奮する。

 

そんな彼女を諌めるものは存在しない。

なぜならば誰もが自分の創造主の雄雄しい活躍に胸を躍らせ、興奮していたからだ。

普段は淑女らしく振舞うアルベドも、冷静沈着で理知的な言動をするデミウルゴスも与えられた椅子から腰を浮かせ興奮に震える握りこぶしをファイティングポーズのように構えていた。

 

戦闘は概ねアインズ・ウール・ゴウン優勢で進んでいると言ってよかった。

対するワールドエネミー<九曜の世界喰い>の攻撃も凄まじく十数人が一度に重傷を負う事もあったが、冷静な判断による回避行動と後方から降り注ぐ回復魔法の豪雨によって死に繋がる重大な危機には及ぶことはない。

このまま行けば、勝てる。

 誰かがそう思った瞬間、それは起こった。

 

ユグドラシルの枯れ枝を振動させる大咆哮と共に九曜の世界喰いが突進を開始する。目指す先は魔法職達のいる後方だ。

すかさずぶくぶく茶釜を先頭に前衛の防御力に優れた者達がその進行を阻止しようと立ちふさがった。

しかし――

 

『ぬわー!?』

 

「ああっ!!」

 

無残に吹き飛ばされる壁役達の姿に、シモベ達から悲鳴が上がる。

 

『奴を止めろ!』

『無理だよスーパーアーマーだ!後衛逃げてー!』

 

たった一度の突進でアインズ・ウール・ゴウンの陣形に綻びが生じた。

歴戦の後衛達はさっそく転移などの移動魔法で冷静に退避を開始するが、様々な妨害が張られていたのだろう十分な距離を取れないでいる。

 

『ちくしょー!ひるめっつーの!』

 

空中でホバリングするペロロンチーノが焦りを滲ませる声と共に武器である弓を連射する。

属性ダメージの蓄積によるひるみを狙っているのだろう。

しかし、後衛を守るべく必死に戦うペロロンチーノに予想外の出来事が襲い掛かった。

 

『うそぉ!?』

 

九曜の世界喰いが、跳んだのだ。

巨躯からは想像もつかないほどの機敏さと正確さでペロロンチーノ目掛けて跳びきたる九曜の世界喰い。

その大顎は限界まで広げられている。

世界をも噛み砕くその一撃を受けては如何な至高の御方と言えどただでは済むはずが無い。

 

「ペロロンチーノ様逃げてええぇぇぇぇ!!」

 

シャルティアの悲痛な叫びも空しく、破滅の大顎は勢いよく閉じられた。

赤黒い液体が飛び散る。

シャルティアが耐え切れず両手で顔を覆い俯く。

絶望と果てしない憎悪に心をかき乱されるシャルティアだったが、すぐさま聞こえたアウラの悲鳴にも似た歓声に顔を上げた。

 

「ぶくぶく茶釜様だ!」

 

後衛を守るための盾となり遥か遠くに弾き飛ばされた筈のぶくぶく茶釜が、小柄なその体を膨張させて九曜の世界喰いの顎に身を差し入れペロロンチーノを庇っていた。

二人の関係を知るシャルティアはその光景に熱い涙があふれ出るのを止める事が出来なかった。

 

『姉ちゃん!!』

『初見相手にひるみなんて狙ってんじゃねぇぞバカ』

 

庇われたペロロンチーノは叫びながらもすかさず九曜の世界喰いから距離を取る。

そして大顎に食いつかれたぶくぶく茶釜を助けるべく弓を引き絞った。

しかし弓がエネルギーの矢を放つよりも先に惨劇が起る。

 

九曜の世界喰いが何度も顎を鳴らしてぶくぶく茶釜を噛み砕こうとする。

一度は防ぎきったといっても、世界を抉る大顎の連撃を受けては如何に防御に優れたぶくぶく茶釜であっても無事ではすまない。

顎が動くたびにピンクの粘体から飛沫が上がる。

本体から分離された粘液は赤黒くその色を変えて落下していった。まるで血の雨だ。

みるみる内にぶくぶく茶釜の体積が減少していく。

シモベ達から悲鳴が上がり、マーレなどはあまりに残酷なその光景に気を失いかけていた。

 

『あれ多段ヒットなのかよ!?』

『茶釜さんから離れなさーい!』

『やまいこさんダメだ!ノックバック耐性が高すぎる!』

『茶釜さんごと突っ込んでくるぞ!退避!退避ー!』

 

跳躍し、ピンク色の巨大なガントレットに包まれた拳を叩き込むやまいこ。

ノックバックさせる事に絶大な効果を発揮する武器による一撃はしかし、九曜の世界喰いの巨体を微かに揺さぶるだけだ。

迫り来る巨大質量の軌道を逸らすことも出来ない。

モモンガなどの小技を修めた魔法詠唱者が重力制御等の搦め手で進攻を阻もうとするが、反則的な魔法抵抗力によって防がれ成果を上げることが出来ていない。

このままでは退避が遅れている後衛達のすぐ近くに九曜の世界喰いは着弾するだろう。

もしそうなった場合、戦いの流れは全て変わってしまうだろう。

だがそうはさせぬとぷにっと萌えが大声で指示を飛ばす。

 

