オーバーロードと大きな蜘蛛さん   作:粘体スライム狂い

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3話

「戻れ、レメゲトンの悪魔達よ」

 

モモンガの命令に従い、超稀少金属で作られたゴーレム達が己の席へと帰っていく。

これでナザリックの設備が使用できるかどうかの確認は取れた。

懸念事項が一つクリアされたことに安堵するモモンガを眺めつつクーゲルシュライバーは思考を巡らせていた。

 

やはり、モモンガさんは信頼できる。

 

仮想世界が現実になったという可能性についてモモンガから教えられた時、クーゲルシュライバーはまず最初に――本心からそんな事はないと否定していながら――プレイヤー同士の仲間割れが発生するのではないかと危惧した。

アインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじてきたが、このような非常事態においてそれが守られるだろうか?

そもそも自分とモモンガの二人しか居ないのだから、意見が異なり、もしもそれが対立するような事があれば、だ。

対立する意見の妥協点を見つけることが出来なければ二人の仲はたやすく引き裂かれるだろう。

そうなった時クーゲルシュライバーでは、ギルド長でありギルド武器を装備していて世界級アイテムまでも所持しているモモンガには勝利する事は出来ないだろう。

だから、モモンガが自身の考えを打ち明け、今後の方針を共に決めようとする姿にクーゲルシュライバーは内心安堵していた。

 

そしてその安堵はやはり間違いではなかったのだと今強く確信した。

モモンガは極当然のようにレメゲトンの悪魔達への指揮権を『ギルドメンバー限定』としたのだ。

それはつまりクーゲルシュライバーにもモモンガと同等の指揮権があるという事だ。

 

 あくまでも対等な立場であろうとする処置に、クーゲルシュライバーはモモンガからの強い信頼を感じていた。

信頼には、信頼を。

共に助け合い、この先を生きていこうとクーゲルシュライバーは決心した。

 

「さて、これでひとまずの問題は解決か」

 

そう呟きながらモモンガは両手に輝く9個の指輪を眺めている。

正確には、そのうちの一つ<リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン>をだ。

レメゲトンでの用事が済んだ後は、指輪に秘められたナザリック内での転移機能を使用して第六階層にある闘技場へと向かう予定だった。

モモンガはそこで攻撃魔法の試し撃ちを行いつつ、アルベド以外の100レベルNPC達の忠誠心を確認するつもりなのだ。

転移した後、クーゲルシュライバーはNPC達が反逆のそぶりを見せたら即座にカウンターを放ちモモンガを救出できるよう、完全隠密状態で警戒する手はずになっている。

 

「それじゃあ次は第六階層まで転移できるかですね」

「ええ。先ほどムービースクロールが普通に使用できたから、こちらも問題は無いと思うんですが」

 

クーゲルシュライバーもモモンガと同じように、擬腕の先端、人間のように五つに枝分かれした指の一つに嵌っている<リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン>を眺める。

本来スパイダー系の異形種は指輪を装備できない。当然だ。蜘蛛には手も指もないのだから。

たった一つの例外であるアラクネという種族は女性専用で、性別男でゲーム登録したクーゲルシュライバーは随分と長い間指輪と無縁のユグドラシルライフを送っていた。

その生活が変化したのはレベルアップを繰り返し最上位種族である深淵の大蜘蛛(アトラク=ナクア)になった時だ。

深淵の大蜘蛛(アトラク=ナクア)の常時発動型特殊技術の一つに指輪装備が可能となるものがあった。

それによってクーゲルシュライバーは人間の腕のような擬腕を手に入れ、指輪の恩恵を授かることができるようになったのだ。

その時の喜び様は凄まじく、即座に課金して指輪の装備スロットを2個から10個まで拡張するほどだった。

ちなみに、我を忘れていたせいで登録された8個の指輪は性能のバランスなど全く考えられていなかった為、結局装備アイテムの厳選を行った後にクーゲルシュライバーは課金しなおす羽目になった。

 

「この指輪が生命線になりますね」

 

クーゲルシュライバーの言葉にモモンガが頷く。

 