『クーゲルさん使ってください!』

 

指示というのにはあまりにも単純すぎるその言葉に、全てを理解しているとばかりにクーゲルシュライバーが答えた。

 

『了解!ヘロヘロさん!』

『合点承知!』

 

退避していく魔法職達の間をすり抜け、クーゲルシュライバーとヘロヘロが走る。

流れるように疾駆する二つの漆黒。

最初に仕掛けたのはヘロヘロだった。

 

『ヘロヘロのドロドロのボロボロになっーちゃえっ!』

 

ヘロヘロの肉体が大きく撓んで九曜の世界喰いがいる上空へと飛び上がる。

天に向かって放たれた一本の矢の如く飛翔したヘロヘロは寸分違わず九曜の世界喰いの腹に着弾する。

その瞬間、大きく薄く引き伸ばされたヘロヘロの肉体が白煙と共に凶悪な酸を分泌し九曜の世界喰いを焼き溶かし始めた。

 

『あっダメだこれ。コイツの耐性全っ然溶けない。ごめんクーさん拘束無効を5秒解除が限界っぽい』

『それで十分!みんなー!全部ぶっこむから後は頼みましたからね!』

 

そういうやいなや凄まじい速度で九曜の世界食いの背後、つまりは跳躍した地点まで回り込んだクーゲルシュライバーの体が怪しい光と共に一回り以上巨大化した。

伸ばされた擬腕の先端からは極太の12本の糸が射出され九曜の世界喰いとクーゲルシュライバーを繋ぐと、足元に巨大な魔法陣が足場の如く展開される。

大きく足を広げ重心を低くしたクーゲルシュライバーは、擬腕から伸びる糸を握りこむと全体重をかけてそれを引っ張った。

 

『ぬうぅぅぅん!』

 

 シモベ達の眼前で冗談のような光景が展開された。

 九曜の世界喰いの全長100メートルを優に超える巨体が空中で静止すると、クーゲルシュライバーを中心に円を描くように回転し始める。

糸により拘束され、振り回されているのだ。

それは所謂ジャイアント・スイングと呼ばれるプロレス技なのだが、そのスケールは人間が人間に使用する時とは段違いであり、凄まじいを通り越してもはやギャグの領域だ。

唸りを上げる風切り音が1秒毎にその猛々しさを増していく。

 

『ドワォ!』

 

たっぷりと蓄えられた速度と遠心力をそのままにクーゲルシュライバーが九曜の世界喰いを後衛達が居る場所から遠く離れた反対側へと投げ飛ばす。

暴力的な衝突音と何故か混じる爆発音と多種多様な破壊音が映像を見るもの全ての体表を震わせる。

未だ咥えられている瀕死のぶくぶく茶釜と、敵を焼き溶かさんと必死に纏わりつくヘロヘロに対する配慮が全く感じられない一撃だった。

シモベ達の背筋に一瞬冷たいものが走る。

 

『今です!』

 

ぷにっと萌えの声を合図に現在のアインズ・ウール・ゴウンが放てる最大効率の攻撃が苦しみ悶える九曜の世界喰いに殺到する。

その苛烈な光景にアウラとマーレ、そして一般メイドの1グループが悲痛な声を上げた。

どこからどうみてもぶくぶく茶釜とヘロヘロが巻き添えになっている。

至高の御方々はお二人を犠牲に勝利を得ようとしているのか?

それが必要な相手という事も、負けてはならない戦いであるという事も理解は出来るが、直接の創造主が必要な犠牲だと切り捨てられる光景に納得できるはずがない。

ぶくぶく茶釜とヘロヘロが生み出した特に麗しい姿を持つシモベ達は、みなその美しい顔を悲しみに歪めた。

そして、聞こえてきた緊張感ゼロな声に目を丸くする。

 

『いやー死ぬかと思ったわ。ありがとみんなー』

『やばい、なにアレめっちゃ楽しかった。またグルグルしたいよ超したい』

 

九曜の世界喰いのいる各種攻撃により混沌とした色彩の閃光に染められた空間から流れるように現れる粘体二人。

それは先ほどまでの重傷が早くも全快しているぶくぶく茶釜と無傷のヘロヘロだった。

 

「う、うわぁぁぁぁん!よかったよぅ……生きていらっしゃるよぅ」

「ぐすっ……よ、よかったぁ……本当によかった・・・・・・」

 

アウラとマーレが貴賓席の床にへたり込みお互い抱き合って創造主の無事を泣きながら喜ぶ。

 

「素晴らしい・・・・・・あれほどの強大な力を行使しながらもお二人に危害を与えないとはなんたる制御精度」

「至高の御方々の華やかなお力に目を奪われがちだけど、こうした細やかな部分にこそその至高たる所以が潜むのね。あぁもう何度惚れ直せばいいのかしら!」

「まったくそのとおりだね。それに、さっきのアレは決して誤射は起こらないという互いの深い信頼が無ければ出来ない事。何度忠誠を新たにしても足りないと感じるぐらいだよ」

「はぁ……それにしてもぶくぶく茶釜様の張りのあるプルプルでヌルヌルな御体……ヘロヘロ様のドロドロで黒光りする御体……くふふふたまんねぇ」

「あー……アルベド?」

「……ムゥ。アルベドヨ。念ノタメ言ッテオクガ、ぶくぶく茶釜様ハ女性ダゾ」

「あらコキュートス。愛の前に性別なんて意味を成さないわ」

 

私はバイよ。

そう言って胸を張るアルベドにコキュートスは最早かける言葉をもたなかったのだろう、静かに視線をスクリーンへと戻す。

デミウルゴスもまた首を小さく振って眉間を指で押さえるとアルベドから視線を外した。

なお、ぶくぶく茶釜とヘロヘロが無事だったのはこの映像がユグドラシルのものでありフレンドリィファイアが解禁されていなかったのが原因である。

どれだけ派手に攻撃を撃ち込もうとも決して味方にはダメージが発生しないからこその猛攻だったのだが、それを知らないシモベ達の目にはアインズ・ウール・ゴウン各員が神がかり的な制御技術でもって味方を攻撃範囲から除外しているように映る。

そうして、実際に直撃しているかのように見えるほどの紙一重なコントロールに自分ではあれ程までの精度は出せないと至高の存在に対する尊敬をさらに高めていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

ありとあらゆるものが沸騰し揉み返す修羅場の中の修羅場というべき決戦は、乱れた陣を電光石火の速度で組み直したアインズ・ウール・ゴウンが再度優勢を取っていた。

驍勇無双の勇者達は柔軟に戦術を組み換え強大な敵に立ち向かう。

既に相手の動きは見切ったとばかりに、常に敵の上手を行くその戦い振りに勝利を疑う者は居ない。

敵はもう完全に攻略されている。

それは誰の目から見ても明らかだった。

 

だが敵は狂瀾怒涛の大災厄、ワールドエネミーたる九耀の世界喰い。

何をしでかすかわからない、何をしでかしてもおかしくは無い底の知れぬ強敵だ。

その事を至高の御方々は十二分に理解している。油断や慢心など一切無い戦いぶりがそれを証明していた。

しかし真の脅威というのは理不尽の極致であり、どれだけ警戒しようが対処のしようも無いのだとシモベ達は思い知らされることになる。

 

『むっ!?体が意のままにならぬ!』

『え、うそこのタイミングでムービー入るの!?』

『確定演出か……って、おいなんかアイツ砲撃体勢取ってるぞ!』

『ム、ムービー銃反対!』

『落ち着け流石にダメージは無い……ないよなぁっ運営!?』

『あ、これ知ってる公式PVのアレだ!』

『まさか時間制限付きだったのか!?』

『んなご無体な!』

 

意味の掴めない言葉もあるが、見えない不思議な力によって自由を奪われたギルドメンバー達は驚愕を顕にしていた。

中空へと持ち上げられた36人を憎悪と喜悦に歪んだ眼で睨め上げる九曜の世界喰いの顎には、かつて世界の勇者達を灰燼と化した極彩色の暴威が輝いてる。

シモベ達の脳裏に無残にも敗れ去っていった勇者達の連合の姿が蘇える。

いや、奴らは確かに強者ではあったが至高の御方々には及ばない。最も偉大で、最も強大な我らの主達ならばあの攻撃を受けたとて同じ結果になるとは限らない。

盲目的にそう思う一方でどうしても拭いきれない不安が心を震わせる。

九曜の世界喰いの攻撃は確かに至高の御方々にダメージを与えていた。世界を削り取る牙による連撃はあのぶくぶく茶釜をも死の間際まで追い詰めたではないか。

今から放たれる一撃はその余波だけで世界そのものである葉を散らせるだけの威力を持っている。

昔ですらそうなのだ。強く大きく成長した今の九曜の世界喰いが放つそれは当然さらなる暴威を発揮するだろう。

そんな一撃を受けて、自由を奪われ無防備となった至高の御方々は果たして無事で済むのだろうか?