「ええ。まずいと思ったら即座に転移して逃走に移ります。場所は宝物殿がよいでしょう」

「ギルドメンバーしか持っていないこの指輪がなければ侵入は難しい場所。避難所にはもってこいですね」

「そのとおりです。では、そろそろ行きましょう。覚悟はいいですか?」

 

モモンガのその言葉にクーゲルシュライバーが覚悟を決める。

何かあったときは慌てずにモモンガを救出する覚悟だ。

NPCとの戦闘に対する心構えも、出来うる限りで整えたつもりだった。

範囲攻撃でなぎ払われたとしても、それによって痛みを感じようとも。

自身が金と時間と苦労を注ぎ込み作り上げてきたキャラクターの性能を信じる。

 

大丈夫だ。階層守護者レベルの範囲攻撃が複数飛んできても、モモンガさんを救出して逃げる程度の事はできる。

 

それは紛れもない事実だ。

モモンガからあやふやになっていた階層守護者の大まかな攻撃手段を教えてもらいダメージ計算をした結果、可能であると判断された。

モモンガも太鼓判を押している。

 

ならば、なんの問題も無い。

 

クーゲルシュライバーはモモンガの骸骨の顔を8つの目で見つめると、大きく頷く。

 

――その一瞬前。

クーゲルシュライバーの脳裏に玉座の間でのアルベドの姿がよぎった。

美しく、清純なようで妖艶な魅力を持つアルベド。

その豊満なバストは、胸の前で組んだ手に握られた棒状の物体によって形を歪められており、それがなんとも言えない魅力を……。

 

……棒?

 

「……ちょっと待ってくださいよ!?」

 

クーゲルシュライバーが恐怖を滲ませた声で叫ぶ。

モモンガは一体どうしたのかと眼窩の奥の光を点滅させた。

 

「ちょっとモモンガさん!さっきアルベド、<真なる無(ギンヌンガガプ)>持ってませんでした!?」

「あ」

 

クーゲルシュライバーの言葉に、モモンガが忘れていましたと言わんばかりの気の抜けた声を上げた。

カパリと開いた髑髏の顎がプランプランと揺れている。

その姿にクーゲルシュライバーは激しい怒りを覚える。

が、その怒りは突如として何かに抑制されたかのように消えうせ、冷静さが戻ってくる。

忘れていたのはモモンガさんだけではない。自分だってそうだ。

それなのにモモンガさんばかりを責めるのはどうなのだろうか?

情けなくも思考を放棄した自分とは違って、知恵を絞って様々な対応を取ってきた彼に余りにも失礼ではないか?

そういった思いが、偶然を装って俺を殺す気か!という暴言が感情に任せて口から放たれるのを未然に防いでくれた。

なるほどこれが精神作用無効化か。

なんともありがたいものだと思いながら、クーゲルシュライバーは力なく口を開く。

 

「あ、じゃないですよぅ……。広域破壊が可能な世界級(ワールド)アイテムですよ?そんなの喰らったら俺、流石に死にますって……」

「す、すみません!本当に申し訳ない!自分が世界級(ワールド)アイテムを装備しているからって、あぁクソッ!なんてバカなんだ俺は!」

 

世界級(ワールド)アイテムの効果を受けないためには、同格の世界級(ワールド)アイテムを所持しているか、特別な職業についていなくてはならない。

モモンガは前者だ。

仲間達から個人的に所有する許可を貰った世界級(ワールド)アイテムを身に着けているモモンガには、アルベドの持つ<真なる無(ギンヌンガガプ)>の絶大な威力の広域破壊効果は通用しない。

だが、クーゲルシュライバーは違う。

世界級(ワールド)アイテムも持っていなければ、特別な職業でもないのである。

そんな彼が、何かの成り行きで真なる無の一撃に巻き込まれたとしたら。

如何に強力な物理・魔法ダメージ減少の特殊能力を持っていたとしてもクーゲルシュライバーに待つのは、死、である。

 

知らず知らずの内に仲間の命を危険に晒していた事に気づいたモモンガの心中は穏やかではなかった。

自己嫌悪の怒りと悲しみが嵐の海のようにモモンガの精神を苛む。

だがそれも数回のぶり返しを経験した後に完全に沈静化する。

 