 

ならばその答えを教えてやろう。

そう言うかのように、ついに破滅の光が解き放たれた。

 

『ぐわあああ!』

『ぬわぁぁぁ!』

『ぎゃあああ!?』

『うおぁぁぁぁ!!』

 

上がる絶叫。

初めて聞く至高の御方々の苦痛に悶える悲鳴にシモベの多くがたまらず耳を塞いだ。

その悲鳴が、何も知らずにナザリックでのうのうと過ごしていた自分達を責めているようにすら思えた。

心を散々に切り裂く光景は実際の時間とは異なり、永遠とも思えるような長さでシモベ達を虐め抜いた。

 

やがて36の落下音が耳が痛くなる程に静まり返った円形劇場に響いた。

倒れている。地に倒れ伏している。

誰が?自らが忠誠を捧げる絶対の主人たるアインズ・ウール・ゴウンの36人がだ。

何よりも偉大で何よりも尊い存在は倒れ伏したままピクリとも動かない。

おおぉぉぉ……。

搾り出すような、亡者のような呻き声が観客席のあちらこちらで聞こえてくる。

 

――もしや、今ナザリックにおわすモモンガ様とクーゲルシュライバー様を除く至高の御方々は此処で斃れたのでは?

 

そんな考えが少なくない数のシモベの脳裏によぎるほどに事態は絶望的だった。

どうか、お立ち下さい。

祈るような、いや事実祈りを捧げながらシモベ達はスクリーンを見つめた。

 

『うぐ、み、皆……無事ですか……?』

 

ああっ……!

アルベドは両手で口元を押さえながら涙に滲む視界で、よろめきながらも手にしたスタッフを支えに立ち上がるモモンガの姿を見つめた。

満身創痍もいいところだ。

ローブの隙間から見える白磁の如き美しい骨体には夥しい罅が走り、大胆に開かれた胸元から覗く肋骨は無残に砕かれている。

見る者に精悍かつ理知的な印象を与える頭蓋骨にも亀裂が走り、無残な穴さえあった。

瀕死の状態である事は明らかだった。

 

そんな状態でもモモンガは立ち上がり、なによりも先に仲間達の身を案じた。

なんという慈愛の心。

知っていたつもりではいたが、アルベドは改めてモモンガの慈悲深さを思い知った。

そしてそれはアルベドだけではなくスクリーンを見るシモベ達全員が同じ思いを抱いていた。

 

『生きてはいるが……ダメだ、体が動かない』

『くそ、なんて威力なんだ……』

『うぐぐ……41人揃えば、あんなやつなんか……』

 

36人は生きていた。

しかし誰もが苦痛に呻き、半死半生の体を動かせないでいる。

対する怨敵、九曜の世界喰いは大量の眷属を生み出し決して逃がしはせぬぞとばかりに36人を包囲させた。

そして、またも集う極彩色の混沌。

あろうことか九曜の世界喰いは再びあの破滅の光を放たんとしていた。

 

未だ動けぬ36人と徐々に狭まる包囲の輪、そしてその輝きを増し放たれるときを待つダメ押しの一撃。

あまりにも不利すぎる絶望的とも言える状況で、呪いのようにシモベ達の耳に残る言葉があった。

それはスクリーンの中のクーゲルシュライバーが悔しそうに呟いたもの。

 

――41人揃えば、あんなやつなんか……。

 

そうだ。

アインズ・ウール・ゴウンは至高の41人からなる至高の集団。

全員が揃えばどんな障害であろうともその覇道を阻むことはできない。それは確信であり、信仰であり、ナザリックに属するシモベの不動不変の常識だ。

クーゲルシュライバーの言うとおり、あの場に41人全員が揃っていればこのような窮地に陥る事も無かったのだろう。

ではなぜ、至高の御方々は全員で挑まなかったのか?

その答えは既に出ている。

 

何よりも心を苛むのはそれだった。

自分たちの力不足、いや無能が!ナザリックの防衛という名目で戦力の分断を招き、結果としてこの惨状を生み出したのだ。

もしもこの戦いにおいて生き残ったのはモモンガとクーゲルシュライバーの僅か二人だったとしたら、自分たちを捨て、ナザリックを離れ、お隠れになっていたと思っていた至高の御方々は自分たちが殺したも同然だ。

その考えがシモベ達に与えた絶望は筆舌に尽くしがたい。

特に絶対的な忠誠を捧げる階層守護者達の反応は顕著であり、知らない間に至高の存在の役に立つどころか足を引っ張り死へと追いやっていた己を恥じて自裁しかねない程だった。

 

『くそ……ここまで来たのに、もう、終わりなのか……?』

 

あの破滅の一撃を受けてから36人の雰囲気は一変していた。

瀕死になったとしても欠けることの無かった軽口が消え、かつて無い深刻な声で苦悶するように言葉を紡いでいる。

そしてそれは偉大なるギルド長モモンガも例外ではなく、今まさに彼の口から発せられた諦めに近い言葉はシモベ達に悲鳴を上げさせるほどに悲痛なものだった。

ちがう!終わりなんかじゃない!至高の御方々が負けるはずが無い!立って下さい!どうか、どうか御立ち上がり下さい!