「……本当に、すみません。今後はこのような失態が無いように気をつけますのでどうか許してください」

 

心の底からの謝罪と共にモモンガが頭を下げた。

その姿をクーゲルシュライバーは表情筋など存在しない肉体に感謝しながら見つめていた。

 

やはり、モモンガさんは信頼できる。この人を一瞬でも、感情に任せて疑ってしまった自分はとんでもない馬鹿だ。

 

興奮しては沈静化するモモンガの姿は明らかに精神作用無効化の作用を受けていた。

つまり先ほどの激しい自責の叫びは激しい感情を伴った、モモンガの本音であると判断してもよいだろう。

モモンガさんは、俺の命を危険に晒した事を心から悔いている。

その事を理性でも、直感でもクーゲルシュライバーには理解できた。

 

「許すも許さないも……俺だってモモンガさんと同じようにさっきまで忘れていたんです。だからコレはお互い今後は注意深くやっていこうね、というだけの話で。

寧ろ私のほうこそすみません。嫌味な言い方をしてしまって……」

 

ごめんなさい。

そう言って玉座の間でしたように土下座したクーゲルシュライバーの姿に、慌ててモモンガも膝をつき骨の頭を床に擦り付けた。

そうして暫くの間、レメゲトンには死の支配者(オーバーロード)深淵の大蜘蛛(アトラク=ナクア)が互いに謝罪しながら頭を下げる姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんとか、間に合ったな」

 

 薄暗い通路にモモンガの声が染み込んでいく。

その声がいささか疲れを含んでいるように思えるのは気のせいではないだろう。

レメゲトンから宝物殿へとクーゲルシュライバー用の世界級(ワールド)アイテムを取りに行った時の事――つい先ほどの出来事だ――を遥かな過去に思いをはせるように思い出す。

いや、思い出そうとして、やめた。

遠い過去のように思えるのはそれを忘却したいというモモンガの意思の影響だ。

酷い有様だったのだ。本当に酷い。

だが気分を切り替え、これからの事に全力で当たらねばならない。此処からが本番なのだ。

モモンガは無理やり思考を変えて通路の先にある階層守護者達との交渉の場を睨む。

 

もっとも、先程の宝物殿で遭遇したハプニングから戦闘などの危険な状況に陥る可能性は低いと考えているのだが。

 

「それじゃあ私はこれから完全隠密状態に入ります。アクション回数の節約の為に予め<伝言(メッセージ)>を起動させておきましょう」

「了解しました。そのまま<伝言(メッセージ)>は繋ぎっぱなしにしておきます」

「お願いします」

 

クーゲルシュライバーの持つ超位魔法に匹敵する隠密系特殊技術は、ホラー系と呼ばれる職業をそれぞれ10レベル以上で最低3つ取得していないと入手できない。

この条件を彼は<オカルトホラー><パニックホラー><コズミックホラー>の3つを10レベル以上で取得することにより達成している。

取得したスキルをリセットする効果のある課金アイテムを使い、スキル構成を最適化させた上で手に入れたその特殊技術の名は<恐怖の本質(エッセンス・オブ・ホラー)>という。

この特殊技術は使用者を完全に隠蔽してしまう。

 その力は凄まじく世界級アイテムを除く如何なる手段を以てしても使用者を発見することは不可能だ。

正に隠密系スキルの最高峰と言える効果であるが、

この隠蔽効果は使用者が3回、攻撃や魔法、アイテムの使用などのアクションを行うと解除されてしまう。

もしくは範囲攻撃などで3回使用者にダメージを与えることに成功するとこの効果は解除になる。

モモンガとクーゲルシュライバーが前もって<伝言(メッセージ)>の魔法を使用したのは、3回あるアクション可能回数を減らさないようにする工夫だった。

 

「では行きます。<恐怖の本質(エッセンス・オブ・ホラー)>」

 