溢れる感情そのままにシモベの誰かが叫ぼうとしたその時だ。

傷つき今にも倒れそうなモモンガの手がキラリと光る。

それは指輪だった。赤い宝石の奥に刻まれしは古今無双のギルドの証。

至高の存在にしか持つことを許されないという至宝、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだ。

 

『こ、これは……』

 

アインズ・ウール・ゴウンを繋ぐ絆の証が放つ輝きに気付いたモモンガが呆然と己の手を見つめた時、彼の脳裏に穏やかな男性の声が響いた。

 

『俺達は、離れていても一緒です』

 

5人の声が重なり合ったその言葉に、モモンガは小さく頷き懐に手を差し入れた。

握り締めた骨の拳の隙間から溢れるのは波紋の如き虹の燐光。

 

『そうだ……俺達は……』

 

九曜の世界喰いの顎に混沌が集う。

溜まりに溜まった破滅の力は初撃よりも圧縮されており、それでいて巨大だった。

 勝利を確信したのだろうか? 表情など無いように見える九曜の世界喰いの顔に兇悪な笑みが浮かんだように思えた。

そして、三千世界に轟くような爆音を立てて破滅が解き放たれた!

 

『いつも一緒だ!』

 

握り締めた拳を突き出したモモンガを極彩色の濁流が飲み込み、その後ろにいた35人をも覆いつくす。シモベ達の悲鳴が上がった。

シモベの中には至高の存在が斃されるところなど見られないとばかりに目を瞑り耳を塞ぐ者もいる。

おお、しかし見よ!そして聞け!

主を信じぬ不忠者よ、至高の存在の至高たる所以とその証を魂に焼き付けるがいい!

 

心臓に振動を感じさせるほどの歓声が円形劇場から湧き上がる。

その熱に硬く閉ざされた瞼が抉じ開けられる。そして視界に飛び込んできた光景はすぐに溢れ出してきた涙に滲んだ。

 

「「「わああああああああああ!!」」」

 

たまらず、叫ぶ。

誰も彼もが叫んでいる。誰も彼もが泣いている。そして誰も彼もが笑っていた。

歓呼の声が第六階層の夜天を衝いた。

彼らが見つめる先では、破滅を齎す極彩色の濁流を二つに叩き割るモモンガの雄姿があった。

突き出した拳はいつの間にか広げられ手中にあった虹色の輝きを顕にしている。

白い骨の掌にあったもの。それはヘルヘイムを発つ前に音改達がモモンガに託した虹の宝珠だった。

 

――今回討伐に参加できない5人で作りました。きっと皆の役に立つはずです。

 

その言葉通りに5人の仲間が作り上げたアイテムはモモンガ達36人の絶体絶命の危機を救ったのだ。

 

『モモンガさんっ……』

 

最初に立ち上がったのはペロロンチーノだ。

赤く染まった羽毛が痛々しい。

しかしそんな事は知らぬとばかりに彼の二本の脚はしっかと上半身を支え、広げられた大翼は天に羽ばたく時を今か今と待ちわびているような力強さだ。

爆撃の翼王、その心未だ地に堕ちず。

その体から迸る光が一層輝きを増すさまは彼の燃え上がる闘志をそのまま現しているようだった。

彼の指にはめられた指輪が誇らしげにその光を反射する。

 

ペロロンチーノの声を背中に受けるモモンガが小さく笑う。

表情は無い。モモンガは骸骨である。しかしそのひび割れ穴のあいた骸骨の眼窩にある赤い鬼火は喜びを宿して赤く輝きを大きくしていた。

その輝きは徐々に強くなる。

背後から聞こえる音が増えていくから。

 

鎧を軋ませながらたっち・みーが立つ。

傷つき汚れた鎧姿であってもその身が宿す気高さは翳る事を知らない。

盾を構え剣を振りかざせば何故か背後で巻き起こる色つき爆発。

正義の二文字を背負う純銀の聖騎士の手で爆炎を照り返して指輪が煌く。

 

正義が立つなら己が立たねば始まるまい。

ボロボロになったマントを翻して立ち上がるはたっち・みーと正反対の性質の、それでいて同じ気高さを持った偉大なる悪ウルベルト・アレイン・オードル。

爆風に煽られバタつくマントを鬱陶しげに払いながら、爆発を起こした張本人を一瞥すれば舌打ち一つで敵を睨む。

陽炎のように揺らめく魔力を立ち上らせるウルベルト。

その魔力を照り返して指輪が怪しく光る。

 

次々に立ち上がる仲間達。

その全員の手には一つの指輪が輝きを放っていた。

 

36人全員が闘志を剥き出しに立ち上がる頃、暴虐の奔流がついに枯れ果てた。

モモンガが掲げる虹色の宝珠から発せられる目に見えない障壁は、九曜の世界喰いの全力を凌ぎきったのだ。

激戦の最中、奇妙な静寂が場に満ちた。

それを成したのがモモンガの偉業ならば、打ち破るのもまたモモンガだった。

 

『……世界を滅ぼすものよ、お前は強い』

 

低く、威厳をたっぷりと含んだモモンガの声に至高なる仲間達が続く。

 