別に声に出さなくとも発動は出来るのだが、モモンガにも完全隠密状態に入った事を伝える為にあえて声に出して特殊技術を発動させた。

モモンガの鬼火のような目が左右に揺れる。

その姿を確認してから、クーゲルシュライバーは繋ぎっぱなしの<伝言(メッセージ)>を使用してモモンガに話しかけた。

 

『ちゃんと発動していますかね』

『はい、クーゲルシュライバーさんが何処にいるのか、さっぱりわかりません。・・・・・・あ、私の口って今動いていますか?』

『いや、動いてないです。これなら交渉中にも問題なく会話が出来ますね』

『ええ。・・・・・・準備完了ですかね』

 

モモンガの声が硬く、低くなる。

その姿も相まってクーゲルシュライバーは、まるで魔王のようだな、と思った。

 

『戦闘になる可能性は低いと思います。ですが、万が一があった場合はクーゲルシュライバーさんが頼りです』

『分かっています。その時は任せてください』

『……頼みます』

 

一瞬、何時もの好青年然した声に戻ったモモンガに、クーゲルシュライバーは元気付けるつもりで気取ったような声で答えた。

 

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)

「やめろォ!!」

 

精神に直接響いた声に、モモンガは血を吐くような叫びを廊下に響き渡らせる。

 

『ちょ、モモンガさん!シー!シーッ!アウラが心配してきちゃいますよ!』

 

本気で焦っているクーゲルシュライバーの声に、モモンガは頭を抱えながら<伝言(メッセージ)>で答える。

 

『あのですね、それ、やめましょうよ、ね?いや、ほんと。べつにね?クーゲルシュライバーさんのしゅみをどうこういうつもりはないんですよ。

でもおれのまえではさ。やめましょうよ。マジで』

『ええー。でもかっこよかったですよパンドラズ・アクター。アクターらしい身振り手振り、ビシッと決まった敬礼、それにあの喋り方』

 

本気で絶賛しているクーゲルシュライバー。

その声を聞くだけでモモンガは最強のギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを、崩れ落ちそうになる体を支える為の杖として使用せざるを得ないほどに憔悴していた。

そんなモモンガの様子に気づいていないのか、不可視な事をいいことにクーゲルシュライバーはモモンガに対し見よう見まねの敬礼をした。

 

我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)!くふぅ!かっけぇ!』

『やめろといってんだよこのボールペン野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

再度唱えられた死の支配者をも悶絶させる、漆黒の呪文。

それはモモンガにむき出しになった肋骨を掻き毟らせるほどの効果を発揮した。

即座に発動した精神効果無効化がモモンガに冷静さを取り戻す。

この時、モモンガは骨しかないわが身を呪った。

モモンガは泣きたかったのだ。大粒の涙を流してこの胸にこびり付いた苦い思いをすべて流してしまいたかった。

 

クーゲルシュライバー。

ドイツ語でボールペンという意味の名前を持つこのギルドメンバーとは趣味、というより好みが合ったという事でそれなりに仲がよかった。

円卓の間で、辞書片手にカッコイイ響きのドイツ語を一緒にピックアップする程度には。

日付を跨ぐまでには間違いなくアインズ・ウール・ゴウンの輝かしい栄光の日々の1ページだったその思い出は、今や悪夢と同義だ。

モモンガは自分がいつの間にか大人の階段を上がっていた事に気がついた。

こんな事で気づきたくはなかったが。

 

『なんで怒るんです?茶化してるわけじゃないですよ?』

『……怒ってないです。心が痛いだけなんです。あ、そういえばクーゲルシュライバーさんウルベルトさんと仲良かったですもんね。そうかぁ、だから現役なんだなぁ』

『ウルベルトさんかぁ懐かしいです。確かに仲良くしてもらいましたね。一緒に武器作ったり、後で探してみるかな……ゲシュペンストシュバルツリッター』

『うぐっ!も、もうこれぐらいにしましょう!行きますよ!』

『あ、はい』

 

これ以上の会話は命に関わる。

クーゲルシュライバー(重篤な中二病患者)との会話を強引に終了させると、息はしていないが息も絶え絶えといった体でモモンガは闘技場への入り口へ向かって一歩踏み出した。




モモンガ様とクーゲルシュライバーはドイツがだいしゅき

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