『たった独りでその力、正直尊敬するよ』

『しかし、だからこそお前は知らないだろう』

『弱くとも、信頼する仲間と共に戦う者達が持つ強さを』

『……世界を喰らい、ユグドラシルをも枯らさんとする貴様の力は我ら36人を確かに超えている』

『41人の仲間全員が揃えばあるいは、と言ったところだがこの場にいるのは36人。それは確かさ』

『だけど、僕達は36人で戦っているわけじゃない』

『たとえ遠く離れていても』

『共に世界を駆け抜けた記憶が』

『繋いだ絆がある限り』

『俺達41人は一つだ!』

 

『今こそ知るがよい。41人が成す、世界を繋ぐ唯一無二の尊き名を。それこそがお前を滅ぼすもの』

 

36人の手にあるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが光を放つ。

放たれた光の中には各員を示すサインが浮かぶ。

36の光が空中へ伸びる。

それと同時に、ユグドラシルの葉から5つの光が降り注ぐ。

同じ先に向かう41の光は空中にて溶け合い巨大な紋章を形成した。

 

――我ら!アインズ・ウール・ゴウン!!

 

誇り高きその紋章を背に、満身創痍の36人が雄雄しく立つ。

その傍らにはこの場にいないはずの5人の姿もあった。

燃え盛る戦意に輝く41の視線が九曜の世界喰いを貫く。

その威力に巨体が身じろぎ後ずさる。シモベ達の歓声が尚も激しくなった。

 

いつの間にか流れ出した音楽は戦意を煽るだけ煽り、勇気を何百倍に大きくする。

もう負ける気がしない。

ユグドラシルのテーマのバトルアレンジは作曲家が想定していた通りの盛り上がりと感動をシモベ達に与えていた。

円形劇場のボルテージが天上知らずに高まっていく中、スクリーンの中で今まさに奇跡が成されようとした。

 

『みんな!ウルベルトさんとたっちさんに力を!』

 

いいですとも!

モモンガの声に38人の声が応え、言葉通りに力が集中していく。

ウルベルトには魔力が次々に譲渡されていき、たっち・みーには強化魔法やスキルがこれでもかばかりにつぎ込まれていく。

アインズ・ウール・ゴウンが誇る魔法職最強と戦士職最強に全ての力を託す。

 のるかそるか、乾坤一擲の策ではあるが、それを選び誰もが異議を唱えないのはこの最強の二人に対するギルドメンバー達の信頼の深さゆえであろう。

 

『たっちさん、しくじらないで下さいよ?』

『ウルベルトさんこそ。そちらのタイミングがずれたらオジャンなんですからね?』

『……』

『……』

 

コツッ。

そんな音を立てて二人は拳同士を打ち合わせるとお互いの顔も見ずに戦闘態勢を取った。

たっち・みーが駆け出し、ウルベルトから尋常ではない量の魔力が噴き出す。

ギルドメンバーの力を受けた二人は、完璧なタイミングでもって己のもつ最強の技を解き放つ。

二分されていたアインズ・ウール・ゴウンの力は一つとなり世界の敵を討たんと猛り狂う。

 

閃光によって白く塗りつぶされた円形劇場に、一際大きな歓声があがった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「さて、どうだったかな?楽しんでもらえただろうか?」

 

聞くまでも無い事を白々しく言い放ちながらクーゲルシュライバーは満足感に浸っていた。

楽しんだかどうかだって?そんなのは此方を見上げるシモベ達の目を見れば分かる事だ。

冷酷非道であり悪逆非道でもある邪悪な存在達がその目に宿すのは純真無垢な少年少女のようなキラキラとした興奮の輝きだ。

それを見て楽しんでもらえなかったなどと受け取るほどクーゲルシュライバーはコミュニケーション能力に劣っているわけではなかった。

 

クーゲルシュライバーの問いに答えるように歓声があがる。

それを受けるとクーゲルシュライバーは全身が震え心が弾みだすのを堪え切れなかった。

動画視聴中にリスクを承知で精神作用無効化を解除しておいてよかった。

まるで映画スターにでもなったかのような状況にクーゲルシュライバーは心底そう思った。

浅ましいとはわかっていても、この自分の努力を全肯定されている感覚は動画を作っている者としては最大のご褒美だとも思える。

これを味わいたいが為にそれらしい事をモモンガに言ってこの上映会を実現させたと言ってもいい。

 

(いや、それだけじゃないけどさ)

 

忠誠心をさらに高めることも、自分の作った動画を見せて称賛されたいと願った事も間違いなく理由の一つだ。

だが無数にある作品の中で態々この捏造だらけの継ぎ接ぎ動画を選んだのにはクーゲルシュライバーなりの考えがあったのだ。

 

 

「ふむ、ふむ!よろしい。大いに楽しんでくれたようだな!」

 

上機嫌のモモンガがスタッフをついて立ち上がり言った。

モモンガはこの世界に来てから最も上機嫌であり、その声もスキップをするかのように軽やかだ。

シモベ達の視線がスクリーンに釘付けになっている中、モモンガもまた仲間達の活躍を見て大はしゃぎしていたのである。

特に満身創痍で立ち上がり仲間と共に啖呵を切るシーン等、玉座から立ち上がりガッツポーズを決めた後、ヨロヨロと元居た場所に腰掛け「やばい俺もう泣きそうです」などとクーゲルシュライバーに震える声で耳打ちする程だった。

その言葉にどれ程の想いが込められていたのかクーゲルシュライバーは察することは出来なかったが、確かにモモンガは上映会を大いに楽しんでいた。

上映会の途中頻繁に発動する精神作用無効化に本気で怒っては抑圧されるモモンガの姿からそれは間違いない。

 

(ぷっ!じ、地声出てるよモモンガさん……!ま、喜んで貰えたみたいでよかったけどさ)

 

威厳ある声を出そうと努力していても内心のウキウキ気分を隠しきれていない友人に苦笑しつつクーゲルシュライバーは動画の出来を改めて評価する。

まず映像。これは文句なしのハイクオリティだった。

元の動画では本来の九曜の世界喰い戦にはない演出やシーンを入れた為に、場面ごとに敵の造形が違うなどのアニメにおける作画ミスの如き違和感が散見されていた。

それがこの世界に来たことによって映像のクオリティが不思議な力で統一されたらしく、その違和感が払拭されていた。

無駄にリアルになった映像はそれだけで大迫力であり美麗でいて刺激的だった。

 

次に脚本。

これは相変わらず酷いの一言に尽きる。

ペロロンチーノはガチビルドのプレイヤーであり歴戦の廃人であり、作中に見せた無理なひるみ狙いの攻撃などしないし、謎のアイテムによって九曜の世界喰いの放つ破壊光線を叩き割るなんて不可能だ。

そもそも二発目の光線なんて飛んでこない。あれはPVから切り取った映像と、課金して得たラスボス戦のログデータから自作した敵モデルを使用した捏造シーンである。

最終決戦なのにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備しているのも変だ。ナザリック内における転移を可能とするアイテムをあの場で装備する理由なんて皆無である。

挙げていけば幾らでもおかしな点が出てくる。

それもそのはず。この動画の脚本には複数人が関わっており、なかには罰ゲームとして無理やりねじ込まれた恥ずかしいセリフ、恥ずかしいシーンまである。

これで混沌としない方がおかしい。

 

冷静に見てみれば馬鹿馬鹿しいクソ脚本もいいところなのだが、クーゲルシュライバーはそれはそれとしてこの脚本が嫌いではなかった。

突拍子もない展開の一つ一つに41人で一つの動画を作り上げた思い出が宿っている。

 出来が悪いからこそ記憶にこびり付いているそれが、動画を見るたびに鮮やかに蘇ってくるのだ。

今は失われたものを感じさせるからこそ、その価値はただ小奇麗に纏まった動画よりも高いのである。

モモンガが上機嫌なのもきっと同じ理由だろうとクーゲルシュライバーは確信していた。

 

 総評としては10点中6点といったところだろう。

混沌とした脚本によって0点、思い出補正でプラス1点。あとは映像5点の内訳だった。

 

「さて、こうして皆に我らの活動の記録を見てもらったわけだが……その真意を教えようと思う」

 

モモンガの口から重要な事が発せられようとしている事に気付いたシモベ達は一斉に床へと跪いた。

床は夕立でも降った後のようにびしょ濡れだった。

これが全てシモベ達の流した涙と言うのだから、あまりの驚きに声も出ない。

今度上映会をするときには給水所か球場のビアガールのようなものが必要になるだろう。

部下達の水分不足を心配しながら、クーゲルシュライバーは予め用意していた言葉を必死にスピーチするモモンガを視線でだけで応援する。

 

「世界には強者がいる。それも我々アインズ・ウール・ゴウンが全力で挑まねばならない強敵が」

 

その言葉だけでモモンガが何を言わんとしているかを察した者達は緊張に身をこわばらせた。

ナザリックが見知らぬ土地に転移してからのモモンガとクーゲルシュライバーが見せた慎重な姿勢が、一体何を警戒しているのかに思い当たったからだ。

 

「まだその全容を見通せぬこの世界に、かのワールドエネミーに匹敵する存在が居ないと誰が断言できようか。そして強者はワールドエネミーだけではない。この世界でも確認された人間達。私達が出会った人間は脆弱そのものだったが、全ての人間がその程度とは到底考えられないのだ。お前たちも見ただろう?このナザリックが誇る階層守護者達に匹敵する強さを持つ人間達の姿を」

 

人間を警戒するモモンガの心を鼻で笑って聞き流す愚か者はいない。

 いや、あるいは動画を見ていなかったら至高の御方によるお言葉を受け取ったのにも拘らず心のどこかで人間種を侮る者もいたかもしれない。

しかし至高の41人の一人クーゲルシュライバー自らが記録したという映像に映る人間達の姿を見れば、ただの下等生物と見下せようもないのだ。

至高の御方が記録した映像に嘘など存在しよう筈がないのだから。

 

「私が危惧するのはそれら強者の存在だ。さきにも言ったようにこれからのナザリックは外に打って出ることになる。当然お前達にも働いてもらうのだが、その時にこの世界の存在を侮り短慮な行動に出てもらっては困るのだ。不用意に強者と敵対する事はなんとしても避けねばならない」

 

――もしもお前達を失う事になれば、私は耐えられぬ。

 

そう続いたモモンガの言葉に円形劇場に再び涙の雨が降る。

見つめるクーゲルシュライバーは本格的にシモベ達の涙腺と体内の水分量が心配になった。

自分がモモンガのカンペに付け足した台詞ではあったが、よもやこれほどの効果を発揮するとは思っても居なかった。

これ一個で行き渡るだろうか?

こっそり取り出した無限の水差しを背中に隠しながら首を捻った。

 

「その事を念頭において、聞いて欲しい。これからのナザリックの目的だ」

 

そう前置きしてモモンガは全身からオーラを立ち昇らせながら猛々しい覇気もそのままに宣言した。

それは勅令であり、ナザリックの行く末を決めるものだった。

 

「我らアインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ。

英雄が数多く居るならその全てを塗りつぶせ。アインズ・ウール・ゴウンこそが真の大英雄だと。生きとし生きるもの全てに知らしめてやれ!より強きものがいるのなら、力以外の手段で。数多くの部下を持つ魔法使いが居るなら、別の手段で。今はまだその前の準備段階に過ぎないが、来るべきときのために動け。お前達が至高の存在と呼ぶ我ら41人の栄光を!偉大さを!この世界に知らしめるために!」

 

千両役者だな。

クーゲルシュライバーは万雷の喝采を受けるモモンガを見つめながら満足げに頷いた。

モモンガの語った内容はクーゲルシュライバーとの話し合いの結果決められたものだった。

仮想世界が現実となり、人外の肉体と力を得たとしてもモモンガとクーゲルシュライバーは大きな野望に目覚めるという事は無かった。

持ち合わせていた望みは余人が聞けばあまりにもちっぽけなものに過ぎない。

モモンガの望みは自分とクーゲルシュライバーの安全、次にナザリック地下大墳墓の安全。そして最後にして最も哀切な、しかし優先度の低い望みとしてギルドメンバーとの再会があった。

クーゲルシュライバーの望みもモモンガと似たようなものだ。

安全の確保、モモンガの望みを叶えること、あとはこの世界で出会った気に入った人間――ネムやエンリ――を助けてやりたいという願いだ。

そして、あと一つ。

クーゲルシュライバーが抱える最も深刻な望みはこの世界に居る限り達成されているも同然なので、自然とモモンガの望みが前面に出されることになったのだ。

 

そこでクーゲルシュライバーが不安を覚えたのが森の中でのアルベドの言動だった。

折角助けたネムとエンリに対して下等生物となじり、虫けらを殺すかのような気軽さで武器を構えるアルベドを見て、NPC達の頂点に立つものがこれではいけないと強く思ったのだ。

モモンガはなにも暴力でもってアインズ・ウール・ゴウンの名を轟かせようと思っているわけではない。

暴力もまた一つの手段ではあるが、無遠慮に振るわれる力は敵を産みやすいというのは間違いない。

なるべく穏便に事を成すに越したことはないのだ。

ではそれを成すにはまず何をするべきか?

そう考えたとき、真っ先にクーゲルシュライバーの脳裏に浮かんだのはシモベの人間蔑視を払拭することだった。

ナザリックのシモベ達の性質を考慮し、もっとも効果が高そうな説得を思案した結果があの上映会だったのである。

 

幸いにしてシモベ達は動画に映ったユグドラシルの人間プレイヤー達の姿を見て、人間も侮れない存在だと思ってくれたようである。

これならむやみやたらに諍いの種を撒き散らすような行いは慎むだろう。

そう思ってクーゲルシュライバーは安堵の息をついた。

 

(しかしどうやってウチのギルドの事を宣伝して回ろうかね。半自動的に広がっていく形にしたいけど……童話でも作ってばら撒くか?いや、それだと広がりが鈍いか。本っていうアイディアはありだと思うんだけど)

 

本。不変の伝説。英雄。生きとし生けるもの。栄光。偉大。

短い時間ではあるが思考を遊ばせるクーゲルシュライバーの脳裏に、突如ろくでもないことが電流の如く閃いた。

 

――聖書。宗教広めればよくね?

 

 




自分の力量を思い知らされた回でした。
うう……文章が意のままにならぬ。

カルネ村で宗教関係に首突っ込むのはヤバイと実感しているにも関わらずこの発想である。
たぶん上手くやるから大丈夫とか思ってる。

次回からはクーゲルシュライバーとナザリックの愉快な仲間達のイチャイチャグチョネチャがしばらく続きます。
この時を待っていた!エントマちゃん覚悟しろぉ!

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